トランペットと私⑨ なぜ今も、トランペットをやるのか
こんばんは!やぎです🐐
あなたは、しんどい時、どうやって切り替えていますか?
私は、音楽と言葉でした。
今日はその2つが、私の中でどうつながったのか。そして、なぜ今もトランペットをやっているのか。
そのことを書き留めていきます。
読みながら、あなたの中の「なんで今も続けてるんだろ」って気持ちにも、少しだけ目を向けてみてください。
この記事に、何かのヒントが落ちてたら嬉しいです(o^^o)
※この記事は「トランペットと私」第9話、一旦最後のお話です。
① トランペットとの出会い
② 声に絶望した日
③ 前に出なくなった理由
④ 教本にワクワクした日
⑤ ワクワクして始めたのに、毎日やめたいと思っていた4月
⑥ 「やらなきゃ」が重くなった日
⑦ 自己肯定感がどん底になった高校生
⑧ トランペットから離れた日と戻った日
⑨ トランペットと、これからのこと(←今ここ)
長いシリーズですが、「まだ読んでないよぉ〜」という方はぜひ①から読んでみてください^ ^
これまでずっと、自分の演奏と言葉で、人の背中を押したい。
そう思ってきました。
それは、私自身がそうやって救われてきたから。
でも正直に言うと、
「なぜ音楽なのか」
「なぜ言葉なのか」
その2つは、どこかバラバラでした。
⸻
なぜトランペットなのか
もともとは、「これなら私も歌えるかも」と思って始めた楽器でした。
そして今、
「なぜトランペットをやるのか」と聞かれたら、
明確に一言では言えません。
でも、
誰かが吹いているのを見ると、吹きたくてウズウズしてくる。笑
聴くときも、つい“追いつく前提”で聴いてしまう。笑
一度離れたのに、結局戻ってきた。
「やっぱり、やりたい」って。
トランペットは、
0からできるようになる喜びを教えてくれた楽器でもあります。
そして私にとって、
いちばん“風が吹く”のも、トランペット。
だから、「楽器なら何でもいい」ってわけじゃない。
ただ今はまだ、辞められないんです。笑
そして、音と言葉のつながり
ある日、あっこさんからこんな言葉をもらいました。
「言葉と音は、兄弟みたいなものだと思ってる」
調べてみると、昔は言葉は音に乗って伝えられていた時代もあるそうです。
言葉になる前は、抑揚やリズムで感情を伝えていた。
音と言葉は、もともと一緒にいた。
そのとき、私の中でも、この2つがつながりました。
私の中では、
音楽が兄。
言葉が弟。
音楽(兄)がしてくれること。
言葉になる前の、ぐちゃぐちゃな時間。
整理しようとすると、余計に絡まって苦しくなるとき。
そんなとき、私を助けてくれたのは音でした。
・心に風が吹く
・なぜか笑えてくる
・身体が先に元気になる
まず、呼吸が戻る。
そこから、やっと動ける。
そして、少し落ち着いたあとに出てくるのが言葉。
言葉(弟)は、
・整理
・覚悟(=どう進むかを決めること)
元気になった心を、現実へつなげてくれる存在でした。
私はこれまで、
音でほどいて、言葉で整えて、一歩を踏み出してきた。
音楽と言葉は、ずっと2つで1セットだったんです。
だから今、私はこれを返したい。
音でふっと軽くなって、
「あ、いけるかも」と思えたその瞬間に、
言葉でそっと整理を手伝う。
重たい言葉で引っ張るのではなく、
心に風を吹かせたまま、明るい足取りで進めるように。
私は、自分を許せないことが一番苦しいとも思っています。
だから、自分で自分を許しながら幸せに生きる、そのお手伝いがしたい。
正直、この想いをどんな形にして届けていくかは、まだ模索中です。
でも、その一つの形が「音のお手紙」です。
私はこれまで、音楽と言葉の両方に助けられて前に進んできました。
だから今は、その2つをセットにして「音のお手紙」としてお渡ししています。

これからも、演奏は続けます。
noteも書きます。
修行は続きます。笑
また、ぜひ読みにきてください。
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記事を読んで感じたことなど、コメントで教えてください!
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
では、また明日〜🌸
追伸
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