「見抜く力がある」と言われたけれど、私を縛った言葉。繊細さんの気づき
ゆる~く生きるMiiです。
自分が迷って進めないとき、
「誰でもいいから答えをください」
と思うことって、ありませんか?
noteの世界で整い中の今、
ふと、私を苦しめていた出来事を
思い出しました。
今回は「占い」のお話です。
昨年の春節の頃、
横浜中華街で手相鑑定を受けました。
看板には「500円」とありましたが両手だと1,000円。
せっかくなので両手をみてもらうことにしました。
私の両手には、
薄い神秘十字線と仏眼があります。
「直観力に優れていて、
他人を見抜くことができます」
と言われました。
仏眼と神秘十字線が両方ある場合強力な守護:
神秘十字線と仏眼の両方を持つ人は、スピリチュアルな力によって非常に強力に守られている稀有な存在とされます。
高められた能力:
仏眼の直感力と、神秘十字線の第六感が組み合わさることで、さらに能力が高まります。
感謝の重要性:
このような恵まれた状態に感謝の気持ちを持つことで、さらなる幸運を引き寄せると考えられています。
その瞬間、胸の奥で何かがチクリとしました。
私はもともと繊細さん気質で、
常に何かを考えています。
今だけならまだしも、
数年前の出来事まで思い出し、
「あの時は、ああしておけば良かった…」
と後悔してばかりの毎日。
そんな私が占いによって、
肯定されたような気がして、
なぜか苦しくなったのを覚えています。
やっぱり、私の思い過ごしではないんだ。
直感は当たっているんだ。
その後、占い師の方はこうも言いました。
「あなたは先祖の守りが強いから、
必ず守ってもらえますよ」
「感謝を忘れなければ、さらに運が開けます」
けれど、不思議とネガティブな
言葉のほうが心に残るんです。
良いことを言われても、
「今だけかもしれない」と真っ先に否定してしまう。
そんな自分が、ますます嫌になりました。
今振り返ると、あの日を境に私は、
心配を肯定するようになっていた気がします。
派遣先での人間関係も、
悪い方向に結びつけて考えてしまい、
「やっぱり直感は当たっていたんだ」と、
自分の不安を証明しようとする毎日でした。
そのことに気づかないまま1年経過し、
4月から無職となり時間ができたことで、
横浜スタジアムのチューリップを見に行き、
中華街まで足を延ばしてしまいました。


食べ歩きでお腹を満たし、
前回の占い店の近くまで来ました。
「手相は変わるって言ってたし、
今度は算命学も気になるし…」
そんな悪魔のささやきに負けて、
もう一度入ってしまいました。
算命学の結果は、さらに厳しいものでした。
「昨年から天中殺に入っていて、
来年の立春まで良いことはありません」
「派遣切りもその影響ですね。
今年は新しいことを始めず、
受け流す一年にしてください」
その言葉が、心に重くのしかかりました。
帰り道、チューリップの明るささえ、
霞んで見えたのを覚えています。
ぐうたらと、ゆる~く生活する中で、
やっと気づきました。
繊細さんの私は、
対面の占いが毒になるタイプなんだと。
占いを否定しているわけではありません。
ただ、私は「他人の言葉」を
そのまま真実として抱え込みすぎる。
助けを求めて行ったつもりが、
結果的に自分を縛っていたようです。
今は、noteで言葉を綴る時間が、
私にとっての解毒の時間になっています。
誰かに「答えをください」と求める代わりに、
自分に厳しすぎる姿勢も直しつつ、
自分の中の声を少しずつ聞けるようになってきました。
自己肯定感が急に上がるわけではないけれど、
「今の自分でもいいかも」と
思える瞬間は増えています。
経験って必ずどこかで生きてきますね。
鑑定を受けたことは後悔していません。
今この瞬間に、生かされていますから。
1か月ぶりの来週の診察では、この気づきを
優しい先生と笑って話せる気がします。
誰かの言葉じゃなく、自分の感覚を信じて。
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