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読書:ヘッセ「荒野のおおかみ」

続き↓


自分も日常的にイマジナリーフレンド的に表現されているアニマとかアニムスと対話しまくってるので、この話は非常に「リアリティ」があり、自分ごととして没入して読めたし、自分の内世界にも読後即時フィードバックを受けて豊かになった。ハリーが自分そっくりすぎるのでもはや名刺がわりにしたい本。


  • 大人のメルヒェンという感じだった。ヘルマン・ヘッセはずばり「メルヒェン」という短編集を出しているくらいだから、メルヒェンの名人なんだろうと思う。エンデの次はヘッセを読みまくるか〜

  • そもそもこの本は河合隼雄氏の言及で気になったので手に取った。冒頭から確かにすごく、ユング心理学を感じる。時系列的にはユングの方が先で、ヘッセはその影響を受けて執筆した(というかユング派の心理療法を受けたことがあるらしい)とのことだから、作中登場するたくさんの女性はみんな「アニマ」を意識して書かれているのだろう。そしてたぶんおおかみは「影」。ヘッセ自身の分裂と「統合」を描いたとされている。すげー赤裸々に書かれている。恥ずかしくないのか。尊敬する。

    • 「デミアン」もユング心理学的で、こっちは「個性化」が主題っぽい。

  • ヘルミーネが基本女性なんだけど少年的な両性具有特性を持っていてとてもエロい。典型的なアニマ。結局ハリーは最後までヘルミーネとセックスしないのが良い。「叡智」とはセックスできないからね。その代わりちゃんと下位アニマのマリアちゃんをけしかけてるのがかしこい。

    1. (ヘルマン・)ヘッセ、自分の名前を使ってそれを女性化して作品に入れてるのすげーと思う。大胆すぎる。これによってヘルミーネは(ヘッセ=ハリーの)アニマであるということが明示的になっている。ママ…

  • パブロの配役もにくいなあ。彼はアニムスなんだろうか。最初は享楽的な「無」、若々しいイケメンとして描かれるが、段階が進んでくると急にかしこく多弁になり、自己変容のしかたなんて高度な知を授けてくれるし、ハリーが尊敬するモーツァルト「先生」に変身したりもするから「老師」原型だと思われる。良い感じに効きまくるおくすりをくれたりもするし、魔術劇場の運営(?)もしている。つよい。パパ…

  • 冒頭だけ登場する、アパートの住民視点だと、作中では本当に何も起こっていなくて、「突然転がり込んできた新住民、なんか影があって惹かれちゃうイケおじが、なんやかんやあったみたいだけど急に悟ってどっか行っちゃった」みたいにしか見えないのがとても良い。非常に個人的な物語なのだ。

  • 散々人間存在に悩みまくった挙句、悩むのはやめちゃって、「軽さ」「踊り」「ユーモア」「生(生きることそのもの、享楽、エロス)」に行き着くのはニーチェとかエンデもみんなそうだ。やっぱそうなるんだ、というかそうしか解法はないわなって感じ。ニヒリズムの脱却だ。

    1. 自分はその境地を理解はするがまだまだ至りはしないのだけど、これ言ってる人たちも50歳とかだったりするから、あと20年で自分もそうなれるのだろうか。。。

  • 最後に約束どおりヘルミーネは刺し殺される。しかしユング心理学の世界観では死は悪い象徴ではなく、その後の再生、再出発を意味する。実際あの後しれっとヘルミーネは生き返って隣にいる気もする。でも一生ヘルミーネとはセックスしないでくれ(アニマを神聖視するオタク)。

    1. オタクといえば、オタク的にはその後ハリーとヘルミーネとパブロで永遠にわちゃわちゃ楽しくやっていてほしいな。ヘルミーネとはセックスしないけどパブロとはセックスしてほしい(???

  • 認めたくないところ、よくわからないところ、全然知らないところ、全部それぞれが違った自分で、全部自分なんだってこと。それを「こま」のように配置して、その時々に自我を変容させること(自我は変容しても自己や自分の総体は変化しない。かたちが変わるだけ)。そうやって人生を楽しむことができるようになるということ。


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