韓国の反日教育と竹島領有権──感情の物語と法の支配の狭間で
はじめに
韓国社会では戦争を知らない世代が主流となり、未来志向や国際協調が重んじられるようになったとしばしば言われる。
しかし現実には、韓国は反日教育を放棄しない。しかもその理由は単なる歴史感情ではなく、竹島(韓国名:独島)領有をめぐる国際法上の脆弱性と深く結びついている。
国際司法裁判所(ICJ)への付託拒否は、この脆弱性ゆえに避けられない選択である。しかし付託拒否を自国民に説明するには「日本の挑発」「民族の誇り」という物語へと転嫁するしかない。だからこそ反日教育は、その物語を支える手段として未来永劫放棄できないのである。
日露戦争との関連性という歴史の歪曲
韓国は日本の竹島編入を「帝国主義の野心に燃えていた日露戦争の一環」と位置づけるが、これは歴史的文脈を都合よく利用した歪曲である。
日露戦争の主戦場は満州と朝鮮半島北部であり、竹島は戦略上ほとんど重要性を持たなかった。日本海軍はすでにロシアのバルチック艦隊を対馬沖で壊滅させ、戦局は決していた。したがって竹島を軍事拠点とする合理性は乏しく、1905年の編入はむしろアシカ漁をはじめとする漁業資源の保護・管理や海洋調査といった平和的な行政目的に基づくものであったと見る方が自然である。
無主地先占と1905年の編入
1905年の日本の竹島編入を韓国は「不法な略奪」とするが、当時の国際法、特に19世紀以降の国際慣習法では領有権の確立には実効的支配が不可欠とされた。
ここでいう無主地先占(terra nullius)とは、誰のものでもない土地を最初に「自分のものだ」と宣言し、実際に行政的な管理を行うことで所有権が認められる国際法上のルールである。無人島に旗を立て、税金を徴収し、施設を建てて「この土地を治めている」という実態を作れば領有が成立する、というイメージである。
編入以前、竹島に韓国の行政支配(住民の居住、租税徴収、法令適用など)が及んでいた証拠は存在しなかった。したがって竹島は国際法上の無主地であり、日本が島根県告示をもって編入した行為は、この無主地先占の要件を満たしていた。
李承晩ラインと国際法上の脆弱性
1952年に韓国が一方的に設定した李承晩ラインは、国際法上の根拠を欠く行為であり、当時から多くの国際法学者がその正当性に疑義を呈していた。
竹島をこのラインに含めたことは、韓国の領有主張を強めるどころか、逆に国際法上の脆弱性を拡大させる結果を生んだ。ICJ付託に応じれば、この不安定な法的立場が白日の下にさらされる。韓国が司法判断を回避し続ける背景には、この法的欠陥に起因する防御的態度が横たわっている。
法の支配を説く日本と感情に訴える韓国
日本政府は一貫して、国際法に基づく平和的解決の重要性を国民に説いてきた。ICJ付託は法の支配を貫く手段であり、国際秩序の安定に資するという立場である。
実際、日本は1954年、1962年、2012年の三度にわたり竹島問題をICJに付託するよう韓国に正式提案してきたが、いずれも韓国側が拒否した。日本が繰り返し国際司法の場での解決を提案してきた事実は、国際社会に対して日本の立場が「領土欲」や「帝国主義的野心」と無縁であることを示している。
多くの第三国の研究者も、日本の竹島領有権主張を感情的なものではなく、国際法的根拠に基づいた冷静な立場として評価している。彼らが注目するのは、以下の二点である。
法の支配への一貫した姿勢:武力ではなく、国際司法裁判所という国際的な法の枠組みを通じて解決を目指してきたこと。
歴史的経緯の合法性:日本が竹島を編入した1905年当時、竹島はどの国の主権も及ばない「無主地(terra nullius)」であり、国際法上合法な先占行為であったこと。
これに対し韓国政府は、ICJ付託を「司法の仮面をかぶった日本の挑発」と位置づけ、次の三点を自国民に訴えてきた。
日本の主張は歴史の歪曲であり、植民地支配の正当化に通じる
独島は民族の尊厳と主権回復の象徴であり、守ることは国家的使命である
ICJに付託すること自体が「領土紛争」の存在を認め、日本の主張に正当性を与えることになる
こうしてICJ付託拒否は、単なる外交的選択ではなく「民族の誇りを守る行為」として国民感情に結び付けられてきた。だが国際社会の共通認識は明確であり、平和的かつ最終的な解決への最良の道は、国際司法裁判所による司法的判断にほかならない。
反日教育と実効支配アピールの必然性
韓国の高校教科書(2020年版)は、竹島を「日本帝国主義の最初の犠牲地」とし、「日本が1905年に不法編入した」と記述する。だがこれは国際法的事実を検証しないまま被害史観に組み込む典型例である。
韓国はICJ付託を拒否し続けるなかで、国内世論を「民族の尊厳」や「抗日の物語」で固め、さらに法的根拠の脆弱さを補うために島への施設建設や軍・警察の常駐といった実効支配のアピールを過度に強調する構図を自ら作りあげてきた。
司法の場に立てば法的根拠の脆弱性が明らかになるがゆえに、韓国は感情的ナショナリズムと実効支配の演出に依拠せざるを得ないという評価は国際社会においても広く共有されている。
むすびに──反日教育が放棄できない必然
結局のところ、竹島問題における韓国の反日教育とICJ付託拒否は、国際法上の不利をナショナリズムの物語で覆い隠し、その脆弱性を補うために実効支配を誇示する構図にほかならない。
一度この物語に依存すれば、司法の場での冷静な法的対話は不可能となり、国内世論を維持するために反日教育の継続が政治的にも不可欠な装置となる。
つまり、ICJ付託を拒否し続ける限り、韓国は感情的ナショナリズムと実効支配アピールに依存し、反日教育を未来永劫放棄できないのである。
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