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ロッテは日本企業ではなかったのか──語られない“出自”と韓国ナショナリズム

韓国で巨大企業へと成長したロッテ──だがその始まりは、日本にあった。
その“出自”が語られない背景を、文化的視点から静かに見つめてみたい。

今やロッテは、韓国を代表する財閥の一角を占める大企業である。菓子、流通、ホテル、製薬、化学、建設、通信、金融、さらにはプロ野球チームにまで事業を展開し、その存在感は圧倒的だ。韓国内で「ロッテ」と言えば、まさに韓国資本による成功企業の象徴として語られる。

だがその「成功の物語」に、肝心の“始まり”が語られることは少ない。ロッテという企業が、日本で誕生し、戦後の日本社会に根を張って育ったことを、韓国内で知る人はどれほどいるのだろうか。

ロッテの起源──日本で育った「韓国財閥」

創業者である重光武雄(韓国名:辛格浩)は、戦前から日本に渡り、1948年に東京でロッテを創業した。日本の高度経済成長と共に菓子業界で成功を収めた後、1960年代以降に韓国へ事業を展開。1970年代には「韓国ロッテ」が誕生し、やがて事業の中心は韓国へと移っていった。

一時期は「日本ロッテ」が「韓国ロッテ」の親会社であり、現在も両者は資本的に複雑な構造で結ばれている。たとえば、重光家を頂点とする支配構造(ホールディングス経由)や、日韓両法人の相互出資、役員人事の連携などが挙げられる。つまり、単なる「韓国企業」として語るには、あまりにも日本との関係が深い企業なのである。

なぜ“語られない”のか──韓国ナショナリズムと出自の曖昧化

ここで問題となるのは、ロッテの出自が「語られない」ことそのものではなく、それが意図的に省かれ、見えにくくされている点にある。これは韓国社会における過度なナショナリズムと、日本への対抗意識によってもたらされた情報統制の一形態ではないかと考えられる。

  • 創業の地が日本であること

  • 初期の製品開発・販路・人材育成が日本社会で培われたこと

  • 企業文化に日本的な要素が色濃く残っていること

──これらの事実は、韓国内ではメディアも教育現場もほとんど触れない。韓国でロッテを紹介する企業パンフレットや広告、教科書的な資料の中から、「日本発祥」の記述はほとんど姿を消している。これは単なる偶然や無関心ではなく、「韓国企業としての自立神話」を演出するための操作と見なすこともできよう。

文化的背景──「自尊」の構築と「出自」の抹消

韓国社会には、「外から来たものは劣る」という無意識のヒエラルキーがあり、特に日本由来の要素については、それがどれほど貢献していても“自前化”して語る傾向がある。

ロッテだけでなく、ポピュラー音楽、ファッション、アニメ技術、さらには法律制度や鉄道インフラに至るまで、日本由来のものが“韓国発祥”として紹介される例は少なくない。これは歴史の問題というより、韓国社会における「文化的自尊心」の構築手段としての情報取捨選択であり、国家的ストーリーの形成に深く関わっている。

むすびに──歴史を見つめる静かな視線を

ロッテが韓国で巨大企業へと成長したことは、まぎれもない成果であり、素直に評価されるべきものだろう。

ただ、その成長の物語をより深く味わうためにも、「どこから始まり、どのような道を経てきたのか」という出自に目を向ける視線があってもいい。

日本で芽吹き、やがて韓国で花開いた企業の軌跡──
その重なりは、両国の複雑な関係の中に、ひとつの静かな余白をつくり出している。

歴史を語るということは、過去と向き合うことであり、その静かな営みの中にこそ、次の時代を見通す手がかりがあるかもしれない。

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