『「ありえないんだけどw」と言われてお風呂に入ったら、ありえないことになった。』
ナースの「お風呂入って」を真に受けたら、三途の川が見えた件。
「最近どうしても疲れが取れなくて、お風呂に入る気力すら湧かないんですよね」
職場の同僚ナースに、ぽつりとそんな弱音をこぼした。返ってきたのは、いかにも健康そうな明るいトーンの返し。
「えー!湯船に浸からないから疲れが取れないんだよー!身体が汚れてるのに入らないとか、ありえないんだけどーwww」
素直な私は、そうなのかもしれないと、一度アドバイス通りにやってみようと、重い腰をあげる。
なんとか浴槽にお湯を張ったけれど、この後、全裸でフローリングと一体化する夜を迎えるとは夢にも思っていなかった。
これが、事の始まり。
お湯に身体を沈めた瞬間、いつもならボワッと気持ちよくなるところなのに、何も感じない。
しばらく浸かっていても、いっこうにじんわりとした温かさがやってこない。
温まるどころか、寒い。
お湯に浸かっているはずなのに、皮膚の奥が凍りついていくような感覚に陥る。顔からサーッと血の気が引いていく。
(あれ、これ、マズいのでは……)
そう思った次の瞬間には、自分の体なのに、まったく思い通りに動かなくなってしまう。
指先からじわじわと痺れが広がり、視界がぐにゃりと歪む。ぐるぐると激しいめまいに襲われた。
普段から髄液圧低下症とメニエールを抱えているので、めまい自体には慣れっこだ。めまいがない日の方が珍しいくらいだから、多少の揺れには動じない自信がある。
けれど、この時の感覚は全く異質。
ものすごい寒気が押し寄せ、そのまま意識がすうっと消えそうになる。全身から力が抜けて、あやうく湯船が終着駅になるところだった。湯船の中で身体がぐにゃりとなっていくなかで、
(あ、これ、溺れるやつだ)
と、遠のいていく意識のなか、半分残った意識が「ダメだ、上がれ」と警告を発する。
ここで沈んだら、明日の朝ニュースになってしまう。
若い頃から培ってきた往年の判断力と、ナースとしての危機感知センサー、そして残った筋力を総動員して、なんとか湯船から這い上がる。
だが、身体を拭く気力なんて、もうどこにも無い。
全裸のまま脱衣所の床に倒れ込み、冷たいフローリングに肌を押し当てて、床でぺったりとただじっと横たわっていることしかできなかった。
極度の疲労状態で温かいお湯に浸かったことで、体全体の血管が一気に緩んで広がってしまったのだ。ホースが太くなるようなもので、そうなると、重力によって血液が下半身や皮膚の表面へと一気に下がって溜まってしまう。
結果、心臓に戻るはずの血液が足りなくなり、血圧が急降下して、頭に送られるべき酸素と血液が文字通りすっからかんになってしまったというわけ。
温まるどころか寒いと感じたのは、体表の血管が一気に弛緩(拡張)したことで急激に熱が奪われ、同時に有効循環血液量が激減して血圧が低下し、ショック状態に陥っていたからだ。
ショックと聞くと、多くの人は、精神的に大ダメージを受けて絶望している状態を思い浮かべるかもしれない。
医療現場で使うショック状態は、精神の話ではない。血圧が著しく低下し、脳や心臓といった生命維持に必要な臓器に、酸素や血液が行き届きにくくなってしまった生命の危機を指す。
私の身に起きたのは、まさにそれだった。
そこに低髄液圧症候群による自律神経の乱れと、メニエールによる内耳の脆弱性が引き金となり、激しい脳虚血、めまい、脱力、そして意識消失が一気に引き起こされてしまった。
絵に描いたような入浴関連失神と、急性低血圧ショック。
あと一歩、湯船からの脱出が遅れていたら、今頃は本当に溺死していたかもしれない。いやぁ、参った。本当に参ってしまった。
お風呂は健康な人の贅沢品なのだと思い知らされる。自律神経のバランスが崩れている絶不調のときに、さらに熱の刺激を与えるのは、疲弊した身体への追い打ちでしかない。
ただの、本末転倒入浴法。自爆もいいところだ。
身体が汚れていることよりも、命が消えてしまうことの方が、よっぽどありえない事態。
お風呂に入って疲れを取るどころか、あのまま溺死していたら本当に目も当てられない。あの世にいってしまったら、もう二度と疲れを取ることすらできないのだから。
疲弊しきったナースの、今日はお風呂に入りません宣言。
本当にしんどい日は、きれいな体より生きてる体。汚れてたっていいじゃない。
みなさんも、疲れた夜は、お湯に沈まず布団に沈もう。
お風呂になんて、無理に入らなくて大丈夫。
まずは、何か美味しいものでも食べて栄養を取り、横になってゆっくりと休んでください。

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