【短編ホラー集】怪忌12.転校生/E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末
E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末
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12.転校生
高校最初の夏休みが終わった九月一日の朝、希美たち一年三組の教室は、にわかに沸き立っていた。普通なら憂鬱極まりない二学期の初日。クラスみんなの気持ちが高まっているのは、転校生が来るからだった。クラスメイトの舞が、登校時に職員室の前でその転校生を見たそうだが、モデルみたいな美少女だったらしい。
この話を聞き、特に沸き立っているのはもちろん男子たちである。多くの男子たちが、髪型を整えたり口臭ケアをし始めたりと、少しでもキメようと涙ぐましい努力をしている。希美もどうにも落ち着かない気分だ。それは、どんな子が来るのか楽しみ、というよりは、どんな子が来るのか心配、という気持ちの方が強かった。
希美は教室の後ろの方にいる歩希を見た。クラスの友人である直人と話をしている。内容までは聞こえないが、転校生のことを気にしているような感じではないので、少しホッとする。
チャイムが鳴ったので、みんなおしゃべりをやめて席に着いた。ドアが開き、担任教師に連れられて入って来た女子生徒を見て、教室内はどよめいた。モデル並みの美少女、と、事前に聞いていてもなお、みんな驚きを隠せない。それはまさに想像を越える美少女だった。
しなやかな足取りで教室に入って来たその姿は、希美がテレビやネット配信などで見るファッションショーのモデルそのものである。この教室の電気はいまどき古い蛍光灯で、昼でもなんとなく薄暗く感じるのに、彼女の周りだけスタジオのスポットライトが当たったかのように眩しく思える。
背は希美より一回り高く、一七〇センチ近くありそうだ。胸のあたりまで伸びた髪は、黒髪なのに一本一本を光の糸を紡いだみたいに艶やかな光沢を放っている。一歩歩くたびにその髪がふわりと揺れ、山間部の片田舎の小さな高校の教室に、都会の洗練された空気が香るような気さえしてくる。
そして、ぱっちりとした二重の目と、すっと筋の通った鼻、朝露で潤んだ花びらのような唇。肌の色は、生まれて一度も日の光を浴びたことがないのでは? と思えるほど白い。それでいて、触れたら火傷してしまいそうな熱を帯びているようにも感じる。白い太陽──そんなイメージだ。
少女は教卓のそばに立ち、クラス全体に光を届けるみたいに見回した後、ゆっくりと口を開いた。
「志摩朱理です。初めての転校ですごく緊張していましたが、みんなの優しそうな顔を見て、いま、とっても安心しています。これからよろしくね」
その美しい容姿に反して、少しも気取ったり見下したりした様子の無い言葉と声でそう言って、少女は静かに頭を下げた。
誰とはなしに手を叩き始め、やがて教室内は温かな拍手に包まれた。完璧だ、まさに一〇〇点満点の美少女だ、と、希美も認めずにはいられなかった。
だが、そうなるとなお、希美は心穏やかでいられない。
隣の席の歩希を見ると、恐れていた通り、目をくぎ付けされたみたいに真っ直ぐに美少女を見つめ、手を叩いていた。
「……ちょっと、なに見とれてるのよ」
希美は声に怒気を含めて言った。
歩希は我に返ったような顔をした後、「べ……別に見とれてなんか……」と、焦った声で言う。
「ふん、やらしいんだから」
希美は拗ねように言ってそっぽを向いた。「はあ? なに言ってんだ」と、歩希は言ったが、無視した。
「──席は巌刈の隣だ」先生が希美の横、歩希とは反対側の隣の席を指さして言った。「巌刈、学校のこと、いろいろ教えてやってくれ」
「あ、はい」
転校生は教室に入って来たときと同じしなやかな足取りで希美の前まで来ると、太陽のような笑顔を浮かべ、「よろしくね、巌刈さん」と言って、席に着いた。
「あ、よろしく、志摩さん」
希美はなぜか顔が熱くなるのを感じた。まるで夏の強い太陽に照らされたかのようだ。同性でも、思わず視線が釘付けになってしまう。
「おい、なに見とれてんだ」歩希が横から低い声で言った。
「べ……別に見とれてなんか……」希美は我に返って答える。
「ふん、やらしいな」
「や……やらしいって何よ」
二人でそんなやりとりをしていると。
「何? なんだか仲が良さそうだね、あなたたち」
転校生は、ふたりの気持ちを覗き見したような目で言う。
「いや、別に、そんな」
希美と歩希は声を揃えてそう言ったが、転校生は含みのある笑みで二人を見ていた。
☆
「──ねえねえ、志摩さんって、どこから転校して来たの? 東京とか、都会の方でしょ?」
「ううん、そんなことないよ。なんていうか、すっごく暗くて、人がいないところ。この町はみんな明るくて、とても良い感じだよね?」
「志摩さんって綺麗な肌してるよね。なにか、良いコスメとか知ってたら、教えてよ」
「うーん、そういうのは、あんまり詳しくないかな。でも、太陽の光はニガテだから、あんまり浴びないようにしてる」
休み時間になり、転校生・志摩朱理の周りには人だかりができていた。みんな朱理のことに興味津々で、次々と質問を投げかける。あまりに人が多いので、希美は隣の席にも関わらずほとんど追いやられるような形で教卓のそばに立っていた。幸いにして、歩希はその人だかりには加わらず、朝と同じく後ろの方の席で直人と話をしている。まあ、歩希は美少女に色目を使うようなタイプではないので、ちょっと安心した。
「──志摩さん、趣味とかあるの? 休みの日とか、なにしてる?」
デートにでも誘おうというのか、男子の一人が訊いた。
「休みの日か。そうね……心霊スポット巡りとか、よくしてるかな?」
朱理のその答えに、みんな一瞬言葉を失った。その美しい容姿とあまりにもかけ離れた趣味だ。
それに気づいているのかいないのか、朱理はさらに続ける。「あたし、幽霊とか、怖い話とか、大好きなの。ねえ、この町って、町全体で交通事故とか不審死とかが多発してて、心霊スポットが多いんでしょ?」
「え……と……、まあ、そうかな」
「やっぱりそうなんだ! あたし、そのためにこの町に引っ越して来たようなものなの。ねえ、誰か、そういう心霊スポットに詳しい人、いない?」
急にテンションが上がり、一気に早口になった朱理に、みんな戸惑った視線を向ける。希美にもその声は聞こえてきたが、かなり意外な話だった。あんな美少女なのに、趣味が心霊スポット巡り。正直、あまり良い趣味とは言えないだろう。
「それだったら、希美が詳しいよ」
会話の輪に加わっていた舞が、教卓そばの希美を手で示した。
「ええ? あたし?」驚いた顔で自分を指さす希美。
「なんてったって、霊感少女だもんね?」
「その言い方やめてよ。好きでなったわけじゃないんだから」
霊感少女──確かに、希美はそう呼ばれることがある。ただし、霊感があるとは言っても、これまでの人生それで得をしたようなことは無い。ただひたすら怖い思いをしてきただけだった。
朱理は、霊感少女という言葉に反応したかのように席を立ち、人だかりをかき分け、幼い少女が変身ヒロインを見るようなキラキラした瞳で希美に近づいてきた。
「ホントなの? 霊感少女? スゴイ、憧れちゃう。ねえ? 今までどんな体験してきたの? 怖い目には遭った?」
「うん、まあ、ね」
「どんな体験? 聞かせて聞かせて」
あまりにも可愛い声でせがんでくるので、仕方なく、希美は。小学五年生の時のトンネル探索や、六年の時の廃遊園地探索、中学二年の時の三階建て校舎での肝試しなどの話をした。
「すごいすごい。やっぱりこの町って、怪異が蔓延してるんだね」
話を聞いた朱莉は、両手を組み、うっとりとした表情で斜め上を見ながら言った。それまでとのギャップにクラスメイトは引き気味で、何人かは既に会話の輪から離れている。
そのことに気づいていないのか気にしていないのか、朱理はまた希美を見た。「ねえ巌刈さん、今日、授業が終った後、時間ある?」
「え? まあ、特に予定はないけど」
「じゃあさ、放課後、どこか心霊スポットに連れて行ってよ?」
「ええ!? どこかって、どこ!?」
「どこでもいいよ? 巌刈さんが一番オススメのところ」
その時、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。朱理は「お願いね!」と言ってから、ぱちっとウィンクをして、席に戻った。
この子、こんなカワイイ顔して、楓と同じタイプだな──希美はそう思いつ、『イヤあたしもカワイイだろ』と心の中の楓にツッコまれながら、自分も席に着いた。
放課後。
帰り支度をしていた希美に、隣の席の朱理は、「じゃあ、行こうか巌刈さん。どこに連れて行ってくれる?」と、声をかけてきた。
「どこって、ホントに行くつもりなの? 心霊スポット」
「もちろんだよ。だって、そのためにこの町に引っ越して来たんだもん、あたし」
朱理は胸を張って言った。朝もそう言っていたのは聞いたが、その時は冗談かと思った。しかし、この様子では、まんざら冗談でもないのかもしれない。
しかし困ったな、と、希美は頭を抱えたくなった。ありがたくないことに心霊スポットならイヤというほどたくさん知っているが、トンネルも遊園地も今から行くには遠いし、何より希美自身行きたくない。希美は、霊感はあれどオカルトマニアという訳ではなく、むしろ人より怖がりな方なのだ。
そんな風に希美が悩んでいると。
「蛭子神社なら、いいんじゃないか?」
歩希が事情を察したように言った。
蛭子神社──希美たちの家の近くにある神社だ。子どもの頃からの遊び場で、高校からもそう遠くない。さらには、あそこなら怖いことも起こらないだろう。とは言え、どちらかといえば心霊スポットではなくパワースポットだ。朱理が希望するような場所かどうかは疑問だ。と、思ったのだが。
「蛭子神社って、確か、海と関係が深い神様だよね? なのに、こんな山奥の町の中にあるんだ。なんか不思議」
意外、と言っては失礼かもしれないが、希美は朱理のその知識に驚いた。彼女の言う通り、蛭子神は葦の舟に乗せられて海に流された神様で、その舟が流れ着いたとされる場所に祀られていることが多い。この町のヒルコ様は、天から降臨されたとか地から昇臨されたとか諸説あるが、とにかく山頂部に現れたというから、かなり珍しい方だろう。
「いいじゃない、すっごく興味深いわ。行こう行こう」
予想外に朱理は話に食いついてきた。まあ、蛭子神社ならいいか、と、希美は承諾し、帰り支度をするため、カバンを机の上に置いた。
「あ、それ、カワイイね? どこで買ったの?」
朱理が希美のカバンにつけているアクリルプレートのキーホルダーを指さした。コスモスの花を押し花にして中に入れたものだ。
「あ、これ? 買ったんじゃなくて、うちの庭の花で作ったの」
「そうなんだ。キーホルダーを手作りするなんて、巌刈さんって、器用なんだね」
感心した表情の朱理に、希美は、「あ、ううん。あたしじゃなくて、歩希が作ってくれたんだ」と答える。
「あ、そうなんだね」
「うん、小学四年生の時だよね」
歩希の方を見ると、彼は「そうだったな」と頷いて、キーホルダーを手に取り、しみじみと見てから言う。「もう何年も前に作ったヤツだから、かなり色あせてきたな。まあ、六年近く前だから、よく持った方だよ。どうする? 樹脂で加工すると長持ちするらしいから、また新しいのつくるか?」
歩希はそう訊いてくる。キーホルダーの中の花は、元々は深い赤色だった。しかし、歩希の言う通り今はすっかり色が抜け、くすんだ薄紅色になってしまっている。正直見栄えはあまり良くない。
でも。
「ううん、これじゃなきゃダメなの」
希美はハッキリとそう言った。
「そうか……まあ、そうだな」
歩希も希美の気持ちを察したように言う。
そして、お互いにっこりと笑い合う。こういうとき、あたしと歩希は心が通じているんだな、と、希美は感じる。
「えー? なに二人で勝手にイチャついてんの?」
朱理が茶化すような口調で言った。
「べ、別にイチャついてなんか……」
朝と同じように答えて、ごまかすように希美は帰り支度を整えると、三人で教室出た。帰り道は歩希といっしょなので、彼も蛭子神社に同行してくれることになった。
蛭子神社に着き、三人は参道を通って階段を上がる。手水場で手を清めたり鳥居の前での礼をしたりといったひと通りの作法を行って、まずは社殿にお参りをする。そして。
「この裏に、とっておきの場所があるんだ」
希美はそう言って、社殿の裏に朱理を案内した。歩希は、「女子だけでゆっくりして来い」と、気を利かせたようなことを言って、広場にある東屋で待ってくれることになった。
社殿の真裏には舗装されていない細い道があり、木々が生い茂る森の中へ続いている。この辺りは陽の光が遮られ、夕方前にもなると薄暗くて不気味な雰囲気になるが、朱理は特におびえた様子もなくついてくる。さすがはオカルトマニアと言ったところか。あるいは、もしかしたら希美と同じく、この場所に不思議な安心感があるのかもしれない。
細い上り坂をしばらく進むと、木々の葉は急に開け、高台のちょっとした広場に出る。ご神木がある広場だ。希美は中央にあるご神木のそばに立ち、朱理に木の伝承を説明する。
「この木はね、樹齢一三〇〇年以上って言われてて、この町の守り神みたいなものなんだ。この木の枝を拾ってお守りにするのが、この町の昔からの風習なの。志摩さんも、拾ってお守りをつくろうよ」
希美はそう誘ってみたが。
朱理の目から、急激に色が失われていくように、希美は感じた。それは、自分にとって価値の無いものを見る目……まるでその辺に転がっている石ころを邪魔に思っているかのような目だ。まあ、それは希美の考えすぎかもしれないが、なんにしても機嫌が悪くなったように思う。やはりこの場所はオカルトマニアの希望にはそぐわなかったのだろうか? と、希美がハラハラしていたら。
「この木……良くないね……」
朱理は、木の存在が気にくわないような声で言う。ただし、その声はどこか悲しみを帯びているようにも思えた。単純に木の存在そのものが気に入らないという訳ではないように思える。
「……どういうこと?」希美は訊く。
「本来ここにあるべきじゃないよ、この木は」
その答えに、希美は大きく目を見開いた。「判るの?」
「ええ。なんていうか、言葉は悪いけど、すごく異物感がある」
驚いた。朱理の言う通り、本来このご神木はこの場所にあったものではない。町の北西部、いまは閉鎖した遊園地の観覧車が建っている場所にあったものだ。それが、都市開発という人間の都合により、ここに植え替えられたのである。
しかし。
なぜ、まだこの町に来たばかりの転校生がそのことを知っているのだろう? この町に住む人だって、今となっては知らない人も多いくらいなのに。
それを聞こうとしたら、朱理は突然吐き気を催したのか、手で口元を抑え、広場の隅に走って行ってしゃがみこんだ。
「志摩さん! 大丈夫!?」
希美はそばに駆け寄り、背中に手を当て、ハンカチを取り出して渡そうとした。たが、朱理は「大丈夫」と手のひらを向け、肩で大きく息をし、呼吸を整えるような仕草をする。
「ゴメンね……ここでは、変なことは起こらないと思ったんだけど」
「ううん、平気。もう大丈夫」
朱理は最後にもう一度大きく息をした後、立ち上がった。
そして、またご神木を見る。
「たぶん、木の『悲しい』って感情が、流れ込んできたんだと思う」
はっとした。木の『悲しい』という感情。それは、希美もずっとこの木から感じていることだ。より正確に言うならば、『帰りたい』という感情。この木は、元いた場所に戻りたがっているように思う。それを感じ取った人は、希美以外には彼女が初めてだ。この子も霊感があるのだろうか。
「今日は、枝を拾うのはやめておくね。せっかく案内してくれたのに、ゴメンね」朱理は申し訳なさそうに謝った。
「ううん。あたしこそゴメン。こんなことになるなんて思ってなかったから」
希美も謝る。枝を拾えなかったのは残念だが、もしかしたら木の感情といったスピリチュアル的なものではなくアレルギー的なものである可能性もあるので、強制はしない方がいいだろう。
「いいの、気にしないで。あたしがどこかに連れて行って、って頼んだんだし」
朱理はにっこりと笑ってそう言った。
ご神木の広場を離れ、社殿まで戻ったふたりは、歩希と合流し、神社を後にした。
「ホントにゴメンね、志摩さん」希美は、朱理が体調を崩すような事態になったことを詫びる。
朱理はすっかり元気を取り戻したような顔で、「いいってば」と言って、さらに続けた。「それよりさ、あたしのこと『朱理』って呼んでよ。あたしも巌刈さんじゃなくて、みんなみたいに『希美』って呼びたいから」
とっておきのような笑顔で言われ、希美は。
「わかった。朱理」
背中のくすぐったさとともに、そう呼んだ。
「うん」朱理は嬉しそうにうなずく「じゃあ、希美、また明日」
「うん。また明日」
「歩希くんも、付き合ってくれてありがとね。今度また、本当の心霊スポットに連れて行ってね」
歩希くん、という呼び方に、希美はドキリとする。いきなり名字ではなく名前で呼ぶの? と、思ったが、考えてみたら彼女は転校して来たばかりで、歩希の名字は知らないはずだ。希美が歩希と呼んでいたから、彼女もそう呼んだだけだろう。
朱理は手を振りながら帰って行った。希美と歩希も手を振りながらそれを見送り、そして、その姿が見えなくなってから、二人も家路についた。
