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【短編ホラー集】怪忌11.病院の黒い人/E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末

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E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末


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11.病院の黒い人

「──ママ、明日から少しの間、病院に入院することになったから」

 母親がそう切り出したのは、小学四年生の秋の運動会が終わって一週間経った日のことだった。学校から帰ると、いつもは夜になってから帰ってくるはずの父親がいて、希美や乃愛の誕生日でもないのに、「今日はパーティーだぞ」と言って電話でお寿司を注文し、それが食卓に並んで、みんなで「いただきます」を言う前のことだった。まずサーモンを食べようか、それとも玉子からにしようか……そんな楽しい気分は、母のその言葉でどこかへ飛ばされてしまった。

「入院って、ママ、病気なの……?」

 希美は母にそう尋ねた。希美には、母はずっと元気なように見えた。入院するなんて、思ってもいなかった。

「うん、まあそうだけど……」母は困ったような顔になって言い淀んだが、すぐに笑顔に戻り、「でも、心配しないで。すぐに良くなるから」と続けた。いつもの優しい笑顔とは違う、取り繕うような、あるいは思い出したような、そんな笑顔。

「すぐって、どれくらい?」

「うーん、まだわかんないかな。それより、お寿司、食べましょ?」

 お茶を濁すような言い方に希美は納得できず、「わかんないって、そんなに悪い病気なの?」と、さらに訊く。

「ううん、そうじゃないの。そうじゃないけど……」

「だったら、どれくらいで退院できるの? 三日とか、四日とか?」

「えっと……そうね、もうちょっと、かかるかな?」

「ねえママー」と、妹の乃愛が口を挟む。「お寿司、まだ食べちゃダメなの?」

 乃愛はお預けを食らった犬みたいな顔をしている。乃愛は五歳。母親が入院することの意味を、まだ理解していないのだろう。仕方がないことかもしれないが、それが腹立たしい。

「乃愛は黙ってて」苛立ちを抑え、どうにかそう言った後、また母に訊く。「もうちょっとかかるって、一週間くらい?」

 母は困ったような顔をするだけで、何も答えない。

「お姉ちゃん、乃愛、お腹すいたよー。早く食べようよー」乃愛が希美の感情を逆なでするようなことを言う。

「いまママと大事なお話ししてるんだから黙ってて」希美は乃愛の顔を見ずに言う。いま乃愛ののんきな顔を見ると、苛立ちを爆発させてしまいそうだ。だから、ただ真っ直ぐに母を見て、もう一度訊く。「ねえ、どれくらいで帰って来れるの? 一週間? 十日?」

「希美、いい加減にしなさい」父が、見かねたように口を挟んだ。「ママだって判らないんだから、仕方ないだろう」

 判らないから母も答えようがない、それはもちろんそうなのだろうが、それでも希美は、いつ母がこの家に帰って来られるのか答えてほしかった。それが判らないままでは、母は永遠に帰ってこないんじゃないかと思えてくる。

 父に注意され、うつむく希美に対し、母は申し訳なさそうな声で言う。「病院で検査して、手術して、それから経過を見て退院になるから、本当に、まだわかんないの。ゴメンね、希美。でも、必ず元気になって帰ってくるわ。約束する」

 母はテーブル越しに右腕を伸ばし、希美に向かって小指を一本立てた。約束のおまじない──希美はなんだかごまかされているようにも感じたが、それでも母が早く帰ってくれることを願い、小指を出してママと絡めた。

「乃愛もやるー!」

 乃愛も小指を出して母と希美と絡める。そして、三人で指切りをした。

 指を離すと、母はこの話を打ち切るかのように、ぱん、と手を叩いた。「はい。じゃあ、食べましょう。お待たせ乃愛。なにから食べる?」

「いくら! それと、マグロ!」

 待ってましたとばかりの笑顔になる乃愛。母は言われた通りのお寿司を寿司桶から小皿にとって乃愛に与える。

「いただきまーす」

 乃愛は嬉しそうにいくらとマグロを順に頬張る。父と母も、トロやタイなどを取って食べる。

 食事をしながら、母は、「乃愛、明日から、朝起きたらパパと一緒にご飯食べて、歯を磨いて、お着替えして、幼稚園に行くのよ?」「希美は、もう一人でも大丈夫よね?」「できれば、乃愛の朝の支度を手伝ってあげてね」と、自分がいなくなった後の家のことがよほど心配なのか、やることをひとつひとつ丁寧に教え、その後も、「大丈夫よね、うん、大丈夫」と、家族よりも自分に言い聞かせるように、何度も頷いていた。ママも不安なんだ、と、希美はそのときになって気が付いた。

 その夜食べた大好物のサーモンや玉子は、全然おいしく感じられなかった。



 母が入院して三日が過ぎた。希美と乃愛は、父に連れられ、母が入院している伊吹総合病院にお見舞いに訪れた。

 伊吹総合病院は市内で最も大きな病院だ。敷地内には西棟・東棟などの五つのビルがあり、内科・外科・小児科・入院棟などが、それぞれビルに分けられている。迷子にならないよう、希美は乃愛の手をしっかりと握り、父の後についていった。

 入院棟のエレベーターを四階まで上がり、廊下を奥まで進む。『巌刈いかりしずか』というネームプレートが貼られた病室が母の部屋だ。希美と乃愛は部屋に入った。

「──希美、乃愛、よく来てくれたね。ちゃんといい子にしてた?」

 部屋に入ると、母はベッドの上からいつもの優しい笑顔で迎えてくれた。いつもの笑顔──だがそれは三日ぶりの笑顔で、そして、わずか三日とは思えないほど、懐かしい笑顔だった。

「ママぁ!」

 母の顔を見ると同時に、乃愛はつないでいた手を離して駆け出し、ベッドの上に飛び乗る勢いで抱きついた。

「こら乃愛、病院では静かにしなきゃダメよ」

 本心では希美も乃愛と同じように走って抱きつきたかったが、ここは姉らしく妹を注意して、抱きつくのは我慢した。

「乃愛ね、朝起きてパパと幼稚園行ったし、帰ってから手洗ってうがいしたし、ごはんも残さず食べたし、ちゃんと歯みがいて寝たよ?」

 母の隣に座った乃愛は、入院前の母との約束をひとつひとつ確認するように言う。この三日間自分がどんなにいい子だったのかをアピールするような言い方だが、本当は幼稚園に行くときはママじゃなきゃイヤだと泣いてパパを困らせたし、手洗いうがいは「あとでやる」と言っていつまでもやらなかったし、ご飯は半分パパに手伝ってもらったし、歯は五秒くらいしか磨いていない。何より、毎晩毎晩「ママのところに行く! ママといっしょがいい!」と泣いて仕方なかったが、そのことは黙っててあげることにした。

 もっとも、その辺はおそらく母も見抜いているだろう。それでも母は「そう。ガンバったね。偉いわ、乃愛」と言って、手のひらで乃愛の頬を包み込んだ。

「希美も、来てくれてありがとう」

 母は希美の顔を見て、安堵したような顔になる。

「ママ、これ、お見舞いのお花」

 希美は用意していた花束を差し出した。庭の花壇に咲いたコスモスだ。母が初夏に種を植えて丹精込めて育てていたものである。母が入院する前はまだ蕾だったものが今朝咲き、それを持ってきたのだ。

「まあ、綺麗に咲いたわね。ありがとう」

 母は受け取った花を嬉しそうに眺めた後、改めて希美を見て、花よりも綺麗な笑顔を咲かせた。

「希美、乃愛の面倒見てくれて、ありがとう」

 希美の心を労わるような声で言う。この三日間、ワガママで甘えん坊で泣き虫の乃愛の面倒を見ることは大変だったが、母の笑顔と優しい声で、全て報われた気がした。母が退院する日はまだ判らない。父によると、今は検査の段階で、まだ手術の日も決まっていないそうだ。退院まではまだ時間がかかるかもしれないが、母を心配させないようまた頑張ろう。そう心に誓う。

 花を花瓶に入れて窓辺に飾ると、担当の先生と看護師さんが部屋に入って来た。

「希美、乃愛。パパとママ、少し先生とお話しするから、図書室に行ってなさい。場所は判るよな?」

 父にそう言われ、希美は「うん、大丈夫」と答えた。図書室はこの入院棟の一階にある。希美は以前この病院に入院したことがあり、その時よく利用していたので、二人だけでも迷子になることはないだろう。乃愛はもっと母のそばにいたそうだったが、大人の難しい話が退屈なのは判っているので、ここは素直に「はーい」と返事をした。

「さ、乃愛。行くよ」

 乃愛の手を引き、希美は病室を出た。

 そして、廊下の様子を見て、深くため息をつく。三日ぶりに母に会い、弾むような嬉しい気持ちが、急激に沈んでいく。

 ──病院はキライだ。

 うんざりした気分で廊下を見る。もちろん、母には会いたい。この病院は家から遠く、父の仕事の都合もあって入院後お見舞いに来るのは今日が初めてだが、できれば毎日来たいと思っている。

 しかし、この状況だけは、どうにもイヤになる。

 廊下にはたくさんの人・・・・・・がいる。白衣の裾をなびかせ、携帯電話で話しながら早足で通り過ぎる医者。壁の手すりを掴み、一歩一歩足元を確かめるようにゆっくり歩く年配の男性。ワゴンを押しながら、希美と乃愛に「こんにちは」と笑顔であいさつして隣の病室に入る看護師。

 そして、それ以外にも。

 廊下に倒れ、苦しそうな顔で医者に手を伸ばす男の人。手すりを掴んでゆっくり歩く年配の男性を、寄り添って支えようとする年配の女性。看護師の背に負ぶさる、顔の肉が半分削られ右手と左足が無い女の人──など。

 それらの姿に、希美以外の誰も気付かない。医者も、年配の男性も、看護師も、他の人たちも、みんな気にせず通り過ぎていくだけだ。恐らく希美以外には見えていないのだろう。あれはおそらく、この病院に留まっている幽霊だ。

 小学三年生のある日、ふとした出来事をきっかけに幽霊が見えるようになった希美は、いたるところでああいったものを見るようになった。通学路や近所の遊び場、駅前のロータリー、時には学校や家の中で見ることもある。中でも、病院では特にたくさん見ることになる。この病院は市内一大きいのでなおさらだ。

「お姉ちゃん?」

 廊下に出て立ち止まった希美に、乃愛が不思議そうな顔を向けた。

「ゴメン、行こっか」

 希美は乃愛の手を引き、なるべく幽霊たちを見ないようにしてエレベーターへ向かった。

 霊感が目覚めて一年が経ち、希美も多少は慣れてきた。これらの幽霊はただそこにいるだけで、特別悪さをする訳ではない。ヘタに話しかけたりすると付きまとわれたりするし、希美はただ彼らの姿が見えるだけで何もできないため、気にしないのがいちばんなのだ。

 ただ。

 この病院には、気にしないようにしても、どうしても気になってしまうものも、いる。

「──おばあちゃん、今日は顔色が良くて、安心したわ」

 エレベーターの方へ向かっていると、母の隣の病室の扉が開いていて、中から話し声が聞こえてきた。通りすがりに何気なく見ると、希美よりも少し年上の男の子とその両親、そして、ベッドにおばあさんと思われる女性が座り、話をしていた。希美たちと同じく、家族でお見舞いに来たのだろう。

 その様子を見て、希美は小さく息を飲む。

「昨日から体の調子が良くてねぇ。ちょっと、お庭を散歩してこようかしら」

 機嫌良さそうに笑うおばあさんのそばに、全身黒ずくめの男の人が立っていた。

 黒いスーツと黒い長ズボン、黒い靴下に黒い靴、手袋と髪色も黒で、顔まで墨を塗りたくったみたいに真っ黒だ。まるで夜の闇を全身にまとったような姿のその人は、前かがみになり、ベッドの上のおばあさんに顔がくっつきそうなほどの距離で覗き込んでいる。なのに、おばあさんも、家族の誰も、その黒い人の存在に気付いていない。あれも、見えているのは希美だけだ。希美はまた気づかないフリをして、部屋の前を通り過ぎた。

 あの黒い人がいるのは、今の病室だけではない。

 別の病室──ベッドに横になったままテレビを見ている男性の顔を、黒い人が覗きこんでいる。

 ストレッチャーに乗せられ、看護師に運ばれている女の人の顔を、黒い人が追いかけながらじっと見ている。

 時には、病人よりも顔色が悪そうな医者に付きまとって顔を見つめる黒い人もいる。

 病院のいたるところで、あの黒い人を見かける。みな、誰かの顔を、じっと見つめている。

 そして。

 あの黒い人に顔を見つめられていた人は、次に病院に来たとき、必ずいなくなっているのだ。



 入院棟の一階にある図書室に来た希美と乃愛は、キッズコーナーでおとなしく本を読む。乃愛は大好きなたまごのキャラの絵本を、希美は小学四年生向けの昔話集を読んでいた。幽霊やあの黒い人は図書室の中にもいるが、こうして本を読んでいたら、あまり気にならない。

 静かに昔話集を読んでいた希美は、ある話で、思わず「あ……」と声を出した。図書室では静かに、そのことを思い出し、手で口を押えて周囲を見回す。幸いそれほど大きな声ではなかった為、誰も気にしていないようだった。気を取り直し、希美はまた本を読み進める。

 それは『死神』というタイトルの話だ。貧乏な男が死神と出会ったことから始まり、「病人の足元に死神が立っていたら呪文じゅもんを唱えて追い払い、枕元に立っていたら助けてはいけない」という死神の教えを使い、医者として成功する、という物語だ。この話の挿し絵で病人の枕元に立っている死神の姿は、痩せこけた老人であるものの、全身黒ずくめで、この病院にいる黒い人に似ているように思う。それが枕元に立っていたら、その人はもう助からない──その点も似ている。

「──希美、乃愛」

 父が二人を迎えにきた。話が終わったようだ。二人は本を棚に戻し、病室へ戻った。

「お母さん、手術の日が決まったわ」

 病室に戻ると、母がそう言った。五日後のお昼から行われるそうだ。その日は学校だが、父が「お母さんも心細いだろうから、手術の時はみんなでお母さんのそばにいてあげよう」と提案し、学校も幼稚園も休んでいいということになった。

「乃愛、ママのこと、応援してね」

 落ち着いた声で言う母に、乃愛は「うん! 乃愛、ママのこといっぱいいっぱい、応援するね!」と答える。希美は、「でも、病院内では静かにね」と苦笑いで注意した後、母を見て「ママ、頑張ってね」と励ます。手術の日が決まった。それが終われば退院だ。今からその日が待ち遠しい。

 その後、希美と乃愛は病室で母とお話ししたりゲームをしたりテレビを見たりして過ごした。今日はここまでちょっと騒いだくらいで良い子だった乃愛だが、夕方になり、そろそろ帰ろう、となったところで。

「ヤダ! ママもいっしょに帰るの!!」

 急にワガママを言い出した。両手でしっかり母の部屋着を掴み、抱きついて離れようとしない。

「ゴメンね、乃愛。ママ、手術が終わるまで帰れないの。今度また来てね」

 母がそう言っても、乃愛はきかず、「乃愛、ママといっしょじゃないと帰らない! ずっとママといっしょにいるの!」と言い張る。あまりにも意固地になるので、父から「いい加減にしなさい」と強めに注意されると、乃愛はついに泣き出してしまった。

「ママも乃愛といっしょに帰るの! 乃愛といっしょにいるの!」

 いっそう意固地になる乃愛。昨日の夜も、家で同じようなことを言って父を困らせ、結局泣き疲れて眠るまで騒いでいた。病院では泣き疲れるまで待つという訳にもいかない。父も母も、困り果てた顔で乃愛を見る。

 乃愛のその気持ちは、希美にも判らなくはない。と、いうよりは、希美も同じ気持ちだ。希美だってママと一緒に帰りたいし、ずっと一緒にいたい。でも、それを言ってママを困らせるのはイヤだった。思えば、入院すると告げられたあの夜、希美は、「いつ退院するの? いつ帰れるの?」と問い詰め、ママを困らせた。今ではちょっと後悔している。

「乃愛、ワガママ言って、ママを困らせちゃダメよ」

 希美は乃愛の肩に手を添え、優しく諭すように言う。

「乃愛、ワガママいってないもん。乃愛、ママといっしょにいたいんだもん」

 泣きながら言う乃愛。希美は「そうだね」と言って、続ける。「お姉ちゃんも、ママとおうちに帰って、ママといっしょにいたいよ? でも、ママは手術をして、元気にならないといけないの。乃愛も、前に風邪を引いて幼稚園行けなかったことがあったでしょ? あの時は苦しかったし、お母さんやお姉ちゃんやみんなとも遊べなくて、悲しかった。ママも同じだよ。手術をして元気にならないとおうちに帰れないし、乃愛といっしょにいられないの。そしたらママも悲しい。ママが悲しいと、乃愛もイヤでしょ?」

 乃愛は、涙をいっぱい溜めた目で、コクンと頷く。「ママが悲しいと乃愛も悲しい。でも、ママがいないと乃愛が悲しい」

 うん、と頷いて、希美はさらに話す。「それでね、お姉ちゃん、実は、さっきママと魔法のお約束をしたの」

「魔法のお約束?」

「そう。『今日、乃愛が泣かずにおうちに帰ったら、ママが、夢で乃愛に会いにきてくれる』って約束」

 魔法──その言葉にかかったように、まだ涙がいっぱい溜まった乃愛の目が、きらきらと輝いた。

「乃愛が泣かなかったら、ママ、夢で乃愛に来てくれるの?」

「そうよ? でも、泣いたら、せっかくの魔法が解けちゃう。だから、ママを困らせないためにも、今晩夢でママに会うためにも、もう泣いちゃダメ。そして、お姉ちゃんと一緒に、ママに『おやすみ』って言おう」

 嘘だった。そんな約束はしていないし、希美もママも魔法なんて使えない。そもそも、乃愛はもう泣いてしまっている。

 でも。

 たとえそれが嘘であっても、信じていれば現実になることもある、と、希美は知っている。

 だからこれは、乃愛に言い聞かせる嘘でもあり、自分自身に言い聞かせる嘘でもあり、でも『信じる』ことで叶うかもしれない、そんな言葉だった。

 乃愛は、両手でごしごしと目を擦って涙を拭い。

「乃愛、泣かないでおうちに帰る」

 力強い目でそう言った。

 希美は、「えらいえらい」と言って、母と同じように手のひらで乃愛の温かな頬を包み込んだ。

 そして、二人で。

「ママ、おやすみなさい」

 この魔法がきっと叶うことを信じて、母にそう言った。

「うん、乃愛、希美、おやすみなさい」

 母は二人に今日一番の笑顔で答えた。大切な宝物を見つけたような、そんな笑顔だった。

 帰り際、希美は母から。

「ありがとう、希美。乃愛のこと、これからもよろしくね」

 そう言われた希美は、「うん」と、こちらも今日一番の笑顔で応えた。



 その夜、希美は夢を見た。

 希美と、乃愛と、そして、ママと。

 三人で、雲の上のカフェで、山盛りのパフェをお腹いっぱい食べる夢だった。

 朝、目覚めた希美は、昨日の魔法の約束が効いたのかな? と思いながら、ベッドから起きる。

 そして、まずは乃愛を起こして幼稚園に行く支度を手伝わなくちゃ、と考えながらリビングへ行くと、驚いたことにもう乃愛は起きていて、父に手伝ってもらいながら、朝ご飯を食べていた。

「お姉ちゃん、おはよう!」

 いつもよりも元気に朝の挨拶をした後、乃愛は続けて言う。

「お母さんと食べた山盛りパフェ、すっごくおいしかったね!!」

 そして、満面の笑みを浮かべた。

 希美は少し驚いた顔をしたが、「おはよう乃愛、ホントにおいしかった!」と、同じ笑顔を返した。

 いま、母もきっと、二人と同じ気持ちでいるだろう。



 五日後、母の手術の日。

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