【短編ホラー集】怪忌10.廃墟遊園/E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末
E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末
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10.廃墟遊園
「──ねぇ、ホントに入るの? やっぱやめようよ」
希美は怖気づいてそう言ったが、楓は、「なに言ってるの。せっかくここまで来たのに、何もせず帰るわけないでしょ」と、当然のような顔で答えた。裕太も、「そうそう」と同意して頷く。
確かに、ここに来るまでに自転車で一時間以上、それも、大半がかなりキツイ上り坂だったので、何もせず帰ったのでは全てムダな苦労になってしまう。それは希美にも判っているが、それでも一応、反対せずにはいられない。
しかし、希美がどんなに反対しようと結局付き合わされることになるのは、低学年の頃からのお決まりでもある。
希美たちは、市の北西部の山頂付近にある遊園地跡に来ていた。希美たちが生まれるよりもずっと前、伊吹市が観光地と栄えていた頃に建設されたものである。不況で閉園した後も取り壊されず現在も残っており、シンボルマークである大観覧車は麓からも見えるため、子どもたちの間では常々「幽霊が出る」などとウワサされている場所だ。心霊スポットや怖い話が大好きな楓は前から探検に行きたがっていたのだが、小学生が気軽に行ける距離ではないので、これまでは人から話を聞くだけに留まっていた。
しかし、希美たちもこの春から六年生になった。最上級生なら自転車で遠くまで行っても大丈夫、という楓の理屈に従い、日曜の午後の時間を利用して探検に来たのである。
霊感体質で怖がりの希美は、あまりこういう場所には来たくない。楓がこういった心霊スポット探検を提案するたびに反対するのだが、楓の提案に裕太が賛成し、二人だけで行かせるのは心配だと歩希もついて行くことになり、仕方なく希美もついていく、とういう、いつものパターンとなってしまったのだ。
ちなみに楓がこういう提案をするのはたいてい汐音がいない時だ。クラスで委員長を務める汐音は、子どもたちだけで遠くへ出かけたり勝手に廃墟に入ったりするのには絶対に反対するのである。希美も汐音のように強く反対できれば良いのだが、性格上、どうしてもそれができない。
それに。
怖いのは確かだが、それでも結局付き合ってしまうのは、希美は希美なりにまんざらでもない理由があったりもする。
『伊吹遊園地』と書かれた入口のゲートは錆びついてボロボロで、ところどころスプレー缶による落書きもされてあり、いかにも廃墟といった感じだ。ひと気は全く無い。希美は家族やクラスのみんなで遊園地に出かけたことは何度もあるが、入場ゲートにスタッフも他の客もいない遊園地を見たのはこれが初めてだ。
「──え?」
看板を見ていた希美は声を上げた。空に向かって、赤い風船がひとつ、ふわふわと浮かび上がったのだ。歩希たちもそれに気づく。風船は風に乗り、遠くへ飛ばされていく。遊園地ではよく見る光景だ。子ども用に配られたものを、うっかり手放してしまったのだ。
「誰かいるのかな……」希美は震える声で言った。
「まさか。かなり前に閉鎖されたんだぞ?」と、歩希が答える。
歩希の言う通り、ここは何十年も前に閉鎖された遊園地だ。風船を配るスタッフも、それを受け取る子どもも、いるはずがない。なら、あの風船はなんなのだろう?
「どこかから風で飛ばされてきただけでしょ?」
楓がなんでもないような口調で言った。そして、「じゃ、いってみよー」と続け、裕太とともにゲートの方へ向かう。
風で飛ばされてきた……本当にそうだろうか? 希美の目には、遊園地内から浮かび上がったように見えた。閉鎖されてからずっとどこかに引っかかっていた風船が、今日たまたま外れて浮かび上がった、などということは、当然ありえない。
「どうする? ここで待ってるか?」
怖がる希美を心配した歩希が訊いてくる。入りたくないのはやまやまだが、楓と裕太の二人だけで行かせるのは心配だし、ここで一人で待っているのも怖い。希美は、「ううん、大丈夫」と答え、楓たちの後を追った。
入場ゲートには回転バーが設置されてあるが当然動いておらず、楓と裕太はそれを乗り越えて中に入った。続いて歩希が乗り越え、無言で希美に手を差し出す。
「……ありがと」
希美は歩希の手を握り、支えてもらいながらゲートを乗り越えた。
ゲートを越えた先は広場になっており、マスコットキャラの人形やパンダカーなどが放置されている。奥の方にはメリーゴーランドやコーヒーカップなどの定番のアトラクションも見える。開演中の遊園地なら、何から乗ろうかと一番ワクワクする場所だが、ここは違う。ひと気が無く静かな遊園地はやはり不気味だ。いたるところに雑草が生い茂り、時おりカラスがグワァグワァと恐ろしげな声で鳴くのがさらに恐怖心をあおる。希美は思わず歩希の手を強く握る。
「大丈夫、俺がついてるから」
歩希は、いつものように優しくそう言ってくれる。それで、不思議と希美の恐怖心はかなり和らぐ。「うん」と、希美は頷いた。
広場には園内マップの看板が建てられてあった。ジェットコースターや回転ブランコなど、定番のアトラクションは一通りそろっているようだ。
「さて、あたしが友達の友達から聞いた話だと、この遊園地には七つの不思議な話があるの。今からそれをひとつひとつ確認して行くよ?」
探検の言いだしっぺである楓が言った。七つの不思議な話──いわゆる七不思議というやつだ。友達の友達から聞いた、というのが、いかにも怪しげだ。
楓は指を一本立てた。「ウワサその1。今は動かないはずのメリーゴーランドから、夜な夜な音楽が聞こえてくる」
そう言った後、楓は広場のすぐそばにあるメリーゴーランドの方を見た。希美たちもそちらを見る。木馬や馬車などの座席が音楽に合わせて上下に揺れながら回転する定番遊具である。四人でそちらへ移動する。錆びた柵で覆われたそのメリーゴーランドには、他にもイルカやゴリラなどの変わった座席もあるが、どれも長年風雨にさらされてきたため、いたるところが錆びたり塗装が剥がれたりしている。
「まるでゾンビの大行進だね」
楓がおかしそうに言って、裕太が笑う。確かにボロボロになった動物たちはゾンビと呼ぶにふさわしい姿だが、希美は笑う気にはなれなかった。
柵の中に入り、ぐるっとまわりながら座席やスタッフルームなどを見ていく。もう何年も前に閉鎖されたので当然動くわけもなく、音楽が流れる気配は無い……と思いながら周囲を見ていると。
不意に、くぐもったピアノのような音が流れ出した。
びくん、と、希美は大きく身体を震わせる。
そのピアノの音は、不規則にリズムを変えながらメロディーを刻む。まるで壊れた時計が時間を刻むかのような、あるいは階段を何度も踏み外しながら降りているような、そんな不安定な音色だ。希美だけでなく、歩希と裕太も驚いて目を大きく見開いている。
三人は、恐る恐る音が聞こえてくる方を見た。
「……あ、ゴメン」
楓がポケットからスマホを取り出した。くぐもっていた音がクリアになる。楓は画面を確認してからタップし、「はい、もしもーし」と耳に当てた。希美たちは大きく息を吐いて胸をなでおろす。どうやら楓のスマホの着信音だったようだ。
「あ、うん。わかった。はーい。じゃあねー」楓は場違いなテンションでそう言った後、スマホを切った。
「……お前さ、着メロをホラー映画のテーマ曲にするのやめろよ」
裕太が呆れた口調で言った。今の曲は、幼い少女に憑りついた悪魔と神父の戦いを描いたホラー映画のテーマ曲で、テレビのバラエティ番組などでよく使われる音楽ある。
「いいでしょ別に。気に入ってるんだから」
楓は悪びれた様子もなくスマホをポケットにしまった。
「ていうか、お前、絶対ワザと鳴らしただろう」
歩希が指摘した。確かに、あのタイミングでホラー映画のテーマ曲が流れるのは、あまりにもタイミングがよすぎる。
「そ、そんなワケないじゃん。たまたまよ、たまたま」楓は気まずそうに目を逸らした後、「それより、変わったところはなさそうだね」と、ごまかすように言った。
「まあ、『夜な夜な音楽が聞こえる』のは、今は確かめようもないな、昼だし」
裕太がもっともなことを言ったので、次のウワサを確認することになった。
「ウワサその2。マスコットキャラのイブッキーくんが、子どもたちが来なくなった寂しさで時々涙を流す」
楓は指を二本立てて言った。イブッキーくんは観覧車を擬人化したキャラクターだ。ちょうどメリーゴーランドの近くに記念撮影用の人形が置かれてあるのでそちらへ移動する。大きさは希美の背丈と同じくらい。球体に顔と手足があり、いくつものゴンドラがくっついた姿だ。メリーゴーランドの動物たちと同じく、こちらも長年風雨にさらされてぼろぼろだ。
「……あ、確かに、涙が流れた後があるね」
イブッキーくんの顔をじっと見つめた楓が言った。彼女の言う通り、両目の下に茶色い筋がついている。
もっとも、その筋は目の下だけでなくイブッキーくんの全身についている。恐らく雨や日光などの影響で、塗料が少しずつ溶けていったものだろう。
「涙が流れたっていうのも、溜まっていた雨水がこぼれた、ってところだろうな」
歩希の指摘に、楓は「なんだ、つまんないの」と言って、拍子抜けした顔になった。それ以外に特に変わったことはないので、四人は次のウワサを検証することにした。
「ウワサその3。急流下りの川で、溺死体が発見された」
楓は気を取り直すように言って、指を三本立てた。園内マップによると、急流下りは広場の左側にあるようなので、そちらに行ってみることにした。
急流下りは、近年ではスクリーンに移された映像やウォーターシューティングなどと組み合わせてストーリー性やゲーム性をアップしたものが多いが、ここは古い遊園地だけあり、水路をゆっくり流れたあと最後だけジェットコースターのように下って水しぶきを上げて着水する、といったシンプルなもののようだ。ただし、当然のごとく今は水が抜かれてあり、雨水さえ溜まっていない。スタート地点である乗船場に、丸太船を模ったボートが三台置かれてあるだけだ。
「おや? あそこに、何かあるね」
楓が乗船場の向こうを指さした。ちょうど急流を下った辺り、かつてはボートの着水と同時に水しぶきを跳ね上げていた場所だ。そこになにかある。
「行ってみよう」
楓と裕太が水路に下り、そちらへ向かう。歩希と希美ついていく。まず歩希が水路に飛び降り、希美は下から歩希に手を引かれながらゆっくり降りた。
「……これって、殺人現場とかにある、アレだよね」
急流の下まで移動した楓が、足元を見ながら言う。そこには長いロープが人型になって置かれていた。希美もテレビやマンガで見たことがある。殺人現場や事故現場で死体があった場所を表すためのものである。それがここにあるということは、本当にここで溺死体が発見されたのだろうか。
「でもよ、あんなの、実際の現場ではやらないだろ?」と、歩希が言った。
「だね」と、楓も同意した。「現場保存のジャマにしかならない、って、何かのテレビで言ってたし。ということは、これは誰かのイタズラってことかな? つまんないの」
他には特に変わったものは無いので、四人は急流下りを後にした。
「ウワサその4。誰もいないジェットコースターで悲鳴が聞こえる」
楓は指を四本立てて言った。ジェットコースターは、急流下りよりもさらに奥にあるようだ。四人はそちらに移動する。
この遊園地は山を切り開いて建設されたため、園内でもかなりの高低差がある。ジェットコースターがあるのは急流下りがあった場所から五十段ほどの階段を上がった所だ。周辺を8の字に描いて周回するシンプルなつくりだ。アップダウンは緩やかで、回転なども無い。どちらかといえば子どもや初心者向けのコースターで、絶叫度は低そうだ。
「それでも悲鳴が聞こえるのには、理由があるの」楓が声のトーンを落として話す。「このジェットコースター、実は営業中に大きな事故があったそうなの」
「事故?」
「そう。その日はどういう訳か異常にスピードが出て、カーブのところで脱線してしまったの。車両はレールから飛び出して、崖下へ転落。乗客全員が死亡したって話よ。その時死んだ乗客の悲鳴が聞こえるのよ」
その話に、希美はぶるっと震えたが、歩希は疑わしそうな目を向けた。
「そんな大きな事故が起こってたら、もっと知られてそうだけどな」
「それは……遊園地側が隠蔽したんじゃない?」
もっともなことを言う歩希に、いま思いついたようなことを返す楓。いくらなんでもそんな大きな事故を遊園地が隠蔽できるわけがない。どうやらこの話も信憑性は低そうだ……そう思っていたら。
不意に強い風が吹いたかと思うと、キキヤャァァ……と、金属の板を引き裂くような高い声が聞こえた。希美は「きゃっ」と悲鳴を上げ、楓も「え?」目を丸くして周囲を見回す。歩希と裕太も驚いている。また強い風が吹いた。キキキヤァ……と声が響く。まさか、ホントに事故で死んだ人の悲鳴が? 希美は歩希の腕にしがみついて目を閉じる。
「大丈夫。これは悲鳴じゃない。風だ」歩希は冷静な声で言った。
「風?」希美は顔を上げる。
「ああ。風で、ジェットコースターのレールが軋んでるんだ」
言われてみると、確かにその音は風に合わせて鳴っているし、聞こえてくるのも崖下ではなくレールからだ。よくよく聞くと、人の声とはほど遠い。
「なんだ、驚いて損しちゃった」
楓はケロッとした顔で言って、「じゃ、次行こうか」と、また移動する。
「ウワサその5。ミラーハウスの鏡に、殺人ピエロが映る」
楓が指を五本立てて言う。ミラーハウスは、ジェットコースターの隣だ。サーカスのテントのような建物で、入口の看板に、英語で『MIRROR HOUSE』と書かれてある。
「…………」
四人は無言でその看板を見つめる。その看板には、短剣と毒薬の瓶を持った、いかにも悪人顔のピエロが描かれていた。入る前からオチが判ってしまった気分だ。
「……ま、見なかったことにして、一応入ってみよっか」
楓がそう言うのでみんなで中に入る。電気は来ていないので中は真っ暗だ。楓はあらかじめ用意していたライトを取り出し、周囲を照らしながら進む。ミラーハウスでは光がいろんなところに反射するため、目がチカチカして気持ち悪くなる。それでもガマンして先に進むと、通路のいたるところで、拳銃やハンマーなど様々な凶器を持った殺人ピエロが現れた。
「そんな! ウワサが本当だったなんて!!」
楓が大げさな声で言うが、希美たちは冷めた視線を返した。
「どこがだよ。そういうつくりなだけじゃねーか」
歩希が的確にツッコミを入れた。鏡に映り込む殺人ピエロ……というよりは、ただ鏡に凶器を持ったピエロの絵が描かれているだけだ。元々殺人ピエロをコンセプトにしたミラーハウスなのである。
「歩希くんはノリが悪いなー。せっかく来たんだから、楽しまなきゃ損でしょ。ね? 裕太」
楓は裕太に同意を求めたが、普段楓とはウマが合う裕太も、これには呆れた視線を返すだけだった。
結局ただ電気が消えただけのミラーハウスを一〇分ほど探索し、四人は出口から外に出た。
「ウワサその6。観覧車の一番上のゴンドラには、取り残された女の子の死体がある」
楓は開いた右手に左の指を一本添えて言った。観覧車──この遊園地のシンボルである。ふもとの町からも見えているその観覧車は、山を切り開いて建設されたこの遊園地の、一番高い場所にある。
ジェットコースターやミラーハウスがある場所からさらに五十段ほどの階段を上がり、希美たちは山頂部にある観覧車まで移動した。
「……でもよ、これ、どうやって確かめるんだ?」
歩希が観覧車を見上げながら言った。死体があると言われているのは一番上のゴンドラだ。当然観覧車は動いていないので、確認する方法は無い。そうなると、そもそも誰がその女の子の死体を見たのか、という話になり、これも信憑性に欠ける。
楓は、ふふん、と意味ありげな笑みを浮かべた。「誰も一番上のゴンドラを確認できない、それはすなわち、女の子の死体が無いとは言い切れない、ってことよ」
「そういうのを屁理屈っていうんだ」
どうあってもウワサを信じたいような楓に歩希はツッコミを入れ、そして、希美と顔を合わせてどちらからともなく笑った。
希美は周囲を見回した。山頂ということで展望台のようになっていることを少し期待していたのだが、周囲は草木が生い茂って何も見えなかった。恐らく観覧車からは、この町を一望できる素敵な景色が広がっているのだろう。一度歩希とそういう景色を見てみたかったので、残念な気持ちになる。
「……あれ?」
希美は胸に手を当てた。そこには、以前母親に教えられて作ったお守りがある。神社の裏にあるご神木の枝を拾って作ったものだ。楓たちと心霊スポットに来るときは必ず持ってくるようにしているのだが、それが、ほんのりと温かくなっている……ような気がするのだ。もっとも、それは本当にわずかな温もりであり、気のせいかと思えばそうなのだが、妙に気にかかる。
──あ、そうか、ここって、昔ご神木があった場所だ。
枝を拾った日、母親から聞いた話を思い出した。希美たちが住む地域にある神社──地域住人からヒルコ様と呼ばれている神様は、一三〇〇年ほど前、この山頂部にあった木の下に現れたと言われている。村人は山頂に社を建て木とともに祀ったそうだが、この地に遊園地の建設が決まると、神社はご神木とともに現在の場所に移されたそうだ。
そして。
あの日、希美は不思議な体験をした。頭の中に何かの『感覚』のようなものが入り込んで来たのだ。ご神木の声ではないか、と、希美は考えている。それは形になりそうでならないなんとももどかしいものであったが、「帰りたい」……そう言っていたように思う。
あのご神木は、本来はこの場所に立ち、千年以上もの間、この町を見下ろしていたのだ。それが、人間たちの都合で勝手に移動させられた。ひょっとしたら、ご神木はここに戻りたがっているのかもしれない。お守りの温もりは、それを伝えようとしているのだろうか。
「希美? どうかしたか?」
歩希が心配そうな顔で訊いてきた。
「ううん、なんでもない」
希美は首を振って答えた。ご神木の声を聞いた、というのは、いま思うと気のせいかもしれないし、もし本当に帰りたがっているとしても、子どもの希美には何もできない。希美はお守りに手を当て、ごめんね、と、心の中で謝った。
「さて、いよいよ最後のウワサだけど……」
楓がまた声のトーンを落として恐ろしげに言う。七不思議の内の六つの探索を終えた。残るはあとひとつ。希美はゴクリと喉を鳴らすが、歩希と裕太は、どうせ大した話じゃないだろ、と言わんばかりの顔をしている。
「7つ目のウワサは……誰も知らないの!!」
楓はもったいぶった後に重大発表をするような口調で言ったが、歩希と裕太はもちろん、希美も冷めた視線を返した。
しばらく沈黙した後、歩希が小さく笑った。「じゃあ、この観覧車で終わりってことか。結局、何も無かったな」
「なんだよ。わざわざこんな遠いところまで来て、ムダ足かよ」裕太も苦笑いを浮かべる。
「そう? あたしは結構楽しかったけど?」楓は満足げな表情だ。確かに、楓だけは最初から最後までずっと楽しそうだった。
実のところ、希美も振り返ってみたら結構楽しかったと思っていた。こういう心霊スポットに来ると、いつも幽霊を見たり怖い目に遭ったりするが、今回は全部ウワサだけで、特に何も起こらなかった。確かに不気味な雰囲気ではあったが、いつものようにずっと歩希が手を握ってくれていたので安心できた。希美が楓たちの肝試しに付き合うのがまんざらではない理由がこれだ。こういうところに来れば、歩希と堂々と手を繋いだり、くっついたりできるからだ。
「じゃあ、遅くなるといけないから、そろそろ帰るか」
歩希がそう言って、みんな「そうだね」と同意する。時刻は四時前、親との約束でみんな五時には家に帰らなければならない。ここに来るまで自転車で一時間以上かかったが、帰りはほとんど下り坂だから、もっと早く着くだろう。希美たちは、観覧車を離れ、階段を下りようとした。
──観覧車に乗らないの?
不意に、耳元でささやかれた。
びくん、と大きく肩を揺らして立ち止まる。女の声だった。それも、幼い少女の声。
希美だけではなかった。歩希も、楓も、裕太も、その声を聞いたのだろう。立ち止まって大きく目を見開いている。
「……楓、お前か?」
裕太が恐る恐る言った。メリーゴーランドのところでは、突然楓のスマホが鳴って驚いたが。
「ち……違うわよ」
楓は否定する。確かに、今の声はポケットの中のスマホから聞こえたのとは明らかに違う。耳のすぐそばでささやかれたような声なのだ。
「──観覧車に乗ろうよ」
また聞こえた。今度は、さっきよりもはっきりと。希美たちの背後から。
観覧車の一番上のゴンドラには、取り残された女の子の死体がある──七不思議のひとつを思い出す。楓が誰とも知れない人から聞いた話だ。信憑性は限りなく低い。そんなことは、まずありえない。それでも、その声は聞こえる。楓でも、希美でも、もちろん歩希や裕太でもない、少女の声。
四人は、ゆっくりと振り返った。
観覧車の一番上のゴンドラ──ではなく、入口のところに、いた。
赤い影だ。
黄みがかったあざやかな赤色の影。それが、希美と同じくらいの背格好をした少女の形になっている。観覧車の入口で、こっちへおいで、とばかりに、手招きをしている。
そして。
観覧車のゴンドラの中にも、何かいることに気がついた。こちらは黒くもやもやとした煙のような影だ。それが、ひとつではなく、全てのゴンドラの中で、無数に蠢いている。まるで、観覧車を楽しむ客のようだ。
──いや。
観覧車の中だけではない。
観覧車の周りにも、この階段にも。
そして、下の区画のジェットコースターにも、ミラーハウスの周りにも、さらに下のメリーゴーランドや急流下りにも。
園内のいたるところで、その黒い影は蠢いている。
「こっちへ来て、みんなといっしょに遊ぼうよ」
少女の赤い影は、にたりとした笑みを浮かべた。
それを合図にしたかのように、園内に蠢く黒い影が、いっせいに、希美たちの方へ向かって来る。
「──うわぁ!!」
希美たちは慌てて階段を駆け下り、ゲートを越えて自転車に乗ると、全力で逃げ帰った。
