【短編ホラー集】怪忌01.深夜のドライブ1/E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末
E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末
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01.深夜のドライブ
大学卒業を間近に控えたある夜、希美は、高校時代の友達である朱理を呼び出し、ふたりきりで深夜のドライブに出かけた。これは、その行きがけに起こった出来事である。
☆
「──ごめんね、朱理。こんな時間に呼び出して。卒業前に、どうしても朱理と話がしたかったから」
町を東西に横切る国道を走行しながら、希美は助手席の朱理に向かってそう言った。時刻は二十三時を回ったところだ。高校時代と違い、もう親から門限を言われるようなことはないが、社会人前の女子二人で出かける時間としては少々遅いと言えるかもしれない。
それでも朱理は、「ううん、大丈夫。どうせヒマだしね」と、何でもないような口調で答えた。深夜に突然呼び出しても怒らない関係。希美は素直に「ありがとう」と伝えた。
希美と朱理の付き合いは高校時代からだ。当時は毎日のように顔を合わせては、みんなでおしゃべりしたり遊びに出掛けたり、時々は勉強もしたりして、高校時代の長い時間を一緒に過ごした。朱理とは大学も同じだが、学部の違いや希美の引っ越しなどの理由から、この四年間はあまり時間が合わず会うことが少なくなっていた。こうしてゆっくり話をするのは、本当に久しぶりのことだった。
「──てか、あたしと希美が二人だけで会うのって、実は今日が初めてじゃない?」
思い出したように言う朱理に、希美は、「え? そうだっけ?」と返す。
「そうだよ。大体いつも他の子と一緒だったと思うよ? 希美から電話がかかってきて、『ふたりで会えない?』って言われて、正直あたし、ちょっとビックリしたもん」
「えぇ? なにそれ、迷惑だった?」
「ううん、そんなことないよ。あたしも、一度希美とじっくり話してみたかったし」
「なら良かった」
「あ、そうだ聞いた? 舞と直人、付き合い始めたらしいよ?」
「え!? そうなの!? 知らなかった、いつから?」
「この前のバレンタインだって。舞の方から告白したそうだよ。舞、高校の時からずっと直人に片思いしてたから、やっと想いが届いたんだね」
「そうなんだ。もう、舞も直人も、あたしにも連絡してくれればいいのに。友達甲斐が無いなー」
そんな話をしながら、車は片道二車線の国道を走る。この町の幹線道路であるこの国道は、この時間帯でもまだまだ交通量は少なくない。希美の車の他にも、前方には他県のナンバーの大型トラックが走っているし、後方には赤い軽自動車が走っている。対向車線もタクシーやバイクなど何台もすれ違う。道路沿いにはファミレスやコンビニ・ガソリンスタンドなど、深夜営業している店もあり、人通りも多い方だ。
しかし、信号を右折し、国道を逸れてしばらく走ると、途端に雰囲気は一変する。希美の車以外に走行車は無く、人通りも無い。建物もまばらになり、やがて街灯も少ない緩やかな上り坂になった。希美はヘッドライトをハイビームにして、慎重に車を進める。
「この町ってさ、さっきの国道は夜でもけっこう賑わってるけど、ちょっと外れると、途端に寂れてくるよね」
助手席の窓から外を眺めながら、朱理はしみじみとした口調で言う。周囲は暗闇に包まれ、何も見えない。「ほんとだよね」と、希美は苦笑いで返事をする。
希美たちが住むこの伊吹市は、東京から遠く離れたE地方にある中山間都市である。人口は約十五万人で、県内では第二位だ。元々は山間部の小さな宿場村であったそうだが、戦後の高度成長期に住宅地として開発されたことで一気に人口が増加。バブル期には市の北西部に遊園地や温泉宿泊施設なども作られた。
しかし、バブルの崩壊とともにそれらは次々と閉鎖され、それに伴い人口も減少の一途をたどっている。賑わっているのは隣の県と隣の県を繋ぐ先ほどの国道近辺だけで、そこから外れると一気に賑わいは失われる。特に遊園地や温泉施設があった町の北西部は、予算の関係からか取り壊されることなく何十年も放置されており、さながらゴーストタウンのようになっていた。
緩やかだった上り坂は、やがて急こう配になり、カーブも多いくねくね道になる。山道に差し掛かったのだ。希美は、より慎重に運転する。
「大丈夫? こんな寂しい道通って」朱理はそう言った後、イジワルそうな笑みを浮かべた。「幽霊とか、出るんじゃない?」
「女の人の幽霊とか?」
希美が応えると、朱理は「そう」と頷いた後、声のトーンを落として話を続ける。
「トンネルを抜けたら、いきなり女の人が目の前に現れるの。危ない! って思ってブレーキ踏んだけど、もう間に合わない。でも、ぶつかると思った瞬間、女の人は消えちゃうの。車が停まり、ドライバーは振り返って確認するけど、やっぱり女の人はいない。まさか幽霊? って思って、怖くなって車を発車させようとして、気が付いた。目の前は断崖絶壁で、車はそのギリギリのところで停まってたの。そこで、運転手は思った。もしあの女の人の幽霊が現れなかったら、ブレーキをかけることもなく、そのまま崖下に転落していたかもしれない、自分はあの幽霊に助けられたんだ、と。運転手は女の人の霊に感謝して、車をバックさせようとした。その瞬間、突然女の人が、耳元でささやくの」
『──死ねばよかったのに』
朱理と声を合わせ、希美も同じセリフを言う。しばらくの沈黙の後、二人はどちらからともなく笑い始めた。
「懐かしいね、それ。高校のとき流行ったヤツだ」希美は当時を思い出しながら言った。『死ねばよかったのに』という、定番の怖い話だ。都市伝説、と言えるかもしれない。
「派生作品もあったよね」と、朱理も懐かしむ口調で言う。「幽霊じゃなくてカーナビだったり、タクシーの乗客だったり」
「あと、最後の幽霊の台詞が『べ……別に助けたワケじゃないからね! あんたなんて、死ねばよかったのに!!』みたいなツンデレバージョンになってたり、後は、ドライバーが無事家に帰って、奥さんにその話をしたら、奥さんがボソッと『死ねばよかったのに……』ってつぶやくバージョンとか」
「……最後のヤツは初めて聞いたよ。なにそれ怖い」
朱理は大袈裟に震える仕草をした。その様子がまたおかしくて、ふたりで笑い合う。懐かしい雰囲気だ。高校時代に戻ったような気分になる。
「あの頃は、こんな話ばっかりしてたよね」希美は当時を思い出す。朱理と出会った高校時代だけでなく、その前の中学・小学校時代も、こういった怖い話はブームだった。
「話だけじゃなく、実際に怖い目にも何度も遭ったよね。心霊スポットとか、学校とか」そう言った後、朱理は意味深に目を細めて希美を見る。「……あれ、全部希美のせいでしょ?」
「ええー? なんでよ?」
「希美が霊感体質だから、幽霊とかが寄って来るんだよ」
「知らないよ。向こうが勝手に寄ってくるんだから」希美は心外とばかりに言い返した。「ていうか、あたしじゃなくてむしろ朱理のせいでしょ? 怖い話を始めたり、心霊スポットに行こうって言い出すの、いっつも朱理の方だったじゃん」
「そうだっけ?」
「そうだよ。むしろあたし、付き合わされて迷惑してたんだから」
「そうかもね、ゴメンゴメン」
「もう」
苦笑いを浮かべる希美。確かに希美は霊感体質で、子どもの頃から幽霊を見たり不思議な現象を経験することが多かった。『霊感少女』などと呼ばれたこともある。しかし、幽霊が見えるとはいってもただそれだけで、それらを成仏させたり退治したりといった特別な力は無い。むしろ、どちらかといえば人より怖がりな方だ。
車はさらに走る。峠に差し掛かり、急だった上り坂は平坦な道に変わった。ここからは、しばらく直線が続く。希美は少しスピードを上げた。
「でもさ、希美の霊感の強さに、霊が引き寄せられてる、っていうのは、あると思うな」と、朱理は言う。
「そうかなぁ?」
「そうだよ。例えば……」朱理は小さく笑った後、声のトーンを下げて続ける。「こんな真夜中の寂しい山道をドライブしていると、後ろから何か追いかけてきたりして……」
怖がらせつつもどこかからかうような口調で言い、朱理は後ろを振り返った。
そして、はっ、っと、息を飲む。
「え? なに?」
希美は横目で朱理を見る。その表情が凍りついていた。
「希美、スピード上げて」後ろを凝視したまま、朱理は言った。「何か、来る」
みるみる青ざめてくる朱理。ただならぬ雰囲気であったが、希美は凍りついた朱理の表情を溶かそうと、「またまたぁ」と笑う。「もう子供じゃないから、そんなテには引っ掛からないよ」
こう言えば、朱理は表情を戻し、「なあんだ、つまんないの」と、ちょっと拗ねたように言う──希美はそう思っていたのだが。
「冗談言ってるんじゃないの! 早く!」
朱理は、鬼気迫る声を上げた。
「だから、そういう冗談は──」
もうやめて、と言おうとして、希美はその言葉を飲み込んだ。後ろから、何か聞こえたのだ。ううあぁ……という、低い声。男の唸り声だ。それが、少しずつ大きくなっている。本当に何か近づいてきているのだろうか。
希美は、恐る恐るバックミラーを見た。そして、朱理同様、息を飲む。
朱理の言う通り、何かが追いかけてきていた。それも、車やバイクなどではない。
人だ。
人が走っているのだ。希美たちの車を追いかけるように。
闇に溶けるような黒い外套を着ていた。フードを目深にかぶっているため、顔はよく見えない。正体の判らぬ者が追い掛けて来る、それだけでも恐ろしいが、希美をより戦慄させたのが、その手に持っている物だった。両手で長い棒のようなものを握りしめている。その棒の先には、三日月状に湾曲した刃物が付いていた。初めはそれが何であるか判らなかった。あまりにも異質で、理解が追い付かなかったのだ。それでも、脳はそれを徐々に理解していく。
巨大な鎌だ!
鎌は、草を刈る時になどに使う農具だ。包丁やカッターなどと違いあまりなじみのないものだが、刃物であることは間違いない。それを振り上げているだけでも恐ろしいのに、その鎌は人の背丈ほどの大きさなのだ。あり得ないと思った。車は時速四十キロに近い速度で走行している。なのに、ミラーに映る姿は少しずつ大きくなるし、奇声もはっきりと聞こえるようになる。明らかに、車に迫っている。
「なんなのあれ!」希美はパニックになりそうなのを抑えるのに必死だった。
「あたしに判るわけないでしょ! とにかく逃げて!」
朱理に言われ、希美はアクセルを踏み込んだ。一気に速度が上がる。スピードメーターは四十キロを超え、五十キロを超え、六十キロに近づく。
「ダメ! ついてきてる!」
朱理が叫ぶ。希美もミラーを確認するが、それはさらに車に近づいていた。初めは暗くてよく見えなかったフードの中が、少しずつ見えてくる。
「────!!」
二人は、声にならない悲鳴を上げた。
フードの中に、人の顔は無かった。
そこにあったのは皮膚も肉も眼球も、全て失われた姿……骸骨だった。
闇のような黒い外套と、振り上げた大鎌と、骸骨──その姿から、とっさにある存在が思い浮かんだ。死を司る、不吉な存在──死神!
「もっと早く! 追いつかれる!!」
朱理がさらに叫んだ。死神が追い掛けて来る──それが意味するところを本能的に悟ったのだろう。希美はさらにアクセルを踏み込む。車はさらにスピードを上げる。六十キロを超えても、なおもアクセルを踏み込む。それでも死神を引き離すことはできない。さらに近づいている。車内は、死神の唸り声と朱理の悲痛な叫び声が混じり合う。それ振り切らんばかりに、希美はさらにアクセルを踏み込んだ。スピードメーターは、七十キロを超えようとしていた。
だが、不意に。
「────」
希美は、アクセルを緩めた。車は、一気にスピードを落とす。
朱理が血相を変えた顔で希美を見た。「ちょっと! なんでスピード落とすの! もうそこまで来てるんだよ!!」
朱理の言う通り、死神はもう車のすぐ後ろにまで迫っていた。その両手の鎌を振り下ろせば、バックドアのガラスは粉々になるだろう。そして、そこから侵入してくるかもしれない。
それでも。
「大丈夫……大丈夫だから……」
希美は、アクセルから完全に足を離した。スピードはさらに落ち、四十キロを下回った。死神が、バックドアに張り付くほどに近づいた。
だが、次の瞬間、その姿が消えた。
髑髏の顔も、黒い外套も、唸り声も、振り上げた鎌も。
まるで、夜の闇の中に溶けるように、消えてしまったのだ。
そして。
「────!!」
耳の奥を引き裂くようなけたたましい音とともに、巨大な影が前方から現れた。希美は大きく目を見開いた。朱理も身を縮める。一瞬、別の怪物が現れたのかと錯覚する。それが大きな口を開き、希美たちを車ごと飲み込もうとしている、そう思えた。
だが、それは希美たちの車のすぐ横を、猛スピードで駆け抜けていった。
ミラーを見ると、赤いテールランプが遠ざかっている。
「あれって、トラック……?」
朱理が後方を見ながら言った。希美も確信する。対向車線を、大型トラックがクラクションを鳴らしながら通り過ぎたのだ。
トラックのテールランプはそのまま闇の中に消えた。死神の姿も、もうどこにも見えない。
「助かった……ん、だよね?」
朱理がふたりの無事を確かめるように言った。希美が「たぶん、ね」と答えると、朱理は「良かったぁ」と安堵の声を上げ、体中から力が抜けたかのようにシートに深く身を沈めた。希美も大きく息を吐いた。緊張して、ほとんど呼吸をしていなかった。
しばらくして、朱理が希美を見た。「でも、なんでスピードを落とそうと思ったの?」
不思議そうに訊く朱理に、希美は答える。「あたしも、あいつに追いつかれたらヤバイ、って思って、すごく怖かったんだけど、でも、このままスピードを上げる方が危ないんじゃないかって、ふと思ったの」
「ん? どういうこと?」
首を傾ける朱理に対し、希美は、「この場所だよ」と言って さらにスピードを落とした。車は緩やかな左カーブに差し掛かる。
「ここ……どういうわけか、車同士の衝突事故が多いところなんだよね」
「衝突事故──?」
希美は、事故を起こさないよう慎重にカーブを進む。と言っても、平坦な道の、緩やかなカーブである。道幅は広く、視界を遮るような障害物も無い。さらに、ここまでずっと暗い道だったが、ここだけは例外的に街灯がいくつも立っていた。夜でも見通しは悪くない。行き交う車も少なく、特にこの時間帯、車はほとんど通らなくなる。事故が発生する条件は少ない。
なのに、昔からこのカーブでの事故は耐えない。ある統計によると、年に十数回程度発生しているそうだ。死者も多数出ている。当然のごとく、地域のニュース番組でもよく報道される。原因はドライバーの不注意とされることがほとんどだ。深夜という時間帯、急カーブが続いた後の直線道路……確かに、ドライバーが気を緩めてしまう要因はある。それでも、異常な件数であることは間違いない。
そして。
これらのことから、一部ネットのオカルト系サイトやSNSでは、ここは『呪いのカーブ』などと、呼ばれている。事故で死んだドライバーの怨念だ……土地の神様の怒りだ……C国の秘密兵器の実験だ……近くにUFOの発着基地があるんだ……様々な憶測が、まことしやかにささやかれていた。希美は、カーブに差し掛かる直前、それを思い出したのだ。
「……さっきの死神が、事故の原因ってこと?」話を聞いた朱理は、恐々とした口調で言った。
「わかんないけど……あたしの経験上、その可能性は高いと思う」希美はそう答えた。
経験上、という言葉が引っ掛かったのか、朱理は「まったく……」と呆れた声を出した。「希美と付き合ってると、命がいくつあっても足りないわね」
「だから、あたしのせいじゃないってば。むしろ、今のはあたしがスピードを落としたおかげで助かったんでしょ?」
「そうかもしれないけど」
「それに、そもそもこんな怖い目に合うのは、あたしじゃなくて、この町が原因だと思うな」
「はい? どういうことよ?」
「だって、この町、心霊スポットとか多すぎでしょ。今の『呪いのカーブ』もそうだけど、遊園地跡とか、廃墟ホテルとか、古いトンネルとか、だいたい全部幽霊が出るってウワサがあるじゃん。ウワサだけじゃなく、実際に行って、何度もこの目で見たし。あと、小学校、中学校、高校、大学と、今まで通ってきた学校ぜんぶに七不思議があった。普通大学に七不思議なんて無いでしょ? 子供じゃないんだから。絶対、町がおかしいんだって」
もはや訴えかけるような口調で言うが、朱理にはあまり響かなかったようで。
「はいはい。そういうことにしときましょう」
手のひらをひらひらさせてそう言った。
「なにその言い方。なんか腹立つなー」
拗ねたように言う希美。一瞬の沈黙の後、二人はおかしくなってまた笑い合った。恐怖は去り、車内は再び和やかな雰囲気に包まれた。
そして、ふたりの深夜のドライブは続く──。
☆
東京から遠く離れたE地方の山間部にある地方都市・伊吹市。
戦後の高度成長期に発展し、バブルの崩壊とともに衰退しはじめたこの町では、希美が言った通り、幽霊の目撃情報や不思議な体験・科学的には説明がつかない異常現象などの怪異が、多発している。
これは、彼女たちがこの町で遭遇した、恐怖体験の数々である──。
