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【短編ホラー集】怪忌02.終電/E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末

E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末


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02.終電

「──ちょっと待って! 乗ります! 乗りまーす! 待って! 待ってってば!」

 三人の中では最も足が速いかえでが、大声で言いながら全力で階段を駆け下りた。その後を、希美と汐音しおんが追いかける。しかし、電車のドアは無情にも閉ざされた。それは、世界が電車の中と外のふたつに分断されたことに他ならない。窓越しに、電車の中の世界の住人と目が合った。可哀想に、バイバイ──そんな憐みの目を向けていた。電車はゆっくりと動き出す。もう希美たちに停める手段は無い。走り去るその後ろ姿を、ただホームで見送るしかない。そして、次の電車は、もう来ない。あれが本日最後の電車……終電である。

 そう、希美たちは、終電に乗り遅れてしまったのだ。

「終電のドアは無慈悲に分けてしまう、帰る者と帰れぬ者を」

 電車の姿が見えなくなった後、楓はシリアスな口調でそう言って、その後、「……ってか?」と、場違いに明るいテンションで言った。場の空気を和ませようという彼女なりの気遣いなのかもしれない。希美は、あははと笑おうとしたが、先に汐音が、「冗談言ってる場合じゃないでしょ」と、楓をたしなめるように言ったので、希美は口を手で押さえた。

「どうする?」と、汐音は続けて言う。「バスも無いし、歩いて帰れる距離でもないし……タクシーで帰る?」

 希美は気を取り直すように咳払いをした。「ここからタクシーで帰ると、何万円ってレベルになるんじゃないかな?」

「あームリムリ」と、楓は手をひらひらと振る。「例え割り勘でも、今のあたしのお財布にそんな余裕はありません」

「でも──」と、汐音が言う。「他に帰る手段は無いよ? どうするの?」

「さあ? どうしよっか?」

 緊張感のない声で言う楓に、汐音は「まったく……」と呆れ顔をする。ひと気のほとんど無い駅のホーム。希美・汐音・楓の三人は、途方に暮れて一斉にため息をついた。



 日曜日。希美は幼馴染の汐音・楓とともに、朝から電車に乗って郊外の大型ショッピングモールに遊びに来ていた。小学校からの付き合いであるこの三人も、高校は別々になり、新しい友達もできてそれぞれの生活を送っている。それでも縁が切れることはもちろんなく、月に一度くらいの間隔で会うようにしており、高校二年になった今でも、それは続いていた。

 希美たちの最寄駅から三十分ほどの場所にあるそのショッピングモールは、市内で最も規模の大きなものだ。ファッションショップやホビーショップにグルメはもちろん、映画館やカラオケ、ゲームセンターや体験型アクティビティ施設なども充実している。それらを巡って遊んでいるうちに時間を忘れ、気が付けば終電一〇分前だった。慌てて駅に向かいホームへ駆け込んだが間に合わず、無情にも三人の目の前で終電は出てしまった、というワケである。



「──ま、別にいいんじゃない? ネットカフェかカラオケで時間つぶして、始発で帰れば」

 楓があっけらかんとした表情で言った。終電に乗り遅れたことを嘆いている様子はない。むしろ、まだ遊べることを喜んでいるようにも見える。

「ダメよ。どちらも夜十時以降、未成年は入店できないから」汐音はそう言った後、「それに、楓はそれで良くても、希美がダメでしょ、門限があるんだし」と、希美を気遣う。

「あ、そうなんだ。相変わらず、希美の家は厳しいね」

「うん、まあそうなんだけど、それは別に気にしなくていいよ。とっくに過ぎてるし」

 希美は苦笑いで答えた。時刻は夜十一時過ぎ。親から言われている門限は、三時間ほど過ぎている。

「……ていうか、高校生にもなって門限が八時とか、ありえないでしょ」希美は不満たっぷりに付け加えた。

 楓は目を丸くする。「八時? そりゃ確かにありえないわ。あたしだったらグレてるよ」

「でしょー? 過保護すぎるのよ、あの人・・・は」

「それだけ希美のことを心配してるんでしょ」汐音はいかにも優等生な感じで言った。「あんまり悪く言っちゃダメだよ」

 むう、と唸る希美。相変わらず汐音はマジメだ。どこかちゃらんぽらんな楓とは対照的である。もっとも、三人の友情が長く続いているのは、この性格の違いがグループのバランスを保っているからだ、と、希美は勝手に分析している。

「とにかく、うちのことは気にしなくてもいいから。それより、どうする? これから」これ以上家庭の事情に触れてほしくないので、希美は話を変えるように言った。

「親に連絡して、迎えに来てもらうしかないでしょうね」汐音が答えた。

「あー、うちはダメだね」楓がまた手をひらひらと振った。「こんな時間に『迎えに来い』なんて言ったら、『ふざけるな歩いて帰れ!』って言われるよ」

「楓の親はワイルドだからね」そう言った後、汐音は希美を見た。「希美は?」

「うーん、あたしんかぁ……」

 希美は困った顔をした。できれば電話はしたくないところだ。というか、門限の八時を過ぎたあたりから、実は何度も電話がかかってきている。うるさいのでスマホの電源はもうずっと前に切ってそのままだ。この上「迎えに来て」などと言ったら、なにを言われるかわかったものではない。

 そんな希美の心中を察したのか、汐音は、「じゃあ、あたしが訊いてみるよ」と、スマホを取り出した。「ありがと」と、希美は楓と二人でお礼を言う。

 だが、その時。

 ぷわん、と、警笛が鳴った。

 そちらの方を見ると、ホームに向かって電車の明かりが近づいてくる。希美たち帰る方向へ向かっている。

「あれ? 終電は、さっき出たんじゃなかったっけ?」楓が首を捻った。

 希美はホームの時計で時間を確認する。終電の時間は二十三時ちょうどだ。今は五分ほど過ぎている。電車が遅れているという情報もない。

「回送電車か何かじゃない? たぶん、通り過ぎるだけだよ」汐音が言った。

 あ、そうか、と、希美と楓は納得する。

 しかし、その電車は希美たちのホームに入ってくると、スピードを落とし、やがて三人の前で停車した。

 さらに、ドアも開く。

 楓が電車を指さした。「ドアが開いたってことは、これ、乗ってもいいんだよね?」

「でも、この時間、電車はもう無いはずだよ」汐音は時間を確認しながら言った。ホーム内には電車の発車時刻を知らせる電光掲示板もあるが、すでに終電は出た後なので消えてしまっている。

「臨時便か何かじゃない? いいじゃん、これで帰ろうよ。汐音の親に迎えに来てもらうのも申し訳ないし」

 楓の提案に、希美も「そうしよっか?」と、言うと、汐音も「そうだね」と頷いてスマホをしまった。

 そして、三人で電車に乗り込む。

 だが、車内に入った瞬間。

「────!」

 ゾクゾクゾク、と、希美は背中が凍りつくかのような悪寒に襲われた。全身の肌が泡立つ。息も苦しい。明らかに、電車の外と中で、空気が変わった。

 それは、希美の霊感が働いた合図だった。

 子どもの頃から幽霊を見たり不思議な体験をすることが多い希美。この悪寒に似た感覚は、これまでの人生で何度も経験している。そして、それは何か霊的なものが近くにいることを知らせる合図であった。

「──なんか、変じゃない?」

 汐音も不審がっている。汐音には希美のような霊感は無いが、それでも彼女なりに異常を感じ取ったのだろう。当然かもしれない。確かに車内は異常だった。

 満席なのだ。

 座席は縦座席と横座席の二種類あるが、その全てが埋まっている。日曜の二十三時過ぎ。花火大会やお祭りなどのイベントもないのに、満席になるような時間帯ではない。

 さらには。

 座っている乗客は、全員うつむいていた。誰一人、顔を上げている者はいない。声を出す者もいなかった。車内は満席なのに、不気味な静寂が流れている。あまりにも異様な光景だ。

「……汐音……楓……降りよう」希美は震える身体を両手で抑えながら言った。

「へ? なんで? せっかく帰れるのに」異常に気づいていないのか、楓は不思議そうな顔をする。

「たぶんこの電車、乗っちゃダメなやつだ。絶対に」

 希美がそう言っても、楓は。

「なんでよ? ドアが開いてるんだから、大丈夫でしょ」

 あっけらかんと言う。昔から、楓はこういうことに鈍感なところがある。

「そうじゃなくて……」希美は、なんと説明すべきか迷う。

「楓。希美の言う通りにしよう」汐音が希美に代わるよう言った。

 それでも楓は、「えー? どうしたのよ二人とも。なんか顔色悪いよ?」と、空気を察することなく言う。

 その時、車内にアナウンスが流れた。

《──この電車は、黴イ罐・・・行快速列車、終電・・です。終点まで停まりませんので、お乗り間違いのないようご注意ください》

 楓は首を傾げた。「今、なんて言ったの? 駅の名前」

 希美も汐音も首を横に振る。二人にも聞き取れなかった。聞き覚えのない駅名……というわけではない。希美には、そこだけ声が歪んだように聞こえたのだ。この世の言葉ではないのかもしれない・・・・・・・・・・・・・・・・・

「とにかく降りよう、早く」希美は必死に訴えかける。

「楓、希美の言う通りにして」汐音も希美同様に言う。

 楓は相変わらず異常を感じていないような顔をしていたが、それでも、「ま、そだね」と頷いた。「終点まで停まらないんじゃ、仕方ないか。どこだか判らない駅に連れて行かれても困るし」

 楓も納得し、希美たちは逃げ出すように電車を降りた。ドアが閉まる。向こう側とこちら側の世界が断絶される・・・・・・・・・・・・・・・・・・。希美は大きく息を吐いた。どうにか助かった──そんな感じがした。

 だが、電車は発車せず、そのままホームに留まり続けている。

《ただいま運行にトラブルが発生しております。発車まで、しばらくお待ちください》

 またアナウンスが聞こえた。車内の乗客は、相変わらず全員うつむき、無言だ。文句を言う人はいない。席を立つ人もいない。乗客みんな、この終電に乗って目的地へ向かうことを受け入れている・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・──希美には、そう見えた。

「──行こう」

 三人は階段を上り、ホームを後にした。




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