【短編ホラー集】怪忌03.廃線は危険/E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末
E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末
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03.廃線は危険
伊吹市内を走る鉄道の主要幹線はE地区本線だ。県内を東西に貫くこの鉄道は、高度成長期の地域開発に合わせて整備されたものである。市の中心にある伊吹中央駅の一日の利用客は平均約三千人で、その八割以上がE地区本線の利用者だ。バブル崩壊後衰退の一途をたどるこの町においても、安定した収益がある黒字路線である。
このE地区本線の他にも、伊吹中央駅からは南や北へ向かうローカル線がいくつか出ている。市の中心部と郊外の住宅地を結ぶ路線だが、中心街から外れると途端に寂れてくるこの町ではローカル線の利用客は少ない。一日の利用客数は概ね百人を下回っており、区間によっては一日二十人以下のところもあった。
これらは採算が取れない赤字路線として、長年の廃線か存続の議論が続いている。
実際に廃線となった路線もある。かつて遊園地や温泉施設などがあった市の北西部へ向かうための路線・鎌千線だ。北西部の施設はバブル崩壊と同時に閉鎖され、それに合わせて何十年も前に廃線となっていた。
その鎌千線に、みんなで行ってみよう──楓がそう提案したのは、日曜のお昼過ぎ、みんなで公園に集まった時だった。
「廃線探検か、いいねぇ」と、同意したのは裕太だ。同じクラスの男の子で、楓とは仲が良く、彼女の突然の提案に賛成することが多い。
「えー? でも、そこって、結構遠いんでしょ? あたしたちだけで学区の外に出ちゃいけないって、先生から言われてるし……」
希美は渋る口調で言った。鎌千線があるのは希美たちが通う小学校の学区ではない。子どもたちだけで学区の外に出てはいけない、と、いつも先生から言われている。
「それは四年生までの話でしょ。あたしたちはもう五年生。自転車で遠乗りしても許される歳になったのよ」
えへん、とばかりに胸を張る楓。確かに五年生になってからはそれほど厳しく言われることはないが、それでも希美は、まだ子どもたちだけで遠くへ行くのには抵抗があった。
楓と裕太がこんなことを言いだしたのは、恐らく昨日の夜テレビでやっていた外国映画の影響だろう。希美たちが生まれるよりも前に制作されたその映画は、四人の少年が遠く離れた森にあるという死体を探しに行くという物語だ。線路に沿って冒険する姿が印象的で、テレビの影響を受けやすい楓らしい提案である。
「いいんじゃないか? 面白そうだし」
楓の提案に、もう一人の男子である歩希も賛成した。
「お、さすが歩希くん、判ってるねぇ」楓が歩希を指さしてそう言った後、希美を見た。「3対1で、決まりだね」
「えぇー」と、まだ渋る希美。希美はまだ子どもたちだけで学区の外へ行ったことは無い。道に迷ったり、怒られたりしないだろうか。みんな一緒ならそれもガマンできるかもしれないが、もし途中でみんなとはぐれて一人になってしまったら……そう考えると、勇気が出ない。
「大丈夫だよ、俺がついてるって」
希美の心中を察したように、歩希が頼もしいことを言ってくれた。彼にそう言われると、不思議と勇気がわいてくる。
希美は、「うん、判った」と、笑顔で頷いた。
「決まりだね。じゃあ、しゅっぱーつ!」
楓の号令で、四人は自転車にまたがり、公園を出て線路跡へ向かった。楓と裕太が先導し、その後を歩希と希美がついていく。そのまま自転車を漕ぐこと三十分。郊外の住宅街の細い車道に沿うように、その線路はあった。
「お? なんかいい感じだね」
楓が大人びた口調で言う。道路よりも少し高い位置にあるその線路は、かなり草が生い茂っているものの、敷き詰められた砂利の上に等間隔で枕木が並び、その上に鉄のレールが二本乗っている。駅や踏切などで見る線路と同じだ。それが、どこまでも続いている。線路は遥か先の山まで続いており、その頂付近に観覧車が建っているのが見えた。今は閉鎖された遊園地のシンボルマークだったものである。この線路を辿っていけば、いずれあそこにつくのだろう。
線路の近くには小さな駅の跡もあった。楓と裕太は自転車を停めると、線路の中に入っていった。
「ねえ、線路の中に入ると、怒られるよ」
希美は心配そうに言う。日ごろから「線路で遊んではいけない」と、先生や親から言われているのだ。
しかし楓は、「なに言ってるの。電車はもう来ないんだし、大丈夫だよ」と笑った。
確かに、町の線路には金網やガードレールなどが設置され入れないようになっているが、この線路にはそれが無く、容易に入れるようになっている。
「希美たちもおいでよ、ほら、早く」
楓が手招きする。どこか不安な希美だったが、歩希が「行こう」と言うので、二人も自転車を停め、線路に入った。
「このまま線路に沿って行けば、山の上の遊園地まで行けるんだよね?」楓が楽しそうに言う。
「たぶんな」と裕太が答える。「お父さんが、子どもの頃にこの電車に乗ってよく遊園地に連れて行ってもらってた、って、言ってたし」
「そこってさ、幽霊が出るんでしょ? なんか楽しそうだね?」
「今から行ってみるか?」
ノリノリの楓と裕太に対し、希美は「ちょっとやめてよ。そういうの、あたしニガテなんだから」と、怯えながら言う。この二人なら、ホントに行きかねない。
「もう、希美ちゃんは怖がりですねぇ」楓はからかうように言った。裕太も「そうだよなぁ」と、頷く。そう言われると、希美は何も言えなくなってしまう。
「よせよ。希美は霊感が強いんだから、仕方ないだろ」歩希が、優しい口調だがハッキリとそう言った。
楓は肩をすくめた。「はいはい。相変わらず希美ちゃんには優しいね、歩希くんは」
「まったくだ」と裕太も言う。二人はそれ以上希美をからかうのをやめた。
「……ありがとう、歩希くん」
「んー、別に」
お礼を言う希美に、歩希はなんでもないというような顔で応えた。
歩希は希美の家の隣に住む子だ。付き合いは楓たちよりも長い、というより、両親曰く、赤ちゃんの頃からずっと一緒らしい。お隣さん同士家族ぐるみの付き合いがあるので、兄妹同然に育った仲だった。気弱な希美が、今みたいに友達からからかわれたり、あるいは近所の犬にほえられたりしたときなど、いつも守ってくれる。希美にとっては頼りがいのある兄のような存在だった。
四人はおしゃべりしながらしばらく線路沿いに歩いた。すると
「あ、見て。トンネルがあるよ」
楓が前を指さした。転ばないよう、足元を見ながら慎重に歩いていた希美も、そちらを見る。楓の言う通り、線路はコンクリートで囲われたトンネルへと続いていた。
「いいねいいね」裕太が楽しそうに言う。二人はトンネルに向かって駆け出した。
「ちょっと、待ってよ」と、希美たちも後を追った。
トンネルはかなり長く、こちら側から向こう側の出口は見えない。当然ながら電気など点いておらず、奥の方は真っ暗だ。
「へへーん。あたし、こんなこともあろうかと、懐中電灯持って来たんだよね」
楓が得意げにポケットから取り出したのは、百円ショップで売っているような小さなライトだった。
「え? もしかして、入るつもりなの?」希美は不安をあらわにする。
「当たり前でしょ? あたしたちは、こういう冒険のために来たんだから」
「でも……」
線路を歩いているというだけで不安なのに、この上トンネルに入るのは、ちょっと怖い。
希美がトンネルの前でまごまごしていると。
「──あら? あなたたち、どこの子?」
トンネルのそばにある家の庭から、希美のおばあちゃんくらいの年齢のおばさんが声をかけてきた。もちろん、知らないおばさんである。
「この辺りの子じゃないわね? 線路で遊ぶと、危ないわよ?」
おばさんはにこにこと笑いながら言う。怒っている、という訳ではなさそうだった。楓たちが「はーい」と返事をすると、おばさんはにこにこしながら家の中に入っていった。
「ほら。線路で遊ぶと危ないって。もう帰ろうよ」希美は楓に言った。
「いや、危ないも何も、もう電車は通ってないんだから大丈夫でしょ」
楓はおばさんの注意など気にした様子もない。さっきのは適当に返事をしただけのようだ。もちろん、裕太も同じだ。
楓と裕太はおばさんがいなくなったことを確認すると、「じゃ、いってみよー」と、トンネルに入っていった。
「どうする? 歩希くん」希美は歩希を見た。
「うーん、あいつら二人だけにするのも不安だし、俺も行ってみるよ。希美は、怖いならここで待ってていいよ」
そう言ってくれたが、ここで一人で待っているのも不安だった。仕方なく、希美もついて行くことにした。
トンネルは最初の方こそ入口から射しこむ陽の光で明るかったが、少し奥へ進むともう外からの光は届かなくなり、すぐに真っ暗になった。楓が持つ小さな懐中電灯の明かりだけが頼りだ。希美は不安に震えながらついていく。暗い場所はそれだけでニガテだ。幽霊は、こういう暗い場所を好む。
すると、震える希美の手を、歩希が優しく握ってくれた。
不思議と、希美の胸の内の不安や恐怖が和らいでいく。
「──ありがとう、歩希くん」希美は、暗闇でもばれるんじゃないかと思うほど顔を真っ赤にして言った。
「ああ。手、離すなよ」
「うん」
歩希の手をしっかりと握り返し、希美は楓たちの後に続く。
四人はしばらく歩いたが、出口の明かりは見えてこない。時々楓がライトを左右に振るが、無機質なコンクリートの壁が照らし出されるだけだ。四人が砂利を踏みしめる音だけが、線路内に響く。外の世界から断絶されたかのようだ。まるで異空間にでも迷い込んでしまったかのような気分になる。
「結構長いトンネルだね。まだ続くのかな」楓はライトで先を照らす。線路はまだまだ奥まで続いている。
「もう二度と出られなくなったりして」
裕太が冗談を言うが、希美は笑えない。「ちょっとやめてよ、裕太くん」と言いながら、出口が無くなっていないか不安になって振り返った。幸い、入ってきた側の明かりは、まだ小さく見えていた。
「お? なんか見えてきたよ? 出口かな」
先を歩く楓が言った。希美もそちらを見る。前方に、青白くぼんやりとした明かりが見えた。
「いや、出口じゃなさそうだな」と、裕太は言う。確かに、出口の明かりにしては、あまりにも暗い。
「なんだろうね?」
楓は首を傾げながらそれに近づいていく。裕太がその後に続き、歩希もついていこうとした。
だが、希美はその場に立ったまま、歩希の手を強く握りしめた。
歩希が振り返る。「どうした?」
どくん、と心臓が大きく鳴った。あれはヤバイ──そんな予感がする。
「歩希くん、やっぱり戻ろう」そう言った後、希美は楓たちに向かって言う。「楓ちゃん! 裕太くん! それ以上行っちゃダメ!」
楓たちは振り返った。
「えー? ここまで来て、それは無いよ」
そう言いながら、また歩き出す。ライトを持っているのは楓だけだ。ここに取り残されると、何も見えなくなる。それでも希美は、動くことができない。アレに近づいてはいけない、本能が、いや、希美の霊感が、そう告げている。
「──え?」
楓と裕太が立ち止まった。前方の青白い明かりにライトを向け、立ち尽くす。
「何? どうしたの?」
心配して声をかける希美。
楓のライトに照らされて、その姿が希美たちの場所からも見えた。
女の人の後ろ姿だった。
こちらに背を向けた状態で、地面にうずくまっている。何かを探しているのか、あるいは泣いているのか。どちらにしても、懐中電灯も何も持たずこんな場所で一人うずくまっているのは、普通ではない。
逃げなきゃ──希美はそう思ったが、恐怖で体が動かない。歩希も、そして楓と裕太も同様だった。うずくまる女にライトを向けたまま、ただ立ち尽くしている。
ごくり、と、楓がのどを鳴らしたのが聞こえた。「だ……大丈夫だよ。たぶん、あたしたちと同じで、線路の探検をしてたんだよ」
そう言ったものの、声が震えている。女の手には何も無い。明かりも無く、こんな暗いトンネルの中に一人でいるなど、ありえない。
「……こ……こんにちは」楓が、恐る恐る、女に声をかけた。
その声に反応したように、女が、ゆっくりと、立ち上がる。背を向けたままだ。背中まで伸びた長い髪と、スカートが見えた。どちらも泥だらけだ。何日も山の中をさまよっていたかのような姿。足には何もはいていなかった。裸足だ。こちらも泥だらけである。顔は、見えない。
女の首が動いた。ゆっくりと、こちらを向こうとしている。
「──え?」
楓が大きく肩を震わせた。希美も息を飲む。裕太と歩希も、言葉を失う。
女が首を回す。しかし、その動きに、首から下の身体がついて来ない。身体は向こうを向いたままで、首だけが回っている。女の横顔が見えた。普通ならそのくらいが限界だろう。しかし、女の首はまだ回り続ける。何年か前、妹がまだ赤ちゃんだった頃、希美のお気に入りの着せ替え人形の頭を強く捻り、首がちぎれてしまったことを思い出した。人形ですら耐えられない角度。普通ならば首の骨が折れるだろう。それなのに、女の首はまだ回り続ける。やがて、顔が完全にこちらを向いた。身体は向こうを向いたまま。その不自然な姿勢で、女は大きく口を開けてにたりと笑った。口が裂けたかと思うほどの、恐ろしい笑みだった。
「うわあぁ!」
楓と裕太は声を上げ、入口側に駆け出した。希美は恐怖のあまりその場に立ち尽くしていたが。
「希美! 逃げろ!」
歩希に手を引かれ、我に返って走り出した。
それに反応したかのように、女も走り出す。首は希美たちに向け、身体は反対側を向いたまま、こちらに向かって来る。
「来た!」
希美が言うと同時に、楓たちが悲鳴を上げた。ねじれた首の女が追い掛けて来る。裂けたような大きな口でにたりと笑いながら迫る。追いつかれたらどうなるのか、考えたくない。四人は入口の明かりに向かって走った。
「──あっ!」
希美の足が線路の枕木に足が引っ掛かり、転んでしまった。手を繋いでいた歩希もつられて転ぶ。
「ちょっと! 何してんのよ!」
前を走る楓が言った。その楓もつまづいて転び、裕太も一緒に転んだ。
「立って!」
歩希に支えられ、希美は立ち上がった。膝をすりむいたようで痛かったが、痛みよりも女が迫る恐怖が勝り、希美は痛みをこらえてまた走る。楓と裕太も立ちあがって走る。しばらく走ってまた転び、立ち上がって走ってはまた転ぶ。何度も転びながらも、四人はようやくトンネルの外に出た。そして、そこでまたみんなで転んだ。転んでから振り返った。トンネルの中は真っ暗で中は見えないが、女が外に出て来る気配は無い。振り切ったのか、あるいはトンネルの外には出られないのか、なんにしても助かった……と、四人は大きく息を吐き出した。
安心すると、体中ズキズキと痛みだした。何度も転んだので、膝や肘などたくさん擦りむき、血も出ている。
じゃり、と、線路に敷き詰めた石を踏む音が聞こえた。びくん、と身を震わせる四人。
音がした方を見ると、トンネルに入る前に希美たちを注意したおばさんが、救急箱を持って立っていた。
「だから危ないって言ったでしょ?」
おばさんはにこにこしながら言った。
