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【短編ホラー集】怪忌04.天井下がり/E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末

E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末


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04.天井下がり

「ただいまー」

 ドアの鍵を開け、玄関に入った希美は、ひときわ大きな声で言った。おかえり──と、返事をする人はいない。それに寂しさを覚えつつも、「……ま、いたらいたで怖いんだけどね」と気を取り直すように言って、希美は靴を脱いで部屋に上がる。一人暮らしを始めて三ヶ月。まだまだ慣れないことは多いが、特に慣れないのが、帰宅時に迎えてくれる人がいないことだ。誰もいないと判っていても思わず「ただいま」と言ってしまうが、声は部屋に虚しく吸い込まれるだけだった。

 高校を卒業し、大学へ進学した希美は、実家を出て一人暮らしを始めていた。家賃格安セキュリティ皆無の1Kアパート一階部屋に決めようとしていた希美に対し、母親・・が「とんでもない!」とばかりに見つけてきた、オートロック付き1Kマンション最上階五階部屋である。大学生の一人暮らしにはかなり贅沢な部屋で、家賃も相応。希美のバイト代だけでは到底賄いきれないので、親が全額負担してくれている。希美は常々早く独り立ちしたいと思っていたので本当は断りたかったが、母親はこの部屋でなければ独り暮らしを許さないほどの勢いだったので、不本意ではあったが好意に甘えることにしたのだ。

 コンビニで買ったお弁当や飲み物をキッチンの冷蔵庫に入れ、奥の部屋へ移動する。1Kとはいっても、奥の部屋は一〇・五帖と、一般的な2Kの部屋と同じ広さだ。

 適当にバッグを置くと、愛用の特大ビーズクッションにダイブする。お風呂に入りたいがその前に溜まっている洗濯物をどうにかしなければならない。洗濯ネットに入れて洗剤と一緒に洗濯機に放り込んでボタンを押すだけの行為がどうにも面倒で、すでに五日間も溜めこんでいる。このままでは着るものが無くなってしまう。

 それでもすぐに洗濯をする気にはなれず、テーブルの上に置いてあるテレビのリモコンをとった。電源を入れ、適当にチャンネルを変える。特に見たいと思えるような番組もないが、子どもの頃好きだった「だるまさんがころんだ」を題材にしたバラエティー番組をやっていたので、なんとなくそれを見る。そうしているうちにあっという間に時間は過ぎて行き、洗濯はもちろん、場合によってはお風呂や夕食さえもキャンセルしてベッドに入る……それが日常になってしまいそうだ。

 ──いかんいかん。今日こそは洗濯をしなきゃ。

 気を取り直し、クッションから体を起こして、洗濯物を入れてあるカゴを見る。かなり大きめのカゴだが、内容量を大きく超えた衣服がこんもり山盛りに積み上がっている。その多さに一気にやる気を失ってしまう。ちょうどテレビがいいところだし、もうちょっと後でもいいか、と、再びクッションに身を預ける。こうして人は堕ちて行くのか、なんてことを思いながら、大きなあくびをした。

 ──うん?

 あくびの拍子に何気なく天井を見たのだが、そこに違和感を覚えた。どうも、天井がたわんでいる・・・・・・ように見える。

 ──いや、そんなバカな。

 立ち上がって確認する。心なしか湾曲しているように見えるのだ。ちょうど、天井裏に重たいものを乗せたような感じ、とでも言おうか。

 ──いやいや、そんなワケないよね。

 天井の形なんて今まで気にしたことはない。最初からそんなものだったような気もする。ま、いいや、と、気を取り直した希美は、立ち上がったのを幸いに洗濯をすることにした。

 その日は無事洗濯を終え、お風呂も入りご飯も食べた希美は、偉いぞあたし、と自分で自分を褒め、ベッドに入った。

 翌日。

 希美はスマホのアラームで目を覚ました。時刻は七時。思わずいつもの時刻にタイマーセットしてしまったが、よく考えたら今日の講義はお昼からだ。もう少し寝ていよう、とタイマーをセットし直し、もう一度眠りの世界へ旅立とうとしたところで、ぎょっとして大きく目を見開いた。

 天井が、ねぼけ眼でもはっきりとわかるほどに、大きくたわんでいたのだ。

 跳ねるよう起き、ぱちぱち瞬きしたり、ごしごし手でこすったりしてもう一度確認する。見間違いなどではない。数センチというレベルではあるが、明らかに天井の中心部が下がっている。本当に天井裏に重たいものが乗っているのだろうか? でも、一体何が? 判らないが、とにかくこのままでは危険だ。希美は天井に注意を払いながらスマホを取ると、キッチンに移動して管理人に電話をかけた。事情を話すと、すぐに来てくれるとのことだった。管理人は日中一階にいるので、数分で来てくれるだろう。

 しばらくして、ピンポーンピンポーン、とチャイムが鳴る。ドアを開けると、年配の男性管理人が「どうも」と頭を下げた。改めて事情を説明し、「とにかく見てください」と言って、上がってもらった。

 しかし。

「──あれ!?」

 奥の部屋に移動し、天井を見るが、さっきまでたわんでいたのが幻だったかのように、天井はいたって普通の状態だった。

「……えっと、どこがおかしいのでしょう?」

 困ったような顔の管理人。いや困っているのは希美の方だ。「さっきまでは、本当に大きく湾曲してたんです」と言っても、管理人は疑わしそうな目をしている。実際なんともなっていないのだから、それも仕方ないかもしれない。しばらく二人で天井を眺めていたがやはり異変は無い。仕方がないので希美は「どうもお騒がせしました」と詫びると、管理人は困惑した表情で帰って行った。

 一人になり、希美はもう一度天井を見る。やはり異変は無い。寝ぼけていたのだろうか? いや、びっくりして一気に目が覚め、何度も確認したはずだ。でも、実際なんともなってない以上どうしようもない。それでも気持ち悪さは拭えないので、希美は手短に支度を整えると、講義までどこかで時間をつぶそうと部屋を出た。

 夜。

 その日の講義は何事もなく終わり、その後は友達とおしゃべりもして、バイトも無事に終えた希美は、天井のことなんてすっかり忘れて帰宅した。「ただいまー」といつものように言って靴を脱ぎ、キッチンから奥の部屋に移動する。

「────!!」

 部屋に一歩踏み込んだ時点で異変を察知した。いや、察知するなどという感覚レベルの話ではない。ひと目でわかるほどに、また天井が下がっていたのだ。それも、朝よりもさらに深くたわんでいる。今にも抜け落ちそうだ。希美は部屋から廊下に飛び出すと、もう一度管理人に電話をかけた。すでに業務時間は過ぎているが、頼み込んで来てもらえることになった。

 数十分後。あからさまに迷惑そうな顔でやって来た管理人と一緒に、恐る恐る部屋に入る。しかし。

「ええっ!?」

 思わず声が出る。天井は、また何事も無かったかのように元に戻っていた。

 はあ、と、管理人は大きくため息をついた。

「いえ、そんなはずはないんです。本当に……本当に、天井が下がってたんです」

 そう訴えても、管理人はやはり疑わしそうな視線を希美に向けている。しかし、朝と夜の二回も同じことが起こったのだから、希美も簡単には引き下がれない。さらに訴えると、管理人は仕方なしといった表情で、キッチンの天井の隅にある点検口から天井裏を確認してくれることになった。脚立を上り、点検口を開けて、ライトを使って確認してもらう。

「やはり、何にも無いですねぇ」

 しばらく確認した後、管理人はそう言った。それでも納得できない希美は、管理人と代わり、自分も脚立に上って天井裏を見てみた。管理人の言う通り、特に変わったものは無かった。

「……すみません」

 希美が謝ると、管理人は「いい加減にしてほしいよ、まったく」と、聞こえよがしに言いながら帰って行った。

 希美は部屋に戻るが、やはり天井はなんともない。それでも安心できず、その日はテレビもつけずにじっと天井を見ながらご飯を食べ、お風呂もドアを開けて部屋の天井が見える状態で済ませ、布団に入ってもしばらくじっと天井を見ていたが、異変は無かった。

 そして、また翌日。

 目を覚ました希美は、また息を飲む。

 天井はさらにたわみ、もう手を伸ばせば届きそうな高さまで下がっていた。

 このまま部屋にいるのは危険だ──そう思ったが、部屋を出るとその間にまた元に戻るかもしれない。希美は天井を見つめたままスマホをとり、管理人に電話をかけた。あからさまに迷惑そうな口調で応対する管理人になんとか頼み込み、来てもらう。

 しばらくして、ピンポーンピンポーン、と、チャイムが鳴る。希美はドアを開け、管理人に部屋に入ってもらった。

「ええぇぇっ!!」

 天井は、またまた元に戻っていた。目を離したのはドアを開けて管理人に部屋に入ってもらったわずかな時間だ。その隙に元に戻ったというのだろうか。

「…………」

「…………」

「……スミマセン」

 希美は何度も頭を下げ、管理人に帰ってもらった。

 だが。

 その日も大学の講義を終え、バイトは休みで友達から食事に誘われたがそれを断って一目散に部屋に帰ると。

「…………」

 もはや言葉もない希美。天井はさらに下がり、床につきそうなほどにたわんでいた。もちろん、このマンションの天井はごく一般的なものである。希美は建築について詳しくはないが、恐らく石膏ボードかコンクリートであろう。それなのに、逆さまにした三角コーンか! とツッコみを入れたくなるほど、真ん中が押し下がって逆三角錐状になっているのである。トランポリンに百トンの重りを落としてもでもここまで下がることはないだろう。完全に物理的な法則を無視している。

 希美はスマホを取り出した。今回は管理人ではなく、実家の妹にかける。

「──あ、乃愛のあ? 今日、ちょっと事情があって、今から家に帰るから。……うん。だから、悪いけどお父さんにそう伝えてくれる? ……うん……そう、あの人・・・にも、一応。うん……うん。わかってるって。とにかく伝えてよ? じゃあ、よろしくね。はーい」

 希美は電話を切ると、部屋をそのままにして外に出て、実家へ向かった。

 そして、さらに翌日。

 その日は実家から大学へ向かい、講義を終えた後はバイトにも出て、希美は恐る恐るマンションへ戻ってきた。無言で玄関を開け、忍び足でキッチンを通って、そーっと部屋のドアを開ける。

「……あれ?」

 天井は、たわんでいなかった。

 部屋の中に入ってよく確認するが、異変が起こる前と何も変わらない状態だ。それでも警戒は怠らず、ご飯を食べ、お風呂に入って、布団に入って、深夜に眠りにつく。そして翌朝、天井はまたたわんでいる……ということもなく、昨日の夜と同じ、なんともない状態だった。ほっと胸をなでおろす希美。結局なんだったのかは判らないが、ともかく元に戻って良かった。

 と、安心してもいられない。今日は一限目から講義である。希美はテキパキと支度を整えると、大学へ向かうことにした。

「……あのう、ちょっといいかしら?」

 部屋を出ると、廊下で年配の女性が声をかけてきた。六十歳くらいの品の良い女性だ。確か、希美のすぐ下の階の部屋住んでいる人だ。引っ越してきた時、挨拶に行ったことがある。その後はマンションの入口で会った時に挨拶をするくらいだ。それが、朝から何の用だろう? 騒音には気を付けているつもりだったが、何かまずい事でもしただろうか。

「変なこと訊くようだけど……あなた、最近部屋に何か重たいもの置いてない?」

 女性は、申し訳なさそうな表情でそう訊いてきた。

 一瞬、なんと答えるべきか迷ったが、特別重たいものは置いていないので、「いえ、なにも置いてないですけど」と答える。

「そうよねぇ……ごめんなさいね、朝っぱらから」

「いえ……」

 女性は希美の答えに納得がいかないのか、「……変ねぇ……」と、何度も首をひねりながら帰って行った。

 いよいよ下の階にまで行ったのか、と、希美は思った。




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