「あなたの事を思って言っているのよ」支援者の心に潜む影とは?支配と母性の境界線が崩れる時
1 「あなたの事を思って言っているのよ」という支援者の心理
介護や福祉の現場で、「あなたの事を思って言っているのよ」「あなたのためにしているのよ」という言葉を聞くことがある。もちろん、その言葉のすべてが悪いわけではない。支援者が本当に相手の安全や生活を心配している場合もある。
しかし、この言葉には注意が必要である。なぜなら、善意の形をしながら、本人の意思を押しつぶすことがあるからだ。
支援者の心の奥には、転倒してほしくない、失敗してほしくない、家族に責められたくない、事故報告を書きたくない、自分の支援が間違っていたと思いたくない、という不安がある。その不安が「あなたのため」という言葉に変換されることがある。
つまり、本人のために見えて、実際には支援者自身が安心したいだけの場合がある。
2 母性・献身・善意による支配が混ざる
ここでいう母性とは、性別の話ではない。相手を守りたい、失敗させたくない、傷つけたくないという保護の感情が、本人の選択を先回りして奪ってしまう状態を指す。
介護には、世話をすること、守ること、先回りすることが多い。そのため支援者は、「私が見てあげなければ」「私が正しい方向へ導かなければ」と思いやすい。
この感覚が適度であれば、丁寧な支援になる。だが、強くなりすぎると、本人の希望や拒否を「わがまま」「理解不足」「認知症だから」と片づけてしまう。
本人が嫌がっているのに、「今は分からなくても、後で分かる」と押し切る。本人の沈黙を納得と見なす。本人の怒りを症状として処理する。
これは支援ではなく、善意による支配である。悪意がないぶん、止まりにくい。支援者本人も「私は良いことをしている」と思っているからである。
3 相手の人生と自分の感情の境界が曖昧になりがち
この状態では、相手の人生と支援者自身の感情の境界線が曖昧になっている。
本人が失敗すると、自分が傷つく。本人が言うことを聞かないと、自分の支援が否定された気がする。本人が別の選択をすると、「せっかくしてあげたのに」と感じる。
こうなると、本人の生活を支えているようで、実際には支援者の感情を本人に背負わせていることになる。
本来、本人の人生は本人のものである。支援者が不安になるからといって、本人の選択肢を奪ってよいわけではない。安全を考えることと、人生を管理することは違う。
4 適切な自立支援という考え方
適切な自立支援とは、本人を放置することではない。危険を見て見ぬふりすることでもない。
必要なリスクは説明する。安全を確保する。けれど、そのうえで本人が選べる余地を残す。それが自立支援である。
「危ないから駄目です」で終わるのではなく、「どうすれば安全に近づけられるか」を考える。本人の希望を聞き、できない部分だけを補い、できる部分は奪わない。
支援者の正しさを押しつけるのではなく、本人の生活が本人のものとして続いていくように支える。それが介護における自立支援の基本である。
「できない」と判断する前に、「どこまでならできるか」「何を補えばできるか」「誰がいればできるか」「時間帯を変えればできるか」を考える。
5 人生の主役は支援者ではないという戒め
介護の目的は、支援者が安心することではない。支援者が正しさを証明することでもない。
本人の生活が、本人のものとして続いていくように支えることである。
だからこそ、「あなたのため」と言いたくなった時ほど、一度立ち止まる必要がある。その行為で本人の選択肢は残っているか。本人の声を聞いているか。支援者の不安を、本人の人生に押しつけていないか。
人生の主役は支援者ではない。支援者は伴走者であり、管理者でも支配者でもない。
善意は大切である。だが、検証されない善意は、時に暴力になる。介護に必要なのは、「思っている」という自己満足ではなく、本人の尊厳と選択を最後まで残そうとする姿勢である。
