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『落ちこぼれと機能・続章』

※本作は現場での体験をもとに構成したフィクションです。登場人物・団体はすべて架空であり、特定の個人・施設を描いたものではありません。


二日間、私が新人の村田をつきっきりで見ることになった。
入社から数か月が経っているが、動きを追うほどに、
あちこちに“我流の匂い”が残っているのが分かる。

移乗には腰を痛める癖があり、膝の使い方も甘い。
動作の立ち上がりに時間がかかるのは、
遅いのではなく、“回路が一度でつながりにくい”タイプなのだろう。

ユニット型特養は従来型より緩やかとはいえ、
このままでは身体も心も長くはもたない。

利用者とのやり取りを眺めながら、私はつぶやいた。

「……間の取り方が、まだ合ってないな。」

既往歴が頭に入っていない。
老人性うつ、アルツハイマー型認知症、統合失調症──。
症状によって“声の距離”が変わるのに、
村田は全部を同じ温度で受け取ってしまう。

翌日も、似たような場面が続いた。
村田は利用者に寄り添いすぎていた。
威圧する気はまったくないのに、
“近さの最適値”をまだ掴めていないせいで、
利用者が落ち着かない。

悪気がないのは分かる。
ただ、引き出しがまだ少ない。
……いや、気質でいえば猪武者に近いのだろう。
真っすぐで、純粋で、清々しい。
その正直さが、反面“調整の難しさ”にもなる。

身体知は鋭いのに、言語化の回路はまだ細い。
そのアンバランスさは、初学者らしい愛嬌にも見えた。

「食事介助、ちょっとテンポが合ってないね。」

私はふと思い、聞いてみた。

「ダンスとか、音楽とか……興味ない?」

村田は一瞬だけ固まった。
説明されると思考が止まるタイプの“静かな間”が落ちる。

「なんかね、あなた見てると、
 ダンスか音楽をさせてみたくなるのよ。」

「……そんな、私なんか……」

「いや、これはほんとう。
 身体の動きがきれいなんよ。
 神楽舞の天才っぽさがある。」

村田は困ったように斜め下を見て、
控えめに首を横に振った。

「初めて言われました……」

「やっぱり、そうやろね。お世辞じゃないよ。」

私は肩をすくめた。
“自分の動きが褒められた経験のない人”特有の反応だった。

指導者が見本を見せられるかどうか。
そこが、この子の伸びしろを決める。

昼食時、私は村田を椅子に座らせ、
利用者の喉仏を指差した。

「ここ、見てみて。
 猫背の人は分かりにくいけど……
 ほら、この人はこのテンポ、この人はこの速さ。
 微妙に違うの、分かるかな?」

村田は息を呑んだ。
確かに、一人ひとり“飲み込む拍子”が違う。

「あなたはね、言葉よりも身体で覚えるタイプ。
 この拍子を、まず身体で真似してみよか。」

その瞬間、村田の目に“理解の光”が走った。
回路がつながる音が、心の中でかすかに響いたように見えた。

私は、琵琶を弾くように手を動かして見せた。

「この微々たる拍子を読んで動けば、
 相手は無理なく受け入れてくれる。
 それが介助の“間”なんよ。」

村田は静かにうなずいた。

「……なんか、分かる気がします。」

声は、前より柔らかかった。
“理解される経験”をしたとき特有の、あの温かい呼吸。

私は最後に、そっと付け加えた。

「分かったような、まだ分かってないような……。
 それくらいでええよ。
 ここから、少しずつ整えていこう。」

落ちこぼれは、“できない人”ではない。
“見てもらえなかった人”だ。
ちょうどいい“間”を手渡されたとき、
人はまた歩き始める。

現場の片隅で起きた、その小さな再生の続き。



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