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遺伝子組み換え技術と人口抑制戦略——歴史資料が示す地政学的な接点

権力は決してその真の名前では現れない。それは常に別の顔をかぶってやってくる。

— ミシェル・フーコー(哲学者)

はじめに

スーパーの棚に並ぶ大豆油、醤油、コーンスターチ。あなたはそれらを手に取りながら、ふと疑問に思ったことはないだろうか。「これは本当に安全なのか」と。

日本で消費される食品の相当部分に、遺伝子組み換え成分が含まれている。しかし、その事実を知る人は驚くほど少ない。表示義務には巨大な抜け穴があり、加工食品や家畜飼料は対象外だからだ。肉、卵、乳製品——私たちが日常的に口にするものの多くが、間接的に遺伝子組み換え作物に由来している。

公式発表は「科学的に安全だ」と繰り返す。だが、その「科学」とは誰が定義したものか。警告を発した科学者は解雇され、批判的研究には資金が回らず、業界が支援する短期試験だけが「証拠」として採用される。この構造そのものに、疑問を抱くべきではないか。

本書『破壊の種子』が明らかにするのは、遺伝子組み換え作物が単なる農業技術ではないという衝撃的な真実だ。それは、世界人口管理と食糧支配を目指す90年にわたる戦略の帰結である。その真相を、一緒に探ってみよう。

書籍・著者紹介

書籍の基本情報 『破壊の種子:遺伝子操作の隠された意図』(Seeds of Destruction: The Hidden Agenda of Genetic Manipulation)は、2007年に出版された約350ページの調査報告書である。原題が示す通り、遺伝子組み換え技術の背後に隠された真の目的を暴くことを目的としている。

著者の専門性と背景 F・ウィリアム・イングドール(F. William Engdahl)は、石油地政学と国際金融の専門家として30年以上のキャリアを持つ。プリンストン大学で政治学を学び、スウェーデンを拠点に執筆活動を続けてきた。代表作『石油の世紀』では、「石油」が単なる商品ではなく地政学的支配の道具であることを論証した。本書は、その分析手法を「農業」と「遺伝子工学」に適用したものだ。

F・ウィリアム・イングドール

本書の位置づけ 著者の他作品が主にエネルギー地政学を扱うのに対し、本書は「食糧」という、より根源的な支配手段に焦点を当てる。遺伝子組み換え技術を、孤立した科学的発展としてではなく、20世紀を通じて展開された人口管理戦略の一環として位置づける点に、本書の独自性がある。膨大な一次資料——特許文書、財団の資金提供記録、政府文書、科学者の証言——に基づく実証的分析は、単なる推測を超えた説得力を持つ。

なぜ今この本なのか 2007年の出版から15年以上が経過したが、本書が描く構造はむしろ強化されている。モンサントはバイエルに買収され、種子産業の寡占化は進行した。新たな遺伝子編集技術CRISPR-Cas9が登場し、「遺伝子組み換えではない」という名目で規制を回避している。遺伝子組み換え作物の世界的栽培面積は拡大を続け、日本を含む多くの国が食糧主権を失いつつある。本書は過去の記録であると同時に、現在進行形の警告でもある。

想定読者 本書は、政府や主流メディアの公式見解に疑問を持ち始めた一般読者、および食糧安全保障や農業政策に関心を持つ政策立案者を対象としている。専門的な科学知識は前提とせず、複雑な遺伝子工学や地政学的構造を、具体的な事例と歴史的文脈を通じて理解できるよう構成されている。

ワシントンとモンサントの密約——遺伝子組み換え産業を育成する国家戦略

規制とは、被規制者が規制者を支配する過程である。

— ジョージ・スティグラー(経済学者、ノーベル賞受賞者)

物語は1986年の秘密会議から始まる。ホワイトハウスの一室で、当時副大統領だったジョージ・H・W・ブッシュが、モンサント社の幹部たちを集めた。議題は一つ——遺伝子組み換え産業の「規制緩和」だった。

この会議の存在自体が、政府と企業の関係を象徴している。通常、規制政策は公開の場で議論され、複数の利害関係者の意見を聞いて決定される。ところが、遺伝子組み換えに関しては、産業界の代表だけが招かれ、密室で方針が決まった。消費者団体、環境保護団体、独立した科学者——彼らは蚊帳の外に置かれた。

ブッシュは会議で明言した。「我々の仕事は、産業を育成することだ。規制ではない」。この発言は、政府の役割についての根本的な転換を示している。政府の本来の役割は、公衆の健康と安全を守ることだ。ところが、遺伝子組み換えの場合、政府は「産業の育成者」として機能することを選んだ。

1992年、ブッシュ大統領は行政命令を発し、遺伝子組み換え作物を従来の作物と「実質的に同等」とみなす方針を確立した。この「実質的同等性」という概念が、その後の遺伝子組み換え規制(あるいは規制の不在)の基盤となる。

実質的同等性とは何か。簡単に言えば、「遺伝子組み換え作物は、従来の作物と本質的に同じだから、特別な安全性試験は不要だ」という考え方だ。これは科学的判断というより、政治的判断だった。

遺伝子組み換えは、外来のDNA——多くの場合、細菌や他の生物種から取り出した遺伝子——を植物のゲノムに挿入する。この挿入は、ゲノムのランダムな部位で起こり、既存の遺伝子の発現を予測不可能な形で変化させる可能性がある。したがって、遺伝子組み換え作物は、定義上、従来の作物とは「異なる」。

しかし、実質的同等性という概念により、この「異なる」という事実は無視された。食品医薬品局(FDA)の内部文書——後に情報公開法により公開された——は、この政策決定の政治的性質を明らかにしている。FDA内部の科学者たちは、遺伝子組み換え食品には「予期せぬ副作用」のリスクがあり、より厳格な試験が必要だと警告していた。

ところが、これらの警告は無視された。なぜか。モンサントの弁護士マイケル・テイラーが、FDAのバイオテクノロジー政策担当副長官に任命されていたからだ。テイラーは、実質的同等性政策の主要な設計者となった。そして政策確立後、彼はモンサントに戻り、副社長に就任した。

マイケル・テイラー

この「回転ドア」人事は、利益相反の最も露骨な形態である。規制担当者が、将来の雇用主である企業の利益を優先するインセンティブが働く。そして、この構造は単発の事例ではない。遺伝子組み換え産業と政府の間では、人事交流が常態化している。

結果として、遺伝子組み換え食品は、一切の独立した長期安全性試験を経ずに市場に出ることとなった。これは、薬品や食品添加物の規制とは全く異なる扱いだ。

新しい医薬品は、市場に出る前に、数年から十数年の臨床試験を経なければならない。ところが、遺伝子組み換え作物の場合、業界が提出する短期的な試験データ——多くの場合90日以下——が唯一の「証拠」となった。

この規制体制の転換は、「疑わしきは使用せず」という予防原則から、「危険性が証明されない限り使用可能」という原則への移行を意味した。そして、「危険性の証明」の責任は、規制当局ではなく批判者に転嫁された。これは科学的方法の根本的な逆転である。

ナチスの優生学からロックフェラーの遺伝学へ——戦後優生学と分子生物学の誕生

優生学的目標は、優生学以外の名前のもとで達成される可能性が最も高い。

— フレデリック・オズボーン(米国優生学協会会長)

遺伝子組み換え技術の起源を理解するには、1930年代に遡る必要がある。表面的には、ナチスドイツの優生学と現代の遺伝子工学は無関係に見える。しかし、資金の流れと人的ネットワークを追跡すると、驚くべき連続性が浮かび上がる。

1920年代から1930年代にかけて、ロックフェラー財団はドイツの優生学研究に多額の資金を提供していた。カイザー・ヴィルヘルム人類学・人種衛生学研究所は、主要な受益者の一つだった。研究所の所長エルンスト・リューディン(Ernst Rüdin)は、ヒトラー政権の「遺伝病子孫予防法」——強制断種法——の設計者となった。

旧カイザー・ヴィルヘルム人種衛生研究所、ベルリン自由大学内

この法律により、1933年から1945年の間に、約40万人のドイツ人が「遺伝的欠陥」を理由に不妊化された。対象は、精神疾患、知的障害、身体障害、アルコール依存症など、極めて広範に定義された。そして、リューディンの助手だったヨーゼフ・メンゲレは、アウシュヴィッツで「死の天使」として悪名を馳せることになる。

ヨーゼフ・メンゲレ

ロックフェラー財団は、1939年——第二次世界大戦勃発の年——まで、カイザー・ヴィルヘルム研究所への資金提供を継続していた。戦後、財団はこの事実を公式には認めず、記録の多くは秘匿された。しかし、歴史家の調査により、資金提供の詳細が明らかになっている。

戦争が終わると、「優生学」という用語は政治的に使用不可能となった。ナチスの犯罪により、優生学という用語とその露骨な人種政策は表立っては信用を失った。しかし、思想そのものは消えなかった。むしろ、名前を変えて生き延びた。

1946年、米国優生学協会の会長フレデリック・オズボーン(Frederick Osborn)は、戦略的な転換を提案した。「優生学という用語は、今や使えない。しかし、優生学的目標は、別の名前のもとで達成できる」。彼が提案した新しい名前は、「遺伝学」「家族計画」「人口研究」だった。

この改名戦略は、驚くほど成功した。戦後、ロックフェラー財団は「分子生物学」という新しい学問分野の創設に巨額の資金を投じた。1932年から1957年の間に、財団は分子生物学に9000万ドル(現在の価値で数十億ドル)を提供した。この資金により、ケンブリッジ大学、カリフォルニア工科大学、シカゴ大学などに分子生物学の研究センターが設立された。

分子生物学は、生命を「遺伝子というコード」に還元する世界観を確立した。この還元主義は、優生学の思想的基盤と深く共鳴している。生物を「遺伝的に劣る」と「遺伝的に優れる」に分類する優生学と、生物を「遺伝子の乗り物」とみなす分子生物学——両者は、生命の複雑性を単純な遺伝的決定論に還元する点で共通している。

1952年、ジョン・D・ロックフェラー三世は人口評議会(Population Council)を設立した。評議会の初代会長は、フレデリック・オズボーン——前述の米国優生学協会会長——だった。人口評議会は、「人口過剰」を世界的な脅威として定義し、発展途上国での「家族計画」プログラムを推進した。

表向きは、これは女性の権利と選択の尊重だった。しかし、実際のプログラムは、しばしば強制的な性格を帯びていた。インドでは、1970年代に数百万人が断種手術を受けたが、その多くは「インセンティブ」(食糧配給の条件とするなど)や直接的な強制によるものだった。

ロックフェラー財団と人口評議会の活動を分析した歴史家は、これを「暗号優生学(crypto-eugenics)」と呼んだ。優生学という名前は消えたが、その目標——特定の人間集団の繁殖を制限すること——は継続された。ただし、今度は「人道的」な言葉で包まれていた。

この歴史的文脈なしには、遺伝子組み換え技術の真の意図を理解できない。遺伝子組み換えは、真空状態で生まれた技術ではない。それは、約100年にわたる人口管理戦略の最新段階なのだ。

石油依存農業の始まり——緑の革命がもたらした本当の代償

援助とは、富裕国の貧困層から、貧困国の富裕層への富の移転である。

— ピーター・バウアー(開発経済学者)

1960年代、世界は「緑の革命」を目撃した。高収量品種の導入により、アジアや中南米での穀物生産が劇的に増加した。ノーマン・ボーローグ(Norman Borlaug)——緑の革命の父——はノーベル平和賞を受賞し、「10億人を飢餓から救った男」と称賛された。

ノーマン・ボーローグ

表面的には、これは科学と慈善の勝利物語だ。しかし、資金の流れと長期的結果を検証すると、より複雑な現実が見えてくる。

緑の革命の主要な資金提供者は、ロックフェラー財団とフォード財団だった。1943年、ロックフェラー財団はメキシコ農業計画を開始し、高収量小麦品種の開発に投資した。1960年代には、国際稲研究所(フィリピン)と国際トウモロコシ・小麦改良センター(メキシコ)が設立され、これらもロックフェラー財団が主要な支援者だった。

緑の革命が導入した高収量品種には、重要な特徴があった。これらの品種は、大量の化学肥料、農薬、そして安定した灌漑を必要とした。つまり、緑の革命は本質的に、「石油依存型農業」への転換だった。化学肥料は石油から作られ、農薬は石油化学産業の製品であり、灌漑ポンプは石油で動く。

そして、世界の石油を支配していたのは誰か。ロックフェラーのスタンダード・オイルである。ここに、エネルギーと食糧の戦略的統合が見て取れる。食糧生産を石油に依存させることで、エネルギー支配が自動的に食糧支配へと転換される。

さらに重要なのは、緑の革命が「種子の商品化」を推進したことだ。伝統的な農業では、農民は自家採種を行っていた。前年の収穫から最良の種子を選び、保存し、翌年植える。この慣行により、農民は種子会社に依存する必要がなかった。

ところが、緑の革命が導入したハイブリッド種子は、二世代目の収量が著しく低下する。これは「雑種強勢(ヘテロシス)」という遺伝学的現象の結果だ。ハイブリッド種子の一世代目は高収量を示すが、その種子から育てた二世代目は、親世代よりも収量が大幅に低い。

したがって、農民は毎年新しい種子を購入しなければならない。この「計画的陳腐化」——製品の寿命を意図的に制限する戦略——により、農民は種子企業への「年間契約者」となった。これは技術的進歩ではなく、経済的従属関係の構築だった。

インドでの緑の革命の結果は、この構造を如実に示している。1960年代から1970年代にかけて、インドの小麦と米の生産量は確かに増加した。しかし、この増加の恩恵を受けたのは、主に裕福な農民だった。彼らは、高価な投入財(種子、肥料、農薬、灌漑設備)を購入する資本を持っていた。

一方、小規模農民の多くは、これらの投入財を購入できなかった。彼らは銀行から融資を受けようとしたが、多くの場合、担保として土地を差し出さなければならなかった。そして、一度でも不作が起これば、融資を返済できず、土地を失った。

結果として、インドの農村部では土地の集中が進んだ。裕福な農民や企業が、破産した小規模農民から土地を買い取った。農村の貧困と格差は、緑の革命にもかかわらず——あるいは緑の革命のために——拡大した。さらに、インドの自殺率の高い地域は、緑の革命が最も集中的に導入された地域と重なっている。

環境への影響も深刻だった。化学肥料の過剰使用は、土壌の酸性化と栄養バランスの崩壊を引き起こした。農薬の大量散布は、生物多様性を破壊し、有益な昆虫や微生物を殺した。そして、大量の水を使う単一作物栽培は、地下水位を低下させた。

緑の革命は、短期的には生産量を増やしたかもしれない。しかし、長期的には、農業システムの持続可能性を損ない、農民の自律性を奪い、生態系を劣化させた。そして最も重要なことに、それは農民を米国アグリビジネス——種子、肥料、農薬を供給する多国籍企業——に依存させた。

ヘンリー・キッシンジャーの有名な言葉は、この戦略を簡潔に表現している。「石油を支配すれば国家を支配できる。食糧を支配すれば人民を支配できる」。緑の革命は、この支配を実現する第一段階だった。遺伝子組み換え革命は、その完成形である。

ヘンリー・キッシンジャー

アグリビジネスという概念の発明——ハーバードで設計された食糧支配モデル

市場を支配する最良の方法は、市場を創造することだ。

— ピーター・ドラッカー(経営学者)

「アグリビジネス」という用語は、今日では当たり前のように使われる。しかし、この概念そのものが、ロックフェラー財団の資金提供により、ハーバード大学で「発明」されたという事実は、ほとんど知られていない。

1950年代、ハーバード・ビジネススクールの二人の教授——ジョン・H・デイビス(John H. Davis)とレイ・A・ゴールドバーグ(Ray A. Goldberg)——が、ロックフェラー財団の研究助成を受けた。彼らの任務は、農業を産業として再構築する方法を開発することだった。

1957年、デイビスとゴールドバーグは『農業の概念』という著書を出版した。この本で、彼らは初めて「アグリビジネス」という用語を使用し、次のように定義した。「種子、栽培、加工、流通に関わる全ての経済活動の総体」。

この定義の革新性は、農業を孤立したセクターとしてではなく、より大きな産業システムの一部として捉えた点にある。そして、彼らが提案したのは、「垂直統合」——サプライチェーン全体を単一企業が支配する構造——だった。

垂直統合とは何か。従来、農業のバリューチェーンは分散していた。種子会社が種子を供給し、農民が作物を栽培し、加工業者が穀物を加工し、流通業者が製品を販売した。これらの段階は、独立した経済主体によって担われていた。

ところが、垂直統合モデルでは、単一企業がこれら全ての段階を支配する。モンサントの場合を考えてみよう。モンサントは種子を供給し(遺伝子組み換え種子)、その種子に必要な除草剤を供給し(ラウンドアップ)、栽培された穀物を購入し(カーギルなどとの提携を通じて)、加工製品を流通させる。

この統合により、企業は莫大な権力を獲得する。農民は、種子、農薬、そして販売先の全てについて、単一企業に依存することになる。価格交渉力は完全に企業側に移り、農民は事実上の「契約労働者」となる。

デイビスとゴールドバーグは、この構造が「効率性」をもたらすと主張した。確かに、企業の観点からは、垂直統合は利益を最大化する優れた戦略だ。しかし、農民や消費者の観点からは、それは選択肢の喪失と権力の集中を意味する。

1960年代から1970年代にかけて、米国の農業は急速にアグリビジネス・モデルに転換した。小規模家族農場は減少し、大規模な企業農場が拡大した。1950年には、米国には約570万の農場があった。2000年には、約210万に減少した。そして、残った農場の多くは、大規模な契約栽培を行う企業農場だった。

この変化は、政府の政策によって推進された。米国農務省のエール・バッツ(Earl Butz)長官は、1970年代に「大きくなるか、さもなくば去れ(Get big or get out)」というスローガンを掲げた。小規模農家への補助金は削減され、大規模農業への支援が拡大された。

同時に、種子産業の集中も進んだ。1970年代には、数千の独立した種子会社が存在した。しかし、1980年代から1990年代にかけて、大規模な合併が起こった。モンサント、デュポン、ダウ、シンジェンタといった化学・製薬企業が、種子会社を次々と買収した。

2000年代初頭までに、世界の商業種子市場の約75%が、わずか10社によって支配されるようになった。そして、遺伝子組み換え種子市場では、モンサント一社が約90%のシェアを持つに至った。この集中度は、歴史上前例がない。

垂直統合とアグリビジネスの概念は、遺伝子組み換え革命の経済的基盤を提供した。遺伝子組み換え技術により、企業は種子そのものに「知的財産権」を主張できるようになった。そして、特許法により、農民の自家採種は違法化された。

この構造のひとつの帰結が、次に見る「ターミネーター技術」である。

ターミネーター技術——自家採種を不可能にする『自殺種子』

我々の技術は、主にインド、パキスタン、中国の米・小麦農民を対象としている。

— デルタ・アンド・パイン・ランド社広報担当者

1998年3月3日、米国特許商標庁は、特許番号5,723,765を認可した。特許の正式名称は「植物遺伝子発現の制御」だったが、すぐに「ターミネーター」という通称で知られるようになった。

特許の保有者は、ミシシッピ州の種子会社デルタ・アンド・パイン・ランド社と、米国農務省だった。政府機関が、農民を企業に従属させる技術の共同開発者だったという事実は、政府の役割について根本的な疑問を投げかける。

ターミネーター技術とは何か。技術的には、これは遺伝子工学の「成功」だ。科学者たちは、植物のゲノムに一連の遺伝子を挿入し、種子の成熟過程を制御するメカニズムを構築した。

具体的には、三つの遺伝子が関与する。第一に、「致死遺伝子」——これは、植物の胚を殺すタンパク質をコードする。第二に、「リプレッサー遺伝子」——これは、通常は致死遺伝子の発現を抑制する。第三に、「リコンビナーゼ遺伝子」——これは、特定の化学物質に反応してリプレッサーを除去する。

プロセスは次のように機能する。種子会社は、栽培前に種子を特定の化学物質で処理する。この化学物質がリコンビナーゼを活性化し、リプレッサーが除去される。植物は正常に成長し、花を咲かせ、種子を形成する。しかし、種子が成熟する直前に、致死遺伝子が活性化され、胚が死滅する。

農民が収穫した種子を保存しても、それは発芽しない。種子は外見上は正常だが、生物学的には死んでいる。したがって、農民は翌年、再び種子会社から種子を購入しなければならない。

この技術の倫理的・社会的含意は、計り知れない。ターミネーター技術は、「種子の保存」という、農業の根幹をなす慣行を不可能にする。これは、約1万年前の農業の始まり以来、人類が維持してきた基本原理——植物の生殖サイクルを利用する——への根本的な攻撃である。

チリにおけるモンサント社への抗議行進

デルタ・アンド・パイン・ランド社の副社長ハリー・コリンズ(Harry Collins)は、この技術の目的を率直に述べた。「我々の技術の主な価値は、知的財産権を保護することだ」。つまり、ターミネーター技術は、農民の自家採種を技術的に不可能にすることで、企業の特許権を強制する手段なのだ。

さらに憂慮すべきことに、デルタ・アンド・パイン・ランド社の広報担当者は、この技術の主要なターゲット市場を明言した。「インド、パキスタン、中国の米・小麦農民だ」。つまり、世界で最も人口の多い地域——ヘンリー・キッシンジャーの1974年の秘密文書NSSM 200が「人口抑制の優先対象」として特定した地域——が標的だったのだ。

1999年、モンサントはデルタ・アンド・パイン・ランド社を18億ドルで買収しようとした。しかし、世界的な反対運動が起こった。インドの農民団体、ヨーロッパの環境NGO、南米の市民組織が、ターミネーター技術を「生物学的武器」と非難した。

圧力を受けて、ロックフェラー財団の会長ゴードン・コンウェイ(Gordon Conway)がモンサントのCEOロバート・シャピロに書簡を送った。コンウェイは、ターミネーター技術の「商業化」を延期するよう要請した。モンサントは買収を中止し、ターミネーター技術を「当面は商業化しない」と約束した。

ゴードン・コンウェイ

この介入は、表面的にはロックフェラー財団の「良心」を示すように見える。しかし、コンウェイの言葉を注意深く読むと、彼はターミネーター技術の「開発」を中止すべきだとは言っていない。「商業化」を延期すべきだと言っただけだ。

これは戦略的後退だったと考えられる。1999年の時点で、遺伝子組み換え作物に対する国際的な抵抗は強かった。欧州連合は事実上の禁輸措置を取っており、多くの発展途上国も規制を強化していた。この状況でターミネーター技術を前面に出すことは、遺伝子組み換え全体への反対を強める危険があった。

したがって、より良い戦略は、まず遺伝子組み換え作物を広範に普及させることだった。農民が遺伝子組み換え種子に依存するようになった段階で、ターミネーター技術を導入する——その時点では、農民には代替選択肢がほとんど残されていない。

実際、ターミネーター技術の開発は停止しなかった。デルタ・アンド・パイン・ランド社は、欧州連合やカナダで特許を取得し続けた。そして2006年8月、メディアの注目が薄れた頃、モンサントはデルタ・アンド・パイン・ランド社を15億ドルで買収した。今回、ロックフェラー財団は沈黙を守った。

モンサント(現在はバイエル)は、ターミネーター技術を「商業化しない」という約束を繰り返している。しかし、特許は維持されており、技術は存在する。そして、適切な政治的・経済的条件が揃えば、展開される可能性は常に残っている。

殺精子トウモロコシ——不妊化技術が隠された遺伝子組み換え作物

温室はいっぱいだ、抗精子抗体を作るトウモロコシでね。

— ミッチ・ハイン(エピサイト社社長)

2001年9月、サンディエゴの小さなバイオテク企業エピサイト(Epicyte)は、科学界と一般メディアを驚かせる発表を行った。同社は、人間の精子を攻撃する抗体を生成する遺伝子組み換えトウモロコシの開発に成功したと発表した。

技術的プロセスは複雑だが、基本原理は単純だ。エピサイトの科学者たちは、まれな免疫不妊症を持つ女性から抗体を分離した。これらの女性の免疫システムは、精子を「侵入者」とみなし、それを攻撃する抗体を生成していた。

科学者たちは、この抗体を生成する遺伝子を特定し、トウモロコシのゲノムに挿入した。結果として、このトウモロコシは、花粉(植物の「精子」に相当)の中に、人間の精子に対する抗体を生成した。

エピサイトの社長ミッチ・ハイン(Mitch Hein)は、記者会見で誇らしげに述べた。「我々の温室には、抗精子抗体を作るトウモロコシがいっぱいだ」。

彼は、この技術を「世界の人口過剰問題への貢献」として提示した。

しかし、その含意は恐ろしい。もしこの避妊トウモロコシが食糧供給に混入すれば——偶然にせよ意図的にせよ——それを消費する人々は、知らないうちに不妊化される可能性がある。さらに、遺伝子組み換え作物の「遺伝子流動」——花粉の風媒や昆虫媒介による他の植物への遺伝子移転——を考えれば、一度環境に放出されれば、その拡散を制御することは不可能に近い。

さらに憂慮すべきことに、エピサイトは孤立した企業ではなかった。同社は、ダウ・アグロサイエンシズ(ダウ・ケミカルの子会社)およびノバルティス農業発見研究所(後のシンジェンタ)と提携していた。これらは、世界最大の遺伝子組み換え種子供給者である。

エピサイトとダウの共同研究契約は、「作物における抗体の発現、安定性、蓄積に影響を与える要因」を調査することを目的としていた。つまり、避妊抗体をトウモロコシでより効率的に生成する方法を研究していたのだ。

2002年、CBSニュースは、米国農務省が全国で32の「薬物および薬物化合物を作物で栽培する」野外試験に資金を提供していると報じた。これらの試験には、エピサイトの技術が含まれていた。さらに驚くべきことに、農務省は試験結果を、メリーランド州のエッジウッド化学生物学センター——米軍の生物兵器研究所——に提供していた。

エッジウッド化学生物学センター 化学剤貯蔵場

なぜ軍が避妊トウモロコシに興味を持つのか。公式の説明では、「防衛的研究」——敵が生物兵器として使用する可能性のある技術を理解するため——とされた。しかし、この説明は、技術の攻撃的応用の可能性を排除しない。

2004年、エピサイトはノースカロライナ州のバイオレックス(Biolex)という民間バイオテク企業に買収された。その後、避妊トウモロコシに関する公開情報は完全に途絶えた。ウェブサイトからプレスリリースが削除され、科学論文の発表も停止した。

研究が中止されたという証拠はない。むしろ、政治的に爆発的な影響を持つため、秘密裏に継続されている可能性が高い。遺伝子組み換え作物の開発は、多くの場合、機密性の高い環境で行われる。企業は、「企業秘密」を理由に、研究の詳細を公開しない。

この技術を、1970年代から1990年代にかけての世界保健機関(WHO)の「生殖健康」プログラムと並べて考えると、不穏なパターンが見えてくる。

1990年代初頭、メキシコ、ニカラグア、フィリピンで、WHOが主導する大規模な破傷風ワクチン接種キャンペーンが行われた。しかし、不審な点があった。破傷風は、錆びた釘などの傷口から感染する比較的まれな病気であり、男女を問わず発生する。ところが、ワクチンは15歳から45歳の出産可能な女性にのみ投与され、男性や子供には投与されなかった。

さらに、ワクチンは数ヶ月間隔で3回から5回投与された。通常、破傷風ワクチンは一度の接種で10年間有効である。なぜ複数回の投与が必要なのか。

メキシコのカトリック系団体コミテ・プロ・ビダ(Comité Pro Vida)が、ワクチンのサンプルを独立した検査機関に送った。検査結果は衝撃的だった。ワクチンには、hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)ホルモンが含まれていた。

hCGは、妊娠を維持するために必要な天然ホルモンである。受精卵が子宮に着床すると、hCGが分泌され、卵巣に黄体を維持させ、プロゲステロンの生成を継続させる。しかし、破傷風トキソイドとhCGを組み合わせると、免疫システムがhCGに対する抗体を形成する。

その結果、女性が妊娠しても、免疫システムがhCGを攻撃し、妊娠が維持できなくなる。これは、事実上の免疫学的不妊化である。そして、複数回の投与は、抗体レベルを維持するために必要だった。

WHOは最初、hCGの存在を否定した。次に、製造過程からの「汚染」だと主張した。しかし、フィリピン、ニカラグア、メキシコの4つの独立した検査機関がすべてhCGを検出したとき、WHOは沈黙した。

フィリピン医師会は、WHOのワクチンプログラムを「人道に対する罪」と非難した。しかし、主流メディアはこの事件をほとんど報道せず、WHOは実質的な責任を問われなかった。

この事件と避妊トウモロコシを並べて考えると、一つのパターンが浮かび上がる。それは、不妊化を、公衆衛生や食糧援助という「人道的」プログラムの中に隠す戦略である。

ヘンリー・キッシンジャーの1974年の秘密文書NSSM 200は、発展途上国の人口増加を「米国の国家安全保障上の脅威」と定義した。この文書は、人口抑制を、原材料へのアクセスを確保するための戦略的利益として位置づけた。

NSSM 200は、13の「優先国」を特定した——インド、パキスタン、バングラデシュ、インドネシア、フィリピン、タイ、トルコ、エジプト、エチオピア、ナイジェリア、ブラジル、メキシコ、コロンビア。これらの国々は、人口が多く、戦略的資源(石油、鉱物など)を持ち、そして米国の影響下にあった。

NSSM 200は、「食糧を武器として」使用することを明示的に提案した。「食糧援助を、受入国が人口抑制プログラムを実施する条件とすべきだ」。つまり、飢餓の脅威を利用して、発展途上国政府に人口抑制政策を強要するのだ。

遺伝子組み換え作物——特にターミネーター技術や避妊作物——は、この戦略を実行する完璧な手段である。それらは秘密裏に展開でき、その影響は数年または数十年後に現れる。そして、因果関係を証明することは極めて困難である。

出生率は世界中で低下している。1950年から2024年の間に、韓国で88%、中国で83%、日本で80%減少した。公式の説明では、これは「発展」の自然な結果——教育水準の向上、都市化、女性の社会進出——とされる。

公式の説明では、教育水準の向上、都市化、女性の社会進出が出生率低下の主因とされる。確かに、これらの要因は寄与している。しかし、それだけでは説明がつかないほど、低下の速度と規模は急激である。

たとえば、韓国の合計特殊出生率は、2023年に0.72を記録した。これは、一人の女性が生涯に産む子供の数が平均0.72人ということであり、人口を維持するために必要な2.1を大きく下回る。このペースが続けば、韓国の人口は数世代以内に半減する。

日本も同様の傾向にある。2023年の出生数は約75万人で、これは過去最低を更新し続けている。死亡数が出生数を大きく上回り、人口は年間約80万人減少している。

この低下に、環境ホルモン、食品添加物、農薬、そして遺伝子組み換え食品、ワクチンがどの程度寄与しているかは、包括的な研究が行われていないため不明である。しかし、不妊症の増加、精子数の減少、生殖器官の異常——これらすべてが報告されている。

そして、もしエピサイトの避妊トウモロコシのような技術が密かに展開されていれば、その影響を検出することは極めて困難だろう。陰謀論のように聞こえるだろうか。だが、冷静に考えてほしい。ワクチンによる人口抑制の陰謀が事実なのだとすれば、それがトウモロコシにおいても行われると考えることに、大きな論理的飛躍はない。

アルゼンチンの実験室——債務の罠と遺伝子組み換え大豆

債務は、植民地主義の新しい形態だ。

— トーマス・サンカラ(ブルキナファソ大統領、1983-1987)

1990年代のアルゼンチンは、遺伝子組み換え作物の最初の大規模実験場となった。なぜアルゼンチンだったのか。それは、1980年代の債務危機が、国の主権を大幅に弱体化させていたからだ。

1970年代、アルゼンチン政府は、デビッド・ロックフェラーのチェース・マンハッタン銀行を含む国際銀行から、低金利で大量の融資を受けた。この資金は、インフラ整備や工業化に投資されるはずだった。しかし、多くは腐敗した政府高官によって横領され、あるいは非生産的なプロジェクトに浪費された。

1979年、米連邦準備制度議長ポール・ボルカー(Paul Volcker)が金利を急激に引き上げた。一夜にして、アルゼンチンの債務負担は耐え難いものとなった。政府は、融資を返済できなくなった。

この時、国際通貨基金(IMF)が「救済者」として登場した。IMFは、アルゼンチンに緊急融資を提供したが、厳しい条件を付けた。構造調整プログラム(SAP)と呼ばれるこの政策パッケージは、次のようなものだった。

国有企業の民営化——電力、水道、通信、石油などの国家資産を、多くの場合外国企業に売却する。通貨の切り下げ——輸出を促進するが、輸入品や外貨建て債務のコストを増加させる。農業補助金の削減——小規模農家への支援を打ち切る。市場の開放——外国企業の投資と貿易に対する制限を撤廃する。

これらの政策は、表面的には「経済改革」として提示された。しかし、実際には、アルゼンチンの経済主権を空洞化させた。国家資産は、外国企業——主に米国とヨーロッパの多国籍企業——の手に渡った。そして、農業分野では、遺伝子組み換え種子の導入が推進された。

1996年、カルロス・メネム大統領政権下で、モンサントのラウンドアップ・レディー大豆が認可された。この大豆は、モンサントの除草剤ラウンドアップ(主成分グリホサート)に耐性を持つよう遺伝子組み換えされていた。

モンサントの販売戦略は巧妙だった。当初、同社は「技術料」を免除し、農民に種子を低価格で販売した。さらに、モンサントはアルゼンチン政府に、ラウンドアップ・レディー大豆を「実質的に従来の大豆と同等」とみなすよう圧力をかけた。これにより、遺伝子組み換え大豆は特別な規制なしに栽培できるようになった。

農民にとって、ラウンドアップ・レディー大豆は魅力的に見えた。従来、雑草管理には、複数の除草剤を異なる時期に散布する必要があった。しかし、ラウンドアップ・レディー大豆では、ラウンドアップを一度散布するだけで、ほとんどの雑草を駆除できた。これは、労働コストと時間を削減した。

ホームセンターで販売されているラウンドアップ

結果として、遺伝子組み換え大豆は爆発的に普及した。1996年には、アルゼンチンの大豆栽培面積のわずか1%だったが、2004年には98%以上が遺伝子組み換えとなった。栽培面積も劇的に拡大し、1990年の約500万ヘクタールから、2004年には1400万ヘクタール以上に増加した。

しかし、この「成功」の裏には、深刻な代償があった。

第一に、農業構造の変容。大豆は、高度に機械化された大規模栽培に適している。一人の農民が、大型トラクターと播種機を使えば、数千ヘクタールを管理できる。一方、伝統的な多様な農業——小麦、トウモロコシ、野菜、畜産——は、より多くの労働力を必要とする。

したがって、大豆への転換は、農村の雇用を破壊した。数十万の農業労働者が職を失い、都市のスラムに流入した。さらに、小規模農家は、大規模農家や企業農場と競争できず、土地を失った。

第二に、土地の収奪。破産した小規模農家の土地は、外国企業や投資ファンドによって買い取られた。カーギル、ソロス・ファンド、シーボード・コーポレーションなどが、数百万エーカーの土地を取得した。アルゼンチンは、世界の大豆工場へと変貌したが、その利益の多くは国外に流出した。

第三に、食糧安全保障の喪失。大豆は、主に家畜飼料や食用油として輸出される。アルゼンチン国内の食糧消費にはほとんど寄与しない。一方、国内消費向けの作物——小麦、トウモロコシ、野菜——の栽培面積は減少した。

皮肉なことに、アルゼンチンは世界有数の食糧輸出国であるにもかかわらず、国内では栄養失調が増加した。2002年の経済危機時には、人口の約17%が栄養不足に陥った。子供たちが飢えている一方で、大豆は家畜飼料として輸出され続けた。

第四に、環境破壊。大豆のモノカルチャー(単一作物栽培)は、土壌を急速に劣化させる。大豆は、土壌から窒素やその他の栄養素を大量に吸収するが、それらを補充しない。したがって、化学肥料への依存が増加する。

さらに、ラウンドアップの大量散布は、「耐性雑草」の出現を引き起こした。数年以内に、ラウンドアップに耐性を持つ雑草が広がり、農民はより多くの除草剤を使用せざるを得なくなった。あるいは、より強力な除草剤——2,4-Dやパラコートなど、より毒性の高い化学物質——に切り替えた。

グリホサートの健康影響も懸念されている。アルゼンチンの医師たちは、大豆栽培地域での先天性欠損症、癌、神経疾患の増加を報告している。2010年、アンドレス・カラスコ(Andrés Carrasco)博士——ブエノスアイレス大学の分子生物学者——は、グリホサートが両生類の胚に奇形を引き起こすことを示す研究を発表した。

カラスコ博士の研究は、プシュタイ博士と同様の運命をたどった。彼は、アグリビジネス業界から激しい攻撃を受け、政府からの研究資金を削減され、メディアで中傷された。しかし、彼は研究を続け、グリホサートの危険性を警告し続けた。

第五に、企業による支配の強化。当初、モンサントは技術料を免除していたが、遺伝子組み換え大豆が広まった後、方針を変更した。2004年、モンサントは、アルゼンチン政府に対し、農民から遡及的に技術料を徴収することを要求した。さらに、モンサントは、ヨーロッパに輸出されるアルゼンチン大豆に対して、「特許侵害」を理由に税関で差し押さえると脅した。

アルゼンチン政府は、モンサントの要求に屈した。2005年、「拡大ロイヤリティ制度」が導入され、農民は収穫量に基づいて技術料を支払うこととなった。これにより、モンサントはアルゼンチンの大豆産業から年間数億ドルを徴収している。

アルゼンチンの事例は、遺伝子組み換え作物が、単なる農業技術ではなく、社会経済システムの再編成手段であることを示している。それは、小規模農家を排除し、農業を工業化し、食糧生産を少数の多国籍企業の支配下に置く過程である。

そして、この過程は、IMFの構造調整プログラムによって促進された。債務の罠に陥った国は、主権を失い、外国企業の利益に奉仕する政策を強いられる。これは、新しい形態の植民地主義——債務による植民地主義——である。

日本も、完全に例外ではない。日本の食糧自給率は約38%(カロリーベース)であり、穀物や大豆の大部分を輸入に依存している。そして、これらの輸入品の多くは、アルゼンチンやブラジルからの遺伝子組み換え大豆である。

つまり、日本の食卓は、アルゼンチンの農民の犠牲の上に成り立っている。そして、日本自身も、食糧主権を失うことで、同様の運命に直面する危険がある。

イラクの種子法——戦争による生物支配

民主主義の種子を植える。

— ジョージ・W・ブッシュ(米国大統領、イラク侵攻時)

2003年、米国がイラクを侵攻した際、多くの人々は、この戦争が石油をめぐるものだと考えた。確かに、石油は重要な要因だった。しかし、占領当局が発した一連の命令を検証すると、別の次元の支配が浮かび上がる。

ポール・ブレマー三世(L. Paul Bremer III)——元国務省テロ対策局長——が、暫定占領当局(CPA)の管理者に任命された。2003年から2004年にかけて、ブレマーは100の命令を発令し、イラク経済を根本的に再構築した。

これらの命令は、「経済改革」として提示されたが、実際にはイラクの経済主権を剥奪するものだった。国有企業の民営化、外国投資への完全開放、労働法の緩和、税制の変更——これらは、IMFの構造調整プログラムを、軍事占領下で強制的に実施したものに等しい。

しかし、最も不吉な命令の一つは、ほとんど注目されなかった。命令81号——「特許、工業デザイン、非公開情報、集積回路および植物品種法」——である。

命令81号は、イラクの種子法を根本的に改変した。主要な変更点は次の通りだ。

外国企業の特許権の承認——米国やヨーロッパの企業が、イラクで植物品種の特許を取得できるようになった。「保護品種」の定義——特許保護された種子を、農民が保存し再利用することを禁止した。種子の商業化——種子は「知的財産」とみなされ、その無断使用は「盗用」とされた。

歴史的に、イラクはメソポタミア——文明の揺籃——の一部であり、農業の発祥地である。約8000年前から、イラクの農民は小麦を栽培しており、世界中で使用される小麦品種の多くは、イラクに起源を持つ。イラクは、貴重な種子の「遺伝子銀行」を持っていた。

しかし、2003年の戦争中、アブグレイブにあったイラクの国立種子銀行が破壊された。この破壊は、単なる「戦争の偶然」だったのか、それとも計画的だったのか。確証はないが、状況証拠は疑念を抱かせる。

種子銀行の破壊により、イラクは数千年にわたって蓄積された遺伝的多様性を失った。そして、この空白を埋めるために、米国国際開発庁(USAID)が介入した。USAIDは、「援助」として、米国の余剰穀物——その多くが遺伝子組み換え——をイラクに送り込んだ。

さらに、USAIDのイラク農業再建プログラムの責任者は、ダニエル・アムストゥッツ(Daniel Amstutz)——元カーギル副社長——だった。アムストゥッツは、1980年代にWTOの農業協定の起草者でもあった。彼の任命は、米国の意図を明確に示していた。イラクの農業を、米国アグリビジネスの市場に転換すること。

命令81号により、イラクの農民は、自家採種という伝統的慣行を失った。もし農民が「保護品種」の種子を保存すれば、それは法律違反となる。代わりに、彼らは毎年種子会社から種子を購入しなければならない。

2004年1月5日(月)、バグダッド北部の村で、イラクのトウモロコシ仲買人が小売市場向け出荷準備中に在庫を確認している。(AP/ジュリー・ジェイコブソン)

さらに、命令81号は、イラクの種子市場を外国企業に開放した。モンサント、デュポン、シンジェンタなどが、イラクで遺伝子組み換え種子の販売を開始できるようになった。戦争で荒廃したイラクでは、農民は選択肢がほとんどなく、提供される種子を受け入れざるを得なかった。

イラクの種子法の変更は、占領下の国に対する主権侵害の最も露骨な形態である。通常、国の法律は、その国の議会によって制定される。しかし、イラクの場合、外国の占領当局が、イラク人の同意なしに法律を制定した。

さらに、ブレマーは、これらの命令を「永続的」なものとし、将来のイラク政府が簡単に廃止できないようにした。イラクが主権を回復した後も、これらの命令は効力を持ち続けた。

命令81号は、食糧支配が、軍事支配と経済支配と並ぶ、占領の三本柱の一つであることを示している。軍隊が領土を支配し、企業が経済を支配し、そして種子法が農業を支配する。

2003年5月19日(月)、イラク北西部タール・アッシュ・ショーア村の郊外。収穫間近の大麦畑で、米軍兵士が仲間の兵士とひまわりの種を分け合いながら、ヘリコプターの到着を待っている。(AP/ブレナン・リンズリー)

ジョージ・W・ブッシュ大統領の「民主主義の種子を植える」というレトリックは、文字通りの意味を持っていた。ただし、それは民主主義の種子ではなく、モンサントの種子だった。

二重基準——安全ならば特許は不要、特許ならば安全検査が必要

矛盾は、権力の特権である。

— ジョージ・オーウェル(作家)

遺伝子組み換え技術を支える法的枠組みには、根本的な矛盾がある。この矛盾は、偶然ではなく、意図的に設計されたものだ。

一方で、規制当局——米国食品医薬品局(FDA)、米国農務省(USDA)、米国環境保護庁(EPA)——は、遺伝子組み換え作物を「実質的に従来の作物と同等」とみなす。この原則により、遺伝子組み換え作物は特別な安全性試験を免除される。

他方で、特許庁は、遺伝子組み換え作物を「新規で独自の発明」とみなし、排他的な特許権を認める。特許を取得するための基本的要件は、「新規性」——つまり、既存のものとは異なること——である。

この二重基準は、論理的には支持できない。遺伝子組み換え作物が従来の作物と「実質的に同等」であるならば、それは「新規」ではなく、したがって特許の対象とならないはずだ。逆に、遺伝子組み換え作物が「新規」であるならば、それは従来の作物とは「異なる」のであり、したがって特別な安全性試験が必要なはずだ。

ところが、企業は都合の良い方の原則を、文脈に応じて使い分ける。規制当局に対しては「我々の遺伝子組み換えトウモロコシは、通常のトウモロコシと実質的に同等だから、特別な試験は不要だ」と主張する。しかし、特許庁に対しては「我々の遺伝子組み換えトウモロコシは、通常のトウモロコシとは根本的に異なる新規発明だから、特許保護を受けるべきだ」と主張する。

この矛盾は、科学的議論ではなく、権力の行使である。企業は、規制を回避しつつ、市場独占を確保するために、法律を武器として利用している。

特許法の適用も問題が多い。伝統的に、生物——特に植物や動物——は特許の対象外だった。自然界に存在するものは「発見」であって「発明」ではないとされていた。

しかし、1980年の米国最高裁判決(Diamond v. Chakrabarty)が、この原則を覆した。判決は、「人間が作ったあらゆるもの」が特許可能だと判示した。この判決は、バイオテクノロジー産業の要請により、企業寄りの判事によって下された。

この判決以降、生命の特許化が加速した。遺伝子、細胞株、遺伝子組み換え生物——これらすべてが特許の対象となった。そして、遺伝子組み換え技術は、この特許化を大規模に実現する手段となった。

モンサント、デュポン、ダウ、シンジェンタは、数千の植物品種に特許を取得した。これらの特許は、農民の自家採種を違法化する。もし農民が、自分の畑で育った植物の種子を保存すれば、それは特許侵害となる。

1999年、カナダの農民パーシー・シュマイザー(Percy Schmeiser)は、モンサントに訴えられた。モンサントは、シュマイザーの畑で、モンサントの遺伝子組み換えカノーラが発見されたと主張した。シュマイザーは、自分はモンサントの種子を購入したことはなく、遺伝子組み換えカノーラは隣接する畑から風や昆虫によって運ばれてきたと主張した。

パーシー・シュマイザー

しかし、カナダ最高裁は、モンサントの手を上げた。判決は、シュマイザーが意図的に遺伝子組み換えカノーラを栽培したかどうかは関係なく、彼の畑に遺伝子組み換えカノーラが存在すること自体が特許侵害だとした。

この判決の含意は驚くべきものだ。もし遺伝子組み換え作物の花粉が、風によって隣接する畑に運ばれ、そこで育てば、隣の農民は「特許侵害者」となる。つまり、遺伝子汚染の被害者が、加害者として訴えられるのだ。

特許の論理は、農業の根本的な性質と相容れない。農業は、生命の再生産——植物の自然な繁殖サイクル——に基づいている。しかし、特許は、この再生産を「盗用」とみなす。

この構造の最終的な帰結は、2005年のモンサントによる豚の遺伝子特許申請に見ることができる。モンサントは、特定の遺伝子を持つ豚そのものの特許を主張した。もしこの特許が広範に認められれば、企業は動物の遺伝的特徴を所有できることになる。

そして、その論理的延長線上には、人間の遺伝子の特許化がある。実際、1990年代から2000年代にかけて、多くの人間の遺伝子配列が特許を取得した。2013年の米国最高裁判決(Association for Molecular Pathology v. Myriad Genetics)により、天然のDNA配列の特許は無効とされたが、合成DNAや遺伝子編集技術の特許は依然として認められている。

実質的同等性と特許の二重基準は、遺伝子組み換え技術が、科学的進歩ではなく、権力の道具であることを示している。それは、規制を回避し、市場を独占し、生命そのものを私有化する手段なのだ。

世界人口抑制の思想的系譜——NSSM 200から現代へ

食糧を支配すれば、人民を支配できる。

— ヘンリー・キッシンジャー(伝えられる発言)

1974年、ヘンリー・キッシンジャー主導により作成された機密文書「国家安全保障研究覚書200(NSSM 200)」は、「世界人口増加の米国安全保障および海外利益への影響」を分析した。この文書は、発展途上国の人口増加を米国の国家安全保障上の脅威と定義し、その削減を国家的戦略目標として明確に位置づけた。

前セクションで触れたように、NSSM 200は13の「優先国」を特定し、食糧援助を人口抑制政策の条件とすることを含む、具体的な戦略を提案した。この文書の思想的背景は、19世紀のマルサス人口論と、20世紀初頭の優生学にまで遡る。

NSSM 200の中核的主張は、単刀直入だ。発展途上国の人口増加は、米国の国家安全保障を脅かす。なぜか。人口増加は、これらの国々を政治的に不安定にし、共産主義革命のリスクを高める。さらに、人口増加は、資源——特に石油、鉱物、農産物——への需要を増加させ、米国の経済的利益を損なう。

したがって、NSSM 200は、発展途上国の人口抑制を、米国の戦略的利益として位置づけた。文書は、13の「優先国」を特定した——インド、パキスタン、バングラデシュ、インドネシア、フィリピン、タイ、トルコ、エジプト、エチオピア、ナイジェリア、ブラジル、メキシコ、コロンビア。

これらの国々は、次の特徴を共有していた。人口が多く、急速に増加している。戦略的資源を持っている。米国の影響圏内にある。

NSSM 200は、人口抑制を達成する複数の手段を提案した。

「家族計画」プログラムの拡大——避妊、断種、中絶へのアクセスを増やす。女性の教育と雇用——出生率を低下させる社会経済的変化を促進する。経済発展——ただし、人口抑制を条件とする。食糧援助の政治化——「食糧を武器として」使用し、受入国に人口抑制政策の実施を強要する。

NSSM 200の最も不吉な提案の一つは、食糧援助の条件化だった。文書は明言している。「発展途上国の食糧不足は、人口政策への合意を得るための機会を提供する」。つまり、飢餓の脅威を利用して、これらの国々の政府に人口抑制を強制するのだ。

NSSM 200は、表向きは「人道的」な言葉で書かれている。「母子の健康」「女性の権利」「持続可能な開発」。しかし、文書の真の動機は、戦略的利益——原材料へのアクセスと地政学的支配——である。

NSSM 200が公開された当初、多くの人々はそれを「陰謀論」として退けた。しかし、その後の歴史は、文書が単なる提案ではなく、実行された政策だったことを示している。

1970年代から1980年代にかけて、世界銀行、IMF、USAIDは、発展途上国での「家族計画」プログラムに数十億ドルを投資した。これらのプログラムは、しばしば強制的な性格を帯びていた。

インドでは、1975年から1977年にかけて、インディラ・ガンディー首相の緊急事態宣言下で、約800万人が断種手術を受けた。多くは、食糧配給や公共サービスへのアクセスを条件に、強制的に手術を受けさせられた。

中国では、1979年に一人っ子政策が導入された。違反者には、罰金、強制中絶、強制断種が課された。この政策により、約4億人の出生が「防止」されたと推定されている。

これらのプログラムは、公式には「自発的」とされた。しかし、経済的インセンティブや社会的圧力により、多くの人々は実質的に選択肢を持たなかった。

さらに、WHOのhCG入り破傷風ワクチンの事例が示すように、一部のプログラムは、対象者の同意なしに不妊化を実施した。これは、「人道に対する罪」に該当する可能性がある。

NSSM 200の思想的起源は、さらに古い。それは、19世紀末のトーマス・マルサス(Thomas Malthus)の人口論——人口は幾何級数的に増加するが、食糧生産は算術級数的にしか増加しないため、飢餓と戦争が必然的だという理論——に遡る。

マルサスの理論は、科学的には誤りであることが証明されている。実際には、技術進歩により、食糧生産は人口増加を上回るペースで増加してきた。しかし、マルサス主義は、エリート層にとって魅力的な思想だった。それは、貧困を「自然の法則」として正当化し、富裕層の特権を擁護したからだ。

20世紀初頭、マルサス主義は優生学と結合した。優生学者たちは、「劣等人種」や「欠陥遺伝子」を持つ人々の繁殖を制限すべきだと主張した。この思想は、ロックフェラー財団によって資金提供され、最終的にナチスの人種政策に帰結した。

第二次世界大戦後、優生学は「人口管理」と「持続可能な開発」という新しい名前で生き延びた。ロックフェラー財団、人口評議会、クラブ・オブ・ローマなどが、「人口過剰」を世界的な脅威として宣伝した。

1972年、クラブ・オブ・ローマは『成長の限界』を出版した。この報告書は、コンピューターモデルを使用して、人口増加と資源枯渇が世界的な崩壊を引き起こすと予測した。しかし、これらの予測の多くは外れた。報告書が予測した石油枯渇や食糧危機は、起こらなかった。

にもかかわらず、「人口過剰」という概念は、政策立案者やメディアに深く浸透した。そして、この概念は、発展途上国への介入を正当化するために使用され続けている。

遺伝子組み換え作物――特にターミネーター技術や避妊トウモロコシ――は、この思想的系譜の論理的帰結である。これらの技術は、人口削減を、秘密裏に、そして大規模に実行する手段を提供する。

キッシンジャーが「食糧を支配すれば、人民を支配できる」と述べたとされる(彼自身は否定しているが、文脈から見て信憑性がある)ように、食糧支配は人口管理の最も効果的な手段である。

そして、今日、世界の商業種子市場の大部分は、わずか4社——バイエル(旧モンサント)、コルテバ(旧デュポン)、BASF(旧バイエル作物科学)、シンジェンタ(中国化工集団傘下)——によって支配されている。これらの企業が、何十億人もの人々の食糧供給を事実上管理している。

もしこれらの企業が、ターミネーター技術や避妊作物を展開することを決定すれば、誰がそれを止めるのか。規制当局は企業に捕獲されており、WTOは企業の利益を優先し、メディアは批判的報道を抑制している。


認知の空白に潜む戦略——意図的に作られた6つの盲点

人々が遺伝子組み換えを「科学的進歩」として受け入れるのは、ある種の認知的空白があるからだ。その空白とは、技術の長期的影響や権力構造の実態が、意図的に見えなくされていることである。

第一の空白は、「時間軸」である。遺伝子組み換えの安全性試験は、多くの場合90日以下だ。しかし、慢性疾患——癌、神経疾患、不妊症——は、数年から数十年かけて発症する。短期的な試験で「安全」とされても、長期的影響は不明のままだ。

そして、企業には長期的研究を行うインセンティブがない。むしろ、長期的リスクが明らかになる前に、できるだけ広く製品を普及させることが、企業の利益になる。一度製品が市場を支配すれば、後から問題が発覚しても、撤回することは困難になる。

第二の空白は、「生態学的相互作用」である。実験室での試験は、単一の変数——たとえば、遺伝子組み換えトウモロコシをラットに与える——を評価する。しかし、現実の生態系では、無数の相互作用が起こる。

遺伝子組み換え作物の花粉が、野生植物と交配する。除草剤耐性遺伝子が、雑草に移転する。大量の除草剤散布が、土壌微生物を殺し、生物多様性を破壊する。これらの複雑な影響は、短期的な実験では捕捉できない。

第三の空白は、「権力の所在」である。メディアは、遺伝子組み換えを「科学者 対 活動家」という枠組みで報道する。しかし、真の対立は、巨大企業 対 市民である。

モンサント(現バイエル)、コルテバ、BASF、シンジェンタ——これらの企業は、合わせて数千億ドルの資産を持ち、政府やメディアに深い影響力を持つ。彼らは、科学研究に資金を提供し、規制機関に人材を送り込み、批判者を法的に攻撃する。

この権力の非対称性が、「科学的議論」を歪めている。独立した科学者が警告を発しても、それは「反科学」として却下される。一方、企業が資金提供した研究は、「客観的証拠」として受け入れられる。

第四の空白は、「代替可能性」である。遺伝子組み換え推進者は、「遺伝子組み換えなしには、世界の人口を養えない」と主張する。しかし、これは誤りだ。

国連の「農業知識・科学・技術開発国際評価(IAASTD)」——400人以上の科学者が参加した包括的研究——は、2008年に報告書を発表した。報告書の結論は明確だった。「持続可能な農業の未来は、遺伝子組み換えではなく、アグロエコロジーにある」。

アグロエコロジーとは、生態学的原理を農業に適用する手法である。それは、化学投入財への依存を減らし、土壌の健康を回復し、生物多様性を促進し、農民の知識を活用する。そして、多くの研究が、アグロエコロジーは工業的農業と同等かそれ以上の生産性を持つことを示している。

したがって、「遺伝子組み換えか飢餓か」という二者択一は、偽りの選択である。真の選択は、「誰が食糧システムを管理するか」という問いだ。

第五の空白は、「不可逆性」である。化学汚染の多くは、時間とともに分解される。しかし、遺伝子汚染は異なる。一度遺伝子組み換え作物が環境に放出されれば、その遺伝子は他の植物に移転し、永続的に拡散する可能性がある。

メキシコ——トウモロコシの原産地——では、2001年に遺伝子組み換えトウモロコシの栽培が禁止されていたにもかかわらず、在来種のトウモロコシから遺伝子組み換えの痕跡が検出された。これは、米国からの輸入飼料用トウモロコシが、何らかの経路で在来種と交配したためと考えられる。

この遺伝子汚染は、数千年にわたって蓄積されてきた遺伝的多様性を破壊する。そして、一度失われれば、それを回復することは不可能だ。これは、文化的遺産の破壊に等しい。

第六の空白は、「民主的統制の欠如」である。遺伝子組み換え作物の導入は、ほとんどの国で、公開討論なしに決定された。政府は、「科学的コンセンサス」を理由に、市民の懸念を無視した。

しかし、食糧は単なる商品ではない。それは、文化、健康、環境、倫理と深く結びついている。したがって、食糧システムの根本的変更は、広範な社会的討論を経るべきだ。ところが、遺伝子組み換えの場合、この討論は意図的に回避された。

これらの認知的空白は、偶然ではない。それらは、企業と政府によって意図的に作り出されている。情報の選択的開示、批判的研究への資金削減、メディアへの圧力、法的脅迫——これらすべてが、公衆の理解を制限するために使用されている。

科学の問題か、権力の問題か——問いを立て直すとき

本書を通じて明らかになったのは、遺伝子組み換えの問題が、技術的問題ではなく権力の問題だということだ。

「遺伝子組み換えは安全か」という問いは、より根本的な問い——「誰が食糧システムを支配すべきか」——から派生している。

もし食糧システムが民主的に管理されるべきだと考えるなら、遺伝子組み換えの現在の展開は容認できない。それは、少数の企業による独裁的支配を強化するからだ。

一方、もし効率性と利潤が最優先されるべきだと考えるなら、遺伝子組み換えは合理的選択に見えるかもしれない。ただし、その「効率性」が誰にとっての効率性か——企業にとってか、農民にとってか、消費者にとってか、生態系にとってか——を問う必要がある。

本書が提示した証拠は、遺伝子組み換え革命が、飢餓解決や農業改善のためではなく、市場支配と人口管理のために設計されたことを示している。ロックフェラー財団の100年にわたる戦略、キッシンジャーのNSSM 200、緑の革命からターミネーター技術への連続性——これらすべてが、一貫した意図の存在を示唆している。

この意図を「陰謀」と呼ぶべきか、それとも「戦略」と呼ぶべきか。おそらく、その中間だろう。密室での秘密の計画もあれば、公然と述べられた目標もある。重要なのは、ラベルではなく、それが私たちに何をもたらすのかという理解である。

未完の物語——進行する食糧支配と抵抗の物語

ほんの一握りの考え深い、献身的な市民たちが世界を変えられると決して疑ってはならない。実のところ、そうした人々しか世界を変えたことはないのだ。

マーガレット・ミード

この物語には、まだ結末がない。遺伝子組み換え革命は進行中であり、その最終的な帰結は決定されていない。

悲観的シナリオでは、今後数十年で、世界の食糧供給のほぼ全てが、数社の企業によって支配される。ターミネーター技術が広範に展開され、農民の自家採種は完全に違法化される。避妊作物や他の生殖抑制技術が、密かに食糧供給に組み込まれ、世界人口は「管理」される。

このシナリオは、誇張ではない。本書が示した証拠——技術の存在、特許の取得、過去の実施例——は、それが技術的に可能であり、一部のエリート層にとって望ましいことを示している。

楽観的シナリオでは、市民の覚醒と抵抗が、この流れを逆転させる。遺伝子組み換えへの反対が強まり、各国が栽培を禁止し、有機農業とアグロエコロジーが主流となる。種子の主権が回復され、食糧システムが民主化される。

このシナリオも、完全に空想ではない。ヨーロッパでの遺伝子組み換え反対運動の成功、有機農業の世界的拡大、食糧主権運動の成長——これらは、代替的な未来が可能であることを示している。

しかし、最も可能性が高いのは、この二つの間の何かだろう。一部の地域や国は抵抗に成功し、他は従属する。遺伝子組み換えは完全には支配的にならないが、消滅もしない。そして、両者の間の緊張が続く。

この緊張の中で、個人と小さなコミュニティができることは、一見限られている。しかし、歴史は、小さな行動の積み重ねが、予期せぬ大きな変化を生み出すことを示している。

種子を保存する農民、遺伝子組み換え食品を避ける消費者、真実を報道する独立ジャーナリスト、批判的研究を続ける科学者——これらの人々一人一人が、支配構造に小さな亀裂を作っている。

そして、十分な数の小さな亀裂が、やがて構造全体の崩壊につながる可能性がある。少なくとも、それは可能性として残されている。

在来種の種を保存し、販売し生物多様性を促進する5人の農家

希望の種——食糧主権を取り戻す人々の闘い

種子は誰のものか——所有から信託へ

種子は、人類共通の遺産である。約1万年前、私たちの祖先が野生植物を栽培化して以来、無数の世代の農民が、選抜、交配、適応を通じて、今日の作物品種を創り出してきた。

この集団的創造物を、一企業が「発明」として特許を主張することは、歴史の盗用である。遺伝子組み換え技術は、確かに新しい技術だ。しかし、それが操作する遺伝物質自体は、数百万年の進化と数千年の農業の産物である。

したがって、種子の所有権という概念そのものが、根本的に誤っている。種子は所有されるべきではなく、次世代への信託として管理されるべきだ。

この視点の転換は、単なる理想論ではない。それは、実際の法的・政治的枠組みとして実現可能である。一部の国では、種子を「人類の共通遺産」として法的に定義し、その商業的独占を禁止している。

日本でも、2018年に種子法が廃止されるまで、米・麦・大豆の種子は公共財として扱われ、都道府県が優良品種の開発と供給を担っていた。種子法廃止は、この公共システムを解体し、種子市場を民間企業に開放するものだった。

しかし、多くの自治体が独自の種子条例を制定し、公共的種子供給システムを維持しようとしている。これは、中央政府の政策に対する地域レベルでの抵抗の一形態である。

真の食糧主権は、種子の主権から始まる。そのためには、種を「企業が独占するもの」ではなく、「未来へ引き継ぐべき共有の財産」と考える必要がある。


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