この土地を耕す権利は、誰にあるのか ——ゲリラ・ガーデニングが問い直す近代所有権【前編】
我々が正義のうちに働き、大地を万人のための共有財産の基礎として築けるように……
抵抗は実る(Resistance is Fertile)
食料危機のシナリオを想像するとき、多くの人がまず思い浮かべるのはスーパーマーケットの棚か、備蓄した缶詰だ。土地を耕すという選択肢を即座に思い浮かべる人は、ほとんどいない。そしてもし思い浮かべたとしても、すぐに壁にぶつかる——「自分には耕せる土地がない」という現実に。
だが一歩引いて考えると、話がおかしい。都市にはいたるところに放置された空き地があり、管理されていない緑地がある。問題は「土地がない」ことではなく、「耕す権利が自分にない」という構造にある。「農業をやりたいが土地がない」という感覚は、実は正確ではない。「耕せる土地はそこにあるが、耕す権利が自分にない」という問いのほうが、現実を捉えている。
この問いから始まる一冊の本がある。リチャード・レイノルズ(Richard Reynolds)の『ゲリラ・ガーデニングについて:手引き書(On Guerrilla Gardening: A Handbook)』(Bloomsbury Publishing、2008年)だ。本稿では、この実践の書を思想論として読む。著者自身が十分に掘り下げなかった問いを、独自に展開しながら。
「許可なく他人の土地を耕す」という行為は、近代的土地所有制度への根本的な問いかけだ。「誰のためのコモンズ(共有地)か」という370年来の論争の、現代版である。危機が制度の空白を可視化するとき、この問いは突然、生存の問題として具体性を帯びる。
リチャード・レイノルズと「境界なき農業」
リチャード・レイノルズは1977年、イングランド南西部デヴォン生まれ。オックスフォード大学で地理学を修め、王立園芸協会(RHS)の資格を取得した後、ロンドンのエレファント&キャッスル(Elephant & Castle)地区にある高層住宅に移り住んだ。
2004年秋のある夜、彼はスコップを手に住宅周辺の放置花壇に入り込み、赤いシクラメンとラベンダーを植えた。「近所の惨めな公共花壇と戦う」ための小さな行動だった。翌日、誰も何も言わなかった。その沈黙が、彼を解放した。この経験からゲリラ・ガーデニングの情報共有サイト「GuerrillaGardening.org」を設立し、世界中の実践者との連携が始まった。
本書はその5年間の活動と、世界30か所以上のゲリラ・ガーデナーの記録から生まれた、ゲリラ・ガーデニング初の体系的手引書である。定義は明快だ——「許可なく他人の土地を耕すこと(The illicit cultivation of someone else's land)」。思想書ではなく実践書として書かれているが、その行間には近代的土地所有権への静かな異議申し立てが流れている。本稿は、その流れを掬い上げることから始める。

1. 大地はいつから「私のもの」になったか——囲い込みが生んだ「土地なき民」
世界の陸地面積の85%は、全人口の15%が所有している——地理学者ケビン・ケーヒル(Kevin Cahill)が著書『世界を誰が所有するか(Who Owns the World)』でまとめたデータだ。英国では国土の69%を人口のわずか0.3%が保有し、ブラジルでは3%の地主が耕地の3分の2を握り、少なくとも1200万人が土地を持たない。
地球の表面積の6分の1を、たった一人の人間が法的に所有している。その人物の名前はエリザベス2世。英国女王が単独で所有する土地の総面積は66億エーカー。これはアメリカ合衆国の総面積の約3倍に相当する。
— Alzhacker | 並行図書館 (@Alzhacker) May 16, 2026
この事実は、私が長年調査してきた土地所有の歴史の冰山の一角にすぎない。… pic.twitter.com/Pk1KPLXVwU
これは偶然の産物ではない。制度の産物である。
17世紀のイングランドで起きたエンクロージャー(囲い込み)の波を理解すると、現代の「土地なき都市生活者」がどこから来たかが見えてくる。エンクロージャーとは、村の共有地(コモンズ)として開放されていた農地を、地主と議会が結託して順次私有化した過程だ。農民は耕す場所を失い、都市労働者として工場へ流れ込んだ。コモンズの解体は、「土地なき民(landless people)」を大量に生産したのである。
日本も例外ではない。農地法・都市計画法が複雑に絡み合い、都市の「誰のものでもない土地」は行政も管理せず、所有者も使わないまま放置される。管理されない空き地、荒れた緑地帯、廃墟となった建物の周辺——そこは耕せる土地として誰の目にも映らない。法制度が「ここは農地ではない」と刷り込んでいるからだ。
「土地不足」は自然の条件ではない。制度が作り出した認識である——それが本書全体に流れる、著者が言語化するよりも深いところにある前提だ。

2. 1649年4月1日——ディガーズが蒔いた種が枯れなかった理由
大地を万人のための共有財産として築け(making the Earth a Common Treasury for All)
1649年4月1日の朝、イングランド・サリー州のセント・ジョージズ・ヒルに数十人の男女が集まった。率いるのは貧しい織物商人ジェラード・ウィンスタンリー。彼らは鍬を手に荒れた放牧地を耕し始め、パースニップ、ニンジン、豆、大麦の種を蒔いた。「大地は万人のための共有財産だ」——ウィンスタンリーはそう宣言し、自らの運動を「真の水平派(True Levellers)」、後に「ディガーズ(掘る者たち)」と呼んだ。
反撃は速かった。地主は馬に乗った男たちを派遣し、作物を踏み荒らした。ウィンスタンリーは投獄され、女装した暴徒の夜間襲撃も受けた。スコップが盗まれ、カートが粉砕された。1650年春、運動は完全に制圧される。
注目すべきはその後だ。ウィンスタンリーはやがて教会の教区委員に就任した。反乱者が制度に吸収された。運動の個人的な終焉である。だがその思想は消えなかった。1652年に刊行した『自由の法(The Law of Freedom in a Platform)』は数百年にわたって読み継がれ、1973年のニューヨーク、1969年のバークレー、2004年のロンドンのゲリラ・ガーデナーたちが参照する原点となった。

ここに一つのパターンがある。「実践が敗北しても、思想は残る」という逆説だ。ウィンスタンリーは負けた。土地は返らなかった。しかし彼が刻んだ問いは制度に吸収されることなく、地下を流れ続けた。個人が体制に取り込まれても、共有された問いの種は誰かが次の世代で拾う。ゲリラ・ガーデニングが歴史を参照するのはロマン主義からではなく、「問いの持続力」を証明する経験則としてだ。
3. 先に実績を作り、後から許可を得る——「許可なき耕作」の倫理
最初に許可を求めていたら、絶対にノーと言っていた
「でも、それって違法でしょ」——おそらく多くの日本人が最初にそう思う。もっともな反応だ。日本では「ルールは守るもの」「許可なくやってはいけない」という規範が強く根付いている。「違法」という言葉だけで議論が停止してしまう空気すらある。
しかし、ここで三つの問いを投げかけたい。
第一に、「違法」と「有害」は同じか。
路上の落ち葉掃きは、所有者の許可なく行う場合は「不法侵入」にあたるかもしれない。雪かきも同様だ。しかし、そうした行為を「違法だからやめるべき」と誰が言うだろうか。放置された土地に雑草が繁茂し、害虫が発生し、火災のリスクが高まっている——それを自主的に手入れする行為が、たとえ手続上は「不法行為」であっても、社会通念上は是認される余地がある。軽犯罪法や刑法の「不法侵入」は、人が立ち入ること自体を禁じているのではない。「正当な理由」がある場合は違法性が阻却される。耕作放棄地や管理不全空地の改善という公益的効果を考慮すれば、「正当な理由」の成立を主張しうる。
第二に、「所有権は絶対か」。
民法上の所有権は、原則として自由な使用・収益・処分を含む。しかし、権利には濫用の禁止がある。所有者が長年にわたって土地を放置し、周囲に悪影響を与えている場合、その所有権はどこまで尊重されるべきか。日本の空き家問題や管理不全土地問題では、行政でさえ対応に苦慮している。所有者が不明、あるいは判明しても放置——そうした土地を市民が「ただ耕す」ことが、果たして「所有権への侵害」として真っ先に非難されるべき行為なのか。
第三に、「許可を求める」ことが現実的な選択肢か。
レイノルズは4つの論点を挙げている。許可を求めても得られない可能性が高い。放置された土地を植物で覆うことは誰にも損害を与えない。先に実績を示してから交渉する方が許可を得やすい。そもそも誰に許可を求めるべきか判断が難しい。これに加えて日本の現実を直視しよう——管理不全の空き地や耕作放棄地の所有者は、多くの場合、連絡がつかないか、あるいは「自分には関係ない」と放置している。許可を求めようにも、相手が応じない。行政は「私有地には立ち入れない」と手をこまねいている。この構造的停滞に対して、「誰もやらないなら、こちらでやる」という行為は、法の欠缺(けっけつ)を埋める暫定的な実践としての性格を持つ。

この戦略の妥当性は、著者自身の経験が裏づける。ロンドンのサザーク区の不動産管理者は、著者の庭が合法化された後に冒頭の言葉を述べた——「最初に許可を求めていたら、絶対にノーと言っていた」。
ここに「法的正統性(legality、制度上の合法性)」と「実践的正当性(legitimacy、倫理上の妥当性)」の乖離がある。法律上は不法侵入であっても、放置された土地を有用に変える行為は、条件によって倫理的に正当化できる。
ボランタリズム(自発的合意に基づく行動倫理)の観点では、所有者が実質的に放棄した空間を無害な形で利用することは「黙示の同意」の範囲内と読める。民法上の「隣接関係」や「慣行」も、長期間にわたる事実状態を法的に評価する枠組みを提供している。
ただし、ここで一つの批判的問いを封じてはならない。 「市民が公共空間の管理責任を引き受ける」という論理は、裏返せば、国家や所有者が本来担うべきコストを市民に転嫁する構造の補完でもある。ゲリラ・ガーデニングが合法化されるとき、それは運動の勝利であると同時に、行政の怠慢や所有者の無関心を市民が自発的に埋める体制の完成でもあるかもしれない。
この批判は重い。しかし、その重みは「違法だからやめるべき」という短絡的な停止命令とは異なる。それは「やるな」ではなく「どうやるか」の問いだ——すなわち、制度の空白を市民が埋めるとき、そこから生まれる新たな非対称性にどう目を配るか。レイノルズはこの問いに正面から答えていない。答えないまま実践を続けることの誠実さと、問いへの批判的目線を、読者は同時に保持する必要がある。
それでもなお、許可を待っていたら何も変わらない土地がある。日本の都市部の空き地、耕作放棄された農地、管理されない住宅地の緑地帯——そこでは「誰もやらないから現状が続く」という悪循環が支配している。「先に根を張る」実践は、その循環を切断する一つの方法である。違法だから議論する価値もない——その線引き自体が、都市の放置空地をこれ以上拡大させないための、握り拳からの開きでもある。
4. ジェームズ・スコットの「アナーキストの体操」——日常的不服従が鍛える判断力
君は準備しておかなければならない。本当に重要なその日を迎えるために、常に「体調を整えて」おかなければならない。毎日、あるいは1日おきに、意味のない些細な法律を破ろう。その法律が正当か妥当かを、自分の頭で判断する。
前節で「許可なき耕作」の倫理的正当性を論じた。しかし、より根本的な問いが残る——そもそも「違法だからやめるべき」という反射的な思考回路は、どこから来るのか。
ジェームズ・スコットは農民の抵抗とサバルタン(支配下に置かれた集団)の政治論で知られるイェール大学教授だ。1990年の晩夏、東西ドイツ統一直前のノイブランデンブルクで、彼は奇妙な光景を目撃した。50〜60人の歩行者が、車が一台も通らない平坦な交差点で、信号が青に変わるのを4〜5分も黙って待ち続けていた。見通しは完璧だった。危険は皆無だった。しかし誰も渡らなかった。

この光景から彼が導き出した処方箋が「アナーキストの体操(Anarchist's Exercise)」だ。意味のない些細な法律を、自分の頭で判断して破る習慣を身につけること。信号無視のような日常的な行為でよい。目的は法そのものへの反抗ではない。「自動服従(automatic compliance)」の回路を錆びつかせないための、筋肉の維持だ。
「体調を整えておく」という比喩は正確だ。運動をしない筋肉が萎縮するように、一度も使わない判断力は、いざというとき機能しない。権威主義的な体制は一般に法律の枠内で権力を行使する——だとすれば、法律への機械的服従は、体制の論理に自ら進んで従属することを意味する。
ゲリラ・ガーデニングはスコットの言う「アナーキストの体操」と構造的に同型だ。放置された土地に許可なく一株植えることは、些細な法律違反の範疇に入る。重要なのは違反の規模ではなく、「この行為の正当性を自分の頭で判断したか」というプロセスにある。
ジェームズ・スコット イェール大学教授
— Alzhacker | 並行図書館 (@Alzhacker) February 2, 2025
スコットのアナーキスト体操:
1990年の晩夏、東西ドイツ統一直前のノイブランデンブルクで、私は興味深い社会現象を観察した。夜間、駅前の交差点では50~60人の歩行者が、車が全く通らないにもかかわらず、信号が青に変わるのを4~5分も待ち続けていた。… pic.twitter.com/KdED08ymQD
密猟・脱走・不法占拠——「日常的抵抗」の通奏低音
スコットはこれを個人的な提言に終わらせない。歴史的文脈を呼び込む。
1650年から1850年の約2世紀、イングランドで最も頻繁に発生し、かつ庶民に最も広く支持された犯罪は何だったか——密猟である。王領地や貴族の私有地から木材・狩猟動物・魚・薪・飼料を持ち去る行為だ。農村の住民たちは、森林・小川・荒れ地に対する王室と貴族の所有権を内面では一度も受け入れることなく、集団で繰り返し財産権を侵害し続けた。
これは本稿の第1節で論じたエンクロージャー(囲い込み)の話と直接つながる。共有地が奪われた後も、農村の人々は「ここは俺たちの森だ」という記憶を、言葉ではなく行動によって保持し続けた。法律が変わっても、実践は変わらなかった。スコットはこれを「日常的な抵抗(everyday resistance)」と呼ぶ。
その特徴は三つある。
匿名性——個人を特定させない。
分散性——組織的な指揮命令系統を持たない。
否認可能性——公式に主張を掲げない。この三条件が揃っているから、リスクが低く、持続可能で、当局が対処しにくい。

ゲリラ・ガーデニングもこの三条件を自然に備えている。夜間に少人数で、記録を残さず、「ただ植えた」だけ——そこには宣言も組織もない。しかし累積的には現実を変える力を持つ。スコットが「アイルランドの民主主義」と呼ぶものがそれだ——何百万もの一般市民による沈黙した粘り強い抵抗と撤退の積み重ねが、革命的前衛や暴徒よりも多くの体制を徐々に崩壊に追い込んできた。
こうした「日常的な抵抗」が歴史記録からほとんど抹消されてきた事実も、スコットは指摘する。当局は不服従行為に注目が集まることを嫌う。注目は他者を勇気づけ、当局の脆弱な道徳的影響力を露わにするからだ。抵抗する側も、匿名性を守るために沈黙を選ぶ。こうして奇妙な共犯的沈黙が生まれ、巨大な抵抗の歴史が表舞台から姿を消す。
歴史的変革は不服従の積み重ねから来た
スコットはさらに、民主主義の逆説を論じる。19世紀・20世紀の偉大な政治改革のほとんどは、市民的不服従・暴動・法の違反・公共秩序の混乱を経て実現した。選挙や議会政治だけで大きな変化が生まれた事例は少ない——富と財産の集中が、制度の変革可能性そのものを構造的に制約するからだ。
「暴動は聞き入ってもらえない人々の言葉だ」——マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの言葉をスコットは引く。ゲリラ・ガーデニングは暴動ではない。しかしそれは、「土地は所有者だけのものではない」という主張を、言葉を使わずに語る行為だ。
スコットが論じる英国の密猟史と、本稿第2節のディガーズとの照応は偶然ではない。公に法律を変えようとした運動は鎮圧された。しかし密猟という日常的な抵抗は2世紀にわたって続いた。「運動」として組織されなかったからこそ、消えなかった。

「自動服従」を疑うことから始まる
スコットが提示する最も根本的な洞察はこれだ——「許可が必要だ」という感覚は、しばしば法的義務からではなく、習慣的服従から来ている。ノイブランデンブルクの歩行者たちは、法律に違反することを恐れていたのではない。規則に従わないことへの自動的な不快感を持っていた。
この「自動服従の習慣」こそ、放置された空き地が誰の手も入らないまま延々と放置される理由の一端だ。「許可がなければ触れない」という思考停止は、制度の怠慢と所有者の無関心を無限に延命させる。
「先に根を張る」ことの意味は、ここに戻ってくる。許可を待つことは、多くの場合、「待ち続けることで何も変わらない」という選択だ。スコットの言葉を借りれば、「大きな日が訪れたときに準備できているように、常に体調を整えておく」——都市の放置空地に一株植えることは、その体調維持の実践にほかならない。
5. 食べることを「専門家の仕事」にした制度——コンヴィヴィアルな道具の条件
コンヴィヴィアルな道具とは、それを使う者の創造的な相互作用を支えるものであり、専門家への依存を生み出すのではなく、各人の自律的行動を可能にするものだ
「農業は農家がやるもの」「土壌の知識がなければ育てられない」——こうした常識はいつ刷り込まれたのか。
イリイチが1973年に著した『コンヴィヴィアリティのための道具』は、道具と制度を評価するための一つの基準を提示した。「使用者の自律的行動を拡張するか、それとも専門家・制度への依存を深めるか」という問いだ。コンヴィヴィアル(conviviality)とは、相互依存のなかで各人の自律性が最大化される状態——平たく言えば、「誰もが使える道具が、誰もを自由にする」という考え方である。
この基準でゲリラ・ガーデニングの「スコップと種」を評価すると、それは極めてコンヴィヴィアルな組み合わせだとわかる。専門的資格も許可証も機械も必要ない。体力と種と少しの土壌があれば、誰でも食料を生み出せる。

対照的に、現代の農業システムはどうか。化学肥料なしでは収量が維持できず、農薬と機械を使いこなすには専門知識が必要で、種苗会社との契約が前提となっている。「食料を育てる」という人間の原初的能力は、土地所有制度と農業の専門職化を経て、「農家という専門家の技術」に変換されてしまった。制度が市民の食農能力を構造的に剥奪したのである。
これはホルムズ海峡封鎖リスクと地続きの問題だ。化学肥料サプライチェーンの寸断が打撃になるのは、現代農業がその依存から抜け出せない構造になっているからにほかならない。対して「スコップと種と堆肥」の系統は、この依存の外に立っている。以前の分析で触れたイリイチのコンヴィヴィアリティ概念は、食農の文脈ではこの対比として機能する。
東京でも類似の実践がある。本書は「世界最大の都市(当時人口3400万人)」と表現する東京で、廃地にカボチャ・ブロッコリー・大根を育てるゲリラ・ガーデナーの記録を残している。「食用ジャングルで暮らすこと」を目指す彼らの実践は、都市の専門的空間に素人が農業を持ち込む、制度への静かな逆行だ。
「規模の論理:個人の菜園で食料危機は解決できない」——そう言われたら? それは正しい。だが問題は解決の規模ではなく、依存構造の部分的解体にある。すべてを解決しなくても、何かを変えることはできる。
6. 許可を待たず、先に根を張る——並行社会としてのゲリラ・ガーデニング
ヴァーツラフ・ベンダ(Václav Benda)が1978年に提唱した「並行社会」の概念は、全体主義体制下で既存システムと正面衝突せず、「横に」自律的なネットワークを構築していく実践を指す。その特徴は5つある。

第1に「段階性」——いきなり完成形を目指さず、できるところから始める。
第2に「重層性」——既存システムと並行社会の両方に足を置く生き方を許容する。
第3に「相互浸透」——完全な境界を引かず、既存社会との交流を保つ。
第4に「実践優先」——理論より具体的な生活の場の構築を重視する。
第5に「分散性」——単一の対抗組織ではなく、多様な小規模実践の集積を目指す。
レイノルズの「合法化戦略」をこの5原則と照らすと、構造が驚くほど一致する。
「段階性」は著者の反復するアドバイスに現れる——「まず1鉢から、そして少しずつ広げる」。
「重層性」は多くのゲリラ・ガーデナーが日中は普通の市民として働き、夜間や週末に活動する姿に対応する。
「相互浸透」は行政との合法化交渉として現れる。
「実践優先」は本書全体の気質だ。
「分散性」は世界中の個別の実践者が連携するGuerrillaGardening.orgの構造に体現されている。
合法化の歴史的事例がこれを裏づける。画家のリズ・クリスティ(Liz Christy)が1973年にニューヨークのバワリー&ヒューストン(Bowery & Houston)の角の空き地から始めた庭は、不法占拠として出発した。冷蔵庫、ベッドフレーム、焼け落ちた車が散乱する廃地だった。それを15か月かけて整備した後、市は年間1ドル(約150円)でリース契約を結んだ。先に実績を積み上げ、地域の支持を可視化し、行政との交渉に持ち込む——「先に横に構築し、後から制度に認めさせる」という並行社会の典型的な展開だ。

ゲリラ・ガーデニングは食農に限定されない示唆を持つ。情報の自律的流通、医療の自己管理、地域通貨、コモンズとしての水管理——それぞれの分野で「横に構築する」ことを志向する実践群は、同型の論理で動いている。ゲリラ・ガーデニングはその中で、最も参入コストが低く、最も視覚的に可視化しやすい実践だ。
7. 「ここは農地になりえる」——宣言としての一株が書き換えるもの
千の公園を咲かせよ(Let a thousand parks bloom)
食糧が都市のどこにも見えない社会では、「食糧を自分で育てる」という想像力そのものが消滅する。
思考実験をしてみよう。あなたが毎日通勤する道に、誰かがヒマワリを植えてある。プランターに小松菜が育っている。街角の花壇の隅に、ラベンダーと並んでシソが生えている——それを毎日見ていると、何かが変わる。「この空間には植物が育てられる」という認識が、見る者の中に静かに定着する。
これが「宣言的行為」の意味だ。制度を変えることなく、人々の認知的枠組みを変える実践がある。公共空間に食糧生産の痕跡を残すことは、「この土地は農地になりえる」という社会的想像力の書き換えである。

本書はこの側面を「プロパガンダ」と名づけた章で扱う。著者にとってプロパガンダとは支持の獲得であり、さらに言えば「食農をめぐる常識の更新」だ。ブリュッセルのゲリラ・ガーデナーたちが2007年5月1日を「国際ヒマワリ・ゲリラ・デー」と宣言し、市内各所にヒマワリを植栽した行為は、政策提言でも法廷闘争でもなく、都市空間の「見え方」を変えようとする実践だった。
ニューヨークのハイライン(High Line)は別の角度からこれを示す。1980年に廃棄された高架鉄道に自生した野草が、1990年代末から「都市の自然の力」として再発見され、2009年に公園として整備された。放棄されたインフラに根を張った植物が、やがて制度を動かした——宣言的行為の最大規模の実例かもしれない。

危機への備えは物資の備蓄だけではない。「食糧を育てることが当たり前だ」という社会的想像力を、平時から育てておくことも準備の一形態だ。一株のヒマワリが街角に立つことの意味は、美観以上のものを持ちうる。
後編では、この問いを抱えたまま「どこで・どう耕すか」という具体的な技術と戦術に移る。日本の都市空間で実際に何ができるか——思想の着地点としての実践論を展開する。
先に根を張った者が制度の隙間を見つける——そして、問いは残る
彼が植えた種は不毛の土壌に落ちた……しかし知識の生命を与える太陽はいつかその休眠中の力を目覚めさせるかもしれない
1649年、ウィンスタンリーは敗れた。だがその問い——「大地は誰のものか」——は生き延びた。1973年、ニューヨークのリズ・クリスティはゴミだらけの空き地に鍬を入れた。やがてその土地は年1ドルで市にリースされ、「ゲリラ・ガーデニング」という言葉が生まれた。2004年、ロンドンのレイノルズは深夜の花壇にシクラメンを植えた。2009年、廃棄高架の野草が公園になった。
「先に根を張る」という実践は、制度を迂回して現実を先に作る戦略だ。制度は現実の後を追う——本書の歴史的事例群から読み取れる、一貫したパターンである。
ただし、楽観論に滑り込まないことが重要だ。ルドルフ・ジュリアーニ(Rudolph Giuliani)元ニューヨーク市長は、コミュニティ・ガーデンを競売にかけながら「これが自由市場だ。共産主義の時代は終わった」と言い放った(1999年)。市民が公共空間を美化するとき、行政は「市民がやってくれる」と学習するかもしれない。「市民が土地を管理する」——それは解放か、行政コストの市民への転嫁か。
この問いへの答えは、実践によって一義的に定まらない。両義性を保持したまま行動できるかどうかが、運動の質を決める。
本書が蒔いた種は、思想の種でもある。エンクロージャーで失われたコモンズの記憶、ディガーズが刻んだ問い、リズ・クリスティが示した実績先行の知恵、イリイチが論じたコンヴィヴィアルな道具の条件——これらを接続することで、ゲリラ・ガーデニングは単なる逸脱行為でも趣味の逸脱でもなく、土地をめぐる長い問いの現代的実践として姿を現す。
後編では、この問いを携えたまま、バルコニー、公共緑地、放棄地という日本の都市空間に降り立つ。
参考資料
リチャード・レイノルズ『ゲリラ・ガーデニングについて:手引き書』(原題:On Guerrilla Gardening: A Handbook、Bloomsbury Publishing、2008年)
イヴァン・イリイチ『コンヴィヴィアリティのための道具』(原題:Tools for Conviviality、Harper & Row、1973年)
ケビン・ケーヒル『世界を誰が所有するか』(原題:Who Owns the World、Mainstream Publishing、2006年)
ジェラード・ウィンスタンリー『自由の法』(原題:The Law of Freedom in a Platform、1652年)
ルイス・H・ベレンス『ディガーズ運動』(原題:The Digger Movement in the Days of the Commonwealth、Holland Press、1906年)
ジェームズ・スコット『実践 日々のアナキズム 世界に抗う土着の秩序の作り方』(原題:Two Cheers for Anarchism: Six Easy Pieces on Autonomy, Dignity, and Meaningful Work and Play、Princeton University Press、2012年)
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