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海辺のアンティーク【せりふ三題噺】

海沿いの近くに、小さなアンティーク雑貨屋さんがある。

店主は、初老のおばあさんだ。

海色にきらめくシーグラスのペンダントを胸に下げ、合皮の帽子をおしゃれにかぶっている。

店内に並ぶ手作りの品は、どれも手にとってしまいたくなるほどの温もりを放っていた。

棚にはガラス細工や革小物と一緒に、古い将棋の駒も飾られていた。

口数は少ないけれど、若い頃はきっと、とても美人だったのだろう。

そんな面影が今も残っている。

不思議だったことが二つある。

一つは、このお店の情報がどこにもないことだった。

学校帰りに友達とよく立ち寄っていたのに、検索しても店名すら出てこない。

「違う方法で調べてみる?」

友達がスマホを取り出した。

私はなぜか、その言葉に違和感を覚えた。

「いや、調べないほうがいいよ」

「なんで?」

「謎めいてる方が、素敵じゃない?」

友達は少し笑って、スマホをしまった。

もう一つ不思議だったのは、

レジの横に小さなお守りが置かれていることだった。

手のひらに乗るほどの可愛らしいお守り。

「これはね、初めてこの店に来てくれた人に渡しているのよ」

おばあさんはそう言って、私にも一つ持たせてくれた。

「でもね、中だけは決して開けないでちょうだいね」

そのお守りの秘密が気になったのもあった。

でも、それ以上に私は、この不思議なお店と優しいおばあさんのことが好きになっていた。

それからというもの、私は毎日のように店へ通うようになった。

おばあさんは、私が来るとハーブティーを淹れてくれる。

ふんわりと広がるカシスの香り。
あとから追いかけてくるローズヒップのやさしい酸味。

その味には、どこか懐かしくて切ない気持ちが混ざっていた。

ある日、思い切って聞いてみた。

「ねえ、おばあさん。このお守りの中には何が入っているの?」

「この中身?」

おばあさんは優しく笑った。

「将棋の歩兵なのよ」

「えっ、歩兵?」

「そう。歩兵は駒の中で一番前に出て戦うでしょ? だけど最後まで進めば金になるの。昔から、出世や開運の縁起物なのよ。夫からの受け売りの言葉だけどね」

「へぇ……」

私は感心して頷いた。

「それとね」

おばあさんは窓の向こうの海を見つめた。

「私は、ずっと待っている人がいるの」

「待っている人?」

「若い頃、将棋好きの夫は漁師だったわ。でもね、ある嵐の日、海へ出たまま帰ってこなかったの」

窓から潮風が静かに通り抜けた。

「私は毎日、海へ行ってお願いしていたわ」

少し笑って続けた。

「この辺りにはね、昔から海には願いを聞いてくれる不思議な存在がいるって言われていてね……信じてみたかったのね、きっと」

私は黙って耳を傾けた。

「そうしたらある日、不思議な夢を見たの。『ここで人の幸せを願いながら、心を込めたものを作りなさい。そうすれば、いつか会わせてあげよう』って」

おばあさんは、店いっぱいに並ぶ作品を見渡した。

「だから、こうしてずっと作り続けてる。でもね……気づけば何十年も経ってしまったわ」

その笑顔は優しかった。

私は、いつしか涙がぽろぽろとこぼれていた。

「あらあら」

おばあさんは少し困ったように笑う。

「私の話で泣いてくれるなんて、ありがとう」

そう言って、貝の刺繍が入った手作りのハンカチを差し出してくれた。

その時だった。

カラン、と扉のベルが鳴った。

店に初老の男性が入ってきた。

後ろには秘書らしき人が付き添っている。

「あ……」

おばあさんの口から、小さく声が漏れた。

男性は店内を見回しながら言った。

「評判を聞いて来ました。素敵なお店ですね」

まるで初めて会う人を見るような目だった。

震える声で、おばあさんは尋ねる。

「……どこかで、お会いしたことはありませんか?」

男性は困ったように首をかしげた。

その時だった。

男性の視線が、レジの横のお守りに留まった。

そっと手に取り、中に入っていた歩兵を見つめる。

「歩……」

その一言と同時に、店の奥から、カタカタ、と小さな音がした。

気づけば、たくさんの将棋の駒が棚からこぼれ落ち、床を転がっていく。

その音はまるで、固く閉ざされていた記憶の扉を、ゆっくり開いていくようだった。

男性は歩兵を握りしめたまま、おばあさんを見つめる。

目に涙があふれる。

「……早苗」

震える声だった。

「思い出した」

「ずっと……会いたかった」

早苗おばあさんは何も言わず、そっと男性の胸にもたれた。

窓から差し込む陽射しが、棚いっぱいのシーグラスをやさしく照らす。

その光は、長い年月、帰る場所を探していた二人を、静かに包み込んでいた。

私は、そっとお守りを握りしめた。

海辺のアンティークでは、今日も二人の「いらっしゃい」が、波の音にやさしく溶け込んでいる。


はらとけいさんの企画に参加させていただきました。
いつもありがとうございます😊
■セリフ
「調べないほうがいいよ」
■三題
・合皮
・シーグラス
・将棋
#せりふ三題噺 #合皮シーグラス将棋

前回のお題はこちら↓↓↓

#創作 #ショートショート #海の物語
#純愛 #ファンタジー #夫婦愛 #感動

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