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「新入社員は78歳 小さな会社が見つけた誰もが幸せを感じられる働き方」を小学生でも分かるように説明します(本・書籍)9億円の借金から学ぶ、会社を立て直す本当の方法


新入社員は78歳 小さな会社が見つけた誰もが幸せを感じられる働き方

著者 市川 慎次郎




お菓子の空き缶から始まった大ピンチ!9億円の借金と向き合う

この本を書いた市川慎次郎さんは、「横引きシャッター」という少し変わったシャッターを作っている会社の社長さんです。

普通のシャッターは上から下にガラガラと下ろしますが、この会社のシャッターは横に引いて開け閉めする仕組みで、駅の売店やショッピングモールなどでたくさん使われています。

社員が30人ほどの小さな会社ですが、今ではテレビや雑誌などたくさんのメディアに取り上げられるほど注目されています。

しかし、最初から大成功していたわけではありません。むしろ、信じられないほどの大ピンチからのスタートだったのです。

市川さんが24歳で会社に入り、一度会社を離れて26歳で再び総務の担当として戻ってきた時のことです。

事務所の片隅に、お菓子が入っていたらしい古い空き缶が置かれているのを見つけました。中には封筒の束が無造作に放り込まれており、封が切られた様子もありません。

なんだこれと不思議に思って一つ手に取ってみると、それはなんと税務署からの税金の督促状でした。

つまり、早く税金を払いなさいというとても厳しい手紙だったのです。次々と封筒を開けてみると、どれもこれも役所からのお金に関する手紙ばかりでした。市川さんはこれを、見てはいけないパンドラの箱を開けてしまったと感じました。

当時の会社は本当にお金がなく、100人ほどいた社員に毎月2000万円の給料を払わなければならないのに、前日になっても400万円しか用意できないような状態でした。

この人は辞めそうだから10万円、あの人は家計が大変そうだから満額と、残されたお金を誰にどうやって振り分けるかを、社長と経理の担当者が膝を突き合わせて相談していたのです。

現実から目をそらしてはいけないと思った市川さんは、会社の借金が一体いくらあるのかを徹底的に調べることにしました。

役所や銀行などに一つ一つ電話をかけて確認し、計算ソフトに入力していきました。

するとなんと、社員の給料の遅れが1億円、税金の滞納が1億円、仕入先への未払いが1億円、そして銀行からの借入が6億円、合計でなんと9億円もの借金があることが分かったのです。

税金は支払いが遅れると年利14.6パーセントという高い利子がつくため、毎日2万7000円以上も借金が増えていくような恐ろしい状態でした。

普通の小さな会社にとって、9億円という金額は絶望的な数字です。

しかし、市川さんは親父が死んで会社が潰れたら自分はどう生きていけばいいんだと考え、逃げずに立ち向かう決意をしました。

まずは、無駄なお金を一切なくすことから始めました。

誰も読んでいない新聞を4社も契約していたり、もう辞めた社員の保険料をずっと払い続けていたり、住所も名前も違う他人の会社の電話機のリース代まで56万円も間違って払い続けていたりと、会社のいい加減なお金の使い方であるどんぶり勘定が次々と見つかりました。

ガソリンスタンドからオイル交換の架空の料金を請求されていたことも見つけ出し、相手の社長に詰め寄って86万円を返してもらったりもしました。

一発大ヒット商品を出せば借金なんてすぐに返せると言う社員もいましたが、市川さんはそんな夢物語に頼りませんでした。

目の前の現実をしっかり見つめて、無駄を削り、泥臭く少しずつ借金を減らしていく道を選んだのです。


小さな工夫が大きな結果を生む貯金箱理論と行動力

9億円の借金を返すために、市川さんは貯金箱理論という面白い方法を考え出しました。これは、毎日少しずつ、痛くない程度のお金を貯めていくという作戦です。

市川さんは経理の担当者に、毎日いくらなら会社からお金が減っても痛くないかと聞きました。

最初は5000円という答えでしたが、それじゃあ面白くないからと1日1万円にしてもらいました。毎日の会社の売上の中から、1万円を別の口座に移して貯金していくのです。

9億円という借金から見れば、1万円なんて焼け石に水のように思えるかもしれません。しかし、会社が動いている日に毎日1万円を貯めれば、月に20万円、1年で約250万円にもなります。

経理の人が今日はお金がないよと言っても、市川さんは分かりました、じゃあ明日は2万円ですねと言って引き下がらず、翌日にはじゃあ明日は3万円ですねと追い込み、10万円たまったところで社長の前で約束させて必ず回収するというしつこさを見せました。

さらに、工場にある誰も使っていない空間に自動販売機を置くことにしました。自動販売機の電気代は月に3000円から4000円かかりますが、社員がそこで飲み物を買えば、会社に少しずつ利益が入ってきます。

月に1万円ほどの利益でも、工場が6カ所あったので、1年で50万円も貯まりました。このお金を、使っていないポシェットに入れた通帳に少しずつ貯めていくのが、市川さんの日々の楽しみになっていきました。

このように、小さなことでもコツコツ積み重ねていけば、いつの間にか大きな結果になるという教えを、昔の偉人である二宮尊徳は積小為大と呼びました。

市川さんは、どんなに難しい問題でも、自分が理解できる小さな単位にまで分解すれば解決できると考えたのです。

また、借金を返すためには社員の協力も必要です。

会社の中には、仕事がなくて暇そうにしている社員たちもいました。市川さんは彼らを集めて進次郎組というチームを作り、工場の掃除や片付け、修理を任せることにしました。

バラバラに置かれていたスクラップの鉄板を溶接して壁を作ったり、向きがバラバラで暗かった蛍光灯を綺麗に並べ替えたりしました。

最初は掃除なんて邪魔だと言っていた他の社員たちも、工場がどんどん明るく綺麗になっていくのを見て文句を言わなくなり、むしろ感謝するようになりました。

ライバル会社との関係も変えました。

それまでシャッター業界では、他の会社が作ったシャッターの修理を頼まれても、部品のサイズがほんの少し違うだけで修理できず、シャッターを丸ごと新しく交換させるという無駄なことをしていました。

これをシャッター三国志と呼んでいました。市川さんはライバル会社にわざと500万円分の仕事を発注して仲良くなり、お互いに部品を売り買いできるようにしませんかと提案しました。

これにより、一から部品を作るより安く修理できるようになり、お客さんにも喜ばれるようになったのです。


会社のピンチ!社員に助けられて気づいた社長の本当の役目

コツコツと借金を返し、会社が立ち直りかけていた2011年のことでした。会議中に先代の社長であるお父さんが倒れ、そのまま急に亡くなってしまったのです。

さらに、その後にお兄さんとの間で会社の経営をめぐる大きなトラブルが起き、裁判にまで発展してしまいました。

会社は真っ二つに分裂してしまい、それまで100人ほどいた社員の多くが辞めてしまったり、お兄さんの新しい会社に移ってしまったりして、残った社員は市川さんを含めてたったの11人だけになってしまいました。

この時の状況は、まさに地獄のようでした。11人で100人分の仕事を回さなければなりません。

現場に行くと言っていたのになんで来ないんだとお客さんからは毎日クレームの電話が鳴り響きます。

契約の書類も捨てられてしまっていて、お客さんに図面を送ってもらえませんかなどと情けないお願いをすることもありました。毎日毎日、謝ってばかりの日々です。夜中に工場の駐車場で今日も会社は潰れなかったねと社員と慰め合う日々が続きました。


市川さんは心身ともに疲れ果て、親父の代わりをやっているだけで、好きで社長をやっているわけじゃない、すぐにも辞めてやるよと、社員の前で八つ当たりをしてしまいました。

夜眠る時には明日が来なければいいのにと本気で思うほど、仕事が嫌になっていました。

そんなある日、市川さんは社員たちが辞めてしまうのではないかと不安に思い、3人の社員に別々に話を聞いてみました。

すると彼らはこう言ったのです。会社がこうなったのはあなたのせいじゃない、だからあなたに文句を言うことはない、私はあなたから言われたことを一生懸命やるだけだからと。

この言葉を聞いて、市川さんは涙が出るほど感動しました。

そして同時に、みんなは自分を信じて文句も言わずについてきてくれているのに、自分はなんてひどい社長だったんだと深く反省しました。

自分がこの会社と社員の人生を背負っているんだと、はっきりと覚悟を決めた瞬間でした。

市川さんは社員たちが自慢できるかっこいい社長になろうと決心しました。

まずは見た目から変えようと、スーツや靴下をワンランク上のものに買い替えました。そして、自分は会社の中でトップセールスマンになろうと決めました。

社長が会社にこもっているのではなく、色々な集まりやパーティーに積極的に顔を出し、名刺を配って会社を宣伝することにしたのです。

新年会を1日に3件もはしごして、1件目は始まる前に顔を出し、2件目は乾杯のタイミング、3件目はデザートだけ食べるという猛烈なアピールをしました。

さらに、様々なSNSを使いこなし、テレビ番組の取材も積極的に受けるようにしました。

社長が外に出て会社の魅力を伝え、お客さんの方から横引きシャッターにお願いしたいとやってくるような仕組みを作ったのです。

社長が本気になって変わったことで、会社には少しずつ活気が戻ってきました。


人生に定年はない!78歳の新入社員と94歳の現役社員

普通の中小企業や大きな会社では、社員が60歳や65歳になると定年といって会社を辞めなければならなかったり、お給料がガクッと下がったりします。

しかし、市川さんの会社には定年がありません。能力が落ちているわけではないのに、年齢だけでお給料を減らすのは会社がずるいと考えているからです。

元気で働けるうちはずっと同じ条件で働くことができるのです。

例えば、2019年に入社した金井さんは、なんと入社した時すでに78歳でした。

大手の電力会社の関連会社で44年間も働いた後、奥さんが病気になったことをきっかけに再び働こうと決心しました。

しかし、ハローワークで仕事を探しても、年齢が高すぎるという理由でどこも雇ってくれません。

そんな時、たまたまテレビで横引きシャッターの番組を見て、面接にやってきたのです。

市川さんは、年齢なんて気にしませんでした。

金井さんの人柄がとても良く、昔、原子力発電所の設計をしていたという高い技術を持っていることを知り、その場で採用を決めました。

実際、金井さんはすぐに入社してシャッターの図面を描く仕事をこなし、他の社員ともすぐになじんで会社に欠かせない存在になりました。

また、もっと驚くのは平久さんという社員のお話です。

平久さんも78歳で入社し、なんと94歳で亡くなる直前まで現役で働き続けました。

最初はシャッターを取り付ける部品の組み立てなどをしていましたが、ある時は商店街を回ってビラ配りをお願いしました。

普通の人はチラシを配ると目の前で捨てられたり怒られたりして嫌がる仕事ですが、平久さんはいつもニコニコ笑顔で、一軒一軒丁寧に、よろしくお願いしますとチラシを手渡して歩きました。

この笑顔のビラ配りのおかげで、商店街からシャッターの修理の依頼がたくさん舞い込んだのです。

さらに平久さんは、工場で古い機械が壊れた時も、ここはベルトが切れているだけだよと言って、長年の経験を活かしてすぐに自分で直してしまいました。

平久さんが90歳を超えて、インフルエンザにかかってしまった時も、熱が出ちゃったけど明日から行くからねと電話をしてくるほど、会社で働くのが大好きでした。

冬の夕方は暗くなって危ないので、市川さんが早く帰ってとお願いしても、平久さんはなかなか首を縦に振りません。

亡くなる直前も、雪の予報が出ていた金曜日に、次は週明けですねと言って元気に帰り、そのお休みの間に自宅で倒れてしまったのです。94歳の誕生日を迎えたばかりでした。

市川さんにとって、会社はただお金を稼ぐためだけの場所ではありません。みんなの居場所なのです。

お年寄りだからといって、無理に会社を辞めさせることはありません。年齢に関係なく、その人の能力や経験を大切にし、その人に合った仕事を用意する。それが、働く人を幸せにする方法なのです。


仲間を思いやるお互い様でみんなが働きやすい会社をつくる

市川さんは、社員が働きやすい会社にするために、大企業のようなガチガチのルールや決まりごとをなるべく作らないようにしています。

その代わり、モラルとお互い様の気持ちを一番大切にしています。ルールで縛り付けると息が詰まってしまいますが、自由な環境にすれば社員は自分から責任を持とうとするからです。

例えば、会社の休みについてです。

普通の会社なら有給休暇という休める日数が決まっていて、休む時は申し訳なさそうにお願いするのが普通です。

しかし、横引きシャッターでは、子供の運動会や家族の病気、どんな理由であっても休みを申請したら、社長はウェルカムと笑顔で許可します。決められた日数をオーバーしてしまっても、お給料を減らしたりはしません。

ある時、若い社員が奥さんが和歌山県のアドベンチャーワールドにパンダを見に行きたいと言っているので休ませてほしいと言ってきました。

市川さんは、いいじゃない楽しんできなよと堂々と送り出しただけでなく、結婚の記念旅行だろうからと、お祝い金として20万円も渡しました。

ただし、これには条件がありました。旅行中は会社の仕事の電話には一切出ないこと、そしてお土産なんて買わずに全部自分たちの楽しむために使うことです。

このような対応をすると、社員は社長や会社に対して深く感謝し、この会社のために自分ももっと頑張ろうという愛社精神を持つようになります。

また、誰かが休んだり、途中で中抜けしたりした時は、その分の仕事を他の社員が代わりにやらなければなりません。

その時に文句を言うのではなく、いつか自分もお願いする時が来るんだから快く引き受けてあげようと思うこと。これがまさにお互い様の経営です。

会社にはスーパーフレックス制度があり、出社する時間も退社する時間も社員によってバラバラです。

満員電車で通うのが辛い社員には、朝の時間を1時間遅らせるように提案したりもします。疲れたまま非効率な仕事をするよりも、元気な状態で集中して働いた方が、結果的に良い仕事ができるからです。

また、市川さんは社内の飲み会などでは仕事の話ばかりするなと命令を出します。

強制的にでも雑談をさせることで、お互いの家族のことなどを知り、コミュニケーションが取りやすくなって仕事がスムーズに進むようになるからです。

その他にも、パート社員であっても正社員と同じように手厚い待遇にしたり、障害者施設が作っているパンを月に2回会社でたくさん買って、給料日に社員の各家庭に食パンを配ったりと、ちょっと変わった福利厚生も行っています。

みんなが思いやりを持って自由に働ける環境が、社員のやる気を引き出しているのです。


働くことで得られる4つの幸せと命のつながり

市川さんは、仕事を通じて社員が得られる4つの幸せがあると言います。

それは、喜ばれること、褒められること、必要とされること、そして愛されることです。

この幸せを象徴するような、とても感動的なエピソードがあります。大友裕二さんという、50代後半の工場長のお話です。

大友さんは、会社が一番苦しかった時に残ってくれた大切な10人のうちの1人でした。

ある時ぎっくり腰だと言って腰をかばいながら仕事をしており、市川さんがコルセットを買ってきても一向に良くなりません。

大きな病院で検査を受けたところ、なんと末期のガンが見つかり、お医者さんからステージ4で余命3ヶ月と宣告されてしまったのです。

普通なら、病気治療のために会社を辞めてもらうところかもしれません。

しかし市川さんは、大友さんの家族にこう伝えました。大友さんが会社に行きたいと言ったら行かせてあげてください。

休みたいと言ったら休ませてください。会社はどちらでも対応します。仕事ができなくなってもお給料は出しますから、絶対に家族の方から会社を辞めるように止めることはしないでくださいと。

ずっと仕事一筋で生きてきた大友さんにとって、会社は自分の居場所であり、生きがいでした。

自分がガンになったことで周りに腫れ物に触るように気を使われるのは辛いことでした。

だから市川さんは、あえて特別扱いせず、まだ病院に行っているの、早く復帰してくれないと困るよといつも通りに接しました。

大友さんは、会社から頼りにされ、期待されていることが嬉しくて、痛みをこらえながら一生懸命働きました。

最初は自転車通勤でしたが、やがて他の社員が運転する車で送迎されるようになっても会社に通い続けました。

そして、驚くべきことに、余命3ヶ月と言われていたにもかかわらず、なんと2年2ヶ月もの間、生き延びて元気に働き続けることができたのです。

さらに大友さんは、自分が亡くなる前に、一度は会社を辞めてしまっていた優秀な元社員たちに自ら連絡を取りました。

俺はもうガンで長くないから、俺の代わりに進次郎社長を支えてやってくれないか。今はこの会社は昔と違って暗くないし、すごく良い会社になったんだ。分からないことは全部俺が教えるから、一生のお願いを聞いてくれと説得したのです。

大友さんの熱い思いに打たれた元社員たちは、すぐに当時の仕事を辞めて横引きシャッターに戻ってきてくれました。

大友さんは自分の命が尽きるまでの間、彼らに自分の技術や知識をすべて教え込みました。

今では、その戻ってきてくれた人たちが工場長や副工場長として会社を力強く支えています。

人間は、ただお金のためだけに働くのではありません。誰かの役に立ち、必要とされ、愛されることで、大きな力を発揮することができます。

大友さんのエピソードは、まさにその働くことの本当の意味と幸せを私たちに教えてくれます。


これからの会社と社長の姿!笑顔あふれる職場を目指して

今の世の中は、物が壊れたらすぐに新しいものに買い替える大量消費の時代です。

他のシャッター会社でも、シャッターが古くなってきたから全部新しいものに交換しませんかと営業するのが普通です。

しかし、市川さんの会社は逆のやり方をしています。

ここだけ直せばまだ十分に動きますよ、部品だけ交換すれば安く済みますよとお客さんに提案するのです。

昔から重いシャッターすぐ電話というキャッチフレーズがありましたが、市川さんはさらに新しくするのはもう古いという言葉を付け加えました。

物を大切にして修理しながら長く使うことは、これからの地球環境を守るSDGsと呼ばれる持続可能な開発目標の考え方にもピッタリ合っています。昔ながらの物を大切にする心が、これからの時代には最も大切なのです。

会社を良くしていくためには、難しい理論よりもやるかやらないかというシンプルな行動力が何よりも重要だと市川さんは語ります。

挨拶を元気よくすることなど、能力に関係なく誰にでもできることをしっかりやる。新入社員の面接でも、高い能力を持つ優秀な人よりも、今の社員たちと仲良くやっていける相性の良さを一番大切にしています。

社長が率先してこういう会社にしたいという本気の思いを言葉にして、何度も何度も社員に伝え続けること。

そうすれば、社員は社長は会社を良くしようとしてくれているんだと理解し、自ら考えて動くようになります。

昔の日本には、働くということは傍を楽にする、つまり自分の周りの人たちを幸せにすることだという素晴らしい教えがありました。

市川さんが目指しているのは、まさにこのような古き良き日本の精神を持った会社です。

毎日いやいや仕事に行くのではなく、時には大変なことがあっても、お互いに助け合い、笑顔があふれる職場。社長がガチガチに管理しなくても、社員一人一人が自分の頭で考え、仲間を思いやりながら自由と責任を持って働く。

大企業のようにシステムやロボットで人を管理するのではなく、中小企業だからこそできる人間臭い温かい関わりを大切にする。

それこそが、市川さんが見つけた誰もが幸せを感じられる働き方なのです。

9億円という絶望的な借金からスタートし、市川さんは10年ほどかけて実質的な無借金経営を達成しました。

2016年頃、ふと会社の近くの花畑運河の横を通った時、そこに綺麗な河津桜が咲いていることに初めて気がつきました。

ずっと前から咲いていたはずなのに、それまで全く見えていなかったのです。桜の美しさに気づいた時、市川さんはようやく自分の心に余裕ができたことを実感しました。

働くすべての人を家族のように大切にし、共に幸せになろうとする強い信念。このお話は、これからの未来を創る皆さんにも、仕事とは何か、人と関わるとはどういうことかを深く教えてくれるはずです。


★付録その1★音声考察★



★付録その2★大人向け論文★


中小企業における「人を大切にする経営」の実践と意義

―横引きシャッターの再建と幸せ経営から考える働き方―

要旨

本稿では、小さな会社が大きな借金や組織の混乱を乗り越えながら、社員一人ひとりが幸せを感じられる働き方を作っていった過程を整理します。中心となる考え方は、「商売はお金だけを求めるものではなく、人に喜ばれてこそ成り立つ」というものです。ただし、ここでいう人を大切にする経営は、単に優しくすることや、社員の自由を何でも認めることではありません。会社が利益を出し、その利益を社員に返し、社員が自分の役割を理解して成長できるように導くことです。

本書で扱われる会社は、横に引くシャッターを扱う中小企業です。この会社は、かつて九億円もの借金を抱え、給与の遅れ、税金の滞納、仕入れ先への未払い、銀行借入れなど、深刻な問題を抱えていました。しかし、支出の見直し、返済の順番の工夫、取引先や役所との誠実な交渉、社員との信頼関係づくりを続けることで、会社は再建へ向かいました。その後、創業者の急逝や社内分裂という大きな危機も経験しましたが、残った社員とともに再出発し、社員が自慢できる会社を目指す経営へと進んでいきました。

本稿では、この過程を、経営再建、社員のやる気、働き方、人材活用、社長の役割という観点から整理します。そして、中小企業だからこそできる経営のあり方を考えます。

1.はじめに

中小企業は、大企業に比べて資金、人材、制度の面で不利だと思われがちです。確かに、大企業のように大きな予算を使って福利厚生を整えたり、多くの専門部署を置いたりすることは簡単ではありません。しかし、本書が示しているのは、中小企業には中小企業にしかできない強みがあるということです。それは、社長と社員の距離が近く、一人ひとりの顔を見ながら経営できる点です。

本書の中心にあるのは、「人を大切にする経営」です。ただし、それはきれいごとだけの経営ではありません。会社は利益を出さなければ続きません。利益がなければ、社員に給料を払うことも、福利厚生を整えることも、働きやすい環境を作ることもできません。つまり、人を大切にするためには、まず会社に力が必要です。しっかり稼ぎ、その利益を社員に還元し、社員みんなが幸せになることが、本書でいう幸せ経営です。

この考え方は、創業者から受け継がれた商売の哲学に基づいています。商売とは欲を出してお金だけを求めるものではなく、人に喜ばれてこそ意味があるという考えです。この信念は、会社が九億円の借金を抱えた暗黒時代にも、創業者の死後に起きた大混乱の時期にも、経営判断の中心にありました。

本稿では、本書の内容をもとに、会社がどのように危機を乗り越え、どのように社員を大切にする会社へ変わっていったのかを論じます。

2.九億円の借金が明らかになった危機

会社の危機は、ある日、事務所の片隅にあった空き缶から始まりました。そこには、税務署などから届いた通知の封筒が大量に入っていました。封筒は開封されず、放置されていました。会社にお金がないことは以前から分かっていたものの、実際にどれほど深刻なのかは、誰も正確に把握していませんでした。

調べていくと、借金は大きく四つに分かれていました。社員への給与の遅れ、税金の滞納、仕入れ先への未払い、銀行からの借入れです。合計すると、その額は九億円に達していました。給与の遅れが約一億円、税金の滞納が約一億円、仕入れ先への未払いが約一億円、銀行借入れが約六億円でした。銀行借入れは十数本に分かれており、返済日が次々に来る状態でした。

このような状況では、ただ売上が増えるのを待つだけでは会社を救えません。そこでまず行われたのは、出ていくお金を減らすことでした。会社には、長い歴史の中で誰も見直さなくなった支出が多くありました。誰も読まない新聞の契約、退職した社員に関する保険料、不要なリース契約、割高な車両保険、携帯電話や電話機の契約などです。請求書が来るから払う、引き落とされるからそのままにするという状態が続いていました。

このような無駄を一つひとつ確認し、必要なものと不要なものを分けていきました。小さな見直しでも、積み重なれば大きな金額になります。実際に、保険料の見直しや契約の整理によって、毎年まとまった金額を返済に回せるようになりました。ここで重要なのは、危機に対して大きな一発逆転だけを期待するのではなく、現実を直視し、小さな改善を積み重ねた点です。

3.返済の工夫と信用回復

借金返済で大切だったのは、単にお金を返すことだけではありません。どこに、どの順番で、どのように返すかが重要でした。普通であれば、金利の高い借入れから返すことを考えます。しかし、本書では、返済本数を減らし、精神的な負担を軽くすることも重視されました。

当時は、数日おきに返済日が来て、そのたびに資金をかき集めなければならない状態でした。これでは経理担当者も経営者も疲れ切ってしまいます。そこで、金利だけを見るのではなく、借入れの本数を減らす返済を行いました。その結果、五日ごとに来ていた返済が十日後になる時期が生まれました。わずかな違いに見えても、現場でお金を作る側にとっては大きな安心につながりました。

また、仕入れ先への返済にも工夫がありました。少額を少しずつ返すのではなく、まとまったお金を直接持参し、長い間迷惑をかけたことを謝りながら返しました。しかも、それぞれの取引先に対して、最初に持ってきたという気持ちを伝えました。すると、相手は驚き、かえって協力的になりました。支払いを待ってくれたり、資材を優先的に回してくれたりするようになったのです。これは、お金の額以上に信用を回復する効果がありました。

税金の滞納に対しても、逃げずに向き合う姿勢が大切でした。役所から呼び出された時は必ず行き、会社の状況を説明し、支払う意思を示しました。差し押さえをされれば会社は動けなくなり、結局返済もできなくなります。そのため、毎月の入金や出金の状況を示し、払える金額を具体的に伝えました。相手も人間です。誠実に向き合い続けることで、少しずつ信用を積み重ねることができました。

このように、会社の再建は数字だけの問題ではありませんでした。信用を失った相手に対して、どのように向き合うかが重要でした。お金を返す行為は、単なる支払いではなく、人間関係を作り直す行為でもあったのです。

4.古い考え方からの脱却

会社を立て直すうえで大きな障害になったのは、借金だけではありませんでした。社員の中にある古い考え方も大きな問題でした。「やっても無駄」「昔は良かった」「今までこうしてきた」「一発ヒットすれば何とかなる」という言葉が、会社の中に多くありました。

これらの言葉は、変化を避けるための言い訳になっていました。たとえば、同じ内容の請求書を何枚も手書きで作っていたことがありました。パソコンを使えば簡単にできることでも、今までそうしてきたからという理由で変えようとしませんでした。しかし、目的を考えれば、やり方は変えられます。大切なのは、昔の方法を守ることではなく、目的を達成することです。

また、過去の成功にすがることも問題でした。かつて横引きシャッターが大きな成功を収めた経験があり、その記憶が会社に残っていました。しかし、過去の成功は今の成功を保証しません。時代が変われば、同じやり方が通用しなくなることもあります。過去の成功体験に縛られると、新しい方法を受け入れられなくなります。

本書では、できるかできないかではなく、やるかやらないかが問われています。もちろん、すべてのことが努力だけで成功するわけではありません。しかし、誰にでもできることをやらない理由にはなりません。挨拶、整理整頓、支出の確認、相手への連絡、約束を守ることなどは、特別な能力がなくてもできます。そうした当たり前の行動を積み重ねることが、会社の体質を変えていきました。

5.小さな積み重ねが会社を変える

会社の再建では、一日一万円貯金のような小さな取り組みも重要でした。大きなお金を一気に作ることは難しくても、毎日少しずつ積み上げれば、まとまった金額になります。この考え方は、返済だけでなく、会社全体の改善にも応用されました。

工場の整理や掃除もその一つです。最初は、掃除をすることに対して反発もありました。忙しい現場では、掃除よりも仕事を優先したいという気持ちが出るのは自然です。しかし、工場がきれいになると、働く人の気持ちも変わっていきました。物が整理され、照明も整えられ、職場の雰囲気が明るくなることで、社員の受け止め方も変わりました。

この変化は、単に見た目が良くなったというだけではありません。会社が良い方向へ進んでいるという感覚を社員に持たせました。最初は反発していた人も、実際に良くなる様子を見ると、少しずつ協力的になります。人は、理屈だけで動くのではなく、目に見える変化によって納得することがあります。

このような積み重ねによって、会社は九億円の借金を大きく減らし、危機から抜け出していきました。重要なのは、大きな改革を叫ぶことではなく、毎日できることを続けることでした。

6.創業者の死と再出発

借金返済が進み、会社が落ち着き始めたころ、創業者が突然亡くなりました。その後、会社は大きな混乱に見舞われました。後継ぎをめぐる対立が起こり、社員も分かれていきました。兄が新しく作った会社へ行く人、会社に残る人、完全に辞める人が出ました。最終的に残ったのは、社長を含めて十一人でした。

この時期にまず必要だったのは、お客様との信頼関係を取り戻すことでした。担当者がいなくなり、連絡が滞り、現場に行くはずの人が来ないというクレームが相次ぎました。書類も十分に残っていない中で、一つひとつ謝り、事情を説明し、仕事を立て直していく必要がありました。

この時、社長としての覚悟も問われました。社員が残ってくれたことに気づき、その信頼に応えなければならないと感じたのです。社員が自慢できる社長になること、そして社員が自慢できる会社を作ることが、新しい目標になりました。

そのために、まず外見や行動を変えました。身なりを整え、人脈を作り、外に出て会社を知ってもらう活動を始めました。社長自身が会社の営業マンとなり、社外に向けて会社の存在を広げていったのです。中小企業では、社長の動きが会社全体に大きく影響します。社長が前に出て動くことで、会社の可能性も広がっていきました。

7.社員のやる気を高めるマネジメント

会社が再出発した後に重視されたのは、社員のモチベーションを上げることでした。やる気を高めるには、ただ「頑張れ」と言うだけでは足りません。目標を具体的にし、最初の一歩を小さくし、実行できたかどうか分かるようにする必要があります。

多くの人は、年の初めなどに目標を立てます。しかし、その目標があいまいなままだと、日々の仕事に追われるうちに忘れてしまいます。大切なのは、目標を行動に分解することです。たとえば、何を、いつ、どのようにやるのかを具体的に決めることです。最初の一歩は、できるだけ低いハードルにします。そうすることで、動き出しやすくなります。

また、社長が新しい取り組みを始める時、社員がすぐについてくるとは限りません。だからこそ、普段から信頼関係を作っておく必要があります。社長が何を考えているか完全には分からなくても、社員が「この人は自分たちを悪くしようとしているわけではない」と感じられれば、まずやってみようという気持ちになります。

この信頼関係は、一日でできるものではありません。日々の声かけ、約束を守ること、社員の変化に気づくこと、困り事を聞くことの積み重ねによって作られます。

8.年齢や条件にとらわれない働き方

本書で特に印象的なのは、高齢者も戦力として働いていることです。九十四歳まで働いた社員や、七十八歳で入社した社員の事例が示されています。ここで重要なのは、高齢者を特別扱いしているのではなく、本人が力を発揮できる環境を整えている点です。

年齢だけで人の価値を決めるのではなく、その人が何をできるか、どのように働けば力を出せるかを見ることが大切です。若い人にも高齢の人にも、得意なことと苦手なことがあります。仕事をしやすい環境があれば、年齢に関係なく働くことができます。

また、国籍、人種、障害の有無に関係なく、戦力として雇用する姿勢も示されています。これは、単なる社会貢献や見せかけではありません。小さな会社が生き残るためには、一人ひとりの力を生かす必要があります。大企業のように人材を選び放題ではないからこそ、目の前の人の可能性を見つけ、活躍できる場所を作ることが重要です。

この考え方は、中小企業ならではの強みでもあります。社長が社員を直接見て、その人に合った役割を考えることができるからです。

9.社員をよく見ることの重要性

社員を大切にするためには、社員をよく見る必要があります。元気がない、遅刻が増えた、電話での話し方がいつもと違うなど、小さな変化に気づくことが大切です。退職を考えている社員は、行動や雰囲気に変化が出ることがあります。その前に声をかけ、話を聞くことで、不満や悩みを軽くできる場合があります。

ただし、社員の私生活に深く入り込みすぎる必要はありません。相談があれば聞くが、無理に聞き出さないという距離感が大切です。社員を見ることは、監視することではありません。相手を理解し、必要な時に助けられるようにすることです。

また、社員一人ひとりの適性を見ることも重要です。同じ職人でも、工場で長時間安定して働くのが得意な人もいれば、現場で短時間に集中して力を出すのが得意な人もいます。工場では一日を通じて一定の力を出し続ける必要がありますが、工事現場では必要な時に一気に力を出し、終われば力を抜く働き方が求められます。この違いを見誤ると、本人がつらくなり、会社にとっても良い結果になりません。

つまり、人を大切にするとは、その人に合った場所で力を発揮してもらうことです。

10.自由と責任のある職場

本書で示される働き方は、自由を大切にしています。休憩時間についても、決められた時間に必ず休まなければならないという考えではなく、仕事の流れや本人の集中に合わせて柔軟に考えています。ただし、自由には責任が伴います。

社員が自由に働けるのは、モラルを守り、チームの輪を乱さないことが前提です。もしそれが守られなければ、ルールで縛らざるを得なくなります。社長は、できるだけ細かいルールで社員を縛りたくないと考えています。だからこそ、社員自身が考え、周囲との関係を大切にしながら行動する必要があります。

また、雑談や休憩中のコミュニケーションも大切にされています。仕事だけをしていればよいというわけではありません。人と話し、世の中の動きを知り、自分の狭い世界だけで物事を判断しないことも、会社で働くうえでは重要です。

このような職場は、単に自由な会社ではありません。自由を保つために、社員一人ひとりが責任を持つ会社です。

11.給与と評価の考え方

本書では、社員への還元も重視されています。利益を出し、その利益を社員に返すことが幸せ経営の基本です。給与については、年功序列や細かい等級表に頼るのではなく、周囲に認められる働きができるようになることが大切だとされています。

昇給は小さな額ではなく、本人や家族が変化を感じられる水準で行われることがあります。これは、社員本人の生活だけでなく、家庭での評価や気持ちにも影響します。給料が上がれば、家族からの見方も変わり、本人の働く意欲にもつながります。

ただし、給料を上げることは、何もしなくても認めるという意味ではありません。本人が成長し、周囲から認められる働きをすることが前提です。社員を大切にすることと甘やかすことは違います。守るべき線を越えた時には、厳しく叱ることも必要です。

この点に、本書の経営の現実性があります。優しさだけでは会社は続きません。厳しさだけでも人はついてきません。社員の幸せを考えながら、会社としての規律も守ることが求められています。

12.中小企業だからできる経営

本書全体を通して見えてくるのは、中小企業は大企業をまねるだけでは生き残れないということです。大企業と同じ制度を作っても、資金力や人材の厚みでは勝てません。中小企業には、中小企業の戦い方があります。

その一つが、社長自らが動くことです。社員の様子を見て、困り事を聞き、取引先に頭を下げ、外に出て会社を売り込み、必要な時には厳しく叱る。これらを社長が直接行うことで、小さな会社でも強い組織を作ることができます。

もう一つは、手間をかけることです。お金をかけられないなら、手間をかけるしかありません。社員一人ひとりの顔を見る、働き方を調整する、職場を整える、相手に直接会って話す。こうした手間は面倒に見えますが、信頼を作るためには欠かせません。

さらに、昔ながらの良さを今の形で生かすことも大切です。物を直して使う、人を大切にする、顔を合わせて話すといった考え方は、古いようでいて、今の時代にも必要です。新しい制度や言葉だけに頼るのではなく、本当に人が幸せに働くために何が必要かを考えることが重要です。

13.結論

本書が示す中小企業経営の本質は、人を大切にすることと、現実を直視して利益を出すことを両立させる点にあります。人を大切にするには、まず会社が生き残らなければなりません。そのためには、借金の額を正確に知り、無駄をなくし、信用を回復し、日々の小さな行動を積み重ねる必要があります。

一方で、会社が利益を出すだけでは十分ではありません。その利益を社員に返し、社員が自分の成長を感じられるようにし、年齢や条件に関係なく力を発揮できる場を作ることが必要です。社員を大切にするとは、何でも許すことではありません。その人をよく見て、合う場所を考え、時には背伸びをさせ、必要な時には叱ることです。

本書の事例から分かるのは、幸せな会社は自然にできるものではないということです。社長が覚悟を持ち、社員を見続け、現場を整え、取引先や役所と誠実に向き合い、毎日の行動を積み重ねることで作られます。中小企業には大企業にはない近さがあります。その近さを生かせば、社員が自慢できる会社を作ることは可能です。

したがって、本書に示された働き方は、単なる理想論ではありません。大きな危機を経験した会社が、現実の中で試行錯誤しながら作り上げた実践的な経営の形です。人に喜ばれる商売をし、正しく利益を出し、その利益を社員に返す。その循環を続けることが、誰もが幸せを感じられる働き方につながるのです。

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