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健康志向なのに「意識高い系」に見えてしまう問題

健康を意識しているだけなのに、「意識高い系」に見えてしまうのではないかと思うことがあります。
健康志向と意識高い系の違いについて、私なりに考えてみました。

「意識高い系」と何が違うのか

私は、自分のことを穏やかな性格だと思っています。
ただ、ふとした瞬間に、人を批判的に見ている自分に気づくことがあります。
私の場合、この感情は健康に関する場面でだけ起こります。
今日も、コーラを飲んでいる学生が目に入りました。
その学生は、私から見ると毎日1本は飲んでいるように見えます。
それを横目に、私は炭酸水で割ったプロテインを飲みました。
そのとき、心の中でこう思いました。
「コストはあまり変わらないのに、どうせならこちらのほうがよくないか」と。
そして同時に、「これって意識高い系の思考ではないか」と感じて、少し反省します。
自分が学生の頃は、コーラを2L一晩で飲み切ることもよくありました。
それなのに、今の自分と他人を比べてしまっているのです。
私は自分を意識高い系だとは思っていません。
ただ、そうかもしれないと疑う瞬間は確かにあります。
では、健康志向と「意識高い系」の境界線はどこにあるのでしょうか。

求められていないときは、黙っている
私なりの答えはシンプルです。
意見を求められていない場面では、自分の考えを主張しないこと。
これに尽きると思っています。
普段は口に出さないことが多いのですが、相手が話しやすい人だと、つい余計なうんちくを話してしまうことがあります。
その学生に対しても、「コーラよりプロテインのほうがよくない?」と言いそうになる瞬間がありました。
でも、言わなくてよかったと思っています。
健康に関する知識や考え方は、求められたときに話せば十分です。
誰も聞いていないのに語り始めれば、それはもう説教になります。
これは家族に対しても同じです。
明らかに体に悪いことでない限りは、注意はしない。
相手の選択をそのまま受け入れる。
それが、関係を壊さずに健康志向を続けるコツだと思います。

人の嗜好は、尊重する
人は基本的に、炭水化物が多い食べ物を好むものだと思います。
うどんが好き。
ラーメンが好き。
白いご飯が好き。
こういう嗜好は、ごく普通のものだと思います。
それは立派な嗜好であり、その人の楽しみです。
「糖質が多いから」「血糖値が上がるから」と指摘するのは簡単です。
しかし、食の好みに口を出すことは、その人の生き方に口を出すことに近いと感じます。
聞かれてもいないのに言えば、相手は不快になるだけです。
たとえ批判的な感情が浮かんでも、それは自分の中にとどめておく。
それでいいのだと思います。

私の結論
押しつけない。
求められないときは黙っている。
それだけで、健康志向は「意識高い系」ではなく、ただの「自分のスタイル」になります。
健康志向を貫くことと、周囲と良い関係を保つことは、矛盾しないはずです。

まとめ
・健康を意識すること自体は、意識高い系とは限らない
・他人の健康習慣を批判しそうになる自分に気づくことがある
・求められていない場面では、健康論を押しつけず黙っている
・食の好みや生活習慣は、その人自身の価値観として尊重する
・健康志向は押しつけなければ、ただの自分らしいスタイルであると考える


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