40代で博士になった理由
私は薬剤師ですが、研究者でもあります。
学生の頃は、自分が研究をするようになるとは思ってもみませんでした。
実際、大学時代は研究をしていたわけではありません。
研究とは無縁だった学生時代
そのような私が研究をするようになり、博士号を取得するまでには、いくつかの転機がありました。
その経緯について書いていきます。
私は当初、漢方を扱う薬局をやりたかったので、大学卒業後は漢方の勉強をしていました。
そして、いろいろな漢方に触れる中で、中医学(現代の中国の漢方)の勉強もしたいと思うようになり、中国に留学しました。
中国での中医学は非常に整理されており、それまでの知識が整理できてよかったと思います。
しかし、問題は私に商売ができるかということでした。
理想を追っても現実に打ち負かされるだろうという認識が私と家族の中に芽生え、進路を変更せざるを得なくなりました。
病院勤務とアンケート調査との出会い
その後、知り合いの紹介で病院に勤務できることになりました。
当時は大学を卒業して7年ほどが経過していましたが、大学で学んだ知識の多くが頭の中から抜けていました。
漢方薬局や小規模な薬局でしか働いたことがなかったため、ほとんどの薬はその使い方がわかりませんでした。
また、大学では薬の成分名で勉強しますが、病院では商品名で話が進みます。
一般名と商品名を一致させるところから始める、ほぼゼロからのスタートでした。
そのような状況の中、糖尿病療養チームの担当薬剤師が抜けることになり、私がその担当に任命されました。
ほぼわからない状態からのスタートでしたが、勉強するにつれ、糖尿病が非常に怖い病気であり、2型糖尿病は生活習慣に関連した病気であることがわかってきました。
糖尿病教室を運営する中で、患者さんが民間薬や健康食品に頼っているという情報をスタッフから得ました。
そこで、民間薬や健康食品の利用実態についてアンケート調査を行うことになりました。
このアンケート調査をすることで、実態が見えてくることを学ぶことができたのです。
これが私の研究の出発点でした。
糖尿病療養指導士として活動
その後、日本糖尿病療養指導士の資格制度ができました。
この制度は、医師以外の医療スタッフも協力して患者教育にあたるもので、私も第1期の試験で合格することができました。
当時は近隣各地で糖尿病の患者教育を中心にした勉強会が多く開催されました。
私は講師として、また聴講者として参加しましたが、懇親会での多職種との交流が共同研究につながっていきました。
インスリン自己注射手技の確認についての指導方法の調査など、他施設との共同研究も経験しました。
博士課程への入学
このような活動をしているうちに、自分が研究のようなことをしているという自覚が芽生えました。
より本格的に研究をしたいと考えるようになり、知り合いの医師に相談したところ、ある大学教員を紹介していただきました。
その方に相談すると、遠隔地の大学院への進学を勧められました。
片道3〜4時間の道のりであり、家族もあり仕事もある状況でしたが、説明を受け、決意しました。
説明とは、「社会人入学なので仕事を辞める必要はないこと」、「研究は県内のその先生のもとで行ってよいこと」、「薬剤師としてのキャリアと活動実績があるため、博士後期課程の3年で博士号を取得できる可能性があること」でした。
私は研究を始める以上、博士号を取得できるくらいまでやりたいと思っていましたので、この方向で進むことにしました。
修士を持っていなかったものの、過去の業績をまとめて評価していただき、3年在籍すれば博士の審査を受けられることになりました。
その結果、無事入学試験に合格させていただくことができました。
当時私は40歳を過ぎていました。
眠い日々と博士取得
それからは眠い日々が続きました。毎日、仕事から帰るとパソコンの前で格闘し、日曜日はかなりの確率で県内の大学に行って実験をしました。
また、在籍する大学へも1〜2か月に1度、授業やゼミのために出席しました。
3年が経とうとしても結果がまとまらず、結局半年延長して3年半で博士になることができました。
しかし、これで研究者として独り立ちできるようになれたかというとそうではありませんでした。
そこからしばらくは、どんな研究をしたらいいか見当がつかなかったのです。
博士の取得はゴールではなく、研究者としての出発点に立ったに過ぎなかったのです。
まとめ
・大学時代は研究とは無縁であったが、病院勤務をきっかけに研究の道へ進んだ
・病院勤務で糖尿病医療に関わり、アンケート調査を通じて研究の面白さを知った
・糖尿病療養指導士として活動し、多職種との交流から共同研究を経験した
・40歳を過ぎて博士課程に進学し、仕事をしながら研究に取り組んだ
・博士号取得はゴールではなく、研究者としての新たな出発点であった
