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短編小説|雨色のラプソディ 前編

梅雨入りの雨は、しとしとと静かに降り続けている。

耳が詰まったような閉塞感に包まれて、雨音がどこか遠くのものに感じられた。

ビニール傘越しに見上げる空は、もう見慣れた曇天だ。

色むらを残した筆で染めたような灰色の雲が広がり、細い雨が傘の表面を滑るように滴れていく。

こんな天気の日は、どうしても足取りが重くなる。
 
ふと視界の端に、紫陽花の色が滲んだ。

雨に濡れた青い花弁が、水彩画のように淡く映る。 

そういえば、あの花屋にも紫陽花が並んでいたはずだ。

――少しだけ、寄っていこうかな。

理由なんて特にない。

ただ、花でも見れば、この気分が変わるかもしれないと思っただけだ。

遊間あすま 茉莉花まりかは十字路で止めていた足を、商店街へ続く道へと向けた。

「ふざけんな!」

目的の花屋に近づくと、怒鳴り声が聞こえてきた。

茉莉花は傘を少し傾けて、店へ視線を向ける。

霞む視界のなか、ピンクと白の縞模様のサインテントがぼんやりと浮かんで見えた。

店先に並べられたブリキの花桶には、六月らしくブルー系の旬の花が生けられている。

下町らしい、昔ながらのこじんまりとした花屋。

花灯はなあかり

白い文字で書かれた店のガラス越しに、中の様子が見えた。

スーツ姿の男性が、カウンター越しに立つ深緑のエプロン姿の店員に鋭い剣幕で詰め寄っている。

「注文した花が入ってないじゃないか!」

男性が苛立ちげに指差すのは、白い紫陽花だった。

「俺は、“これを入れてくれ”って言っただろう!もう時間がないってのに!」

『くそっ』と吐き捨てる声が聞こえる。

昼下がりの日曜日。

真新しいスーツの男性が花屋にいる。

ひょっとすると、客はこれからデートなのかもしれない。

そう思い至った。

――なら。

「紫陽花は、デートにはあまり向かない花なんですよ」

そう声を掛けると、二人は同時に振り向いた。

茉莉花の姿に、客は少し目を見張ったが、すぐ露骨に片眉を吊り上げる。

店員は無言で、茉莉花を見つめた。

「急にお話に入ってしまって、ごめなさい」

断りを入れてから続ける。

「ただ気になっちゃって。貴方、これからデートなんですか?」

「そうだけど……あんたには関係ないだろう」

「そうですね。でも、それならやっぱり紫陽花は良くないですよ」

茉莉花は子供をなだめるように穏やかな口調で言った。

「はぁ?」

客が心底訳が分からないといった様子で、声を漏らす。

「紫陽花は土の性質で色が変わるんです。だから、移り気――つまり“気持ちが他の人へ移っている”って意味に取られることもあるんです」

「そ、そうなのか……?」

その問いかけに、茉莉花は小さく頷く。

「はい。ですから、恋人に贈る花には避けたほうがいいですよ。もしプロポーズするなら、なおさら」

「し、知らなかった。今の時期だし、白い紫陽花は珍しいから喜ぶかなって……」

「旬の花だから選びたくなる気持ちはわかります」

茉莉花は柔らかく微笑んだ。

「でも、そういう意味もあるから。だから店員さんは、その花束に紫陽花を入れなかったんですよ」

その言葉に、客は弾かれたように店員を見た。

店員は相変わらず無愛想なほど無表情だったが、かすかに顎を引く。

「買いに来る前に、花言葉の意味を調べた方がいいですね」

「花言葉……」

「彼女さんが花好きな方なら、意味を込めて贈ったほうが、きっと、もっと喜びますよ」

茉莉花がそう話を締めくくると、客は項垂れた。

結局、店員が包んだ花束を手にし、客は店を出ていった。

花屋君・・・。ちゃんとお客さんに伝えないと、要らぬトラブルになりますよ」

茉莉花はおっとりした口調でたしなめる。

花屋君こと、小日向こひなた 虎太郎こたろうはわずかに目を伏せた。

その姿は落ち込んでいるようにも見える。

見た目はクマのようながっちりとした大柄の男性。

なのに、まるで子犬みたいに繊細らしい。

茉莉花はふっと笑みを深めた。

「花屋君が作った花束。――赤のバラ、ピンクのガーベラ、カスミソウ…愛情と感謝が込められていて、ぴったりでしたね」

どれも、ちょうど旬の花だ。

バラは情熱の愛。

優しい色合いのピンクのガーベラ、そしてカスミソウは感謝の意味を持つ。

虎太郎が作った花束は、客の恋人への想いを汲み取った『記念日』に相応しいものだった。

「きっと最高の記念日になりますよ」

「……ありがとう、ございます」

元気づけるように言うと、虎太郎が低い声で感謝を口にした。

そして、ふいに青い紫陽花を差し出す。

茉莉花は思わず小首を傾げた。

「……辛抱強い、意味です」

一瞬の沈黙。
 
「――ふふ、ありがとう」

茉莉花は微笑みを浮かべたまま、それを受け取った。


 ◇ ◇ ◇


「こんにちは」

花屋『花灯』を訪れた茉莉花は、カウンターの奥に向かって声をかける。

しばらくして、頭を屈めるように虎太郎がバックヤードから出てきた。

「花屋君、こんにちは」

茉莉花は小さなバッグを前に持ちながら、もう一度挨拶する。

「……いらっしゃいませ」

虎太郎が小さく頭を下げた。

「デカッ!」

茉莉花の横にいた少年が、思わず声を上げる。

「お店の店員さんだよ」

少年に視線を合わせながら、そっと耳打ちで教える。

「ラグビー選手かと思った!」

意外そうに目を見張る少年。

正直な感想に、茉莉花は心の中で激しく同意した。

虎太郎の印象は、まさにそれだ。

一言で言えば、ガタイがいい。

190センチ近くはありそうだ。

ただ単に身体が大きいわけではなく、スポーツ選手のような均等の取れた筋肉質。

(私は、熊さんに見えるかも)

口には出さず、目を細めながら微笑む。

笑みを向けられた虎太郎は、わずかに視線を逸らした。

「あ、ほら、まこと君」

茉莉花が促すと、真は思い出したように『あっ』と声を漏らす。

「母ちゃんにプレゼントする花束!」

真は、がま口財布をひっくり返し、カウンターの上に硬貨を振り落とした。

チャリン、と軽い音を立て、一枚の百円玉が転がり落ちる。

「あら――」

茉莉花は反射的にしゃがみ込み、手を伸ばす。

すると、伸びてきた指が先に百円玉を掴んだ。

二人の指先が触れる。

虎太郎が慌てて手を引っ込めた。

ほんのわずかに視線が逸れる。

取り残された百円玉を、茉莉花が代わりに拾い上げた。

「わっ、ごめん!」

「静かに置こうね」

素直に謝る真に、茉莉花は苦笑を浮かべながら硬貨を手渡した。

ふと虎太郎を見ると、なにやら言いたげに小さく口を開けている。

さっき指が触れたことを気にしているのだろうか?

「花屋君、どうかしました?」

茉莉花は首を傾げる。

「……その子は――」

虎太郎の視線が、真と茉莉花の間を行き来する。

「ああ、お隣の甥っ子さんです」

茉莉花は何でもないようにすぐ答えた。

すると虎太郎が小さく息を吐く。

「花屋君ったら、私にこんな大きな子がいると思ったんですか?」

冗談めかして言うと、虎太郎は慌てて首を横に振る。

茉莉花は幼さを残した愛らしい見た目で、フェミニン系の服を好んでいる。

そのため実年齢より若くみられるのだが――実は三十代を過ぎてる。

「……真君、五年生だよね?」

「うん、そう!」

「……」

そのくらいの子供が居ても――まぁ、不思議ではない。

子供だと誤解しても無理はない。

茉莉花は小さく咳払いをした。

「真君、ちょっと訳があってお隣さんの家で預かっているらしくって。それで仲良くなったんです」

「まりねぇの部屋、花がいっぱいあるんだよ!」

「そうだね」

真の無邪気な言葉に、茉莉花は穏やかに微笑む。

そして虎太郎に向かって続ける。

「お母さんの誕生日プレゼントに花を贈ろうって話になりまして、ここを案内したんです」

真は母子家庭。

先月、真の母親が倒れ、緊急入院することに。

叔母である隣人が世話をすることになり、その経緯で親しくなった。

そして真の母親が退院する日が、ちょうど誕生日と重なったらしい。

「これで買える花束が欲しい!」

真は虎太郎にカウンターの上に並べられた硬貨を示す。

「……」

虎太郎は、それをじっと見つめる。

花屋でもない茉莉花でも、この額で買える花が限られるのは分かる。

しかも花束を希望しているなら、さらに限定されるだろう。

「……カスミソウ」

虎太郎がぼそりと呟いた。

「あ! カスミソウなら、ピッタリですね!」

茉莉花は思わず手を合わせた。

「なんか地味……花小さいし」

カスミソウをひと目見て、真は不服そうに言葉を漏らす。

「そんなことないよ、可愛いよ」

そう返し、茉莉花は話を続ける。

「それに、カスミソウの花言葉は『感謝』なの。真君、お母さんに“いつもありがとうって伝えたい”って言ってたよね」

「……うん」

「なら、ピッタリだと思うよ」

茉莉花が諭すように言うと、真は渋々といった様子で頷いた。

「……色を染めたカスミソウもあります……」

今まで黙っていた虎太郎が、ふいに口を開いた。

「そうですね!でも――」

店には、色がついているカスミソウが見当たらない。

「ちょうど切らしていて……でも、自分でもできます」

「なるほど!手作り感があっていいですね」

その言葉に、真がぱっと顔を明るくさせた。

「おれ、やってみたい!」

「楽しそうだね。――ねぇ、真君、せっかくだからドライフラワーにするのはどうかな?」

「ドライフラワー!おれの家に飾ってあるよ」

茉莉花の提案に、真が弾んだ声で返す。

「そうなんだ。なら尚更、ドライフラワーはいいかも。生花より長持ちするし、シリカゲルって乾燥剤を使えば、今からでも間に合うし……」

“ですよね?”

茉莉花が無言の同意を求めると、虎太郎は小さく頷いた。

「……こっちです」

虎太郎に案内されたのは、店の裏口だった。

「わぁ…」

茉莉花はひと目見て、声を弾ませる。

そこは小さなテラスになっていた。

濡れた木の匂い。

軒先から滴れる雨が木の床に落ち、柔らかな音を立てている。

吊り上げのプランターには、葉を垂らすアイビーやワイヤープランツ。

床の植木鉢には、ラグランジアやトレニアなどの青系の花々。

シンプルな作業台の傍には、霧吹きや剪定はさみなどの小物がガーデニング棚に整然と収められていた。

木目調で統一された空間は、ここだけ時間がゆっくりと流れているように感じられる。

「ここでやるの?」

見上げながら真が尋ねると、虎太郎は小さく頷いた。

「……ここを切る」

真は指差された場所の茎を、剪定ばさみでパチン、と思いっきり切った。

「もともと切ってるのに、なんでまた切るの?」

「……バクテリアがついていると、色が付きにくい」

「バクテリア?」

「細菌のことだよ。真君、理科の授業で顕微鏡を使って微生物の観察しなかった?」

首を傾げた真に、茉莉花がすかさずフォローを入れる。

「やった!ミドリムシ見たよ」

「それとほとんど同じだよ。簡単に言うと…バクテリアが日光を浴びて、葉緑体を持ったミドリムシになった感じかな」

「進化したってこと?」

「うん。そんなところだね」

「すげぇ!」

真は目を輝かせた。

興味を惹かれたのは、“進化”という単語が、彼が今ハマっているモンスター育成ゲームを連想させるからだろう。

「そうだね。バクテリアが茎の先端に付いてると、染色剤を吸いにくくなるってことですよね?」

作業台越しの虎太郎に視線を向ける。

すると彼はコクリと頷いた。

「……切ったら、ここに入れる」

虎太郎は片言でそう言い、ピンク色の染色剤を入れたプラスチックのコップに、切ったばかりのカスミソウを差し込む。

「……それだけ?」

そのあと何もしない様子の虎太郎に、真が尋ねる。

彼は小さく頷いた。

「簡単でいいね」

茉莉花がそう言ったものの、真はなんだか不服そうだった。

「……うん。でも、これだと簡単すぎ!」

「……時間の置き方、茎の長さ、環境で、色の付き方が変わる」

虎太郎が補足を入れる。

「そうなんだ!」

「特別感があっていいですね。同じ色には出会えない…その時だけの色合いで」

「うん!おれだけの色!それって最高!!」

感慨深く言う茉莉花。

一方の真は目を輝かせて、力強く頷いた。

それから数時間ほど。

染色液に浸したカスミソウが、ゆっくりと色を吸い上げていった。

茉莉花と真は、テラスの椅子に並んで座りながら、その様子を待っていた。

真は椅子と作業台のあいだをせわしなく行ったり来たりと、そわそわして落ち着きがない。

「まだ?」

五分おきに聞くので、茉莉花は用意されたお茶を静かに飲みながら、そのたびに「まだだよ」と答える。

店の中では、虎太郎が店の対応をしていた。

ときどきテラスに顔を出し、茉莉花と目が合うとすぐ店の中へ引っ込む。

そして――カスミソウは、花びらの先まで薄紅色に染まった。

「まりねぇ!」

呼ばれて、茉莉花は真の傍に歩み寄った。

「――綺麗に染まったね」

「うん!――お兄ちゃん!」

茉莉花に頷いたあと、今度は虎太郎を呼ぶ。

彼はすぐにテラスへ顔を出した。

「綺麗な色……」

カスミソウを見つめながら、茉莉花が小さく呟く。

虎太郎は一度だけ彼女に視線を向け、それからカスミソウへ目を落とす。

「……はい」

虎太郎は静かに頷いた。

「……店で、ドライフラワーに仕上げておきます」

“シリカゲル法で乾かすので数日で出来る”。

虎太郎から説明を受け、茉莉花と真は店を後にした。


 ◇ ◇ ◇


それから数日後。

職場のクリニックが定休日ということで、茉莉花は『花灯』へとやってきた。

店先では、虎太郎が生花を並べているところだった。

「――気になって」

着くなり声をかけると、虎太郎はなぜか固まった。

「ふふ……ドライフラワーのことです」

茉莉花が微笑む。

「……どうぞ」

彼はやや視線を外し、そう告げると、先に店の中へ入っていく。

茉莉花もすぐに後へ続いた。

「……あと三日ほどです」

虎太郎はカウンターの上にプラスチックの容器を置いた。

蓋越しに覗き込むと、粒状の乾燥剤がぎっしりと敷き詰められている。

「真君に伝えておきますね」

茉莉花が顔を上げて言うと、虎太郎はコクリと頷いた。

そして、その視線が茉莉花の小さな手に向けられたまま止まる。

「あ…」

それに気づき、思わず赤く染まった指先を隠すように、反対の手を重ねた。

「染料……なかなか落ちなくて」

茉莉花は苦笑いを浮かべる。

何度も石鹸で洗ったものの、爪の隙間に入り込んだ染料が落ちきれなかったのだ。

「……手、見せてください」

その言葉に、茉莉花は小首を傾げつつ、ピンクが残った指先を差し出した。

すっと伸ばされた指を、身を屈めながら見つめる虎太郎。

除光液を使って強く洗った手はやや荒れているし、異性からこんな真剣に指を見られることなどない。

さすがに、居たたまれない気持ちになった。

「……こっちに、流しがありますので……」

虎太郎は姿勢を正し、茉莉花を店の奥へと案内した。

茉莉花が流しのぬるま湯に指先を濡らしているあいだに、虎太郎は白い布巾と小さなブラシを持ってくる。

「……使ってください」

「ありがとう」

虎太郎から差し出された固形の石鹼を受け取り、茉莉花は手で泡立てる。

「……これを」

すかさず、今度は小さな爪ブラシが差し出された。

手には泡がつき、使い慣れていない茉莉花は少し手間取る。

「あっ……」

爪ブラシが流し台に落ちた。

茉莉花が拾おうとするより早く、虎太郎の手がそれを掬い上げる。

「……手を」

そう言われ、茉莉花は一瞬目を丸くした。

虎太郎の右手には、爪ブラシ。

左手は、差し出されるのを待っている。

「……はい」

俯きながら、隣に立つ虎太郎へと指先を向けるように手を伸ばす。

その手を下から支えるように受け取り、虎太郎は爪ブラシをゆっくりと動かし始めた。

「……」

クマのように厚みのある大きな手だが、その手つきは驚くほど繊細で、優しく磨くように彼女の指先をなぞる。

弾むような心音が、今にも聞こえてしまいそうだ。

もう片方の手で、高鳴る胸を押さえる。

(おかしいな……)

百円玉を拾ったとき、一瞬だけ彼の指と触れた。

あの時は、こんなに胸が高鳴ることはなかった。

虎太郎が自ら進んで、自分の手に触れているからだろうか。

普段の彼からは考えられない大胆な行動。

まさに意表を突かれた形だ。

だから心が追いつかない。

――きっとそうだ。

茉莉花は控えめに、虎太郎の横顔を盗み見る。

彼は真剣な眼差しを、自分の指先へ向けている。

傷つけてしまうことを恐れるような、繊細な手つき。

その様子を見ているうちに、茉莉花は次第にいつもの調子を取り戻していった。

「虎太郎君の手……大きいですね」

茉莉花がさらりと言うと、虎太郎の動きがあからさまに鈍る。

いつも『花屋君』と呼んでいる茉莉花が、はじめて『虎太郎君』と名を呼んだのだ。

その破壊力は、凄まじい。

虎太郎の頬に、わずかに朱が差す。

(……私だけなのは、ずるいもの)

いつもの反応に、茉莉花は満足そうに微笑んだ。

「……少し残りましたが……薄くなりました」

「――本当ですね」

茉莉花は自分の指先を見つめる。

「……そのうち、自然に落ちます」

「虎太郎君、ありがとう」

「……はい」

虎太郎は目を伏せるように、小さく頷いた。


 ◇ ◇ ◇


「――じゃあ、週末に」

茉莉花はそう言い、店を出る。

「……あの!」

聞き覚えのある声に、振り返る。

一人の男性が、虎太郎に駆け寄っていた。

「先日は大変失礼いたしました!」

男性は深く頭を下げた。

「あなたが作ってくれた花束、彼女がとても喜んでくれました」

その言葉に、紫陽花を恋人に贈ろうとしたあの男性だと思い出す。

「……」

突然の来訪に、虎太郎は目を見張ったまま固まっていた。

「おかげでプロポーズも成功したんです!本当にありがとうございました」

「……おめでとうございます」

ようやく言葉が出る。

「これから、挙式の下見に行くんです。では!」

男性の向かう先には、一人の女性が立っていた。

虎太郎と目が合うと、彼女はただ静かに一礼する。

そして、二人は並んで歩き出した。

「――よかったですね」

虎太郎の横に立ち、茉莉花がそう声をかける。

「……貴女のお陰です」

そう返した虎太郎の表情は、どこか前向きに見えた。





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