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僕は僕じゃない 第六話

@Riku

「仕事、辞めようかな」

 社員食堂で、うどんをすすりながら呟いた。

「え?何か言った?」

 隣でハルカが聞き返す。スマホで動画を見ていたので、私の小さな呟きが聞き取れなかったらしい。

「今日こそは、残業しないで帰ろうねって言ったの」

 失恋したくらいで仕事を辞めたいなんて言ったら呆れられるだろう。

「うん。そうだね。そうしよう」

 ハルカは大きく頷く。

 私は未だに失恋を引きずっている。そんなに吉田さんの事が好きだったのかと言うと、実際はそうでもなかったと思う。憧れ。推し。そんな存在だった。ただ、相手があの村本さんだという事実が、ショックだったのかもしれない。結局吉田さんも他の男達と同じように、美人が好きなんだ。なんだかつまらない。現実は、小説みたいに予想外の展開なんて滅多に起こらないだろう。そう考えたら、この先の人生だって、つまらないのかも。もう何もかも投げ出してしまいたくなる。

「海外にでも行こうかな」

 また呟いてしまった。

「私も行きたい。いつにする?」

 今度は、ハルカも聞き取れたらしい。

「長期休みが取れたら行きたいよね」

「取ろうよ、有休使ってさ」

「当分は、人手不足で無理でしょ」

「知らんよ。そんなん。うちら、充分貢献したでしょ」

「そうだけどさ。現実問題、仕事辞めない限り、無理じゃない」

「じゃあ、辞めちゃおうか」

「ねー」

 私達は時々、仕事を辞める空想をする。そうやって、理不尽な毎日を何とか乗り越えている。

 昼食を食べ終えた私達は、この後、中抜けをして、ディナーの勤務がある。ハルカは外出して用事を済ますらしい。私は、仮眠室で読書と昼寝をすることにする。

「失恋とは?よかったら聞きますよ。無理にとは言いませんが、もし、誰かに話して気が楽になるのであれば」

 ベッドに腰を降ろし、本を開く前に、スマホを手にしてSNSを開く。数日前の、KanataさんとのDMを読み返す。

「まぁ、たいしたことじゃないですよ。僕の気になっている人が、別の人と手を繋いで歩いていたってだけで。美男美女でお似合いの二人なんです。僕は今まで、その人と挨拶するだけでも浮かれてしまっていたので、何だかバカみたいだなって。だから、こういう時は現実逃避っす。読書最高っす」

「実は、僕もちょうど去年のこの時期、失恋しました。彼女だと思っていた人と一緒に歩いていたら、彼女の本命の彼氏が現れまして。僕はただの浮気相手だったってわかりました。それで、今日、不意にその時のこと思い出して。だから、さっきまで読書に没頭して、嫌な記憶を消し去ろうとしてたんですよ。現実逃避っす。マジで読書最高っす」

 自分の失恋の話を打ち明けて共感してくれたKanataさん。私の口調を真似して、和まそうとしてくれている。そんな彼の気遣いが嬉しかった。

「Kanataさん。そんな辛いことがあったんですね。嫌な事があったら、読書で現実逃避するのが、僕なりの乗り越え方だったので、Kanataさんもそうだってわかって、何だか嬉しいです。僕達、親友になれそうじゃないですか?って、僕、うざいですかね?もし、そうだったら言ってくださいね。とにかく、ありがとうございます。『キュレーターの殺人』読んで寝ます。おやすみなさい」

 親友なんて厚かましいかな。そう思いながらも、送らずにはいられなかった。

「親友になれそうって、僕も思います。こちらこそ、いつもありがとうございます。おやすみなさい」

 この返信を読んで、あたたかい気持ちになった。雲の切れ間から、光が差したような気持ち。思わず、ハッピーな歌詞を口ずさみたくなるような気持ち。スキップしたくなるような気持ち。この気持ちは、以前にも経験したことがあるような。何て言うのだっけ。

 わからないまま、数日が過ぎていた。うまく説明は出来ないが、持っていて悪い気持ちではないのは確かだ。このDMを読み返すたびに、何もかも投げ出したい気持ちが、薄れていく。

 あたたかい気持ちになったところで、私は本を開く。「キュレーターの殺人」。もう少しで読み終わる。読み終わったら、kanataさんにDMを送れる。会話が出来る。だから、早く読み終わらなきゃ。


@Kanata

「キュレーターの殺人、本日、読み終わりました!」

 RikuさんからDMが届いた。実は、私も昨日、読み終わったところだ。しかし、黙っていた。無職だってバレたくないから。せっかく仲良くなったのに、嫌われたくないから。そんなことで、私の事を嫌ったりするような人ではないかもしれない。Rikuさんは、きっと、そんな人ではない。そう信じたい。しかし、男性だって、嘘をついているうえ、無職だということも隠している。ひとつの嘘を許してもらえても、ふたつの嘘は許してもらえないかもしれない。他にも嘘があるのではないかと疑われ、信用を失う可能性がある。だったら、このまま嘘をつき続けて、この関係を少しでも長く続けたい。そう思うのは、良くないことだろうか。

 痛い。胸が痛い。嘘をつき続ける事が苦しい。でも、嫌われたくはない。

「奇遇ですね。実は、僕も先ほど、読み終わったところなんです」

 また嘘。

「マジですか。僕達、通じ合ってますね。これこそ親友!」

「ですね。嬉しいです」

 痛い。

「今回も相変わらず面白かったですね。仲間の為に手段を選ばず戦うポーがカッコいいっす!」

「ティリーは今回の事件で、さらに成長して強くなりましたね」

「うんうん。巻を重ねる毎に、面白さやキャラクターの魅力が増してますよね」

「はい。次作を読むのも楽しみです」

「次は『グレイラットの殺人』ですね。早速書店で買ってきましたよ」

「僕もです。また、勝負ですね」

「望むところです」

 私とRikuさんは、読書で繋がっている。私達の関係は、それ以上でもそれ以下でもない。それでいいではないか。だけど……。

 知りたい。Rikuさんの事。彼がどういう人間なのか。知りたい。その欲求が日々増している。知りたいだけ。これ以上の関係を望みたい訳ではない。ただの好奇心だ。

「読書以外の質問をしてもいいですか」

 私の指先が勝手に動いていた。送信後、後悔した。もし、僕達は、ただの読書仲間ですよ、なんて突き放されたら、どうしよう。

 それはそれで、いいのかもしれない。自分勝手な好奇心に歯止めをかけられる。だから、むしろ答えはノーの方がいい。そうだ。ノーと言って。

「もちろんですよ。親友じゃないですか」

 ノーではなかった。Rikuさんはそういう人だ。わかってた。安堵と同時に、胸も痛い。

 私はまた、嘘をつき続けなければ。

「Rikuさんの夢って、何ですか」

 読書以外に聞きたい質問が、これだった。なぜなら、私自身、目標を見失っていたからだ。

「夢はまだ模索中ですね。でも、没頭出来る何かは、見つけたいですね。残りの人生全てをかけてもいいほど、夢中になれるもの、見つけたいです。もしかしたら、その先に夢があるのかも」

 没頭できる何か、か。

 私には、今まで、そういうものはなかった気がする。何となく学校に行って、何となく就職して、何となく生きてきた。改めて思う。私は、なんて中身のないつまらない人間なのだろう。

 返信に悩んでいると、先にRikuさんからDMが届いた。

「と、言うのも、僕はこれまで、目標もなく何となく生きて来たからです。何となく勉強して、何となく学力にあった学校に進学して、何となくやりたい仕事して。だから、何もかも中途半端だったんです。だから、僕は中身のない、つまらない人間になってしまいました。でも、もし、こんな僕でも、没頭できる何かを見つけられたら、変われるんじゃないかって」

 私の考えが見透かされたような内容だった。どうして、いつもRikuさんは、欲しい答えをいつもくれるのだろう。

「Rikuさんがつまらない人間なわけないですよ。僕は、RikuさんのDMの内容に癒されたり、笑わせてもらったり、救われたりしてます。それは、Rikuさんが素敵な人柄だからだと思います」

「いやいやいや、そんなことないですって。僕こそ、KanataさんのDMに救われてますから。Kanataさんこそ、素敵なお人柄です。ちなみに、Kanataさんの夢は何ですか?」

「僕も模索中です。でも、Kanataさんの答えを聞いて、まずは僕も没頭出来る何かを見つけようと思いました。ありがとうございます」

「とんでもないです。では、お互い、没頭できる何か、見つけましょう」

 なんて、やり取りをしながら、ふと、思った。没頭とは、一つのことに熱中する事だ。時間を忘れるほど。と、いうことは、つまり……。

「Rikuさん、僕、今、とんでもないことに気付いたのですが……」

「何ですか?」

「僕ら、没頭出来る何か、すでに見つけてませんか?」

「え?」

「読書、です」

→第七話

→全編


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