僕は僕じゃない 第四話
@Riku
「夕焼けはRikuさんに見せたいと思って撮りました」
その一言が頭の中で反芻している。
私の為って、あの夕焼けを見た瞬間、私の事を思い出してくれたって事?会ったこともない私の事を?って事は私の事、特別に思ってるって事じゃないの?
いや、私の事じゃないか。Rikuという架空の男の事だ。そうだった。
KanataさんからDMに添付された夕焼けの画像は、神々しくて美しかった。雲の切れ間から帯のように降りた光。夕焼けの光が地上に注がれているようだった。私もあの夕焼けを見たら撮影していただろう。そして、Kanataさんにも見せたいと思っただろう。
なんて返事をしたらいいものか、考えていたら、スマホを握りしめたまま眠りに落ちてしまった。翌朝、アラームの音で飛び起き、慌てて準備をして出勤。今に至る。
私は、シティホテルのレストランでウェイトレスとして働いている。朝食、ランチ、ディナーの全ての時間帯のシフトに入っており、週末は結婚式場や宴会場へのヘルプとして入ることもある。働く時間は毎日バラバラだし、土日は休みを取りずらいし、最近は人手不足で通し勤務が続いていて、精神的にも肉体的にも疲れていた。そんな日々の中で、Kanataさんから届いた昨日のDMは、私の疲れを癒してくれた。
さて、なんて返事をしたらいいだろう。
休み時間、社員食堂で遅めの昼食を前に、私は考えていた。今日のメニューはナポリタン。フォークで麺をいたずらに巻きながら考えていると、隣の席にハルカが腰を下ろした。彼女もレストラン勤務で、一番気の合う同僚だ。
「あー腹減った。メシだ、メシ」
ハルカは勢いよくナポリタンを口に運んでいく。見た目が小動物みたいに可愛らしいのに、中身はおじさんのようだったりする。
「ハルカ、これ見て」
私はハルカにKanataさんから貰った夕焼けの画像を見せる。
「ん?きれいだねぇ」
「でしょ。例の気になってる人からDMで貰ったの」
「へぇー。素敵だけど、その人、大人の男?」
「20代らしいけど」
「実際はかなりおっさんってパターンもあるよ」
「確かにそうだね」
私だって男だと偽っているのだ。Kanataさんだって何かを偽っている可能性はある。私の周りにいる同年代の男性には、読書をしたり、夕焼けの写真を撮るようなタイプはいない。だとしたら、Knataさんは同年代ではないのかもしれない。
「でしょ」
「でも、見てよ、これ」
私はスマホを操作し、ハルカに画面を見せる。先週、半年前に別れた元カレから、メッセージが送られてきた。ある画像と共に。
「うわ、きっも」
ハルカはその画像を見て顔をしかめた。
元カレから送られてきた画像は、自撮り写真である。レンズを上目遣いで見つめ、口元は少し微笑んでいる。彼と付き合っている時期は、その表情がかわいいと思っていたが、今は気色悪いと感じている。彼の浮気が原因で別れたのだが、今更、ヨリを戻したいのか、時々、たわいもないメッセージと共に、自撮り写真を送ってきたりする。迷惑極まりない。
「こういうキモいの見た後だったからさ、夕焼けの写真にときめいちゃったのかもしれない」
「なるほど。そのキモ写真よりは断然いいわ。例え、相手がおっさんだったとしても」
「おっさん違うって。Kanataさんって言うの」
「Kanataさんねぇ。そいつはキモナルシストではないといいね」
「絶対違うってば」
Kanataさんは、絶対に違う。元カレみたいなクズとは違う。違う、はず。
仕事が終わり、帰りのバスで、私はKanataさんのDMに返信した。
「お疲れ様です。もしかして、続編の『キュレーターの殺人』もう読み始めていますか?僕は明日から二連休なので、がっつり読むつもりです。また、どちらが先に読み終わるか、勝負しましょう!」
@Kanata
夕食を食べている最中、RikuさんからDMが届いた。通知に反応してすぐにスマートフォンを手にしてしまう。この時間に届くのは珍しい。Rikuさんは不規則な勤務をしているようだ。
「ご飯を食べている時は、スマホを見るの止めなさい」
一緒に夕食を食べていた父に注意される。まるで、中高生に戻ったようである。父から見たら、私はいつまでも子供なのだろう。
「はーい」
反抗する気分でもないし、父の前では子供らしくいよう。
夕食を食べ終わり、食器を洗って片付けると、部屋に戻って、Rikuさんから届いたDMを確認した。
「お疲れ様です。もしかして、続編の『キュレーターの殺人』もう読み始めていますか?僕は明日から二連休なので、がっつり読むつもりです。また、どちらが先に読み終わるか、勝負しましょう!」
また勝負か。つい、笑みがこぼれてしまう。確かに「キュレーターの殺人」を読み始めたばかり。少しリードは取っているものの、Rikuさんが二連休を使って読むつもりなら、のんびりとはしていられなそうだ。
「今日から読み始めました。Rikuさんは明日から二連休なんですね。では、僕も負けていられませんね。頑張ります」
と返信したところで、階下から玄関のドアが開く音がした。
「おかえり、どうした?」
父の声。
「おねぇに会いに来た。いる?」
妹のマイの声だ。私は部屋から出て階段を下りる。マイがリビングで父と話をしていた。私の姿に気付くと
「おねぇ、一緒に食べよ」
手に持っていたケーキの箱を掲げた。
マイは私の事を心配して、時々会いに来てくれる。私の部屋で一緒にケーキを食べることにした。父は抜け者で可哀そうだが、女同士で話したい時もあるのだ。
「最近はどんな感じ?」
ケーキを口に運びながらマイは訊ねた。
「調子はいいよ。体重も戻ったし、散歩もしてるし」
退職した直後は痩せてガリガリになってしまって、外出する気力も体力もなかった。
「うん。顔色もいいね」
「そろそろ、仕事も探さなきゃだよね」
「焦らなくていいよ。貯金、少しはあるんでしょ」
「そうだけど……」
「お父さんも、おねぇがいて嬉しいみたいだし、やりたい仕事見つかるまで、ゆっくり探したらいいって」
「ありがとう」
妹の気遣いには、いつも泣きそうになる。いや、実際に何度も泣いた。思うように動かない身体や心がもどかしくて、情けなくて、何度も。そのたびに、妹が元気づけてくれた。あの時、妹がいなかったらどうなっていただろう。
「どうして、私の事こんなに心配してくれるの?」
以前、聞いたことがある。
「だって、お母さんが亡くなって落ち込んでた時、おねぇがいつも元気づけてくれたじゃん。だから、今度は、私がおねぇを元気づけてあげるんだ」
5年前、母が亡くなった時、マイは高校生だった。マイは悲しみのあまり、毎日泣いて、食欲がなくなり、学校へも行かなくなってしまった。私は当時、社会人になったばかりで、実家から出て一人暮らしをしていたが、そんな妹が心配で、仕事終わりに実家へ立ち寄り、妹を何とか元気づけようとしていた。週末は一緒に外出したり、一人暮らしのアパートへ招いてスイーツを食べたり、海外ドラマを見たり、ただぼんやりと過ごしたり。
あの時は、母を失った悲しみは私も同じように抱いていたが、妹の前では泣くまいと堪えていた。だから、悲しみは消えずに、私の心の底にずっと残ったままだった。
仕事を辞めて、身体も心も壊れかけた時、その悲しみも一緒に溢れ出してしまったようだった。長い間溜め込んでいた涙が洪水のように溢れ出した。それくらい、私は妹の前で泣いた。
「マイは最近好きな人とかいないの?」
たまには恋バナでもしようかと思い立った。
「好きな人ならいるよ。職場の先輩。西沢さんっていうんだけど」
「どんな人?」
「カッコいいってわけじゃないんだけど、いつも穏やかでにこにこしてて、一緒にいると癒される感じなんだ」
「へぇ、マイってそういう人好きだったけ?」
マイが以前付き合っていた彼は、少しやんちゃなタイプだった。
「元カレで痛い目にあったから、今度は癒し系な人に惹かれているのかも」
「なるほどね」
「おねぇは?」
「私は、ほら、今は恋愛なんてしてる場合じゃないでしょ」
「恋愛って、するんじゃなくて、落ちるんじゃないの。ある日突然予期せずにさ」
マイはいつの間にか大人の女性に成長したようだ。おねぇちゃんを置いて。
