僕は僕じゃない 第一話
あらすじ
読書好きの女性二人。二人はSNSで男性と偽ってアカウントを持っている。一人のアカウント名はRiku。もう一人はKanataである。二人は読書の感想を言い合ったり、夕焼けの画像を送り合ったり、失恋の話をしたりして、交流を深めていく。次第に、お互いの事を深く知りたいと思い始め、二人は夢について語り合う。語り合ううち、Rikuは読書仲間と交流できるブックカフェを開く事、Kanataは物語を書く事を目標とする。数年後、二人は、夢を叶える。しかし、男性と偽っていた為、会うことは出来ず、疎遠になっていた。そして、インタビュー記事で、お互いに思いを伝えあうのだった。
@Riku
気になる人がいる。会ったことはない。
彼はあるSNSで小説の感想を呟いていた。私もその小説をちょうど読み終わったばかりだった。あまりの面白さに、誰かと感想を共有したかったけれど、あいにく、私には小説を読むような友達がいない。だから、ハッシュタグで、小説のタイトルを検索して、彼の投稿を見つけた。
彼のアカウント名はKanata。彼の感想は私の気持ちを代弁するかのよう。過去の投稿を遡ってみる。ほとんど、小説の感想だ。しかも、私が読んだことのある小説ばかり。これは、もしかして、運命じゃないか。なんて思った。
小説を読むというささやかな趣味は、子供の頃から周囲にあまり理解されていなかった。家族は私以外は体育会系で、スポーツをする人間こそ、心身共に健全である、という偏った考えを持っていた。だから、家に籠って、本を読んでいる私は気味悪がられていて、精神衛生上良くないからと、本を取り上げられ、外に放り出されたことさえあった。だから、読書は恥ずかしい趣味だと思い込まされた。
そのまま大人になったものだから、周囲の人たちに読書が趣味だなんて、声高らかに言えるはずもない。一人でひっそりと読んで楽しめばいい。
だけど、私にも欲が出てきてしまった。この感動を誰かとわかちあえないものだろうかと。それで、SNSに頼った。
Kanataさんとなら、話が合いそう。そう直感した。彼のプロフィールを確認する。20代の男性。サラリーマン。趣味は読書。プロフィール画像は夕焼けの空。情報はそれだけ。
時々、小説の感想とは別に、きれいな夕焼けの写真をアップしている日もあった。夕焼け。私も夕焼けがとても好きだ。とても。
話してみたい。まずは、彼のアカウントをフォローしよう。でも、私のアカウントを見て、気味悪がられないかな。私も小説の感想ばかり呟いているけれど、時々、仕事の愚痴とか、気持ちの悪いポエムみたいな言葉とか呟いてるし。こんな人間と話したいなんて思わないかもしれない。だから、新しいアカウントを作ることにした。
アカウント名はRiku。プロフィールには「20代、男性。趣味は読書。好きなジャンルはミステリー。好きな作家は伊坂幸太郎。」と入力。まぁ、実際は女性だが、出会い目的と警戒されたくないので、男性と偽っておこう。プロフィール画像は夕焼け。仕事帰りに近所で撮ったお気に入りだ。
新しいアカウントを作って、彼をフォロー。そして、小説の感想にコメントした。
「全く同感です!」
たった一言。その一言をコメントするだけでも指先が震えた。
@Kanata
小説を読むのが好きだ。このクソみたいな現実世界から逃避出来るから。
元々は、小説を読むのは苦手だった。原因は小学校の夏休みに宿題として書いた読書感想文。適当に図書館から借りた本があまりにつまらなくて、どれほどつまらなかったか正直に感想を書いたら、先生から酷評されたから。作家への敬意が足りないとかなんとか。だから、それ以来、小説は敬遠するようになった。小説よりも漫画の方が読みやすいし、アニメや映画の方が、お手軽に物語に没頭できる。小説は読むのに時間が掛かり過ぎ。時間は有限だ。小説を読む時間を持つくらいなら、勉強したり、友達と遊んだりする方が有益。そう考えていた。
それから、大人になって、就職して、働いて。理不尽な上司に振り回されたり、苦手な同僚の前でも笑ったり、悪質なクレーマーの前で頭を下げたり、そんな毎日を繰り返していたある朝、目覚めたら、めまいに襲われた。足元がふわふわとして、まっすぐ歩けなかった。とても会社へ行ける状態ではない。だから、休みたいと会社へ電話した。上司はしぶしぶ了承。電話を切る直前、上司のため息が聞こえた。
休むと決まった途端、めまいは治まった。念のため、病院へ行ったが、原因はわからず。しかし、翌日も、その翌日も、朝目覚めた途端めまいがして、歩けなくなった。会社へ電話して休みを取る。めまいが治まる。その繰り返しを一週間続けて、原因は仕事だと理解した。会社を辞めた。
仕事を辞めてから時間が出来た。しばらくは抜け殻のようにぼんやりと何もせずに過ごした。たまに、漫画や映画で時間をつぶす。しかし、すぐに飽きた。暇なので、書店へ行った。気になる漫画を物色した後、小説の棚の前を通った。店長のオススメと書かれたポップが目に入る。
「あなたも絶対に騙される」
本当に?その小説を買ってみた。見事に騙された。
小説を読むのは時間が掛かる。だけど、時間なら余るほどある。この機会に小説を読み漁ろう。そう思って、色々な小説に手を出した。特にミステリーは時間を忘れるほど没頭出来た。
どうせなら、小説の感想をSNSで呟いてみようか。記録やメモ代わりに。
まずは、アカウントを作ろう。名前はKanata。20代。サラリーマン。男性。実際の私は20代、無職、地味で彼氏だっていない、冴えない女。そんな自分が嫌いだ。だから、SNSでは、かけ離れた人格でいたい。男性で、仕事も順調で、読書をするほどの余裕がある。
読んだ本の感想を呟く。ただそれだけのアカウント。時々、散歩の途中で撮った夕焼けの写真も投稿した。夕焼けは好きだ。昔から。
反応はあまりなかった。フォロワーもほとんどいない。それでも満足だった。有り余った時間、小説の世界に没頭し、感想を呟く。それだけの事でも、私にとっては大きな成長だった。抜け殻のようだった自分が、意思をもって行動出来るようになった気がしたから。生きているって、何となく実感出来るようになったから。
そんな時、ある小説の感想にコメントが残されていることに気が付いた。
「全く同感です!」
コメントを貰ったのは初めてだった。何もない空間に投げていたボールが返ってきたような驚きと、誰かと思いが繋がった嬉しさが溢れ出し、思わず叫び出しそうになった。
コメントをくれたアカウントは、私のアカウントをフォローしてくれていた。私もフォローバックする。
アカウント名はRiku。20代の男性らしい。趣味は読書。好きなジャンルはミステリー。好きな作家は伊坂幸太郎。同じ。同じだ。それから、プロフィール画像は夕焼け。夕焼けも好きなんだ。
この人と話したい。仲良くなりたい。返事をしなきゃ。返事を。
「ですよね!共感してくれて嬉しいです!」
たったその一言を入力するだけでも指が震えた。
