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僕は僕じゃない 第三話

@Riku

「えー?もしかして、読書してる?」

 休憩時間、本を開いていると同僚のハルカから声を掛けられた。

「うん。そうだよ」

 今日は、朝番と遅番の勤務で、中抜けの休憩時間が5時間もある。そんな時は、家に帰るか、外で用事を足すか、仮眠室で昼寝するか、その三択だったが、今日は仮眠室で昼寝と見せかけて読書である。

 同じく中抜け勤務のハルカも仮眠室で昼寝をするのだろう。部屋に入るなり、ベッドであぐらをかいて読書をしている私の姿を見て驚いた表情を浮かべている。確かに、同僚に読書をする姿なんて見られたことがないし、そもそも、読書をするようなタイプに見られていないのだろう。

「どんな本なの?」

 ハルカは私の隣に腰掛け、中身を覗き見する。

「殺人事件だよ」

「へぇー。面白い?」

「うん。ハルカも読む?」

「私はいいや。漫画しか読まないから」

「そっか。私の事は気にしないで昼寝しなよ」

「ちょっと、人を邪魔者扱いしないでよ」

「ごめん、ごめん。でもこれ、早く読まないといけなくて。勝負してるからさ」

「勝負?」

「うん。最近、気になる人がいて。その人とどっちが早く読み終わるか勝負してるの」

「気になる人?何それ?吉田さんじゃなくて?」

 吉田さんとは職場の先輩である。女性スタッフから人気があり、私もファンの一人。すらりと長身で笑顔が素敵で誰にでも優しい。王子様のような存在である。

「吉田さんじゃないよ。SNSで繋がってる人。会ったこともないけど、何かね、話が合いそうな感じがするんだよね」

「わかるー。私もそういう人いるよ。音楽の好みが同じで話が合うんだよね」

「会ったことはある?」

「まだそういう段階じゃないけど、まぁ、会いたいって言われたら会ってもいいかな」

 私も会いたいって言われたら……いやいや、男性って偽ってるから会うなんて無理だった。

「そういうわけだから、君はさっさと寝なさい」

「はいはい。わかった。邪魔しませんよ」

 ハルカは隣のベッドに潜り込む。疲れているのか、すぐに寝息が聞こえてきた。私も最近睡眠不足だから、少しでも眠りたい。しかし、あともう少しで読み終わる。あと少し。あと少し。

 休憩時間が残り1時間余りで「ブラックサマーの殺人」を読み終わった。速読とはいかないが、割と本を読むのは速い方である。ああ、これで、1時間は仮眠できる。上出来。

 私はスマートフォンを手にしてSNSを開く。そして、KanataさんにDMを送る。

「ただいま『ブラックサマーの殺人』を読み終わりました!」


@Kanata

「ただいま『ブラックサマーの殺人』を読み終わりました!」

 RikuさんからDMが届いた。私も数時間前に読み終わったところだった。この勝負は私の勝ちなのだが、申告をしていないから、どうなのだろう。まぁ、負けでも全然いいのだけれど。今返信したら、仕事していないのがバレそうだ。だから、夕方以降に返信しよう。そして、感想を投稿しよう。

 それまで、少し時間があるので、近所のスーパーへ夕食の買い出しに行くことにした。

 外出するときは必ずマスクをする。メイクをしていないし、何より、知り合いに出くわしても気づかれない為だ。何も悪い事なんてしていないのに、人の目を気にしている自分が馬鹿みたいだとは思う。それに、もう、知り合いだって、私の存在なんて記憶から消えているだろうに。それでも、外出するには、それなりに勇気がいる。

 スーパーで食材を物色する。仕事をしている時は、一人暮らしだった。最初はなるべく自炊をしていた。しかし、仕事で疲れ始めてからは、自炊する気力が湧かなくなり、コンビニやスーパーで購入した弁当ばかりになって、やがて、食欲さえもなくなった。まともにご飯を食べられなくなった私の体重は急激に落ちた。

 仕事を辞めてからは、実家に戻って、父親と二人で暮らしている。母は5年前に病気で亡くなった。妹は実家から出て一人暮らしをしていたのでたので、一人残っていた父は、私が帰ってきた時、嬉しそうだった。

 食欲がない私に父は不器用ながらも料理を作ってくれた。大体が野菜炒めである。ぶつ切りにした野菜と豚肉を何かの調味料で炒めたもの。たまにその豚肉が牛肉に変わることもある。味は悪くなかった。それに、母が亡くなるまでは料理なんて一切しなかった父が、頑張って作ってくれたのだと思えば、残すのも気が引けて、食欲がなくても頑張って全部食べるようにした。そうして、私の体重は徐々に戻り、元気になっていった。

 食欲が戻った私は、毎日の野菜炒めに飽き始めた。だから、ご飯は私が作ることにした。食べるのは私一人ではなく、父もだ。そう考えたら、栄養面も考えて食材を選ぶようになった。

 今日は何にしようか。スーパーで野菜を物色する。茄子が安い。茄子の味噌炒めなんてどうだろうか。以前、作った時、父が美味しいと褒めてくれたから。そうしよう。結局、私も野菜炒めばかり作ってないか。そんな自分に呆れてしまうが、ともあれ、一緒にご飯を食べていれる相手がいるというのは、幸せな事だ。

 スーパーを出ると、空が朱色に染まり始めていた。雲が夕焼けの水分を吸い込んで膨らんでいる。雲の切れ間からは、梯子のように朱色の光が降りていて、鴉の影が横切った。私は、スマートフォンで空を撮影する。

 Rikuさんも見せてあげたい。

 家に帰って、食材を冷蔵庫に詰め終わると、私はソファに腰掛けてスマートフォンを手にする。そして、SNSを開き、RikuさんにDMの返信をする。

「僕も帰宅途中の電車でちょうど読み終わったところです。悔しいですが、僕の負けですね」

 返信が終わってから、タイムラインに感想を投稿する。それから、夕食の準備をしようと一度スマートフォンから手を離すが、そういえばとまた手にする。再びSNSを開いて、RikuさんにDMを送る。

「今日の夕焼けです」

 それから、夕焼けの画像を添付して送信した。

 Rikuさんから返事が来たのは11時過ぎだった。眠りに落ちようとしている瞬間だった。

「Kanataさんも読み終わったんですね!今回はほぼ同じなので引き分けってことにしましょう!それから、それから、めっちゃ、面白かったですね!キートンのサイコパスぶり、やばかったです。不利な状況をひっくり返すポーの手腕には拍手喝采です。それと、夕焼けの写真もありがとうございます。雲の切れ間から光が降りている感じ、神々しくて美しいです。今日も仕事で疲れたけど、おかげで癒されました」

 通知で瞼を開けた私は、ぼんやりとした頭でDMの内容を読み、ぼんやりとした頭で返事を送った。

「ほんと、面白かったですね。一緒に読書して、感想を共有出来て、すごく嬉しいです。夕焼けはRikuさんに見せたいと思って撮りました。今日もお疲れさまでした。おやすみなさい」


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