ベン・バーナンキ、「ヘリコプター・ベン」と未曾有の危機——壊れた世界を救った消防士の功罪【FRB議長列伝③】
マエストロ・グリーンスパンが去った直後、世界は「100年に一度」の暴風雨に見舞われます。
(※前回の記事:【FRB議長列伝②】アラン・グリーンスパン編はこちら)
その後を継いだ第14代FRB議長ベン・バーナンキ(2006-2014年在任)。
大恐慌の研究者であった彼が、皮肉にも現代の大恐慌(リーマン・ショック)の最前線に立つことになります。彼が下した決断は、市場の力学を変える、現在の「カネ余り相場」の原点となりました。
大恐慌の研究者が「本物の恐慌」に直面する
バーナンキは、プリンストン大学教授として長年、経済学における最大の謎の一つである
「なぜ1930年代の大恐慌はあれほど深刻化し、長引いたのか?」というテーマを研究し続けてきた、筋金入りのアカデミア(学者)でした。
彼の研究の結論は、冷徹かつ極めてシンプルでした。
「中央銀行が流動性の供給を渋り、銀行の連鎖倒産を放置してマネーサプライを激減させたことが、悲劇を決定的なものにした」
バーナンキ氏の学術的な洞察は、2002年に彼が行ったある有名なスピーチに凝縮されています。自由主義経済学の巨頭ミルトン・フリードマンの90歳の誕生日会で、彼はFRBを代表してこう謝罪したのです。
Yes. You're right, we(FRB) did it. We're very sorry.
But thanks to you, we won't do it again.”
それは、FRBが1930年代に失策したことを認め、今後は同じ過ちを犯さないと誓うものでした。
※ただし、大恐慌の解釈では師弟関係にありながら、国家と中央銀行の
役割については、フリードマンが『縮小』を、バーナンキが『積極的拡大』を体現するものでした。
上記の学術的な執念こそが、後に彼を「史上最大の資金供給者」へと変貌させるエンジンとなります。
2006年に議長に就任した当初、彼は「透明性の高いインフレ目標の導入」を目指す穏やかな学者という印象を周囲に与えていました。
しかし、2007年にサブプライムローン問題という「静かな嵐」が表面化し始めると、彼は象牙の塔から引きずり出され、
燃え盛る経済という現場で「消防士」としての重責を担うことになります。
かつて研究対象として眺めていた「恐慌の足音」が、今度は自分自身の足元から聞こえてくるという、歴史の皮肉に直面したのです。
リーマン破綻と「信頼」の崩壊
2008年9月。ニューヨークの秋の空気は、ある月曜日の朝を境に一気に凍りつきました。名門証券リーマン・ブラザーズの破綻によって、世界の金融システムをかろうじてつないでいた「信頼」という見えない糸が、突然ぷつりと切れたのです。
「ATMからお金が出てこなくなる」という悪夢・・・
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「もし2008年、あの崩壊の瀬戸際でベン・バーナンキがいなかったら——我々の銀行口座、積み上げた資産、そしてこれまでの投資人生はどうなっていたでしょうか?」
リーマン・ショックの凍てつく嵐の中、
彼が見た"決済システム崩壊"の恐怖。
そして現代投資家を縛る「低金利の呪縛」
「QE依存症」の真実を暴きます。
今すぐ明らかになるバーナンキ・レガシーの全貌:
テーパー・タントラムの衝撃
ゾンビ企業と資産バブルの連鎖
「最後の買い手」FRBの時代
本連載『FRB議長列伝(全6回)
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