「M子の子を皇統に」百年計画の継承。A宮が最高裁長官らとの午餐会に陪席した2010年ヒサくんを支える長女推し、2012年女性宮家の法案化が開始、2017年長女婚約内定会見、2025年は孫誕生。
>小室弁護士ファミリーの一時帰国は「2026年後半の可能性」< などという💢記事が出ています:
元記事はデイリー新潮2026年01月09日 「心理的ハードルをどこまで下げられるか」に注目が 小室弁護士ファミリーの一時帰国は「2026年後半の可能性」
トップコメントについたトップ返信:
>象徴天皇制を支える皇嗣職にあられる方が
勘当同然の対応をされていたにも関わらず、国民に何ら説明もなく、ただ会いたいでは大変な問題
があります。<
「ただ会いたい」。そう、記事にも
>9月に行われた会見で紀子さまは記者の質問に対して次のように回答された。 《眞子たちは、遠く離れて海外に暮らしています。孫が少しずつ遠出できるようになり、旅行をすることに慣れてから、よいタイミングで日本を訪れてくれたらと思っています》
11月に行われた誕生日に際した会見で秋篠宮さまは、《もし日本に来る機会があれば、是非会いたいと思います》と言及された。<
👆️👆️宮内庁HPの公式発表をリンクしたとおりです。
それだけでなく、ヒサヒトくんの成年式を眞子夫婦が欠席する理由をいかにも平和に宮内庁に発表させた件:
>>姉の小室眞子さんと夫の圭さんに対し、秋篠宮ご夫妻が招待の案内を出されたものの、出席しないと返答があったということです。
小室夫妻は、アメリカ・ニューヨークと遠方に在住の上、幼い子どもがいることが理由だということです。
側近によりますと、小室夫妻にはいずれかの機会で秋篠宮ご一家と一緒にゆっくり過ごす時間を持てればと考えているということです。<<
>のちのち皇統に窮した皇室が、ボン天皇に最も近い血筋としてその姉の子を養子にする際に、なんの問題もないことの証拠として使える「宮内庁公式」発表。
ミテコ百年計画、なにはともあれコマを進めてますねええ?:
😡😡😡😡😡<
👆️👆️👆️キコさんや秋篠宮さんの「ただ会いたい」発言も、あたかも普通の仲良し家族であるかのような宮内庁発表も、
あの頃、国民が「眞子さまのその結婚はやめてください」とお願いしてもお願いしても権力という名の暴力を振るわれ続け、遺族年金詐欺の証拠メールまであるにもかかわらず海外報道で日本国民を誹謗中傷させ、純愛カップルを邪魔した悪党の親分にまで仕立て上げられた、あの
国民のPTSDを、ケロッ!!とした顔でまた踏みにじってくる残虐な暴力。それがこれらの「ただ会いたい」鬼畜ケロ発言。
というだけでなく、国民の怒りを買うとわかっていながらのこのゴリゴリ発表には、ミテコ百年計画の継承がされている。そう私は感じるのです。
ここで、もぐぞうさんの配信
宮中午餐の会──記録を並べると、見えてくるもの:
を見てみましょう。これは下記エトセトラジャパンブログ記事をたいへんわかりやすくまとめたものです:
もぐぞうさんの配信の概要欄には
>この動画では、
最高裁判所長官・最高裁判事らを招いた宮中午餐
に注目し、 開催された年、陪席者の記録、 そして当時の皇室をめぐる出来事を、 時系列で並べていきます。
「いつ行われたのか」 「誰が陪席していたのか」
「その時代、何が起きていたのか」
――記録を並べることで、 静かな違和感が
浮かび上がってきます。<
とあるので、まずは動画からキーワードを列挙させていただきます。
・皇室と司法の関係が非常に近かったという元最高裁判事の証言
・宮内庁の記録では、午餐会は毎年恒例ではなく飛び飛びに開催
・開催年に重なる皇室の節目
平成5年 今上陛下(当時の皇太子)のご成婚と美智子さまのご体調をめぐる報道
平成7年 秋篠宮家に長女・眞子さんが誕生
平成11年 雅子さまのご懐妊が報じられ、のち流産
(しばらく間が空く)
平成20年から断続的に再開
・平成22年、平成24年、二度に渡って秋篠宮文仁親王殿下が陪席
されたと宮内庁の「ご日程」に記録がある
当時の皇太子ではなく、秋篠宮が二度。
・エトセトラジャパンさんが、この並びをどう読んだか
2006年(平成18年)悠仁さん誕生の直前、皇位継承に関する有識者会議(座長代理は園部逸夫・元最高裁判事)は、「女性や女系の皇位継承も含めて検討可能である」という内容の報告書をまとめた。
その改正案が国会に提出されようとした時、妊娠6週という極めて早い段階で紀子さん懐妊情報が公に伝えられ、皇室典範改正の動きが止まった。
今後、女性や女系皇位継承を容認する見解が法曹界の権威から再び示されることがないよう
、考えを許攸する場が必要だったのではないか。それが、最高裁トップを招いた宮中午餐に秋篠宮さまが陪席した理由の一つではないか。
当時、日本産科婦人科学会は、遺伝性の重い疾患を避ける場合を除き、性別に関わる医療的選択について極めて慎重な立場を取っていた。もし、この点についての疑問を学会や世論が投げかけた場合、「制度上、どこまで説明が可能なのか」という法的な見通しを確認しておきたかったとしても不自然ではない。
・2005年、アメリカでは同時期に得られた受精卵を用い、国外で制度化されていた出産の形態によって双子が誕生した事例があった。第三者が関与する出産のしくみが、すでに現実の選択肢として存在していた。
エトセトラジャパン:体外受精などの生殖補助医療によって得られた複数の受精卵。それが紀子さま、あるいは複数の出産事例として語られる余地が生まれたとすれば。その想像が、のちに「悠仁s」という呼び方で語られるようになった疑念へつながっていった可能性も考えられる。さらに言えば、
もし将来、生命倫理の観点から問題提起を行う医師や文化人が現れた場合、どう制度的に整理するのか。
着床前の段階で情報が得られる医療技術を、日本でもどこまで認められるのか。
・もちろんこれは証明された事実ではない。しかし、記録と時代背景を並べた時、この想像が決して突飛なものには見えない
・それでもぶれなかった、2021年有識者会議のヒアリングで岡部喜代子・元最高裁判事が述べた
「女系天皇は憲法違反ではない。世襲とは血統であり、男女で区別されるものではない。血の濃さに男女の差はない。国民が親愛と尊敬を抱くかどうか、それこそが天皇制を支える」
・この会議では多くの専門家が「女性天皇を検討すべき時期に来ている」と語ったが、最終的に全面に出た結論は別のものだった。
以上が、もぐぞうさん配信からのリストアップです。
👆️>多くの専門家が「女性天皇を検討すべき時期に来ている」と語ったが、最終的に全面に出た結論は別のもの< については、私もノートしています:
の後半から
>>誰もが、ヒアリングでは一人だけが女性天皇論を主張して、残りの他の全員は悠仁様までは現状を維持する男系男子論者だったのだな、だから有識者会議はただ一人の異論は無視して、全会一致としたのだな、と思うであろう。
ところが実際はそうではないのである。女性天皇・女系天皇に言及されている方々が沢山いるのである。<<(by赤門ネットワークさん)
>☝☝有識者21人中、男系男子派はたったの7人。って三分の一の少数派だった==ッ!!<
実際、この2021年有識者会議報告書が出た直後に、森暢平さんはその「ウソ」を暴いていました:
2022年1月3日 皇室のあり方を決めるのは政治と人々の熟議である 緊急連載・社会学的皇室ウォッチング!/16=成城大教授・森暢平〈サンデー毎日〉
>内閣府の事務方が「恣意(しい)的」に選んだヒアリングの結果をもって、男系継承の原則だけを強引に強調している。<
👆️👆️「恣意的」とは
>公平性を無視し<
>「好き勝手する」という意味<
(Weblio辞書より)
わざわざ呼んだ有識者たちに述べさせた意見を、政府の事務方が勝手に削除し、ウソ報告書を偽造。
あの2021年有識者会議は、どっちにしてもウソ報告書を作るためのウソ劇場だった💢💢💢
というわけで、もぐぞうさんの配信キーワード・リストの少し前へ戻り
・平成20年から午餐会を再開、以後、断続的に
・平成22年、平成24年、二度に渡って秋篠宮文仁親王殿下が陪席されたと宮内庁の「ご日程」に記録がある
当時の皇太子ではなく、秋篠宮が二度。
👆️👆️この部分を、エトセトラさんは、平成18年に生んだ悠仁さんのため、法曹界が二度と女性・女系天皇容認しないよう、また、悠仁さんの生まれ方について生命倫理的な問題提起がされたら整理できるのかを確認するため、という「想像」をされました。
ちなみに、ブログ記事には >平成16~18年(2004~2006年)、秋篠宮家と関係する警備職員が1名ずつに立て続けに自殺。2006年9月6日に悠仁さまがご誕生。< という、あの頃の赤坂の恐怖な様も書かれています。
🧐で、ここから私の「調査」と「照合」です。
最高裁長官らとの午餐会は平成11年(1999年)と平成20年(2008年)の間は空いた、とのことですが、
平成18年12月6日 >天皇陛下 お話・午餐(法務大臣始め検事総長・高等検察庁検事長等)(宮殿)< 宮内庁HPより
スクショ:

とあるように、
悠仁さんが生まれた3ヶ月後、平成の天皇陛下は法務、検事、検察関係のトップとしっかりお話・午餐会をされている。
なので、エトセトラジャパンさんの「平成20・22・24年(うち22年と24年は皇太子でもない秋篠宮が同席)の最高裁長官と最高裁判事との午餐会は、悠仁さん誕生の手当てが目的」という「想像」に、私はより一層、賛成できます。
そして、エトセトラさんは触れておられませんが、
秋篠宮は平成29年にも、宮内庁の記録上では第三回目の最高裁長官らとの午餐会に出席していました:
>平成29年3月17日 文仁親王殿下 宮中午餐(最高裁判所長官始め最高裁判所判事,高等裁判所長官等)ご陪席(宮殿)< 宮内庁HP
のスクショ:

最近では>令和7年11月27日 秋篠宮皇嗣殿下 宮中午餐ご陪席(最高裁判所長官始め最高裁判所判事、高等裁判所長官等)< 宮内庁HP
というアレが、例えば【YOUR VOICE】「皇居で最高裁長官らと午餐の会」に寄せられたさまざまな感想 東大病院医師逮捕と嵐山裁判との関係は? など、国民の物議を醸しました。
つまり👇️👇️👇️👇️
皇太子さえ出席しなかった(⬅ここ重要)最高裁長官らとの午餐会に、秋篠宮が参加したのが平成22年(2010年)、平成24年(2012年)、平成29年(2017年)の三回。
そして昨年、令和7年(2025年)に皇嗣としてかどうかはわからないが四回目の参加をした。
🤔私の「想像」は、こうです。
平成の天皇の、平成18年12月の法務大臣・検察・検事トップとの午餐会、そして秋篠宮と一緒の平成22年の最高裁長官らとの午餐会は、生まれた悠仁くんが女性天皇論に阻まれないよう念を押し、合わせて出生のカラクリがバレたときに整理できるかの確認だった。これはそうでしょう。
ただし、平成の天皇が最高裁長官らとの午餐会を9年ぶりに再開した平成20年(2008年)は、あの有名な罰則付き報道規制が始まった年です。
このノートを見ていただいてもわかるように:
>2006年 ボンが誕生
2007年 ミテ様がストレスにより腸出血・口内炎・鼻血を病む
2008年 ボンの罰則付き情報規制が始まる
同年末 ミテ夫様が皇統について悩み、その心労で体調を崩す<
👆️悠仁くんが生まれた翌年、ミテコさんが病み、その翌年に罰則付き報道規制が始まり、年末には平成の天皇も悩んで病んだ。
秋篠宮家に第三子を許可(または命令)した二人が病んでしまうほどの、報道規制をしなければならないほどの大問題が、明らかになった。
では、どうするか?
悠仁くんを支えるサポーターとして姉の眞子さんに期待し、だったら障害の多い悠仁くんの子孫より、いっそミテコさん本懐の「最愛の初孫に皇統を移す」、眞子さん女性宮家の制定です。
*追記*
最高裁長官らとの午餐会に初めて秋篠宮が参加した平成22年(2010年) 、眞子さんは20歳の成人を来年に控えていた。その頃の彼氏が「オレは皇族になる人間だから」と言っていたのも、眞子さんがすでにそうしたミテコ計画を吹き込まれていたからではないでしょうか:
デイリー新潮2017年06月02日 あだ名は「天皇」だった眞子さまの元カレ 現在は
>6年前、眞子さまはある“騒動”に巻き込まれていた。20歳のお誕生日(10月23日)の当日、あろうことか「飲酒疑惑」が持ち上がった<
>仲睦まじい2ショットも、彼のブログから流出しました。当時、部内では2人の仲は知られており、彼は周囲から冗談めかして『川口天皇』『川口親王』などと呼ばれていた。交際の深さを匂わせるような言葉もあわせて書き込まれていて、
本人も『オレは皇族になる人間だから』と、得意気な様子
でした」(同大スキー部関係者)
そもそも皇族にはなれないのだが、<
👆️👆️皇族になれる法律を作るよう、すでに画策していたというわけです。
*追記終わり*
こうして、悠仁くんの手当ての延長として
平成24年(2012年)から、ハッキリと眞子さんへ重心がシフトした
と、私が想像する理由はこちら:
朝日新聞DIGITAL 2012年1月6日
>「女性宮家」検討本格化へ
参与 園部元最高裁判事を起用<
👆️当時、眞子さんは20歳。
結婚しても皇室にとどまる女性宮家制度にちょうど間に合うであろう年齢です。
そして、秋篠宮がまた参加した平成29年(2017年)3月の最高裁長官らとの午餐会。
この2017年、眞子さんは小室圭さんとの交際が5月に公となり、9月に婚約内定会見をしています。
👆️👆️「女性宮家法を急げよ==」ってことじゃん?
てことは、
昨年(令和7年・2025年)11月の秋篠宮の午餐会参加は、嵐山通船とかもあるかもだけど、
「今年、眞子に子どもが生まれた。皇嗣のオレの初孫だ。次の皇統で悠仁に子どもができなくても、オレの長子の長子なんで。政府は悠仁まではゆるがせにしないけど、その後は女性天皇や女系天皇OKだし、養子も認めるんだよね? オレの初孫って言ったらもう、一番直系だもんね〜❤❤❤」
アピールじゃないでしょうか?
ちなみに、2017年に婚約内定会見したものの、あっという間に金銭問題や小室家の三人死や母子共謀の遺族年金詐取などなどが掘られ、圭さんはニューヨークへ飛んでまた弁護士という国際経歴詐欺に手を染めましたが、眞子さんは2020年11月、議会開設130年記念の国会へなぜか両陛下についてきて議員を見下ろし。存在をアピールしました:
>国会で議会130年式典 両陛下や眞子さまもご出席(2020年11月29日)<
👆️👆️恥ずかしくて人様の前に出られないどころか、逆に見下ろす狂気の自信。
「あたしが未来の女系天皇の始祖❤ そのあたしが望む結婚よ。邪魔するものは許さない。ってお祖母様が言ってたわ」とかいう何かがなければできませんわ・・・
先月、月影さんのXでも、眞子さんの子どもが皇室に入るという記事が取り上げられています:
https://t.co/OQAPOR0Oiy
— コードネーム369@作業中ROM月影 (@Lalalajavi39369) December 3, 2025
このような話は到底受け入れられません。
内容を目にするのも抵抗があるのですが。
記事の内容と、あのような会見を行い国民に砂をかけアメリカに飛び出して行った夫妻の子供が養子の可能性…意味が分かりません。
《絶句》
このアエラ記事についてです:
〈秋篠宮さま60歳〉小室眞子さんの第一子 「将来『養子』の可能性も」と 専門家 指摘する「天皇家」への近さと重み AERA2025/11/30
>「AERA DIGITAL」に2025年6月3日に掲載されたものの再配信<
ということで
👆️👆️国民に嫌がられた腐れ記事が埋没した頃、もう一度土の中からその腐肉を掘り返して国民の顔に押しつけたい「誰か」がいるんだーーーー🤢🤢🤢
将来、本当にそういう事態になった時、「ああ、昔からその可能性は報道されてきたよ。だいたい、貧しい一般男性と結婚するなという国民の反対を押し切って眞子さんが純愛を貫き、アメリカへ行ってから、国民に遠慮した両親とギクシャクしてたのを再会させ仲直りさせたのはこの子。天使じゃん❤」的アリバイ作り⁉️
そんな、読者に嫌がられても嫌がられても記事になって出てくる「眞子さんの子が養子として皇族に」からの皇位継承。
私も過去、いくつかノートしましたのでご参考までにどうぞ:
というわけで、
秋篠宮の最高裁長官らとの午餐会参加は、宮内庁の記録によると計四回。
その目的は、皇統移しの唯一の駒である悠仁さんを「ゆるがせにしない」こと。
その上で、眞子さんの子どもに皇統を移すミテコ百年計画を継承するため。
というのが、私の結論です。
おそらく、始まりはミテコさんに勧められて(命じられて)の陪席だったでしょう。
それが、ちゃんと今も続いている。
続けている。
⚠️⚠️⚠️要注意の要注視です。
