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連載小説「ミケランジェロがコタツで死体」(第5話/第8話)

 本作は連載小説のうち、第5話です。
 前回以降を未読の方は、目次ページからぜひ、そちらを先にご覧ください。

 ■ 目次ページ


(第5話)

 足音が聞こえ、ママが部屋から出て行く気配が感じられた。だが、扉の閉まる音は聞こえない。出かけている時とは逆に、ママが家に居る間は、夏子の部屋の扉は常に開けっ放しにされている。夏子が変な行動をしてもすぐに分かるようにだ。

 秋子は額に汗が滲み始めているのを感じていた。完全に密閉されているわけではないが、コタツ内の温度はどんどん上昇していく。暑いと言うよりは熱い。皮膚が焼けるような感覚を覚えた。

「夏子、あんたはここに隠れる必要無いんだから、外に出てコタツの出力下げて来てよ。後、ママがこの部屋の中が見えないような所に行ったら合図して」

 そう言うと、首を傾げながらも夏子はコタツの外に出て行った。しばらくすると、頭上から降り注ぐ光が弱まり、熱も徐々に下がり始める。

「夏ちゃん、ちゃんと分かってくれたんだね」と春子が感動したように呟く。
「本当だ、良かった」と秋子も胸を撫で下ろした。
 危うくミケランジェロにやろうとしていた事を自分の身で味わう所だった。

 だが、問題はまだ解決していない。ママに見つからないように、この部屋から出なければいけない。そして何より、ミケランジェロが死んだ事が見つかったら、酷い事になる。

 冬子は、絶対ママにはバレないと神に誓った。だがコタツに閉じ込めて熱で殺すつもりだったミケランジェロは、八つ裂きになって死んでいた。あの時の誓いはそれでも有効だろうか。オレンジ色に染まった冬子の顔を眺めてみたが、その無表情からは何も読み取れなかった。 

「ミケランジェロ、何で死んだのかな……」

春子が呟いた。

「分からない。でもとりあえず、体をバラバラにした道具はあれみたいね」

 秋子はコタツの端に落ちていた包丁を指さした。刃には血がべっとりとくっついていて、ミケランジェロの体を切り裂いたのは自分だと主張しているように見えた。

「でもねでもね、コタツの中は密閉されてたよ」
「そうなのよね」

 コタツに閉じ込める直前まで、ミケランジェロは確かに生きていた。最後にミケランジェロの姿を見てからコタツを密閉するまでに、中に入っていたのは夏子の足だけだ。足で包丁を掴んで猫を八つ裂きにするような変な特技は持っていないと思う。

「ちゃんとコードは二周してた?」
「うん、ちゃんと二周してたよ」

 春子がそう答える。だとすると、コタツの密閉は完璧だったはずだ。一人でもコードを押さえていれば外れないはずだし、少なくとも秋子はきっちり押さえていた。誰も中に手を入れるような事は出来なかったはずだ。だが、そんな中でミケランジェロは八つ裂きになって死んだ。推理小説なんかでしか目にしない言葉が頭をよぎる。

「密室殺人だとか、そんな事を思ってる?」

 秋子の思考を読んだように、冬子が口を開いた。

「密室殺人だなんて、小説の中にしか存在しないわよ。普通に自殺じゃないの?」
「猫がバラバラになって自殺する事のどこが普通だ」
「人生に疲れたとか、猫にも色々あるのよきっと」

 無茶苦茶な事を言うな、と思いながらも一応目で遺書を探してみる。もちろん、そんな物が見つかるはずがない。

 猫のミケランジェロは自殺なんかしない。当然だが、事故や偶然であるはずも無かった。と言う事はつまり、誰かが殺したと言う事だ。
 一体どうやって殺したと言うのだろう。秋子の目の前にあるコタツの中で、まさしく秋子達が密室を作っている間に殺されたのだ。まるでマジックショーを見ているような気分にさせられる。

「マジックみたいだね……」

 同じ事を思っていたらしく、春子が呟く。

「本当にね、何をどうやったらこんな状況になるのか見当もつかない」

 ただ、だからこそ面白いと思っている自分も感じていた。それこそマジックショーを楽しむように、一体なんでこんな事が出来るのかと、仕掛けを見破ろうとする好奇心が沸いてくる。もしもう一匹ミケランジェロが居れば「ちょっと今のもう一回やってみて」と言いたいぐらいだ。

「冬子はどう思う?」

 何か考えがあるんじゃないかと期待して聞いてみたが、冬子は素っ気なく「とりあえず、コタツの中から出たいわ」と答えた。

「どうやって殺されたのかは興味なし?」
「どうせ元々殺そうとしてたのよ。殺そうとして、結果ミケランジェロが死んだ。何も問題ないじゃ無い。問題があるとすれば、いつまでここに閉じ込められているのかって事よ」

 好奇心が無いなぁと思ったが、冬子の言う事も一理あった。弱くなったと言っても、長く居るとコタツの熱は徐々に体力を奪い、頭をボーっとさせる。生臭い血の匂いと相まって、とびきり不快な空間を作り上げていた。
 今更だが、夏子に電源を切るよう頼めば良かったと後悔する。確かにとりあえずの問題は密室のトリック何かではなく、どうやってここから出るかだ。

 家に居る時のママは、たいてい居間に居る。そこでミケランジェロを撫でたり、テレビを眺めたりして呆然と過ごしている事が多かった。外で疲れて、家では何もする気が起こらないのだろうと思う。

 外でのママは、常に人から隠れるように行動している。数が数えられないと言う自分の性質を人に知られたくないのだ。それをひた隠すためだけに神経をすり減らして、疲れて帰ってくる。隠さない方がまだ楽になれるのに、と秋子は思うが、ママにその気はないようだった。
 秋子達へのキツいお仕置きも、おそらくは外で溜めたストレスの結晶のような物だ。お仕置きをする時、ママはいつでも笑いを堪えようとしている。唇の端に浮かぶ歪みで、それが分かった。

 コタツの中からはママの位置が分からないが、居間に居るとすればこの部屋の中の様子は全て見えるはずだ。秋子達がコタツから出た瞬間、夏子の部屋に居た事がバレる。そうなれば、ママはすぐに喜んで秋子達をお仕置きするだろう。

「とりあえず、ママが居間に居る間は出られないよね。とりあえず隠れているしかないか」

 熱と血の匂いに包まれて中に居るのは辛かったが仕方が無い
「お仕置きされたく無ければね」と冬子が頷いてくれた。
ただ、出来れば早くここから出させて下さい神様。秋子は心の中でそう呟いた。

「ミケランジェロー」

 居間からママの声が聞こえた。秋子達に向けられるのとは違う、優しげな声だった。その声で、状況は全く改善されていないのに緩みかけていた秋子の緊張は、また一気に張り詰めた。隣に居た春子もビクンと揺れる。

 ママが、ミケランジェロを呼んでいる。普段ならその声で、家のどこに居てもミケランジェロはママに駆け寄ってゆくはずだ。だが、ミケランジェロはもう居ない。

「ミケランジェロ、出ておいで」

 ママが大きな声で呼ぶ。冬子と目を合わせる。冬子は小さな声で「まずいね」と言った。
 ママは数を数えられないが、居るか居ないかはちゃんと判断できる。いくら呼んでもが出てこないとなると、ママはミケランジェロを探し始めるだろう。もし中に居ないかとコタツ布団をめくられたら、ミケランジェロの死体とともに秋子達を見つける事になる。その後の事は想像もしたくない。

「ミケランジェロ……?」

 声に疑念の色が浮かび始めた。確実におかしいと感じている声だ。足音も聞こえ始めた。まずい、ミケランジェロを探している。

「ミケランジェロ、どこ! どこなの!」

 ママの声が、ヒステリックな叫びに変わる。コタツの中に居ると言うのに、春子の体が震え始めた。それを押さえるように、秋子は春子の手を握った。コタツ布団がめくれてママに見つかる場面が頭をよぎった。神様にコタツから出してくれるようには願ったが、引き摺り出されるなんて望んでいない。

「今は見つからないように祈るしかないわ」

 冬子が真剣な顔でそう言った。その言葉に、秋子も頷く。

「ミケランジェロ見なかったっ?」

 声が一段と近くから聞こえてくる。どうやら夏子の部屋の中に入って来たようだ。手を伸ばせば、コタツ布団に触れられる位置に、ママが居る。秋子は春子の手を強く握り直した。

「ミケランジェロが見当たらないのよ! 夏子、見なかった?」

 ママがもう一度夏子に尋ねた。
 春子が「夏ちゃん、喋っちゃわないかな……」と心配そうな顔を見せたが、秋子は何も答えられなかった。夏子はミケランジェロを殺した事が、どういう意味を持つのか分かっていないだろう。ママにバレたらいけないと言う事すら理解していないかも知れない。何の悪気も無く、ミケランジェロがコタツの中に居ると言ってしまう可能性は十分にある。

 だが意外な事に、夏子は「ミケランジェロは、窓の外」と答えた。春子と顔を見合わせる。春子は驚きと喜びが入り混じった表情をしていた。恐らく秋子も同じような顔をしているだろう。

「窓の外? そうか、離れの方に行ったのかしら! ママ探してくるからお留守番お願いね!」

 ママがそう言った。秋子は小さくガッツポーズを作った。喜びの声を上げたくなるが、まだ我慢した。扉が閉まる音がして、足音が遠ざかってゆく。その音が聞こえなくなるまで待って「やった!」と言って春子と抱き合った。冬子は安堵した様子で、大きく息を吐き出した。

「扉閉まって、ママ居ない」

 唄うような言葉とともにコタツ布団がめくられ、夏子が幸せそうな顔を見せた。

「夏子、最高!」

 秋子はコタツから飛び出し、興奮気味に夏子を抱きしめた。
 夏子も何で抱き締められているのか不思議そうな顔をしながらも、抱きつき返してくる。春子も嬉しそうな顔で夏子の手を握った。

 だがそんなハッピーエンドの情景を余所に、冬子だけは冷静だった。コタツから出てくると無表情で夏子の部屋の扉に歩いていった。ノブに手をかけて、何回か動かした。

「あなた達、まだ喜ぶのは早そうよ」

 冷水のような声を、興奮気味の秋子達に浴びせる。秋子は夏子から体を離し、一度軽くため息を付いてから「やっぱり、鍵閉まってる?」と聞いた。冬子が頷く。

 鍵を開けてこの部屋を逃げ出さない限り、私たちの死刑執行は確定。寿命が少し伸びただけだ。

(第6話に続く)

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