何気ない時間が、こんなに怖くなるなんて

車で15分の距離にいる80歳の母のこと
母は80歳で、後期高齢者と呼ばれる。
20年ほど前に、母と再婚をしてくれた現在85歳になるおじさんと一緒に暮らしている。ケンカをしつつも仲良く支えあって生活している老老夫婦である。
私の家から車で10〜15分ほどの場所に住んでいる。
電話もするし、週に1回は生存確認込みで会いに行っており、体調や生活の様子はだいたい把握している。
この条件だけ見れば、親子ともに安心できる距離感だと思う。
これからもあたりまえのようにある時間だと錯覚してしまうけれど
年末年始は2日間ほど、母とおじさんと一緒にご飯を食べた。母の肩や背中などのマッサージをしたり、他愛ない会話をしたりで特別なことは何もしていない。
年末年始ということもあり、いつも以上にその時間がやけに心に残った。
暖房の効いた暖かい部屋で、テレビの音がする空間。心は穏やかに、ホッとできる心地よい時間だった。
この何気ない時間って、あとどれくらい続くんだろう。
この「普通」の時間が、実はそんなに長くは続かないんじゃないか。
これまでも、そのような考えが頭を巡る時間は決して少なくない。
こういった気持ちは、自分が40代になって人生における残り時間や人生観が変わりつつある中で、不安が強くなってきたんだと思う。
自分が若い頃は、親が歳を重ねていっても、あたりまえのようにずっとずっと存在し続けてくれると思っていた。
そんな考えが、バケツの水をひっくり返されたように、根底からくつがえされたできごとがあった。
およそ8年前に当時78歳の父が突然お風呂で亡くなってしまった。
前日も、電話で話をしたばかりだったというのに。
人生観というのか、死生観なのかわからないけれど、「今まで何気なくそこにあったあたりまえは、決してあたりまえではないんだ」ということをその時に、心の底から痛感した。
若い頃の私は両親に対して、イライラして辛く当たってしまうこともあった。だけど、その時間さえも限りある親と過ごせる時間の一部だということを今の自分ならわかる。
今置かれている日常の多くは、ある日突然に、または少しずつ形を変えながらいつか必ず終わりを迎える。

親の老いが、静かに刺さってくる我々40代以降の世代
「親の老い」という現実が、静かに、でも確実にのしかかってくる。
母の腰や背中が少しずつ丸くなり、歩くスピードもゆっくりと弱々しくなってきた。
ひとつひとつの日常の動作をしている表情が大変そうに見えることも多い。
どれも小さな変化なのに、それらが積み重なって確実に私の心に刺さってくる。
正直に言えば、寂しくて怖くてどうしていいか分からない。一番しんどい思いをしているのは、親本人だというのに。
親孝行の正解ってなんだろう?
もっともっと何かをしてあげるべきなんだろうか。何をしてあげるのが「正解」なんだろう。
”親孝行”とは漠然としたもので答えはひとつではない気がする。
世の中にはたくさんの家族や親子関係があるので、世の中の親子の数だけ形はあるということだろう。
できるだけ母の話をしっかりと聞く。寄り添う。そして何よりも、味方でいること。
たまには外食に連れて行く。たまには皿洗いをする。そして、たまには母にマッサージをする。
同居していない私に”たまにはできる”自己満足のような親孝行の形はこのくらい。
私は、当時の父の死から多くの学びをもらった。
昔から自分なりにできる範囲で、父への親孝行のつもりでやっていたことは多かったと思う。
しかし、父が亡くなった後の私の心の声は、「親孝行をもっとしてあげればよかった」だった。
親孝行は、その時にどれだけやったつもりでも、親が亡くなってしまった後になっての後悔は避けることができないのかもしれない。

アラフォーやアラフィフ世代の漠然とした不安の正体
人生の残り時間を強く意識し始める40代以降の世代にとって、言葉にできない不安を多くの人が抱えているように思う。
生活や仕事、お金や健康など自分自身の将来に対する不安。
そして、「親は永遠じゃない」という現実を、否応なく突きつけられる年代だと思う。
もちろん親に限らず自分自身も含めて、『命の終わり』というキーワードから逃れることはできない。
それは、例外なく全ての人にあてはまる。
まとめ
親が老いていく姿というのは正直しんどいものです。だけど、親子という関係性は変わりません。
そして、何より子供が何歳になっても無条件で味方でいてくれる親の存在。
高齢になっても生きてくれていることが本当にありがたいです。
いつか必ず訪れる親とのお別れの日のために、少しずつ心に覚悟と準備をしつつも、このあたりまえではない親と過ごせる限りある時間というものを大切にしていこうと改めて心から思います。
「お母さん、できるだけ健康的に、まだまだ長生きしてね」
読んでいただき、ありがとうございました。
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