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【短編】世界で一番静かなプレゼント 一 誰にも聞こえない「地球の音」

忙しすぎる世界から少しだけ離れて、くるみちゃんと一緒に、足元の温かな鼓動に耳を澄ませてみませんか。


公園(source 1)


 公園は、たくさんの笑い声と、お日様の匂いでいっぱいだった。

​ くるみは、お父さんが広げた青いシートの端っこから、はみ出すようにして芝生に転がった。チクチクするかと思ったけれど、そこは驚くほどふかふかで、まるで大きな緑色の猫の背中の上にいるみたい。

​「くるみー、おにぎり食べる?」

 ​お母さんの声が遠くで聞こえたけれど、くるみは返事をしなかった。

 偶然、右の耳が芝生にぴたっと 張り付いた瞬間。


    ド、クン。


 賑やかな笑い声も、風の音も、全部どこかへ消えてしまった。

 地面の奥の奥、暗くて温かい場所から、大きな大きな心臓の音が響いてきた。

​ 最初は、心臓が跳ねるほど驚いた。

 地面の下に、もっと大きな誰かが隠れているみたいで怖かった。

​ でも、もう一度耳をぎゅっと押し当ててみると、そのリズムはとてもゆっくりで、温かかった。まるでお風呂の中にいるときみたいな、不思議な安心感。

​「くるみ? 何してるの。お洋服、緑色になっちゃうわよ」

​ お母さんの影がさして、空の青が少しだけ隠れた。

 くるみは、地球の鼓動を耳の奥に閉じ込めたまま、ゆっくりと顔を上げた。

​「……なんでもないよ」

​ くるみはそう言って、お母さんに笑いかけてみせた。

 でも、お母さんがお弁当の包みを広げる音を聞きながら、くるみはもう一度、今度は左の耳を芝生にそっと沈めた。


   ド、クン。

 さっきよりも、もっとはっきりと聞こえた。

「地球さん、ちゃんと生きてるんだ」


 くるみは、この大きな「心臓」の上にみんなが乗って、おにぎりを食べたり走ったりしていることが、なんだか可笑しくてたまらなくなった。


 くるみは、立ち上がって走り回るお兄ちゃんや、遠くでボールを追いかける男の子たちを見た。

​ みんなの足が地面を叩くたびに、くるみの耳には「ド、クン」に混じって、小さな震えが伝わってくる。

​(ねえ、地球さん。痛くない?)

​ くるみは、お母さんにバレないように、指先でそっと芝生を撫でた。そして、トントン、と優しく叩く。まるで、転んで泣いている友達の背中をさすってあげるみたいに。

​「……だいじょうぶ?」

​ 蚊の鳴くような小さな声で、地面にささやいてみた。

 もちろん、返事はない。

​ 風が吹いて、お父さんの広げた新聞紙がガサリと鳴っただけ。

 でも、くるみがもう一度耳をぴったりつけると、さっきよりも少しだけ、その鼓動が穏やかになったような気がした。

​ 誰も知らない。

 お弁当を食べているお父さんも、お茶を飲んでいるお母さんも。

 今、この大きな地面が、くるみの「大丈夫」を聞いて、ちょっとだけホッとしたなんて。


 くるみは、自分のお皿に乗っていた小さなおにぎりをひとつ、手の中に隠した。

​お母さんがお茶を注いでいる隙に、そっと、芝生の一番ふかふかしている場所に置く。

「はい、地球さんも食べてね。これ、おいしいよ」

​それは、世界で一番静かなプレゼントだった。

​ おにぎりを置いたその場所が、ほんの少し温かくなったような気がした。

 地面の奥から聞こえる**ド、クン。**という心臓の音は、さっきよりもずっと穏やかで、くるみの耳を優しく撫でてくれる。

​「……だいじょうぶ……」

​くるみはもう一度そうつぶやいて、今度は両耳を芝生に預けた。

 地球の大きな鼓動が、心地よいリズムになって全身を包み込む。

 ​お父さんの笑い声も、風が運ぶ子供たちの声も、遠い遠い子守唄のように聞こえた。

 くるみは、地球の大きな心臓の上に抱かれたまま、ゆっくりと、深い眠りに落ちていった。



あとがき

​地球さんの大きな心臓の上に抱かれたまま、くるみちゃんは温かい眠りに落ちていきました。

​――この優しい「ひみつ」には、続きがあります。


『世界で一番静かなプレゼント』 ―ふたりだけのひみつ―
​庭の金木犀(source 2)
(第2話はこちら) 
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