【短編】『世界で一番静かなプレゼント 』 ―ふたりだけのひみつ
地球さんへ贈った、世界で一番静かなプレゼント。
その「ひみつ」を知っていたのは、くるみちゃんだけではありませんでした。
庭の金木犀(source 2)
お風呂の中は、湯気で真っ白だった。
くるみは、お父さんの広い背中の後ろで、ぷかぷかと浮かぶアヒルのおもちゃを眺めていた。お湯が揺れるたびに、チャプチャプと優しい音が響く。
「くるみ、今日の公園、楽しそうだったな」
お父さんが肩までお湯に浸かりながら、のんびりとした声で言った。
「おにぎり、一つ置いていっただろう。あれ、リスさんとか、小鳥さんにあげたのか?」
くるみは、はっと息を止めた。
お湯の中に指を沈めて、小さく、でもはっきりと答えた。
「……うん」
お父さんはそれ以上何も聞かずに、「そうか」とだけ言って、くるみの頭を大きな手でわしゃわしゃと撫でた。
次の日の朝、くるみは家の小さな庭にいた。
昨日の公園の芝生とは違って、ここの地面は少し硬くて、ツンとした土の匂いがする。くるみはパジャマのまま、物干し台の足元にそっと右耳を当ててみた。
(……聞こえない)
耳を澄ませても、聞こえてくるのは遠くを走る車の音や、お隣さんの犬が吠える声ばかり。
「くるみ、そんなところで何を調べているの?」
後ろから声がして、くるみは飛び起きた。お母さんが、洗濯カゴを腰に当てて立っている。
「あ……ううん、なんでもないの。お洋服、汚してごめんなさい」
叱られると思って俯いたくるみの前で、お母さんがふふっと笑った。お母さんは洗濯カゴを地面に置くと、くるみの隣にしゃがみ込んだ。
「昨日の公園、お父さんから聞いたわよ。くるみが帰ったあと、小さなおにぎりが一つ、芝生の上に残ってたんだって」
くるみはドキッとして顔を上げた。
「……怒ってる?」
「いいえ。とっても優しいプレゼントだと思ったわ。だってあそこにはね、くるみのプレゼントを待っている子がたくさんいるもの」
お母さんはそう言うと、庭の隅にある大きな金木犀の木の根元を指さした。
「あそこに行ってみなさい。そこなら、地球さんの『声』がよく聞こえるわよ」
くるみは不思議に思いながら、言われた通りに木の根元へ向かった。ボコボコと盛り上がった木の根っこの間に、耳をぴたっと押し当てる。
すると。
――ド、クン。
昨日よりもずっと低くて、深い音が響いた。大きな木の根っこが、地球の心臓の音を丁寧にかき集めて、くるみの耳まで届けてくれているみたい。
「あ、聞こえた……!」
くるみが顔を輝かせると、お母さんも隣に来て、優しく地面を撫でた。
「お母さんもね、くるみくらいの頃、その音を聴いておにぎりを分けたことがあるのよ。地球さんはとっても大きいから、一人じゃ食べきれないでしょう? だから、アリさんや鳥さんに手伝ってもらって、みんなで食べるのよ」
お母さんの手のひらは、昨日触れた地面と同じくらい温かかった。
「お母さんも、地球さんとお友達だったの?」
「ええ。今でもときどき、こうして音を聴くのよ。忙しくて忘れそうなときにね」
お母さんはくるみの泥だらけの手を握り、優しく微笑んだ。
「これは、私たち二人だけのひみつね」
くるみは、ぎゅっとお母さんの手を握り返した。

空を見上げると、昨日と同じ青空が広がっている。でも、今日のくるみにはわかる。足元には大きな心臓があって、お母さんの心臓も、自分の心臓も、みんなつながっているんだって。
世界は、くるみが思っていたよりもずっと、優しくて賑やかな「ひみつ」で溢れていた。

おわり
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
※第1話から続けてお読みいただけます。
『世界で一番静かなプレゼント』
公園(source 1)
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世界は、あなたが思っているよりもずっと、優しくて賑やかな「ひみつ」で溢れています。
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