AI時代の創作メモ|『理解してもらわなきゃ』を手放したら、noteを書くのが楽になった(#創作論 #Web小説 #note #エッセイ #書籍化 #メンタル #生成AI #画像生成AI)
こんにちは。こんばんは。
普段はラノベを書いている「うら表紙」と申します。
noteで文章を書いて、それを発信するとき、
最初私は、「理解」してもらうことを前提に書いていました。
文章とはそういうものだと思い込んでいたからです。
体験ベースの情報。
明日から使える知識。
自分が何を経験して、それをどう活かしてきたか。
読み手にとって有益なものを届けるため、
何時間もかけて分かりやすさを追求し、
時には丸一日かけて書き上げることもありました。
ところが、
いざ投稿してみると、それらはほとんど読まれることはありませんでした。
悩みました。
すごく考えました。
「自分なんて所詮……」
反応のない記事を前に、
眠れなくなった夜も一度や二度ではありません。
そんな時、noteから逃げるように
Web小説のコメント欄を見ていた時のことです。
突然、雷に打たれたような気付きがありました。
私、ラノベの方では
そもそも「分からせよう」なんて思って書いていなかったんですよね。
「この物語で癒される人がいたらいいな」
「この物語で元気出たって思ってもらえたらいいな」
「一時でも社会の理不尽から解放されてくれたらいいな」
同じ「発信」という行為なのに、
noteとラノベで、前提とするスタンスがまったく異なっていたのです。
ここに大きな落とし穴がありました。
「理解」を求める文章というのは、情報の伝達です。
正しい知識やノウハウを、正確に相手へインストールする作業。
もちろん、それが求められる場面や分野はあります。
けれど、人が文章を読む理由はそれだけではありません。
ラノベを書く時の私は、
自然と「体験」を読者さんと共有しようとしていました。
癒やしや、高揚感や、安心感。
しかしnoteに向かった途端、「情報」を提示し、
正しく理解してもらうことばかりに囚われて、
使命感すら燃やしていたのです。
情報を処理するだけの時間は、時に人を疲れさせます。
正しさを押し付けられるような感覚を与えていたのかもしれません。
このことに気付いてから、
noteで選ぶ言葉が変わりました。
正しいことを分かりやすく教えようとするのではなく、
この文章を読んだ人がどう感じるか、
どんな時間を過ごせるかを意識するようになったのです。
おかげさまで、noteを楽しく続けられています。
もし今、noteの発信で悩んでいる方がいたら、
自分が無意識のうちに
正しい情報を伝えようと無理をしていないか、
少しだけ立ち止まって、
発信のスタンスを見直してみるのも良いかもしれません。
あとがき:
「無理をしていた」で思い出したのですが、今はもう遠い昔。就職氷河期と言われていた時期は本当に新卒が安く買い叩かれていました。そんな中、奨学金の返済を背負っていた私は、普通の部屋を借りる金銭的なゆとりがなく、共有階段の蛍光灯すら切れたままのボロアパートで一人暮らしをしていました。若いから耐えられただけで、あの当時は精神的にも肉体的にも無理をしていたと思います。そんな過酷なサバイバルを生き抜いた私ですが、今では愛すべき姫猫様のために、立派な下僕となっています。当時の薄暗い階段を上っていた私に「将来は姫に仕える立派な下僕になるぞ」と教えてあげたいです(笑)
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── 創作純喫茶「ミケ」のドアを開ける。
カランコロン

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