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書籍化してわかった。創作は、“書く力”より先に“受け身”を知らないと続けられない|書籍化ログ(note/エッセイ/web小説/書籍化/メンタル)

創作って、自分を表現するものだと思っていました。

自分の好きなものを書いて、
自分の世界を形にして、
誰かに届けるもの。

だから私はずっと、
創作で大切なのは、

・書く技術
・センス
・発信力
・マーケティング

そういう“前に出る力”なのだと思っていたんです。

でも、書籍化を経験して、考え方が変わりました。

創作って、
「発信すること」だと思われがちです。

でも実際は、

“発信した瞬間から、ひたすら受け身になる”

側面の方が、
ずっと苦しかった。

私は普段、ラノベを書いて、
現在も出版の現場に身を置きながら創作を続けています。

だからこそ、
人に作品を届ける喜びも、
人に去られる痛みも、
両方見てきました。

創作する人って、
「どう書くか」については必死に学ぶんです。

でも、

“傷ついた時、どう受け身を取るか”

については、
ほとんど学ばないまま創作の世界に立ってしまう。

私は、
創作を長く続ける上で本当に必要なのは、

書く力より先に、
この“受け身”を知ることなのではないかと思っています。

今回は、そんな私の体験談寄りの創作論のお話です。

創作を続けてみて、
私が本当に苦しかったのは、
“創作している時間”ではありませんでした。

発信した、その後です。

作品を世に出した瞬間から、
創作者はずっと“受け身”になります。

読まれる。
比較される。
期待される。
勝手に理想を重ねられる。

そして、
勝手に失望される。

さらに心を削るのは、そういったことの真逆。
強い否定よりも“沈黙”だったりします。

どれだけ時間をかけても、
どれだけ心を込めても、
何も反応がない。

誰にも届いていない気がする。

世界に向かって必死に手を伸ばしているのに、
ずっと空を切り続けているような感覚。

私は何度もnoteでそんな気持ちになっています。

心血を注いで書いた記事が、
ほとんど見向きもされずに沈んでいくことは珍しくありません。

それなのに創作者って、
そういう痛みに人一倍敏感だからこそ創作をしている人が多いんですよね。

感受性が強く、
人の感情に敏感で、
世界を深く見てしまう。

だから作品が書ける。

でもその鋭さは、
ときにそのまま自分自身を傷つける刃にもなります。

書籍化して強く感じたのは、

「評価される」ということは、
「たくさんの人に好かれる」という意味ではない、ということでした。

むしろ実際は、その逆に近いのかもしれません。

作品が届く範囲が広がれば広がるほど、
昨日まで楽しみに読んでくれていた人が、
次の章では離れていくこともある。

ずっと応援してくれていた人が、
ある日を境にぱたりと反応をくれなくなることもある。

創作する人って、
どうしても「去った人」の気配を感じてしまうんですよね。

たぶんそれは、
「誰かに届けたい」と願って作品を書いているからなんだと思います。

だから、
無反応にも傷つくし、
離脱にも傷つく。

でも、最近は少しだけ、
考え方が変わりました。

人気がある人って、
“誰にも嫌われない人”ではなくて、

たくさん去られながら、
それでも、
「残ってくれた人に届けたい」
を手放さなかった人なんだと思います。

私がこれまでの創作経験の中で、一番つらかったのが、
書籍化に至った作品を、カクヨムで連載しはじめた頃の話です。

カクヨムには☆評価と共に、レビューを書ける機能があります。

まだ読者さんが少なかった頃、
私の作品に、熱烈なレビューを書いてくださった方がいました。

そのレビューのおかげで読者さんが増えたと言ってもいいくらい、
本当にありがたい存在でした。

もちろん、ものすごくうれしかったです。
「この人が喜んでくれるなら、これからも書き続ける意味がある」
そう思えるくらいには。

ところが、物語が中盤に差し掛かり、
私は“もっと世界を広げる方向”へ舵を切りました。

その結果、
その方はレビューと評価をわざわざ書き換えて、

「だんだんなんか違う」

と言い残して去っていったんです。

あの時は、本当にきつかった。
わざわざレビューや評価を書き換えて去られたことが、
もっとも信頼した人から後ろ足で砂をかけられたみたいな感覚に陥って、
本当に心が折れそうになりました。

というか、正直、あの時は一度折れました。

つらくて、
悲しくて、
ちょっと泣いてしまったのも事実です。

結果的に言えば、
その時の方向転換は正解でした。
物語の世界を広げたことで、
より多くの読者さんに届く作品になったからです。

でも、もしあの時、
その舵の切り方が失敗していたら…
私はたぶん、
二度とペンを持てなくなっていたと思います。

創作って、発信した瞬間から、
今度はひたすら“受け身”になる。

私はこの時、それを痛感しました。

だから、“発信”だけが得意だと、
どこかで壊れてしまう。

受け身の取り方を知らないと、
メンタルは簡単に叩きのめされます。

創作で評価されたいと思えば思うほど、
この「受け身」の重要性は増していく。

私はそう感じています。

もしこれを読んでいる方で、

「自分はこうやって創作の痛みと付き合っている」
「こういう受け身の取り方をしている」

というものがあれば、
ぜひnoteで発信してほしいです。

創作者の“生き延び方”って、
たぶん誰かの命綱になるので。

参考になるかわかりませんが、
私の“受け身の取り方”はざっくりこんな感じです。

ちなみに、私はMBTI診断でINFJです。
なので、「IN〇〇」タイプの方だと、
ひょっとしたら感覚を共有しやすいかもしれません。

・結果が出ない時期を“通常運転”だと思っておく
・他人の反応で、自分の価値まで決めない
・去っていく人より、残ってくれる人を見る
・無責任な言葉を“人生の答え”にしない
・傷ついた時は、創作より先に自分を守る

創作って、
「強い人」が続けられるわけじゃなくて、

“傷ついた自分の扱い方”を覚えた人から、
少しずつ長く続けられるんだと思います。

本当はもっと細かく、
色々とあるのですが、
詳細はかなり抽象的で膨大な量になるので、ここでは割愛します。

ざっくり言うと、
私の“受け身”は、徹底して、自分を肯定し、大切にすることでした。

傷ついた時は、
傷ついている自分をごまかさず、
たっぷり労わってあげてください。

創作を長く続ける上で本当に必要なのは、
傷つかない鋼の心ではなく、

“傷ついた自分を、そのたびに見捨てないこと”

なのかもしれません。

少しでも参考になれば幸いです。

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最後までありがとうございました!
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また次回の投稿でお会いしましょう。
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