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第26話「捜索願、行方しれずの好奇心」

「え、それ昨日からめっちゃニュースになってますよ?」

柴田さんが、椎名さんのスマホを覗き込みながら言った。
テレビもネットも騒いでいる話題。らしい。

僕は一切知らなかった。

「いや〜全然見てなかったです」
「石井くん、ニュースアプリとか開かないの?」
「……最近、開いてないですね」

というか、そんな余裕がない。
朝起きて、出社して、夜は帰るだけで精一杯だ。
流行の服も、映画も、政治も、知らないことだらけになってきた。

斎藤さんがコーヒーを持ってきながら言った。

「おれ、この前“ChatGPT”って何?って聞かれて、答えられなかったからな」

「それはちょっとヤバい、それは次元が」と椎名さんが笑う。

「でもさ、マジで、今って何が流行ってるの?って聞かれても答えられなくない?」

堀井さんが言う。
柴田さんが困ったように頷く。
「うん。あと、正直“知る”っていう感覚、最近どっか行ったなって思う」

 

大学のとき、気になったことはすぐ検索してた。
本もよく読んだし、ドキュメンタリーも観てた。
深夜に「なんか気になるな」と思ったテーマで小論文を書いて、
朝になって提出するような日もあった。

今、どれだけ覚えてる?
たぶん、ほとんど忘れてる。忘れているというか
引き出しの奥の奥にしまっている感じ。

というか、しまっていることさえ忘れてるような、
“知る”ってこと自体が、遠ざかってる気がした。

忙しさに追われて、毎日をこなしていくだけで、
知ろうとすることも、深く考えることも、
少しずつ薄れていってるのかもしれない。
仕事に忙殺されているからか?
考えることが面倒だからか?
自分の思考がうまく整理できないでいる。

そのとき、社長室のドアがゆっくり開いた。

新社長が姿を見せた。
グレーのシャツ、スニーカー、そして、いつもどおりの静かな歩き方。

「Boa tarde(ボア・タルヂ)。」

突然の言葉に、オフィスが一瞬静まった。

「……え?」
「今の、何語ですか?」と堀井さん。

「ポルトガル語。たぶん“こんにちは”だったと思うよ」

新社長はそう言って、少しだけ笑った。

「え、なんでポルトガル語……?」と篠田くん。

「最近ちょっとだけハマっててさ。YouTubeで観た映像がきっかけで。
海辺のカフェで、老人がポルトガル語で詩を朗読してたんだよ。
それが妙にかっこよくてさ。そこからずっと気になってる」

「それだけで?」と堀井さんが驚いた顔で聞く。

「うん、それだけで。興味ってさ、たいがい“それだけで”しょ?」

僕たちはいつの間にか、真剣にその話を聞いていた。
まるで、どこか遠くの国の、まだ知らない感覚に触れるような気持ちだった。

 「ちょっと今、落ち着いてるからさ、
気になってたやつ、一気に調べたり、探したりしてるのよね〜」
と新社長が楽しそうに話す。

「興味あることとか、ちょっと引っかかることを無視してるとさ、なんか、自分の好奇心が可哀想になってくるんだよな〜」

そう言いながら、またポルトガル語らしい言葉を呟いて、その場を去っていった。

 

「新社長ってなんか不思議ですよね?」と呟く堀井さん。

頷く面々。

「“好奇心が可哀想”って、どんな感覚なんですかね?」と篠田くん。
「しかも社長いま落ち着いてます??」と僕。
堀井さんが首を振り
「明日プレゼン2つ控えてるし、来週は撮影祭りだもん」

社長の落ち着いてるってどのレベルなんだろうか?

 僕は、日焼けした新社長の背中を目で追いながら思った。
僕は、好奇心を無視してるのだろうか?
それとも、好奇心が枯渇してるのだろうか?

 

さっきまで手につかなかった自分の作業画面を見つめる。
今日、読んだものはゼロ。
何かを“学んだ”とも言えない日。

スマホを取り出して、ここ最近タップしていなかった
ニュースアプリを、久しぶりに開いてみた。

記事に
「ChatGPTはもう古い、神AIツール〔10選〕」の見出し。
いや、早すぎるだろ世界と苦笑しながら
僕は、URLをコピーし、ペースト。
slackの斉藤さん宛に「らいしいですよ。」のメッセージと共に送った。


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