第28話「絶望的金欠。何が損で何が得?」
斎藤さんの様子が、ここ数日なんとなくおかしかった。
昼休み、コンビニで買ってきたのは、菓子パンひとつとブラックコーヒー。
普段なら弁当とスープを必ず一緒に買ってくる人なのに、今日は妙に質素だった。
「昼、それだけですか?」と僕が声をかけると、
「いやちょっと今、金欠でさ……」と苦笑い。
その表情は、本気っぽかった。
表情というか、肌の色がなぜかくすんで見える。
「原因はね、服とアクセサリーだわ」と斎藤さんは小声で打ち明けた。
「こないだ、行きつけの店に久々行ったら“これ絶対似合います!”って言われてさ。
試着したら、もう……空気がさ、買わないといけないプレッシャーでさ、買っちゃうのよね」
「それって買わされてるやつでは」と柴田さんがツッコむ。
「自分でも分かってるんだよ? でもね、試着室入ってさ、出てくると仲のいい店員が満面の笑みで、“最高に似合ってる”って言うわけ」
「まさかそれで財布が空?」と堀井さんが笑う。
「しかもLINEで“新作入りました!”とか届くと、見に行くだけのつもりが……結局買っちゃうんだよ。マジで良くないよ」
「行かなければいいじゃないですか」と僕が言うと、
空な目の斉藤さんが
「そんなのは分かってるんだって。
ただ、仲のいい店員さんがいるから全く行かないのもなんだかさ。
ちょっと顔だけ出すかって……さ、ほんと、顔出しに行ってるだけなんだよ、入店するまでは。入店したら無惨に意志が砕ける。」
尋問されているような表情の斎藤さん。
「でもさ」と斎藤さんは少し真面目な顔に戻った。
「“ちゃんとした服を着る”って、社会人としてのマナーとか信頼とか言われるじゃん。だからそれなりに気を使ってるつもりなんだけど……最近、なんかバランス崩れてる気がして」
「てか、その服どこで着てるんですか? 斎藤さんって、結構似たような服毎日着てるような気がしますが」と僕。
「……結構、いやかなり奇抜でさ、着れないのよ職場では……」と視線をそらす斎藤さん。遠すぎる目をしている。自分のクローゼットの中でも想像しているのだろうか。
「プライベートで着てるんですか?」と柴田さん。
渋い顔をした斎藤さんがうつむきながら言う。
「あんまり着てない。試着室以外で着てない服もある」
「すごいですねそ、ショップのラックから自宅のラックに移してる感じですね」と僕は苦笑いする。
斉藤さんは頷く。
そのとき、柴田さんがぽつりと話し始めた。
「私、たぶん皆ほどお金使ってないかも」
「柴田さんって、倹約家?」と話を聞いていた篠田くんが冗談っぽく聞く。
「いや、そうじゃなくて……欲しいものがあっても、“似合う自分”が想像できないことが多くて。だったら無理に買わなくてもいいかなって」
「でも、それって自分をよく分かってるってことじゃないですか?」と僕が言うと、
「うーん、最近は逆に、“欲しいけど買えない”を“別に欲しくない”に変換してる気がしててさ。そういう言い訳、うまくなってきてる気がするんだよね」
柴田さんの言葉に、誰もすぐには返せなかった。
斎藤さんも、少し表情を曇らせる。
「お金って、難しいよね」と堀井さんが言う。
「無駄遣いはもちろんダメだけど、かといって“何も買わない”のが偉いってわけでもないし」
僕はふと思った。
「節約って、美徳ではあるけど、必要な場面で“出せる勇気”を忘れると、
気づかないうちに“損をしないこと”が目的になっちゃう気がするんです」
「それ、ある」と柴田さんが頷く。
「本当は、“何に使うか”が大事なのに、“いくら使うか”だけに縛られちゃうと、逆に心が貧しくなるっていうか」
「そうなんだよ」と斎藤さんも言い、
「あんたはこっち側じゃないでしょ」と堀井さん。
「いや気持ちはわかるってだけですよ」とうつむく斎藤さん。
「斎藤さんは使いすぎだけど、“使うのが怖い”って気持ちが勝っちゃって、自分の選択肢を狭めてる感じする。
服だけじゃなくて、旅行とか、人とごはん行くのとかもさ。
“損したくない”って思いすぎて、結果的に何も得られない、みたいな」
柴田さんが、困った表情で言う。
そんな会話で、なんとなくみんなで頷き合った。
その日の帰り道。
自分の財布の中身をチェックする。
現金15,235円。結構入っている。嬉しい。
少し贅沢して、外食でもするか?
いつも通りコンビニですませるか?
Uberでもいいかも。そう考えると——
節約することもできる。
ちょっと贅沢もできる。
バランスよく使うこともできる。
そんな選択肢があることを、ありがたく感じた。
