【AMT卒業論文】分かち合い いのちや豊かさが循環する場をつくるために(矢口文子|AMT4期)
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※本記事はAMT受講生の卒業論文の全文掲載です。内容は著者個人の見解であり、所属組織等の公式見解を示すものではありません。無断転載はご遠慮ください。
矢口文子(AMT4期生)
会社員、不動産経営
地元に「チーム大森」を広げるため、自分の不動産を活かした温かい地域づくりを研究&実践中です!
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以下本文
分かち合い いのちや豊かさが循環する場をつくるために
矢口文子
Ascension of Management Theory
第4期 卒業論文
2025年4月
はじめに
2024 年 9 月 賃貸マンションの建設工事が始まった。人口減少、不安定な経済、環境への負荷、様々な不安要素を抱きつつも、70 年以上経つトタンを張り合わせた古いアパートと貸し工場も限界に近づき、台風が来るたびにトタンが飛んでしまうのではないかという心配も続いていた。
そんな折に提案をしてきた建築会社の人は、ずっとお世話になっていた不動産会社の元職員で、うちの事情をよく知ってくれていたのもあり、この人とだったら一緒に仕事をしてみたいなという思いもあり、お任せすることにした。そして相続税対策であったことも否めない。
講義中にも話があった通り、法律は借金をさせるように、建築させるようにと作られていると改めて思う。しかし工事が始まってからも本当に正しい選択であったのだろうか?というような、なんとも言い難い違和感や不安感があった。
そんな折に eumo の腐るお金を知り、こんな世界があるんだ、こんな世界を創ろうとしている人たちがいるんだととても感動した。前々からシェアハウスのようなものを創りたいという密かな夢があったが、現実はそう容易くなく、結局は至って普通の賃貸マンションが建つ予定になってしまったが、どうにかして分かち合い、いのちや豊かさが循環していく場をつくれないものか、何かヒントを貰えるんじゃないかという思いもあり AMT の受講を決めた。
思わぬ収穫
そんな思いがあり、受けた講義であったが、一番の収穫というか、心の重荷を下ろせたように思えたのは子供の学校のことだったように思う。息子は一昨年の小学校5年生の時、学校での人間関係に悩み「学びの多様化学校分教室みらい学園初等部」という、公立小学校で全国初となる不登校特例に転校した。小学校 2 年生の終わり頃からお腹が痛いとよく言うようになり、夜中に胸が痛いと脂汗を出しながら訴え、救急車で運ばれたこともあった。
もう限界かもしれないと思った頃にちょうどコロナになり、学校が休校となった。ここで少しリフレッシュすることが出来、クラス替えなどもあったため、どうにか5年生まで通うことが出来たというような状態だった。
「勉強なんて別にしなくてもいいけど、人間関係は大切にしてほしい」私自身、そんな思いが強かったのもあり、自分自身で乗り越える強さを身に着けて欲しいと思い、週末に楽しみを用意したりして騙しだまし、半強制的に通わせていたように思う。そんな私自身も、学校公開などに参加する際に感じる、今の教育現場に対する漠然とした違和感やなんとも窮屈で閉鎖的に感じる雰囲気に馴染めず、行事に参加するのも苦痛はあっても楽しみは皆無という状態。それを見て見ぬ振りをしていたんだと今になって思います。
6 年生になるタイミングで通っていた学校の分校という形でみらい学園がスタートしたのですが、そのお知らせを貰って来た日に、学校のお便りなんて自ら出さない息子が大事そうににぎりしめて帰って来て「ぼくこの学校に行きたい」と懇願してきました。学校の先生にも「まだ頑張れるんじゃないか?」「どこに行っても同じようなことはありますよ」「尊琉くんも変わらないと何も変わりませんよ」などいろいろなご意見をいただきましたが、この広い大田区で、通っていた学校にそのような学校ができるという偶然が必然に感じたのと、なによりも本人の希望だったので、転校する決心をしました。
学校を移る際、担当の先生からとても嬉しいお言葉をいただきました。
「尊琉くんのように優しい人ばかりだったら、世界は平和になるのになと本気で思います」やさしさが仇になってるのではないだろうかとネガティブな思いを抱いていた私にとってなによりの救いの言葉でした。
そして 6 年生で学校を移り、のびのびと楽しそうに学校に通う息子を見て、
正解だったんだと思うとともに、私自身の心の鎧のようなものを毎日少しずつ下ろすことが出来ました。この時点でこの転機がなければ、今 AMT を受講するような余裕もなかったと思います。そんな時に個性を1つの場所で全部出す必要はなく、自分の1つの側面を色々なコミュニティでそれぞれ出せばいいということと、いじめを起きなくさせる空間作りというお話を聞き、漠然と「学校を移って良かったのかな?」と感じていたものが自信をもって「これで良かった!」と思えたことが、私にとっても、息子にとっても大きな
収穫だったと思います。
「自分を変える」という少し残酷な正論から抜け出し、「システムを変える」というなんとも優しい見方にとても救われた瞬間でした。
個人としての実践
2024 年の年末から密かに実践していたのが、ギフトをしながら生きるということでした。とにかく見返りを求めず、ギフトしてみよう!そんな心境にシフトしました。決して金銭的に豊かでもなんでもないのですが、銀行にただストックしておくだけという行為がなんとも不健全に感じ、よい循環をさせたいと感じるようになりました。ただ眠らせておくだけなら、必要としている人に使ってもらいたい。もう未来への不安は手放して、今を豊かに生きること。豊かさを分かち合って、共に歩むこと。そういうものの方が魅力的に見え始めました。
「こういうの続けて欲しいな」「こういう取り組み繋げたいな」「とにかく応援したいな!」そんな風に思うもののクラウドファンディングに参加したり、購入することで応援するということを実践したり、お店などでのやりとり、犬の散歩中のご近所さんとのやりとりで、どんな言葉を紡いだらギフトになるだろうか?と思いを巡らせたりいつもよくしてくれてる家族に何かギフトできないだろうか?どんなことなら喜んでくれるかな?と温泉を予約してみたり、困っている友達にどんな形でギフトが出来るだろうか?と相手の気持ちに寄り添ってみたり。そんなことを考えているとネガディブなことを考える時間もなくなるので、なんだかとても幸せな気分になるのです。ギフトしているようで、一番満たされているのは私自身だということをとても感じます。
大好きな藤井風くんの「満ちていく」という曲で「手を放す、軽くなる、満ちていく」という大好きな一節があるのですが、ほんとその通りだなと感じます。ちなみに「帰ろう」という曲の「ああ、すべて与えて帰ろうああ、何も持たずに帰ろう与えられるものこそ 与えられたものありがとうって胸をはろう」という一節も大好きで、このように生きたいなと思っています。与えることができるものすら、実は誰かに与えられたもの、それに気づかされてから、見返りも求めなくなりました。私のギフトしながら生きるにシフトしたきっかけは、この曲たちだったんだと今、書いていて気づきました。私にとって音楽の力はとても大きいようです。ちなみに風くんの音楽は国際基準の 440Hz ではなく 432Hz で作られたものが多いそう。432Hz は癒しの周波数と言われていますが、潜在的に洗脳する力があるとされている 440Hz を無理矢理国際基準にしたのはロスチャイルドという話もあるそうです。
話はかなり逸れてしまいましたがそんな中で申し込んだのがこの AMT。これは自分へのギフトだったのだと思います。
そして個人としての実践で多分メインとなることは、こんな壮大なテーマの講義を受けたのにもったいないような気もするけれど、あまり無理せず私に合った身の丈でご機嫌に生きる。日々の生活を丁寧に生きる。美味しい食事を作り、みんなで食べる。人を思いやり、寄り添って暮らす。週末には女子会を開き、なんでもないことを話し続ける、そんな普通なことをしていきたいと思っています。でもそんな普通のことですが、とても大切なことだと改めて思います。その大切だなと思う思いの質も、AMT を受ける前と後では解像度はかなり上がっています。
次元上昇して女子会です。
今からとても楽しみです。
コミュニティとしての実践
そもそもマンション住民を含めた、近隣コミュニティの繋がりを強くしたいという思いで受けた AMT でしたので、2棟のマンションを含む私有地からコモンズのようなものを少しづつ広げたいと考えています。ただ、まだ建設中のため、実践するのは 2025 年 7 月以降になると思います。
まず設けたいと考えているのは LoT 本以外を貸し出す図書館。うちに物置があり、祖父の代からのノコギリやらトンカチやら餅つき機やらが眠っているのですが、本当に稼働する時間というのはものすごく少ない。子ども用プールだの虫取り網だの自転車だの、潮干狩りやら釣り道具なんかは子どもが成長してしまった今、次回使うような予定もなく、とてももったいないなと思っていました。まずは同じマンションの住人やご近所さん用に貸し出しという形で物置を開放してみたいと思います。
それと駐車場3台分くらいの空き地があるのですが、そこにみんなの畑を作りたいと考えています。ただ砂利が敷き詰められた農地には不向きな空き地のため、かなり改善が必要そうなのですが、それも作り出す前からマンション共用部の掲示などで情報発信をし、情報を共有しながら、作ろうと考えています。畑を作るのが目的というよりは、そこに集う人たちとの関係性を築くのが目的。そしていつかはその関係性が少しづつでも大きくなり、または飛び火して違うコミュニティが出来たりしながら、自律分散型社会が広がれば嬉しいなと思います。
