29歳男性、イタメシ食べて号泣
みなさんはご飯を食べて泣いた経験をお持ちだろうか?
僕が観測した範囲ではそのような経験をした人は1人もいなかったから、経験としてある程度珍しいんだとおもうので書くことにした。
泣きながら食べたご飯は経験ある。小さい頃に飯とは別の理由で母親に怒られて泣きながら食べたとかそういう経験だ。でもそういうのは違うんだ。
アニメや漫画でご飯を食べて泣く描写はちょくちょく見かける。例えば1番有名なのは千と千尋の神隠しで、(元気が出る呪いがかけてあったとはいえ)おにぎりを頬張りながら号泣する千尋だろう。
あの時の千尋はどういう感情で泣いたんだろうか。
あれは突然この世とは思えない化け物だらけの世界に迷い込み、ハクのちからも借りながらなんとか仕事と寝床にありつけた千尋。恐怖に震えいつ寝たのかもわからないような不安定な睡眠から目覚め、唯一味方と思えるハクと再開して、安堵と空腹の中で食べたおにぎりと考えれば、共感もできよう。
私のは少し状況が違うかもしれない。おにぎりがきっかけなのは同じなんだけれども。
連勤をこえて
私は怒涛の11連勤を乗り越え、その3日前にさっさと寝ればいいものをふと思い立って勢いで予約した山形行きのバスに乗っていた。
ご飯はすでに食べたが、24時出発だったこともあり小腹が空いていつものようについついコンビニでおにぎりを買って食べていた。シャケかなんかだったと思う。しょっぱくてうまい。
11連勤中はもちろんここ数ヶ月、コンビニ飯が僕のディナーの中心だった。おにぎり、唐揚げクン、申し訳程度のサラダ。数時間後に食べるおにぎりおかわり。これは僕のフルコース。
勘違いしないでほしいが、僕は案外満足していた。とにかくご飯は早く済ませるに越したことがない。いわゆるタイパがいいってやつだ。あとは普通にうまいじゃん。しょっぱくてうまい。
さて私は深夜バスという過酷な環境下でいつ寝たのかもわからないような不安定な睡眠からバス運転手の掛け声とともに山形の酒田駅で目を覚ました。眠気をいつものようにカフェインで打ち消しながら、酒田駅からえっちらほっちらチャリを漕いで土門拳記念館→山居倉庫→本間美術館につく頃には寝不足と水分不足で軽い熱中症で頭痛に耐えながら美しい本間美術館の庭に面したカフェでくつろいだりするなどして満喫した。
そこからJRで鶴岡へ移動。田植えからある程度時間が経ち、根が田に定着し始めたであろう青々とした田園をチラ見しつつ、聞き馴染みのない独特な駅名を耳にしながら、しばらくあとには睡魔とタップダンスに興じていた。


鶴岡についたのが15時頃だったと思う。少し早いがチェックインを済ませてシャワーを軽く浴び、遮光カーテンがない明るいホテルの客室で、アイマスクをしてベッドに転がり込んだ。18時半に予約したイタリアンに備えるためだ。
鶴岡のイタリアンと言えば
鶴岡でイタリアンと言えば、奥田シェフのアルケッチャーノが有名なので、そこだろうかと思う人もいるかも知れないが、それは完全に御名答である。アルケッチャーノ、半年前にYouTubeで知ってずっと行ってみたかったイタリアンだ。
これは実は30歳になるまでに、47都道府県全制覇するというささやかな目標を達成するために、そろそろこの辺で山形と秋田を制覇しておきたかったということもある。せっかく行くならアルケッチャーノ行きたいってわけだ。
奥田シェフは食で庄内という町を盛り上げたいという目標に掲げて活動されているイタリアンシェフだ。庄内の自然風土と食材に関する幅広い知識と、その食材の魅力を最大限活かすための調理法、経営論に至るまで、軽快な語り口でそれぞれ無関係に思える要素を繋いで見せる。そういう動画をいくつか見ていて、頭では理解できるが、実際庄内がどんな場所で、アルケッチャーノの料理がどういったものなのか気になったのだ。私の会社にはまちづくりの部署があり、僕自身彼らと一緒に島根や石川県でほそぼそと活動させていただいたりしている関係で、まちづくりや地方創生というキーワードには敏感になっている。いろいろな手法や切り口がある中で、"食で町を盛り上げる"という切り口はとても新鮮に見えた。ぜひ体験してみたい。
目がさめた。17時。部屋はまだまだ明るかった。
もう一度シャワーを軽く浴びてから身支度をしてホテルを出た。ホテルからバスで移動して歩くつもりだったが、そのバス停から15分くらいらしい。そんな元気もなくタクシーに乗車した。
18時くらいにはお店についてしまった。敷地は結構広い。周りはそこそこ大きい道路と田んぼに囲まれているようなロケーション。その中に2棟建物が立っている。1棟はアカデミーと言って人材育成をする場所らしい。シェフズテーブルもあってお客さんとコミュニケーションできるシェフを育てられるようにもなっているそうだ。もう1棟はレストランになっている。敷地の中ではところどころハーブとか野草のようなものが植えられており、これも料理で使うんだろう。
しばらく敷地周辺を散歩した。レストランは結構フットプリント大きいぞ。テーブルは11個と聞いていたが、それにしては大きい。厨房が広いのだろうか。


アルケッチャーノ本店 入店
18時10分。予約より結構早いが入ってしまおう。
すでにお客さんが4組着席していた。
2人用の座席に通された。もちろん私はボッチで来ているぞ。テーブルは結構大きくて、もし二人で来ていたら相手とはそこそこ距離を感じると思う。
コースは8800円、16500円、22000円の三種類あり、今日は16500円のコースを選んでいた。メニューの他に面白いA4の紙がおいてある。一つは料理へのこだわりをまとめた奥田シェフの文章、そして庄内の春夏秋冬ごとの旬の食材がまとめられた番付だ。シェフの文章で気になったのは、塩の総量が3gと決まっていること、一皿ごとに味のキャラクターを作ること、そして味のパターンを構成することだ。味のパターンを構成するというのが特に面白くて、これは味の種類の一つを抜いたら次二その抜けた味が出てくるという作り方をしているらしい。つまり、一皿ごとに料理が完結するのではなく、コース全体が一つの料理としてまとまっているということらしい。本当だろうか。


しばらくしてコースが始まった。他のテーブルと比べて一皿目が出てくるまでに時間がかかったが、18:30に予約していたから、それを見越した段取りだったのだろう。さて、月並みな表現だが、料理は本当に美味しい。口に入れた瞬間思わず目を閉じてしまうほどだ。なぜなら美味しいだけではなく、その質感や香り、食感まで経験したことのないものだったから、脳がショートするような感じだったんだとおもう。
まだ3皿目だが、ここまでの皿を思い返してみるても順位が付けられない。なぜならまさにシェフの文章にあるように味がつながっている感覚があるからだ。この皿はその前の皿に支えられた味だからこそってことだ。

窓の外を見ると、遠くには裾野の広くかすかに雪が残る美しい月山と、そこから地続きに緑がひろがって、やがて水田となってレストランの際まで近づいてくる風景が見える。きっとあの山や水田や、山が作る水が注ぐ海から採れる食材が並んでいるんだろうということがわかる。料理と料理、料理と土地もつながっているという感覚なのだ。
3皿目の食器を片付けに来た店員さんがこう声をかける
「あっというまですね」
「とても美味しくて」
僕はハッとした。食べるのが早すぎるんだ。流石にコンビニ飯を頬張るような感覚ではなかったが、もっと意識的に4皿目からはゆっくりと味わいながら食べることにしてみた。すると油の美味しさや、味の組み合わせの繊細な楽しさなど、徐々に味に敏感になっていく。なんとなくつながっていると認識していた味も、ああこの酸味が消えて、代わりに焦げ味が出てきたとか、具体的にわかるようになっていった。

新入社員っぽい店員さんが一生懸命覚えてくれたのだろう、教えてくれる料理のこだわりポイントも楽しい。ここからほど近い農家さんの食材を使っているとか、羊を飼っていて朝お乳を絞って自家製のチーズを作ったものを使っているとか、鮎の頭が左向きに配膳される理由とか。

最後の料理
コースも終わりに近づいてきた。ゆっくり食べるコースは一皿は量が少ないものの、意外とお腹いっぱいになる。膨らんでいくやわらかい満腹感のなか、これまでのお皿と比べてこじんまりとした、温かい赤色のお皿に最後の料理が運ばれてきた。黒毛和牛のヴァチラーナ風ペンネだ。
奥田シェフが一昨日目利きした山形牛を使っているらしい。

濃厚で、どこか懐かしい味の煮込み料理だ。
口の中で広がる味とともに、ふと普段の食生活を思い出す。
コンビニの20円引きおにぎりと唐揚げクン、申し訳程度のサラダを付けて、数時間後に追加で食べるおにぎり。これが僕のフルコースだった。とくにここ数日はコンペの提出に向けて食べることに気を向けることも難しい状態だった。でも満足はしていた。美味しいしタイパがいいと思っていた。何ならちょっと罪悪感もあって贅沢だとさえ思っていた。
今食べている料理はどうだろうか。お店の予約コースに合わせて、奥田シェフが目利きしたお肉、厨房にいる担当シェフはきっと朝から仕込みをしているだろう。食材は土地に根ざしていて、その食材を使った料理はひとつにつながっていて、3時間という時空間を提供してくれている。
僕はそれを最初の三皿まで普段と同じようにそそくさと口に運んでいた。それに店員さんに諭されて気がついた僕。
コンビニのおにぎりは誰が作ったんだろうか。どんな仕込みをしているのだろうか。同じ味がどれほどの人に提供されているのか。なぜこんなにしょっぱいのか。体重も上京してから10kg以上増えている。健康も多分良い方ではない。
あまりにも貧しくないか。お腹が満たされるだけ、満たすためだけの食生活。もう何年も自炊してない。食材と向き合うなんて経験もない。大阪から東京に出てきて5年、そこそこ良い生活をしていると思っていたがそんなことはない。あまりにも貧しく寂しい。
泣けてきた、涙はだんだん止まる気配もなくなってきてどんどん溢れてくる。
店員さんや周りのお客さんに気が付かれたくない。恥ずかしい。なるべく目を忍びながら泣いたつもりだ。
ペンネを食べ終わり、最後のデザートまで、それが止まることはなかった。
後日談↓
