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発達障害の僕が、会社で偉くなるより一兵卒にこだわり続ける理由

【この記事は、約6分で読めます】

※本記事は、社会人として働く発達障害の方を対象としています。

実は僕、先月会社に自ら降格を申し出ました。

理由はただ一つ。
今の職種で定型と同じ土俵で働くのに、限界を感じたからです。

こう言うと甘えだの逃げだのと、僕をなじる方がいるかもしれません。
しかし、それでも僕は「長期的な安定就労の継続」を優先しました。
コンディションの低下によって迷惑をかけるなら、責任が重くないポジションに移った方が会社にも家族にも良好な関係が継続できると考えたからです。


そして今、僕はこれまで以上のサポートを会社から受けられるようになりました。
直属の上司のみならず、メンタルヘルスの知識がある社員からも定期的な打ち合わせが設けられる体制が整いました。
僕の特性から来る苦手部分や入社前から変わらぬ志望動機も汲んでいただき、やっと心から会社に身を寄せて働けられる土台ができたと感じています。

嬉しい限りです。

この記事では、僕が降格に至るまでの実体験を交えつつ偉くなるより一兵卒として長期安定就労を実現するための具体的行動についてお伝えします。
本記事によって降格が決してマイナスではなく、安定就労を続ける意味での前向きな決断と理解いただければ幸いです。


1.降格を申し出た背景

①責任範囲の拡大によるコンディション悪化

降格を申し出るまでの1年を振り返り、僕はコンディションを悪化させる状態が続いていました。

なぜなら、仕事に対する責任という意味で、定型発達と同じ土俵で評価をされ続けたからです。

当然ながら、評価や言動も定型と同じ見方で捉えられ、風当たりも強くなります。
マルチタスク処理や臨機応変な対応・相手の感情を察した行動といったものは、とてもいつでも安定してできるものではありません。
たとえ会社が障害特性について考慮するとはいえ、それは評価とは別物でした。
障害者だからといって大目に見るような見方をしたら、不公平ですしね。


自覚症状が出始めたのは夏ごろでした。

十分な睡眠時間を設けても、どうも寝起きが悪い。
自分の考えに固執し、他の人の意見が聞き入れられない。
コンディションが悪い中、いつもならできているものでも抜け漏れやミスも増えました。
ストレスの発散から酒や食事の量も増え、空腹という感覚もなくなっていきました。

これはマズいなと思っても、自閉的で頑ななココロが邪魔をして自制が効かない。
気づけばゼロ100思考・頑固な拘りといった発達障害の負の側面が現れるばかりでした。


②仕事帰りに起きた、突然の発熱


そしてある日の出来事。
仕事帰りに突然、体の節々の痛みや手先の火照りが出てきたのです。

ただの風邪だと軽く見ていましたが、帰宅して熱を測ると39度。
急いで寝て体力の回復に努め、翌朝には平熱に戻ったものの身体面にまで影響が出た時は焦ったものです。
なぜなら過去高熱が出た時は早退したり胃腸炎にかかったりと、突然の体調不良で会社に迷惑をかけてしまったからです。


僕はそもそも、今の会社に入る時から障害者雇用を目指していました。
大学を卒業してから11年間、定型と同じ環境で無理をしてまで相手に合わせ、これ以上身を削ってまで自分を犠牲にしたくなかったからです。

もちろん、社会人生活で出会った方々からは学ぶ部分もありました。
周りに対して、悪く責めるような不満もありません。

しかしそれ以上に、精神的な安定が僕には優先課題でした。
勤勉でコツコツ仕事をした方が、自分も相手も傷つけずに済むからです。
だから給料が低くなろうとも、障害者としての採用に絞ったのです。


それなのに、またかつてのような定型と同じ環境でしんどくなってパフォーマンスが低下する。
これでは、安定就労とは程遠いものですよね。

そして、この発熱が決定打となり僕は降格を申し出ました。


2.降格を申し出てから起こった心の変化

①重責から解放され、肩の荷が降りた


降格は無事に受理されました。
その結果、自ら優先順位をつけて状況判断をしたり、相手に根回しを行うといった困難なコミュニケーションが避けられました。
いわば、対人との折衝や自己判断による結果から起こる責任から解放されたのです。

今は、自ら調べ・考え、行動したことにに咎められるようなケースは減っています。
指示通りに仕事をすれば良いので、余計な人間関係について考える必要もありません。


一方、会社は当初申し出について難色を示していました。
確かに昇格当時、「指摘されることは多くなるが、本当に辛くなったら相談しろ。それで今後の処遇を判断する」とも配慮していました。

ただ、そうは言っても上司にも僕を一旦昇格させたにもかかわらず、降格させる責任が伴います。
降格という判断をさせる立場も辛いのは、僕も承知の上でした。


それでも、僕は会社に申し訳なさを感じつつも自身の特性をいたわるのを優先しました。

僕は言葉を真に受け、言外の意味を解釈するのに困難を伴います。
心の理論も不十分で、自分が100あるうちの50を言えば相手も50理解できる、という意味の本質も分かりません。

何かを伝えるにしても、言い過ぎか言い足りないかのどちらかに偏り、誤解や齟齬を生みやすい特性です。

そうした障害特性によって会社の生産性に不利益を被るなら、一人で完結できる責任の重くないポジションに留まる方が、結果的にはWin-Winの関係を築けます。
それを身をもって知ってるから、僕は降格を決断したのです。

現在はほぼ定時で上がり、1日のスケジュールも固定化されました。
時間割に沿って行動できている結果、心身の安定にも貢献できています。
十分な睡眠時間により、快適な朝を迎える日も増えました。


必要以上の責任から外れることでミスも減り、安定したパフォーマンスが発揮できているのです。


②「組織には様々な役割があって成り立っている」重要性を再認識した


今回の件で、僕は改めて「組織には様々な役割があって成り立っている」重要性を認識しました。

なぜなら、今回の申し出で部署や自分の存在目的を振り返った時、僕がいてこそ社内の様々な運用が回ってるのを確認できたからです。


僕の仕事は、とても地味なものです。
社員が使うサイトやインフラ周りの管理や備品の発注対応など、会社の利益には直結しない仕事が主です。
営業でバリバリ稼いだり人事担当で優秀な人材を採用するような、華やかなイメージはありません。

しかし、僕が担当することで社員は当たり前にシステムが使えます。
逆に僕がいなければ、社内に流す資料もお知らせも通知されず、社員が困ります。
いわば、縁の下の力持ちなのです。


僕は、どんな仕事でも優劣はないと考えています。

公衆トイレが清潔でいられるのも、清掃員が定期的に掃除しているから。
夜でも町の安全が保たれているのは、夜勤で警察官がパトロールしているから。
休みの日に好きにショッピングができているのも、店員が働いているから。


そう、この世は全て誰かの仕事で成り立ってます。

誰かが働かなければ生活が成り立たない世の中に、甲乙は存在するでしょうか?

「アイツはいつも掃除担当で、その程度のヤツだ」とか「○○が営業を避けられてるのは、稼ぐだけの会話力に乏しくて使い物にならないから」とか。
そんな判断で人格を決めつけるようなら、それは差別です。

もっと言うなら、生きとし生ける者としてモノや人を愛でられない失格者とさえ僕は考えてます。


じゃあそれならお前給料はどうでもいいのか?生きるにはカネも必要だという意見もおありでしょう。
それでしたら、本業以外の手段で稼げば良い話です(会社と事前相談はしてくださいね)。

過去こちらの記事でも触れましたが、僕は発達障害の方こそ副業を薦めています。

エラくなって責任や仕事量が増えて鬱や引きこもりなどの二次障害を起こすなら、自分のペースでコツコツ仕事した方がコンディションの安定につながるからです。

また、自分の好きなことで稼げば、自信につながり本業でもパフォーマンス向上に貢献できます。


使いたいものが、毎日いつも普通に使えている下支えをしている。
そこに僕は、やりがいを感じるのです。


3.僕が一兵卒にこだわり続ける理由

①決まりきった作業がコンディションを安定させるから


低いポジションで留まれば、初めからゴールが決まった仕事に従事でき、安定就労が実現可能になります。

なぜなら、ゴールが決まっていれば初めから目的や見通しが分かり、「これ以上はやらなくて良い」という安心につながるからです。

この「これ以上はやらなくて良い」は、発達障害の方が毎日安定して働くのに重要な要素です。



発達障害の方は、定型が考えている以上に不安をいつも抱えています。
今まで良かれと思って自己流で進めては怒られ、自信をなくし、否定体験を積み上げきたからです。

「何が地雷か分からない」と、対人関係に必要以上に怯えています。
そのため、ゴールが決まって指示通りに動けば発達障害の方にとって成功体験になるのです。


僕は今の会社を志望する際、決まりきった仕事ができる会社を探していました。
なぜなら、今まで働いて楽しいと思う瞬間は一人でルーティンワークを確実にこなすことだったからです。

社内のメール便を、支店ごとに仕分けする。
積まれた商品を確認し、車で配送する。
書類に必要な記載事項を記入し、役所に提出する。

そういうゴールが見えて、手順通りにやれば完了できる仕事にやりがいを感じていました。
そして、当時通っていた就労移行支援事業所の提案も手伝って、決まりきった仕事ができる会社を探すという結論になったのです。


やるべき課題だけ仕上げて、役割を全うする。

必要以上の仕事に手を付つけないことで自信をつけさせ、成功体験を得るのです。


②不必要な人間関係のしがらみに巻き込まれるリスクが減るから


肩書のないポジションに留まれば、不必要に人間関係のしがらみに巻き込まれるリスクもありません。

なぜなら、一兵卒に社内政治や組織運営の見直しを考える権利など与えられていないのです。
そのため、利害関係に困る心配もありません。

また、交渉や利害関係の調整はゴールの見えない仕事です。
相手の感情次第で落としどころは変わるし、予想もしてないイレギュラーな対応もあります。
取引先との付き合い一つにしたって、会社ごとに契約内容も変われば接し方も様々です。

そんな要求にプラスして、部下を管理するとなった場合、とても発達障害の方がこのような臨機応変な対応についていけるでしょうか?

僕には到底無理です。


ならば、決まりきった仕事をミスなく、時間はかかっても確実にこなした方がよほど会社や相手のためになります。

与えられた課題に否定もせず黙々と、そつなくこなすのに怒られる理由があるでしょうか?

少なくとも「依頼された内容に応えている」のはクリアできているのですから。


これは自分に限界を決めている、という後ろ向きな理由で一兵卒に留まるのではありません。
僕自身が、障害を強みに1週間安定したコンディションで働くために必要な考え方なのです。

社内の人間関係は、他の人に任せる。
自分はタッチしない。
その潔さで、自分を不利な状況に追い込む危険性をなくしていっているのです。


まとめ

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
以上で、僕が降格してまで一兵卒にこだわり続ける理由が理解できたと思います。

発達障害の方は、生きているだけ、一人でいる時でさえ辛い毎日を送っています。
僕もその一人であれ、誤解を恐れず言うといつも承認欲求が満たされたいし、褒められたいと思って生きています。

そんな方が安心して会社を過ごすには、奇をてらって目立つ仕事を選ぶのではなく、「究極の平凡」を目指すに尽きると思います。

地味でも毎日安定して働けば、心身の不調をきたす心配がありません。
トラブルが起こらなければ、相手を傷つけたり自分の首を絞める事態にもなりません。

一兵卒であり続けるというのが、僕にとっては幸せな生き方なのです。

その一方、自分の好きなことや得意分野で稼ぐ力を身に着けています。
実は僕のnote、今月になって閲覧数がついに4桁に突入しました。


先月のデータと比べたら、その差は一目瞭然でしょう。



大した努力もしていないと思っていますが、書くという好きな分野で認められるのは素直に嬉しいし、やりがいがあります。
いつもアクセスいただき、厚く感謝御礼申し上げます。

今後はマガジンや有料記事も作り、読む方がさらに欲しい情報を得たい、付加価値が欲しいという内容になるnoteを目指すよう動いています。
どうぞ温かい目で、今後も見守っていただければ嬉しいです。

みなさんのアクセスやコメント・スキの応援が、僕の励みとなり執筆活動に意欲を掻き立てます。


この記事をきっかけに、あなたが毎日安心して会社を過ごすための考え方として生き辛さ解消のヒントとなりますように。

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坂巻菱生 | 発達障害(ASD)成人当事者 応援していただいた気持ちは、創作活動のエネルギーです。家族との時間をより幸せに過ごせるよう、大切に使わせていただきます◎ ありがとうございます。

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