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第2話 渋谷の熱狂、父になる不安 ― 2015年に君が生まれた意味

君が生まれる前のことを、
どこまで正確に覚えていられるだろう。
いつか忘れてしまう前に、今のうちに書いておきたいと思った。



2015年。
スマホが日常に浸透しはじめてたけど、まだ不便さも残ってた。
Apple Watchを買ってみたけど通知がうるさくて、結局すぐ引き出しにしまった。

iPhoneに24時間しばられるのは、なんか違うと思ってた。
便利だけど、どこか不自由。
そういう矛盾が、日常のあちこちにあった。



街にはずっと、不況の空気が流れていた。
政治も経済も希望を感じにくくて、未来が明るいって言える雰囲気はなかった。
でも、音楽だけは違った。

音楽は、いつだって自由だった。



どこを歩いても、
Mark RonsonとBruno Marsの“Uptown Funk”や、Maroon 5の“Sugar”が流れてた。
飲食店、アパレル、ドンキ、USEN——
気づけばどこにいても、踊るようなビートが流れてる。

BGMに混じって、
「みんな、踊るように生きたいのかもな」と思った。



夜になると、街はもっと熱を帯びていった。

クラブのフロアでは、Pitbullがかかるだけで空気が変わった。
ミスターワールドワイド。世界のお祭り番長の陽気なラテンのノリがフロアに充満して、身体が勝手にリズムを刻んでた。

その後に流れるのが、Ariana Grandeの“Break Free”。Zeddとのあの曲がかかると、
湿った空気に抜けるような美声が突き抜けた。

小さな身体からこんなに力強く伸びやかな声が出せる人がいるのかって衝撃を受けた。
“自由”って、誰かにもらうもんじゃない。
そんな気づきが、あのフロアにはあった。



BIGBANGの“FANTASTIC BABY”がかかれば、
日本中のクラブが一斉に爆発した。
“WOW, FANTASTIC BABY”の一言で、フロアの温度が一気に上がる。
肩を組んで、バカみたいに笑って、叫んで、跳ねて。
今思うとアホだ。でも、最高に楽しかった。



Ultra Japanが初めて開催されたのもこの年だった。

等身大GUNDAMを横目に観ながら爆音で“Booyah”がかかって、
現場にいる人はみんな仲間みたいな雰囲気で
「野外で好きな音楽を爆音で聴くの気持ちいいな」って思った。

いまでもAfrojackのアルバム『Forget the World』は、テンション上げたい時に聴いてる。
あのときの熱が、魂に残ってる。



渋谷のハロウィンは、毎年カオスのピークを迎えてた。
馬鹿騒ぎ、ゴミの山、逮捕者。
でも、当時はそれが“時代の熱気”みたいなものだった。

田舎から出てきた大学生が、ストリートのルールを知らずにハメを外して、
現地の若者にきっちり“教育”されて泣かされてるのもよく見かけた。

今になって思い返すと、ちょっと不思議な光景だ。
きっと、閉塞感に覆われた日本中が、
ほんの少し“アホ”になってはしゃぎたかったんだと思う。

日常では、三代目 J SOUL BROTHERSの“R.Y.U.S.E.I.”が流行ってた。
居酒屋やカラオケやテレビで。
誰かがランニングマンを踊り出すと、自然とみんなで真似した。
空を指差しながら、真顔でリズムを刻んで、
「アホだなぁ」って笑いながら、強い酒を煽ってた。



深夜のコンビニ帰り、イヤホンからSEKAI NO OWARIの“Dragon Night”が流れた。

“人はそれぞれ正義があって”

そのフレーズが、不安でいっぱいだった俺の心に、少しだけ灯りをともしてくれた気がした。

父親になる実感はまだ遠くて、
でも「誰かと一緒にこの世界を歩くんだ」っていう未来の約束みたいなものを、
あの夜、初めて自分の中の正義を強く感じた。



[Alexandros]の“ワタリドリ”のイントロが流れるだけで鳥肌が立った。

“誰も聴いていない
気にもとめない
それでも歌い続けた
傷ついたあなたを
笑わせたいから”

あの歌詞に、自分の“存在理由”みたいなものを見た。
まだ見ぬ“君”にも、いつかこの感覚を伝えたいと強く思った。



ラグビーW杯で、日本が南アフリカに勝った。
スポーツが人を震わせる瞬間を、初めてリアルタイムで見た気がした。
感動して拳を握った。
「不可能か可能かは、結局、自分たちが決めるんだな」って思った。



そんな年に、君が生まれた。



2015年7月21日。
産声を聞いた。



君が産まれた記念に、初めてタトゥーを入れた。
“Enjoy life, you are free”
人生を楽しめ、君は自由だ。
そう願って、祈るように刻んだ。

その時にタトゥーを掘ってくれた人も、
「初めて人にタトゥーを掘る」と緊張していた。
お互いの“初めて”を覚えている。

君に伝えたい言葉、大切にしたい想いは、
これからも身体にメモしていこうって、あのとき決めた。



つんく♂が声を失ったというニュースも、その年だった。
シャ乱Qとモーニング娘。で“あの時代”を作った男が、声を失った。
記事を読んだ瞬間、胸がズンと沈んだ。

でも彼は止まらなかった。
「声がなくても届ける」っていう、生き方そのものを見せてくれた。

“音は、形を変えても届く”
勝手に、そう思った。勝手に、勇気をもらった。

ちなみに、モーニング娘。の“I WISH”は、今も好きな曲のひとつだ。



あの夏。
スマホのメモに、たったひとことだけ残してた。

「君に贈る歌」

それが、すべての始まりだった。



このnoteは、その歌ができる10年前の話。
ただ、あの夏がなければ、
**『勇者に贈る歌』**は、生まれていなかったと思う。



君が生まれたあの夏、
スマホに「君に贈る歌」とだけメモをした。

それから10年。
その“ひとこと”が、歌になるまでの間に、
何度も悩んで、迷って、書き直してきた。
「何を、どう伝えれば、君に届くんだろう」
そう問い続けた、ある父親の魂の記録だ。

③に続く、、、


📻 『勇者に贈る歌』
10歳の息子に贈った、父からの“本気のラップ”今、配信中。⬇️

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

「あの頃、こんな空気あったな」って感じてもらえたら嬉しいです。
あなたが2015年前後に聴いてた曲や、印象に残ってる出来事があれば、ぜひコメントで教えてください。

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