短編小説|Iced coffee
「アイスとホット、どっちにします?」
「——ああ、じゃあ、アイスで」
「アイスで。もうアイスも美味しい感じになってきましたもんね」
「急に気温高くなりましたよね。桜も、咲いたと思ったら葉桜になっちゃって」
「ねー」
言いながらミナミさんはさっと踵を返してカウンターに戻ったから、僕の『今年は花見しそびれました』の言葉は発せられることなくどっかに消えた。奥からコーヒーアイスでお願いしまーす、の声が聞こえる。
そもそも、ちょうど満開の花見日和がたとえ休日だったとしても、僕ははりきって花見に出かけるようなタイプではない。休日はコーヒー飲んで、ネット見て、何か食べて、昼寝して、ちょっと買い物に出て、何か食べて、また寝て……みたいなループで大体終わる。
きゅっと髪を後ろでひとつに結んで、エプロンの紐もきゅっと結んで、もちっとした丸顔のミナミさんは一見おっとりしてる風に見えて、発言も動きもテキパキしている。花見とかはりきって行きそうだな、と思う。
僕とはタイプが違いそう、だけど、だから、気になるのだろうか。
「アイスコーヒー、お待たせしました。タツミさんブラックで良かったですよね」
「あ、はい、ありがとう」
ふいに、名前を呼ばれてびっくりする。顔は覚えられてはいるものの、名前を覚えてもらってるとは思わなかった。
初めてこの店に来た時——同僚が「同級生が働いてる店がある」と、みんなでランチに来たのが最初だった——あの時、名前、言ったっけ? 同僚の紹介もざっくり「会社の人」って括りじゃなかった?
なんとなく腹のあたりがもぞっとする。
これは、ちょっとでも気にかけてもらえてると、考えてしまっていいのだろうか。
胸の奥にぎゅっと力が入り、世間のみんなはこういう時どうするんだろう、と考える。気になる相手のこと、探ってみたい時。ちょっと距離を、縮めてみたい時。
何をどうすればいいんだろう? いつ? どのタイミングで?
ふいに、どこからか声が聞こえた気がした。
「やるなら今だよ」
えーーー。
何を? どうやって?
胸の力みは今や全身をどこどこどこどこ駆け巡る。僕だけ、暑い。
気づいたら、アイスコーヒーのグラスはあっという間に空になっていた。やたら喉が乾いている。
「わ、もう空いちゃいましたね」
顔を上げると、思いの外近くにミナミさんの丸い顔があった。
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