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David Byrne『音楽のはたらき』を読んだ

最近Xで散々バーン先生が…と書いているけど、実は私がDavid Byrneについてちゃんと知ったのはかなり最近のことで、きっかけはサマソニ2026のラインナップだった。

2026年のサマソニ東京の土曜日は、なかなかヘッドライナーが発表されず、いろいろな噂が飛び交っていた。で、正直に言うと私はRadiohead説に釣られていて、発表まで待ったら売り切れてしまうのでは…?と不安になり、家族分のチケットを先行で取った。だって2023年は、行こうと思った時には売り切れていたから。
結果的にその噂は外れたのだけど、その噂が実現しなかった場合でも行きたいかどうかを考えるために出演者については調べた。

David ByrneはTalking Headsの人らしい。Talking Headsという名前は聞いたことがあるけど、正直ほとんど知らなかった。とりあえず私の音楽の好みを熟知しているGeminiに聞いてみたら、「デーモン・アルバーンにも影響を与えている人物なので見ておくべき」と言われた。なるほど。じゃあ見てみるか…という感じで、今思うとちょっと後ろ向きな出会い方だった。

4月にコーチェラの配信を観た。David Byrneも出ていたので初めてちゃんと観てみた。何だか想像していた「レジェンドロッカー」とは違い、知的で、遊び心があって、どこか不思議な存在感がある。同じ日に観たIggy Popは圧倒的にロックスターだったけれど、Byrneはまた全然違うけどめちゃくちゃ気になる存在になった。

そんな頃に、Xで『音楽のはたらき』を勧める投稿を見かけた。

当時ちょうど、音楽理論やレコーディングについて何か読みたいと思っていた。専門書ほど難しくなく、でも「アーティストの自伝」ではない本を探していたところだった。
作曲、ライブ演出、音楽ビジネス、クリエイティブ論、演劇論、言語学、宗教学、建築と音楽の相互作用、音楽史、さらに音楽の生物学的・神経学的基盤まで扱っているらしい。
気になったので、この本を読んでみることにした。

ちなみに、この投稿を見た時点ではAmazonでは紙の本が売り切れていて、Kindle版しかなかった。分厚い本なので、できれば紙で読みたい。メルカリで英語版が出ているのを見つけて少し悩んだりもしたけれど、この長さを英語で読むのはさすがにきつい。書店に立ち寄ったときには探してみたけれど、残念ながら売っていなかった。どうしようかな…と思っていたら、5月半ばにAmazonに紙の本が入荷して、結局野中モモさん訳の紙の本を手に入れた。

やっと本題。

私は昔から感想文が苦手で、ただの面白かったところのメモになってしまう。今回も読みながらXでぶつぶつ呟いていたので、細かいところはそっちを見てほしい。本当はこのぶつぶつをnoteできれいにまとめたかったけれど、残念ながらうまくまとめられなかった。

↑読みながらXでかなり細かく呟いていた。「5. レコーディングスタジオにて」まではツリーにまとめたけれど、6章以降はまとめそびれている。いつか追記するかもしれない。

で、細かいところより全体的に残っているところについて書く。
一番印象に残っているのは、バーンが物事を徹底的に構造に落とし込んで見ていることだった。
音楽を、一人のアーティストの才能や感性から生まれるものではなく、どこでどう作られて、どこで演奏されるのか、どんな技術で録音されて何で聴かれるのか、どう流通して誰にお金が入り、どんな共同体を作る(もしくは壊す)のか、というところまで分解して考えていく。

この本を読んでいる間、ずっと楽しかったのは、身の回りにあった点がどんどん線でつながっていく感覚だった。
読みながら何度も自分の知っている具体例やニュースのことが頭をよぎり、本に書いてあることに当てはめながら考えていた。

特にデーモン・アルバーンの活動を考えるヒントになることがたくさんあった。「コラボレーション」の章では、GorillazやAfrica Expressでデーモンが何をやろうとしているのかを考えた。
音楽と政治の話もそうだった。反戦を訴えるとき、音楽にはどんな力があるのか。プロテストソングとして直接メッセージを歌ったとしても、その力には限界がある。音楽が力を発揮するのは、誰かを説得することとは少し違うのではないか。ここ数年ずっと議論になっている「政治と音楽」の話を考える上でも、この本は参考になった。

「ビジネスとファイナンス」の章では、お金の流れやストリーミングサービスの話が出てくる。ここでは、Blurも最初の契約で大失敗して大変だったってバイオ本に書いてあったな、とか、ちょうどこのあたりを読んでいるときに流れてきたサカナクションの山口一郎さんの発言のことも考えていた。

怒ったり、昔はよかったと嘆いたりしそうな話題でも、バーンはかなり冷静に「なぜこういう構造になっているのか」を読み解いていく。中立ぶっているわけではなく、批判すべきところは批判する。でも、サブスクが悪い、昔はよかった、という単純な話にはせずに、誰が権利を持ちどう分配される仕組みになっているのか、誰が得をして、誰にお金が届いていないのかを見ていく。

この本を読んだから全部分かった、とは言わないけど、少しだけ出来事をとらえる上での補助線が増えた。

個人的に一番強く心に響いたのは、「アマチュアたちよ!」の章での「作ることは消費することより重要だ」というメッセージ。
資本主義社会で、私たちは気を抜くとどんどん消費する側になっていく。テクノロジーも、必ずしも生活を便利にするためだけに使われるわけではない。もっと見せるため、もっと聴かせるため、もっと買わせるため、もっと長く画面の前に留めるためにも使われる。

これは人を創作する側に向かわせる仕組みなのか、それとも消費する側に留めておく仕組みなのか。そこを警戒することは、かなり大事なのではないかと思った。

…そう考えると、私は消費しかしていないのでは…と少し焦ったりもした。料理はせめてもの「作ること」になるだろうか。noteを書くことはどうだろう。子どもには、ただ何かを消費する人ではなく、何かを作る楽しみを知っていてほしい。そんなこんなで子どもの教育や習い事のことまで考え始めた。

最後の章では、哲学や宇宙の話になる。ピタゴラス、天球の音楽、コペルニクス、原子の振動…神話や哲学は昔からあまり得意ではないので、このあたりはかなり苦戦しながら読んだ。

またデーモンか、と思われそうだけど、ここでも、GorillazのThe Mountainにでてくる表現に繋がる新しい知見があったので残しておく。
(ちなみに翻訳者の野中モモさんがRTしてくれてびっくりした、ありがとうございます!よりによってその投稿、The Mountainにsをつけるという致命的なミスをしていた…)

話を戻して、読み進めていくと、「人体も振動している」「都市も音を発している」「宇宙も音楽として考えられる」という話になっていく。
じゃあ全部音楽なのか?風も街も血流も宇宙も音楽なら、音楽とは何なのか、アンビエントこそが最終形態なのか??
そんなことを考えていたら、最後の方でバーン自身が、「宇宙全体よりも、私は物語やスナップショットを求めている」と書いていたので少し安心した。

結局、私がこの本を読んでいる間ずっと考えていたのは、宇宙の秩序のことではなく、デーモンの活動のことだったり、自分の音楽の聴き方だったり、子どもとライブに行った経験だったり、いないいないばぁ!のトイトレソングだったりした。(バーン先生がトイトレソング聴いたことないなら送ってあげたい)
それもある意味、スナップショットにあたることなのかもしれない。

もうひとつ、この本を読んで少し気持ちが楽になったことがある。
私は、自分の音楽の聴き方や興味の偏り方に少し罪悪感があった。ひとりのアーティストを深掘りして、そこから関連する人や作品をたどっていく聴き方は楽しいけれど、かなり偏っている自覚もある。
でも、キュレーションの話を読んで、少なくともそういう聴き方もありなのかなと少し考えが変わった。人や場所や物語を経由して音楽に出会うことも、アルゴリズムとは別の自分なりのキュレーションなのかもしれない。
それと同時に、今までサブスクのおすすめなんて絶対聴かないと思っていたけれど、少しくらいは試してみてもいいのかもしれないとも思った。

ありがとう、バーン先生。

私はDavid Byrneを知るためにこの本を読んだわけではないけど、読み終わるころにはサマソニのDavid Byrneがとても楽しみになっていた。
Radiohead目当てで申し込んだサマソニでDavid Byrneを知り、Radiohead目当てで会員になっていた3A会員の先行でDavid Byrneの単独公演に申し込んだ…
ありがとうRadiohead。

本が先で、音楽が後、という少し変な出会い方をしたけれど、それも悪くないのかもしれない。

後から知ったのだけど、父はブライアン・イーノの大ファンで、実家にはこの本にも出てくるDavid Byrne & Brian Enoのレコードがあり、Talking Headsの来日パンフレットまで眠っていた。私は最近になってDavid Byrneを知ったつもりでいたけれど、家の中にはずっとその痕跡があったらしい。

パンフレット


ちょっとカビが生えてる…

今度、父にもこの本を貸してみようと思う。

(8/17追記)
サマソニじゃなくて単独いってきたよ!


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