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バンドブームの微熱の中で

BOØWYやTHE BLUE HEARTSなどを初期微動に、80年代の末期から90年代初頭にかけて沸騰したバンドブーム。当時の話としてJITTERIN'JINNの曲と思い出を振り返るシリーズの本日は2日目。

昨日も書いた通りジッタリンジンはデビューと同時にヒット曲連発、「イカ天」出身で確かにインディーズ感はあったものの、その洗練された楽曲とバンドメンバーのポップなビジュアルはどうみてもメジャーそのものでした。端から全然ものが違う、イメージ的にはユニコーンが出てきた時と似た感じだったかな。

とにかく当時の高校生にとっては等身大すぎる歌詞があまりにも新鮮かつ衝撃的でした。それまでの学校や社会への違和感や先生への反発、大人になることの苛立ちや葛藤などととは違い、だた好きなあの子のことだけを考えていいし、日常のちょっとした出来事で感じた嬉しかったことや悲しかったことを素直に言葉にしていいんだっていう。

しかも、もう少し後に聴くようになるフリッパーズギターは「断定しないこと」が歌詞の特徴だったのに対して、ジッタリン・ジンはちゃっと決着がつくし、ちゃんと振られるのがまた潔いというか、腑に落ちたというか。

初期で好きだったのは「プレゼント」と「相合傘」と昨日書きましたが、実はもう一曲想い入れのあること曲があります。それは私が聴きまくっていたジッタリン・ジンの1stアルバム「DOKIDOKI」に収録されている「SINKY-YORK」。

想い入れのある一番の理由は何と言っても、この曲を実際に17歳の時に聴いていたことです。歌詞に出てくる

十七の誕生日 夢をみてた微熱の中で

というところにリアリティと共感を感じるのは当たり前ですよね。この曲も男の子が好きな女の子とお別れして終わるんですけど、そこに至るまでの経緯と時間の流れがあまりにも秀逸。短編小説一本分の満足感というのか…ざわざわとした胸騒ぎというのか(^^;現実はこうもオシャレにはいかないけれども、感動しました。

“さよならのキス”ではじまり“さよならのキス”で終わる昔話。彼女の長い髪が日々きれいになっていくのに、教科書のすみに夢ばかりを描いている僕。

唇にはふれたけど、夢にはみたけど、抱きしめていたいけど。おなじ“さよなら”でもこんなにも美しく、少しずつ残酷に意味が変わること。大人や社会より、目の前の現実と向き合うことの純情と勇気。17歳の時にこの曲を聴けた幸せを今になっても感じます。

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