80年代半ばの花形
80年代半ばにすい星のように姿を現し、巨大な衝撃と今も色あせない鮮烈な記憶を残したソロ・アーティストを振り返るシリーズ。ここまで尾崎豊さん、渡辺美里さん、岡村靖幸さんの当時の曲と思い出を振り返り、昨日までは80年代後半から90年代初頭にかけて爽やかな余韻を残した永井真理子さんの曲と思い出を私の高校生活と重ねながら振り返りました。
今回はまた80年代半ばに戻りまして、吉川晃司さんの当時の曲や印象、思い出などを振り返ります。
デビュー当時の吉川さんはアーティストというよりも完全なアイドルでしたね。渡辺プロダクションが社運をかけた大規模なプロモーションのもと華々しいデビューとなりました。
デビュー曲の「モニカ」はあっという間に大ヒット、吉川さんは一躍トップアイドルとなりました。その人気は当時絶頂を誇ったチェッカーズのフミヤさんと双璧をなすほどだったと記憶しています。
フミヤさんの人気もまた凄まじく、文字通りの国民的アイドル。バンドとしてのチェッカーズは、「バージンブルー」の時にSALLYや後のC-C-Bなどライバルとして語られるバンドは存在しますが、当時のフミヤさんに匹敵するアイドルやタレントは本当に吉川さんぐらいしか思い浮かびません。
しかもフミヤさんのイメージを真似してとかではなく、むしろ正反対の個性で向こうは張った吉川さんのスター性や存在感はやはりずば抜けていたと思います。
ミッキーマウスみたいに小柄で可愛くて、でも悪ガキみたいなやんちゃさも感じさせたフミヤさんに対し、高身長で肩幅の広い逆三角形の体形に濃い目のメイクを施したルックスは当時衝撃的で、女子を中心に若者のハートを鷲掴みにしました。
「モニカ」に始まり「8月はさよならのララバイ」「ラ・ヴィアンローズ」「You Gotta Chance」「にくまれそうなNEWファイス」と、数か月間隔でこれでもかと立て続けに新曲が発売されて、そのどれもが大ヒット。今聴いても本当に名曲ばかりですよね。
当然、歌番組の常連となりましたが、当時はニューミュージック系をはじめテレビの歌番組には出ないアーティストも少なくなかった中で、吉川さんはチェッカーズ同様、積極的にベストテンや夜のヒットスタジオなどに出演されていました。なので自然と歌詞を覚えてみんなが吉川さんの曲を歌えましたね。個人的には初期だと「ラ・ヴィアンローズ」が好きでした。
また、「平凡」や「明星」にも毎月登場されていた記憶があります。そういうメディアへの大量露出がアイドルとしての記憶をより強くさせます。
「モニカ」の発売日は1984年の2月1日とのことなので私はまだ小学生。テレビも大好きでベストテンはかかさずみていたのでもちろん吉川さんは日常的に拝見していました。しかし、その中学生になるとREBECCAやバービーボーイズが出てきたり、尾崎さんや美里さんといったアイドル的要素も多分に含んだ若き本格派アーティストも登場し、少しずつロックシーンへと興味は移っていきました。
また、80年代も半ば以降はアイドル冬の時代と呼ばれるようになったり、テレビの歌番組自体も徐々にパワーを失っていったこともあって吉川さんの曲を聴く機会も徐々に少なくなっていった気がします。
が、吉川さんは静かにフェードアウトしていくことなく。それどころかいきなりロックシーンのど真ん中に登場し、驚きと歓喜、そして熱狂を巻き起こしますが、続きは次回に。
