疑論文】沈黙の掟、版押しの型。ルッキズムとナルキッソス。~MaRu・Harassment~
「末尾のマルはハラスメントですぅ」
「それが掟、読点を挟んでも句点で締めるな」
「感嘆符の後の隙間? ルールさ! デデン」
「丸過ぎて空き来るらし
白妙のスペース添えたり文も末やな」
ーーところで。と、問う。
「句点は何処に消えたのですか。」
日本語の優しさを詠んだ句でマルで終わる優しさを褒め称えど、海外のマルは『間違いを囲う目印』である。そう返すのは恐らく『指摘してはならない話』だろう。鉤括弧を閉じる前の句点『。(マル)』の省略のように。
泡沫夢幻。バブルは簡単に弾けてしまう。なればこそ、消えないように、守る例があるも已む無しだろう。内輪揉めなどしている場合ではないのだが。ーーそう書きつつも、火で点す。
「『正義』なぞ無い。『正当』の話をしよう。」
マルハラや、ああマルハラや、マル「ハラ」や。
ほ ん と う に … … ? ( ) ←
ーーこのnoteは、書式のみ真面目な素振り(そぶり)で著す、筆者を知る者には『普段通りの残念note』の傍作である。故に、碌な解答が存在しないことを、予めここに宣言する。
専門家もすなる推論・考察といふものを、庶民もしてみむとてするなり。……詐欺であるが。
(500文字)
ーー…
「日本の作文教育上、発言に類する表記末は閉じ鉤括弧と同時にマルを付けます。作文はそのように教え、日本在住民は習います。お忘れでしょうかこの『マル』を、『句点』とぞ言いけるのです。」
和の心、輪の心。
まどかなるかな、マルハラや。
団円なるか、マル「ハラ」は。
問題はメールツールとチャットツールとを取り上げ、また作文を基礎にすることにより鉤括弧にまで及ぶ。すべて文書として記される『文』は作られたものである。作られた文ーー『作文』である。
文を文として成立させる方法に『文法』があり、文書を文書として成立させる形式に『書式』がある。でたらめに書いては記したのみになってしまう。ーーさて、『記す』の文字は『言偏に己の旁(つくり)でひとつの文字』となる。漢字一字ですら一文字として、法則に従い、型に適う形で、正しく『組成されたもの』である。
文末、すべからく存在すべき『正当なる句点』の存在について「ハラスメント」であると、「『文法』の下」に謳うことが出来るだろうか。ただ記したばかりでは、「己」と「言」しか無いというのに。
……今日(1月25日)が未だ寒い冬なので薪とし燃やしてみた。「だん」が取れるのであれば幸いである。ーー以降、この焦土が雨降って地固まることを密かに祈る。これでも一応、皆(みな)が平和を望んでいる。
ならば燃やすなという声は『平和』を望む基準が『各々の内心の』のため、黙殺とせよ。
(600文字)
ーー…
このnoteの筆者の知る限りに於いて、すべての末尾句点の省略は、公文書の書式ではなく、また、原稿用紙式でもない。新聞・印刷・出版業の活版組みーー頒布業界の都合による形式である。鉤括弧内の末尾の句点の省略は、その『都合上』に於ける、最たるものだ。
その『都合上』の業界には「鉤括弧を閉じることで文の終わりと分かるから鉤括弧を閉じる末尾に句点は付けない」、否、「付けてはならない」という観念があると聞く。この観念に逆らっての出『版』は難しい。そして『そんな掟』は公然のように流布され、暗黙当然の了解とされている。しかし、現代のデジタルは『組版を用いての印刷』なのだろうか。
問題はマルの生まれた背景、そしてその目的を参照したい。「鉤括弧は文を括っているのみのものであるため、強調ではない文の末尾、句点が必要不可欠である。」と、あくまでこのnoteの筆者は思う。確証バイアス・現状維持バイアス・選択支持バイアス等により、『鉤・括・弧』以上の意味が見えない。括りの記号に文末の意味を見い出さない。鉤括弧内、末尾の句点の省略は、義務教育すら外れるものと思う。
ーー弧の文字も有する意味は「半円」だ。(五七五)
(499文字)
ーー…
マルハラを再度、鉤括弧に関連して邪推するにあたり、思い浮かぶものは、やはり「鉤括弧」を代用する『漫画上の吹き出し』である。そして新たに『創作作品の題名表記』が脳裏を過(よ)ぎる。また、耳に残っているものは、句読点の存在しない『詩歌』や『句』である。
ーーここで「時」と「拍」とについて着目したい。句読点を含む文字列に求められ、句読点を含まない文字列に備わるものが、この「時」、または「拍」である。……『調子』などとも言われる、所謂(いわゆる)『韻律』や『テンポ』である。
この例から、このnoteでは以下の様に仮定した。
「『声に出す』、『調子が』誰しもに『分かるもの』であれば、『句点『。』は不要』であり、また『読点『、』も同様に不要』である。」
上記から、逆説的に予想・邪推・考察し、……些か安直ではあるが、以下の様にも穿つことができる。
「『声に出さない』、『調子が』誰しもに『分からないもの』であれば、『句点『。』は必要』であり、また『読点『、』も同様に必要』である。」
ーー調子(韻律やテンポなど)を可視化したものが句読点の原点ではないだろうか。
さて。書き抜けてきた『文』の末尾、そこに「句点」はあるのだろうか。書かれたものが『歌に類するもの』であれば、もう問わない。そこには「調子」があるのだろうから。
句読点不要と推察した『歌に類するもの』は、実学・公益・ビジネスの範囲ではなく、趣味・娯楽・エンターテインメント類の範囲ーー『私』の範囲の認識である。
公私の内の『私』の範囲に於ける句読点の使用について、自由であると記載しつつ、このnoteも前回に倣い、可能な限り割愛とする。
(695文字)
ーー…
さて。マルハラの問題は、何処で起こりうる問題であっただろうか。通称マルハラ。マル・ハラスメント。ハラスメントとは概ね、公共・社会の場にて起こるいじめである。
脱線の長い前述であったが、『公』に於ける場合を考える時、強要を伴う暗黙の了解の洗礼こそが、悪習でありハラスメントであると考える。ーー朝清掃・お茶汲み・無給早勤・サービス残業・退勤のないタイムカード・帰宅不可案件・存在しない睡眠時間・新人こそ電話を取れ・お客様は神様だ・パワハラ・モラハラ・セクハラ・マルハラ。……これでも極一部と言える、無数のハラスメントの内の、所詮ひとつ。小さな円の問題である。
悲しいかな、それすら解決できない現代が。
(298198文字)
ーー…
鉤括弧内の発言、単語・熟語ではない文、文節と伴う言葉の表記。「目視可能な形式のみで記される」、日本国現代語の「文」に於いて、即ち、『句読点』とは、『読み上げるために必要不可欠な記号』である。従って、「『句読点』は、『文を言に戻すために必要』な、『調子』を表した『記号』である。」と言えよう。
鉤括弧を廃し、漫画の吹き出しのように、また自らの「言」であると「うたう」ように、視界に「文」を「記号なく著す」こと。これは公共・社会の書面に於いて、本当に是とされる表記だろうか。
ただ書いただけの「句読点のない文」に、公に通じる韻律は、果たして本当に刻まれているのだろうか。
「末尾に句点が存在することに、意義がないと言えるのだろうか。」「末尾に句点が存在しないことこそを正統なる正義と謳う。その『正義』は果たして、本当に『正当』なものなのだろうか。」「ーー然れども、『文未満』の返答に、句点は必要なもので、短文に『句読点の入る文節』は存在しているのだろうか。」
……なお、マナー違反を指摘することは、円満を是とするマナー上、こちらもマナー違反である。
「本当に『マルハラが怖い』のは、誰ですか?」
ーー「っだから「?」も使うなと!」
「突っ込み!おまえも「!」やめろ!!!」
ーー「「おまいう」」……あっ。
「「マルが無い!!!」」
代わりに「!」を使いましょう!!!
前作note「ロゴスとバベル」より。
論点がずれることへの指摘も存在しない。
鉤括弧の隅か重箱の隅か。日本のマルは、是なのか、非なのか。「マル」の意味、「まる」の意義。「丸」の真価、「円」の価値……。
私的には、各種「まる」がなくなることを、惜しむらく思う。しかしこれもあくまで一個人の『私』的な意見でしかなく、このnoteもまた『創作』である。
ひとりの中で答えが決まろうと、所詮はひとりの意見であり、割り切れない話を捏ね続け、話し語り続けることは、そんな個人の趣味である。ーー上記内容はすべて『専門外のいち庶民の邪推』であることを念頭に置き、その上で考察されることを、願う。
専門家もすなる推論・考察といふものを、庶民もしてみむとてするなり。……詐欺であるが。
本頁序文の末文より。
上記を以て、ほぼEGO(えご)のみによる「詐欺である」、比較せずとも平常通り、残念なnoteの結びとする。
(1000文字)
©あめもり©aoalls
マルハラ
~MaRu・Harassment~
あわよくば皆様の更なる考察、こだわりの文法話、渾身のマルハラ、お待ちしております!!!( )
二回も書いておいてアレですが、自分はマルハラを「ネタ」として騙る(考察&邪推する)演出が好きなだけです。文の意味と区切り(中身)が変わる案件ではなく、中身の『情報は変わらない』以上、公文書系でさえなければ『情報が正しく分かればそれでよし(五七五風)』と思います。
ただし!自分は自分の好みにより、文はマルないし記号で閉じます。マルを取るこだわりの方も居る様に!
あ「鉤括弧の話がむしろ、前作の後書きなのはどういう事ですか?!( ) 」
……さて。怪しい表記として、句点の問題以上に沢山の「お世話になっておりあmす」や「お手数をおかけしあmす」を入力してきました。末尾のマルハラは、誤字や通じない文に比べれば些細なもの、です(苦笑)。
ーーけれど、そんな話を「炙った鯵」が驚くほど美味しい……!っなんですかこのスルメみたいな鯵は!!!( )
このアジ(鯵)(味)が
良いネ(タ) と メディアが
言ったかな……?( )
一月いつ(だろう)かは お開き お開き
そもそものマルハラは所により議題設定と論理範囲がおかしい気がしますが大好きです(ぇ)。メディアの踊らせ説もありますしーー実用の書?報連相?趣味の実益?売れる文……?( ) まずビジネスに限るにしても、場所と相手の定義をですね、モゴモゴ……と。
ーーその為、ネタにはするものの「思考実験」の一種、という風に認識しております。それもX(旧Twitter)等にある性格診断テスト寄りの。そして正確に測れない「遊戯寄りのテスト」ですかね……。
・乗る→マルハラ推進派(すべて付けろ!)
・乗る→マルハラハラスメント派(消せ!)
・乗らない→どうでもいいよ派、完ッ!!!
・乗らない→どうしようもない派、諦観†
・本気風に捻る→酒の肴に積もる話がしたい!
・ネタにする→七輪に乗せた鯵が美味い!( )
さて!「此処から何が分かるというのだね?!」と。
……にしても美味しい釣り餌です。自分が鯵ですねこれは。または俎の上の鯉(捌く対象)が自分の枠ですか。
という事は自給自足が可能です。灼くか、炙るか、半殺しにするかーーいざ、選択を!!!( )
そして炙るには火が必要だったのです。今回も多方面にすみませんでしたを添えて、
目次以下には零れた残滓を。
前回にネタを詰めすぎました!( )
今回の余りは少なめです。書式と流れが合わず差し込み損ねたネタと参照など。
■マルハラーサービスお客様向けご相談窓。
口 固定電話番号:0120-0X0X-0X0X
マル抜(ばつ)、マル罰(ばつ)?!
口 ファクシミリ:0120-0X0X-00XX
円丸(まるマル)抜罰(ばつバツ)!
■マルハラーサービス専用クレーム防弾窓。
口 内閣閣甲第16号依命通知(1952)『公用文作成の要領〔公用文改善の趣旨徹底について〕』
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/kento/kento_03/pdf/sanko_2.pdf
口 文化庁(2022)「公用文作成の考え方(建議)」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/hokoku/pdf/93651301_01.pdf
口 文化庁「以下に転載するのは, 昭和21年3月に文部省から発行されたも」https://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/series/56/pdf/kokugo_series_056_05.pdf
■その他、参考。
(上記.pdf、ダウンロードの出来ない方へ。)
https://ncode.syosetu.com/n8977bb/12/
(おすすめ&ほぼ解答の連載、の、第10回。)
https://www.hituzi.co.jp/hituzigusa/2022/11/10/punc10/
ーー…
何?!を書いていたのだろうか!( )
上の文までで5427文字でした。っまたか!それだけ書くならもっとまともな事をやれ!と、率直に思います。なぁにこれぇ……( )
読破した方、いらっしゃいますか……?( )
ーー居ない事を祈ります!とはいえ、引用されたばかりに今回も恐らく読ませられた一名様、心よりお詫び申し上げます。再臨した詐欺でした。忙しい時期&休憩期間に申し訳ありません……!( )
最後にこちら、大本命のQ&Aです☆
……と置きつつ、一部のソース部分に更新の予定があるらしく。間に合っているか不明と書いて(も現段階で最早)手遅れですが、慌てて表に出す事にします。改定を確認しなければ無関係者はセーフです、そういう設定にします。去年だろうが今年度内ならセーフと信じて已まないシュレーディンガーの改定です(アウト)!!!←
そして本noteの作成開始日時がこちら!( )

(きっちり一年寝かせました†††)
ーーっ大変よく眠らせました(逃避)(白目)(唖然)。単なる骨董品未満になってしまいました……。
閲覧ありがとうございました!( )
(「閲覧ありがとうございました」を見出しにする、末尾ジャンプの提供を会得しました☆)
長かったので目に優しめ&短めな最近のnoteを。……と、秋口には出そうと思っていたnoteが年を越えました。明けましておめでとうございました……†††
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サポートはnote内を巡る様に再放流(有料noteの購入等に使用)させていただたきます……!( )