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信念と我慢【自分らしく生きる】



「ありがとうございましたー!!」

運動場を整備し終え、
監督の話が終わると、挨拶をして解散。


無事、練習終了。



「今日もキツかったな」


いつものように、
俺は他の部員と喋りながら帰宅する。



俺の専門種目は長距離。


陸上部に入って2年経ったが、
練習のキツさにはまだ慣れない。


でも、大分ついてけるようになった。
それは嬉しい。






帰り道で、
俺は部室の鍵がポケットに入ってることに気づいた。



(しまった、返し忘れてた)


鍵を閉めた部員は、
職員室に鍵を返しに行かねばならない。



(だるい…だるすぎる、、)


俺の通ってる学校は坂の上にある。


坂の下には大きな池があり、
「デカい池とキツい坂」で有名な高校だ。



あの長い坂の上を、
練習後にチャリで登る羽目になるなんてツイてない。



だが、
あまり返すのが遅くなると面倒なことになるため
俺は超特急で学校へと引き返す。




…無事鍵を返し、
早く帰宅しようとスピード全開で坂を下っていると、


池の向こう側で、
誰かが1人走っているのが見えた。



遠目で見えなかったので、
誰だろうとこちらに周回してくるのを待っていると、



そいつは俺の知ってる同級生…

うちの部の長距離のエースだった。



同級生に長距離専門は5人いるが、
あいつはズバ抜けて速かった。

中学からの経験者で、当時も速かった。


性格は、昔から明るくて優しい。
努力家で勉強も出来たし、何より前向きだった。
皆んなから好かれていた。


“昔から“、というのは
あいつとは小学校からの付き合いだから。
よく一緒に遊んだ仲だった。
名前は「悠人」


リーダーシップもあり、
部活では皆んなの意見をまとめたり、
部内の秩序や雰囲気を保つ役割を果たしていた。



ただ、あいつが練習後に1人で自主練をしているなんて知らなかった。


他の長距離メンバーは練習がキツいとよく言っていたのに、
この男は練習後さらに自主練をしていた。


凄いな。俺は練習でいっぱいいっぱいなのに。



「…俺も頑張んなきゃな」


彼を遠目にそう呟いて帰路に着いた。







…それから毎日、
あいつが走ってる姿を遠目で見て帰るようになった。

途中の帰り道で仲間と別れると、
俺は池まで引き返していた。



その努力する姿勢に、「俺も頑張るぞ」と
意欲が湧くから。


そしてそれ以上に、
幼馴染が頑張る姿を応援したい気持ちがあった。





ある寒い日。
練習が長引いて辺りはいつもより暗くなっていた。



冬は寒い上暗くなるのが早いので、
練習がいつもよりキツく感じる。


長距離メンバーは朝練が始まる。


練習後、部室で皆んなと話していたら
つい長居してしまった。

解散時には、辺りは真っ暗になっており、
街灯の光を頼りに帰る。


皆んなと坂を下っていると、
池の向こう側に人影が見えた気がした。



まさかな。


そう思ったが、
どうも気になって俺は池に引き返した。




見に行くと、
彼はいつものように池の周りを走っていた。



(こんな時間まで…?)


驚いた。


ただ、
こんな遅くまで練習していたら親も心配するだろうし、あたりは真っ暗なので危ない。



彼はこちら側まで周回してくると走るのを止めた。



俺は初めて声をかけた。



「よう、頑張ってるな。
今日はもう遅いから帰ろうぜ。暗いし危ない」



すると彼は、

「いや、もうちょい走って帰る。ありがとな。
気をつけて帰れよ」

と、ニコッと笑って言う。




いつも通りの笑顔に安心した。

ただ、やはり怪我する危険もあり不安だったので

俺は帰るふりをして、
遠くから壁に隠れて彼が帰るのを見届けることにした。



俺は今まで、彼が自主練を終えるまでを
見届けたことがなかった。


隠れてずっと見てるのもどうかと思ったから。


そして、最後まで見届けたが…

結局「もうちょい」で彼が帰ることはなく、
声をかけてから1時間は走っていた。


(頑張りすぎな気がするなぁ…)



朝も夜も練習に打ち込んでいる姿に、
俺は少し心配になった。




月曜。
土日休みが終わり、
少し憂鬱な気分で授業を受け部活に行くと、
あいつは風邪で休んでいた。


そして次の日、その次の日も
学校で彼の姿を見ることはなかった。


心配になり、
彼に何度も連絡を入れるが返事がない。



結局、あいつは丸1週間学校を休んだ。




連絡してもLINEの既読はつかないまま。


俺は幼馴染のことが気になって仕方がなかったし、
何か嫌な予感がしたので
直接あいつの家に行ってみることにした。


あいつの身に何が起こったかだけでも
知りたいと思った。


インターホンを押すと、
あいつの母親が出てきてくれた。 


「あっ…大地君、久しぶり」


あいつは母子家庭だ。
あいつには大学生の兄もいる。


日曜は母親が働きに出ているので、
確実に会えるのは土曜日。


母親一人で男2人を育てており、
それでいて変わらずあいつに似て明るい人…

だけど今日は少し暗い表情をしている。






「お母さんお久しぶりです。
急にお訪ねして申し訳ないです。
悠人が先週学校に来てなかったので、
大丈夫かなと…連絡を何度しても繋がらなくて、不安になり様子を見に来ました、、」



「そう…優しいのね、ありがとう」


母親は少し微笑み、視線を下斜めに逸らした。


「でも悠人は今、部屋に閉じこもって出てこないの、、」




え…


思いもよらなかった言葉に驚く。


あいつが引きこもり? 不登校?


てっきり何か大変な病気にでもかかったのかと
思っていた。



信じられない。

あいつはいつだって前向きで明るくて…


母親にも彼にも聞きたいことは山ほどあるが、
何から聞けばいいのか。


「悠人は…何か言ってましたか?」



「今はほとんど喋らないんだけど、
休んだ初日、悠人がびっくりすること言ったの…」


俺は息を呑んで母親の話に集中する。



「玄関でね……『母さん、体が動かないよ。靴が履けない。朝練あるのに…』って言ってて」

「不思議に思って顔を覗いたら、悠人、棒立ちで
涙を流してたの…」

……


「私はお願いだから休んでと言って、学校を休ませたわ」




あぁ


俺は、その理由が分かった。



あいつの全部を知らないが、

おそらく母親以上にこうなった原因は分かる気がする。



あいつに、限界がきたんだ。





昔から努力家だったけど、
最近のあいつは追い込みすぎだった。


思えば毎日休むことなく自主練してたし、


あの寒くて暗かった日。
俺はあいつの練習してる様子を見てたが、 


タイムを見ては顔をしかめていた。


これじゃ駄目だと言い聞かすように
苦しい顔をして走っていた。



中学の頃のあいつと変わっていた。



今のあいつの走る姿には
苦しさの中に、悲しみがあった。




心の声を無視して頑張り続けたから、
心と体に限界が来たんだ。


あいつ、動けなくなって泣くまで
追い込んでたんだ。




「俺は…俺は…ずっとあいつが走ってるのを知っておきながら何も出来なかった…」




そう呟くと、母親は話を続けた。



「実はね…水曜日、学校まで私が車で送迎しようとしたんだけど、、」


母親が口をつぐむ。


「行きたがらなかったんですか?」


咄嗟に俺はそう問いかけたが、
驚くべき答えが返ってきた。




「いや、行く気力は戻ったみたいだった…
ただ、車に乗せた時から様子が少しおかしくて…
顔色も悪かったんだけど、熱もないしそのまま向かってたら、、」





…様子がおかしい?


「どんなふうに様子がおかしかったんですか?」




「…少し震えていたような、、
何かに怯えてるようにも見えたわ」



あいつが?


…怯える? そこまで?


想像がつかず混乱していると、
母親が再び話し始めた。

「それで…学校の近く、池の辺りまで来たら、
悠人が酷いことになってしまって、、」



…酷いこと。
俺は息を呑む。



「急に呼吸困難になってうずくまって…
直ぐに路肩に停めて、顔を覗いたら、
今にも死にそうな顔をして苦しそうで…」




頭が追いつかない。


突然呼吸困難になるなんて、
あいつは何か重い病気でも抱えていたのだろうか。

でも、あんなに走ってたのに。


「直ぐに救急車を呼んだわ。
汗も酷いし、きっと何か重い病気だと思って、
私も不安で不安で…病院まで付き添ったんだけど、、」



「病院では特に体に悪いところは見つからなかったの…本人の症状もおさまったみたいだし、、」

「そしたら先生に『パニック発作の可能性が高いから精神科で診てもらってください』って言われて精神科の病院宛の紹介状をもらったんだけど、、」



パニック発作?
俺には何が何やら分からなかった。


というか精神科?
あいつが精神疾患…?


考えられない。
あいつはいつだって元気で優しくて頑張り屋で…



「一度家に帰ったのよ。そしたら悠人、
部屋に閉じこもって出てこなくなっちゃって、、」



「閉じこもったまま2日が過ぎてるんだけど、
どうしたら良いのか…私も仕事があって、、」


「先生に相談したら、抑うつ状態だって…
適応…?障害の可能性が高いって言ってた、、」


うつ…鬱?


あいつがうつ病…?


「多分、また発作が起きるんじゃないか?っていう恐怖で外に出られないんだと思う」



…そうか。
俺は納得した。


うつ病って誰でもなりうる病気なんだ。

性格が明るい暗いとか関係ないんだ。

あいつ、やっぱりずっと無理してたんだ。


あの夜声をかけた時、
あいつは笑顔だったけど、心は笑ってなかったんだ。


(参考: 微笑みうつ)

shrink〜精神科医ヨワイ〜1




パニック発作がまた起きる恐怖。

そして、
あいつ自身、心が…体がSOSを出してると
気づいたんだろう。


ただ、気づいたのは限界がきてからだった。



学校も部活も…彼にとって恐ろしい場所になってしまったのかもしれない。



あいつはおれの大切な昔からの友達だ。

気恥ずかしくて思ったこともないけど、
多分俺にとって親友はあいつなんだ。




俺があいつを元気にしたい。

そう強く思った。


「お母さん…僕は悠人君と会って話したいです。
今お部屋にお邪魔しても構わないでしょうか?」



母親は涙目になって言った。

「助かるわ…ぜひ話しかけてあげて。
大地君みたいな優しいお友達がいて良かった…」



俺も目頭が熱くなった。





「悠人〜大地君来てるわよ。話したいそうだから会ってあげて」


部屋をノックして呼びかけても
応答がない。





…俺なりのやり方でやってみよう。



「すみませんお母さん、二人にしてもらえますか?」



母親は頷き二階に行った。



今日は何としてでもあいつと話したい。

今あいつに俺の言葉が何も響かなくても、
俺はずっとあいつの味方でいたい。そばにいたい。


話しかけてみるか。


…深刻な感じ出さない方が良いよな、、




「悠人〜最近学校で見ないけどどうした?
今日暇だから付き合ってくんね?
近所のビデオ屋の18禁コーナー覗きたいけど
1人じゃ恥ずいんだわ。頼むよー」


………

「急だから俺何か奢るよ。18禁以外のだけどな!」


………



「とりあえず出てこいよー。ゲームでもするか?」




…応答がない。





仕方ない、入るか。


俺はあいつの部屋に入った。



俺は、入って驚いた。


ベットで壁にもたれかかって座っていたのは、

俺の知ってる悠人ではなかった。





弱々しく虚ろな目…

今にも折れそうなほど痩せ細った体…

いつもの笑顔とはかけ離れた死んだ顔…



…まるで、“生きてる“感じがしなかった。



“生き生き“した状態の対極が“鬱“なのだと


俺はその時、ハッキリ分かった。



その上…部屋は散らかってるし、

異臭がする。


食べ物のゴミが見当たらない。

もしかして…
何日も風呂に入ってないのだろうか?


ちゃんと食べてるのか?


一日中こうして過ごしてるのか?



…俺は、この現状をどうにかしたいと思った。

俺が悠人を元気にする。

あの笑顔を取り戻す。



強く、そう決意した。



前半終了。


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<記事を作成する際に参考にした書籍>

参考:  Shrink〜精神科医ヨワイ〜/原作・七海 仁 漫画・月子

あおき


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