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【発達育児と私①】不安の雪だるまに押しつぶされそうだった日々のこと

これは、実際に育ててみて初めて分かった「現実」だった。
学校という場所には、息子にとって悪い意味での刺激がとにかくたくさんある。

音、匂い、人の動き、ルール、そして独特の張り詰めた空気感。
それらが重なると、息子の集中力は砂の城のように崩れ、強いストレスに支配されてしまう。
ストレス値がマックスに達すると、もう学校にはいられない。
支援級に身を置いていても、ダメな時はダメだ。気持ちが収まらず、その場に適応することができなくなる。

そうなると息子にとっての「セイフティゾーン」は、家だけだ。
だからこそ、家を“平和な聖域”として保つために、親である私が常に平常心でいることが求められた。

でも――。
発達障害児の親が、いつも心穏やかでいるなんて、正直、不可能に近い。
学校でのトラブル、五月雨登校、急な体調不良。進路の見通しのなさ、将来への漠然とした不安。
そして、一度は受け入れたはずなのに、ふとした瞬間に心に毒のように回る感情。

「なんでウチの子なのかな」
「なんで普通に産んであげられなかったんだろう」

そんな自分を責める気持ちが複雑に絡み合い、心を平静に保とうとするだけで、
私のエネルギーは毎日底をついていた。

さらに、経済的な不安が追い打ちをかける。
息子が大きくなった時に働けるのか? 親のサポートはいつまで続くのか?
考えるたびに胸が締め付けられるのに、彼が安定して学校や学童に通えない以上、
私自身が外で働くことすら難しい。

私はもともと、それほど強いタイプではない。ちょっとしたことで余裕を失い、
追い詰められてしまう。

そして、発達障害の子どもは驚くほど敏感だ。
親が不安定だと、子どものメンタルも即座に揺れる。
子どものキャパが狭まれば、学校での適応力はさらに下がり、早退や不安が増える。
するとまた、私が追い詰められる。

……完全な負のスパイラルだった。

「このままじゃ、親子で共倒れになる」

結論から言えば、この連鎖を断ち切るために必要だったのは、子どもの改善ではなく、
「私自身の心の土台」を作り直すことだった。

次回は、私がどうやって自分の心を立て直していったか、その具体的なプロセスを書いていきます。

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この連載のバックナンバーは、こちらのマガジンにまとめています。

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