仕事復帰を諦めた理由は、哺乳瓶拒否でした。数年後にわかった「食感」の正体
息子は、母乳以外を一切受け付けない赤ちゃんだった。
本当は、産後少し休んだら仕事に復帰するつもりでいた。
キャリアを完全に手放す気はなかったし、
世の中の仕組みに合わせれば「なんとかなる」と思っていた。
でも現実は、想像していたよりずっと厳しかった。
哺乳瓶でミルクを飲む。
その「当たり前」のことが、息子にはどうしてもできなかった。
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焦りと、虚無感と、全部試した日々
「ミルクの味が嫌なのかな?」
そう思って、メーカーの違うミルクをいくつも買った。
でも、どれもダメ。
「じゃあ、哺乳瓶の乳首が嫌なのかも?」
形、素材、メーカー。
評判がいいものも、病院推奨のものも片っ端から試した。
搾乳して哺乳瓶に入れても、息子は頑なに拒否した。
母乳以外、完全拒否。
この時点で、私の「仕事復帰」という選択肢は消えた。
積み上げてきたキャリアが、
「哺乳瓶が吸えない」というたった一つの理由で、
砂の城のように崩れていくのを感じていた。
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離乳食が始まっても、進まない
やがて離乳食の時期になった。
10倍がゆから始めてみたけれど、決して「おいしい!」という反応ではない。
口に入れてみる。
すぐ出す。
でも差し出すと、また入れてみる、これを繰り返す。
野菜系は特にダメだった。
「離乳食って、こんなに進まないものなの?」
「私の食べさせ方や味付けが悪いの?」
SNSに流れてくる、パクパク食べるよその子の動画。
それを見るたびに、自分の無能さを突きつけられているような気がして、
スマホを投げ捨てたくなった。
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正反対の「正論」に、心が削られる
一番しんどかったのは、病院や保健師さんたちの言葉だった。
保健師さんには、
「離乳食が進まないなら、母乳を控えてください」と断乳を迫られた。
一方で、産婦人科併設の小児科では母乳推進の方針。
「母乳はいかに大切か」「本人が自然にやめるまで与えるべき」という。
どっちを信じたらいいのか、さっぱりわからなかった。
しかも、その保健師さんは驚くほど推しが強く、
自宅に電話までかけてきて「離乳食、進んでますか?」と確認してくる。
確認という名の「監視」に思えて、かなり病んだ。
「お母さんの努力が足りないから、この子は食べないのよ」
受話器の向こうから、そう言われている気がしてならなかった。
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小児科医の一言で、ようやく息ができた
ある日、ボロボロの状態でたまたま当たった医師に相談した。
返ってきた言葉は、意外なものだった。
「一歳半くらいまでは、母乳だけでも育ちますよ」
「それ以降は、お腹が減れば何かは食べるようになります。単純に、好みの問題です」
その言葉を聞いて、私は「この先生を信じる」と決めた。
もちろん離乳食は続ける。
でも、食べなくても気にしない。
「食べさせなきゃ」という焦りを、一度捨ててみることにした。
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あの時、保健師さんの言う通りに無理やり断乳していたら。
周りの「普通」に合わせようとして、泣く息子に哺乳瓶を押し付け続けていたら。
おそらく、息子と私の信頼関係は、その時に修復不能なほど壊れていたと思います。
なぜ息子は、あんなに頑なに拒んでいたのか。
その「正体」が、数年後、すべてつながることになります。
今だからわかる、特性を持つ子の「食」への向き合い方について書きました。
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【数年後の答え合わせ:すべては繋がっていた】
息子が大きくなり、言葉で意思疎通ができるようになってきた頃。
ようやく「正体」がわかった。
息子は、凄まじい「感覚過敏」を持つ子だったのだ。
しかも、味よりも「食感」の好き嫌いが圧倒的に大きい。
・野菜、とくに玉ねぎなどのシャリシャリ感が耐えられない
・グミのような「弾力」のあるものも、口に入れた瞬間パニックになる
ここで、パズルのピースがカチッとはまった。
哺乳瓶の、あのゴムの独特の弾力。
それが、彼にとっては「生理的に受け付けない異物」だったのだ。
私が「仕事復帰したい」というエゴで押し付けていたあの乳首は、
彼にとっては、耐え難い苦痛だったのかもしれない。
それを知った時、あの時無理強いしなくて本当に良かったと、心から思った。
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我が家の「偏食サバイバル術」
その後、少しずつ食べられるものは増えたけれど、偏食は続いた。
でも、医師から言われたこの言葉が、今の私たちの戦略になっている。
「ビタミン、タンパク質、炭水化物。このバランスが最低限取れていればいい。足りない分はサプリで補えば、人間は育つ」
そこから、我が家では徹底して「食事を戦場にしない」工夫をしてきた。
• 「何なら食べられる?」を本人に聞く(無理なメニューは出さない)
• 大人は横で、美味しそうにいろんなものを食べる
• 「つまみ食い」は大歓迎。興味を持った瞬間を逃さない
このスタイルでやってきた結果、小学生になった息子に、意外な変化があった。
「給食、これ意外と好きかも」
家庭という安心できる場所で、「嫌なものを強要されない」という絶対的な信頼があったからこそ、彼は外の世界で「ちょっと試してみよう」と思える勇気を持てたのかなと思う。
そして、彼が好きな食べ物は意外とバランスよく増えて行った。もちろん食べられないものはたくさんある。だけど、栄養の偏りに不安を感じるほどではなくなった。
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最後に:いま、孤独な戦いをしているあなたへ
あの頃の私に、そして今、哺乳瓶を投げ捨てたい気持ちでいるあなたに伝えたい。
その子は、ワガママで食べないんじゃない。
ただ、世界を「私たちとは違う解像度」で感じているだけ。
「普通」のルートに乗せようとして、あなたの大切な心をすり減らさないほうがいい。
母乳だけでもある程度までは子供は育つ。そして、お腹が減れば何かは食べる。
それよりも大事なのは、いつか彼が「これ、食べてみようかな」と思える日まで、
食卓を「嫌な場所」にしないことの方が大切かもしれない。
焦らなくて大丈夫。
あなたの直感は、きっと保健師さんの正論よりも、息子さんの真実を捉えています。
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この記事の続き
赤ちゃんの頃の「哺乳瓶拒否」や「偏食」。当時はただ必死でしたが、数年後、その正体がようやく判明しました。
脳が求めていた刺激と、感覚の過敏さ。答え合わせができた日の記録です。
この連載のバックナンバーは、こちらのマガジンにまとめています。
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