7ヶ月待った発達検査。その結果は、驚くほど『ぼんやり』していた
まず、どうすれば発達検査に辿り着けるのか。
そこからして、全くの五里霧中だった。
必死に調べて電話をかけ、ようやく辿り着いた児童相談所。
提示された予約日は、なんと7ヶ月も先だった。
インターネットの情報だけでは限界があると感じ、私は勇気を出して、
同じ幼稚園の発達に悩むママたちに声をかけた。
心理士の先生に検査を勧められたこと、みんなどこで受けているのか。
「検査、受けたことあるよ」
そう答えてくれた一人のママが、複雑怪奇なルートを丁寧に教えてくれた。
児童相談所は検査はできるが医師がいないため「診断」はできないこと。
話がぼんやりして分かりにくいから、医師のいる療育センターへ繋ぎ直す必要があること……。
そのママとは、小学生になった今でも不安を分かち合う、戦友のような付き合いが続いている。
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「相談」という名の、ふるい分け
彼女のアドバイス通り、私は療育センターにも問い合わせた。
しかし、電話一本で「じゃあ検査しましょう」とは絶対にならない。
検査を希望する経緯や、現在の困りごと。
それを、取り調べのように、かなり時間をかけて確認される。
なんとなくだが、「問題のなさそうな親子を、入り口で振り落とそうとしている」。
そんな、冷徹なまでの選別を感じた。
「園の心理士の先生に、強く勧められたので」
そう伝えた瞬間、ようやく「それなら受けましょう」と扉が開いた。
児童相談所も療育センターも、どこもかしこも7ヶ月、1年待ち。
しかも、「児童相談所の検査で問題がなければ、療育センターはキャンセルしてくださいね」とまで釘を刺された。
同じ自治体の運営なのだから、二度手間にならないよう検査結果は転送されるという。
役所特有の効率化と、支援を待つ親たちの行列の長さに、暗澹たる気持ちになった。
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ぼんやりとした結果。救われない心。
待ちに待った検査当日。
息子は「積み木やおしゃべりのテスト」に、わりと軽い足取りで挑んだ。
その傍らで、私は生まれた時からの発育状況や、日々の困りごとを細かく聞き取られていた。
1時間半。それだけで、私はもう疲れ果てていた。
そして、その場で告げられた検査結果。
それは、驚くほどぼんやりとした、実体のないものだった。
「発育年齢は1年ほど幼いが、通常の範囲内」
「衝動性は少し強めかもしれません」
そんな、私自身が一番よく分かっていることを、今更やんわりと言い直されただけだった。
「自閉症とか、多動症とか、はっきり分かることはありますか?」
「これから、どうすればいいか全く分からないのですが……」
痺れを切らして聞いた私に、返ってきたのはマニュアル通りの言葉だった。
「私たちは医師ではないので、診断はできないんですよ」
「不安なら、小児科を予約してみたらどうですか」
ママ友が言っていた通りだ。
どこまでも、ぼんやりしている。
⸻
「優しさ」という名の、突き放し
発達の遅れは、あまりにも繊細な問題だ。
受け入れられない親も多い。私も、その一人だった。
だからこそ、彼らは言葉の角を削り、表現をどこまでも柔らかく調整する。
でも、その「配慮」こそが、私には突き放されているようにしか思えなかった。
7ヶ月前、勇気を振り絞って検査の予約をした。本当に私の中では相当の勇気が必要だった。
カレンダーをめくりながら「この日が来れば何かが変わる」と信じていた。それを命綱にして
ここまで歩いてきた気がする。
「それなのに、結果がこれなのか・・」と思ってしまった。
どうすればいいのか。どこへ行けばいいのか。
誰も、はっきりとした正解を教えてはくれない。
ただ一言、
「今のこの子の状態は、異常なのか、正常なのか」
それを知りたいだけだったのに。
ここから先、支援に繋がることがどれほど険しい道のりか。
私はこの日、ようやくその入り口に立ったのだと、思い知らされることになった。
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この後、やっぱりちゃんとした診断が欲しい・・この後どうしたらいいか知りたいという思いをどうにかするために診断をもらえるように行動しました。
この連載のバックナンバーは、こちらのマガジンにまとめています。
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