見出し画像

【純愛BL】俺だけのナイト様 2話

2.同一人物


 長谷川先生のジャパニーズ・イングリッシュの授業が終わり、次の教室移動のために廊下に出たところを如月先生に声をかけられた。

「杉崎志信君」
「……はい?」

 彼は手に持った生徒の書類と俺の顔を見比べていた。

「ご両親が海外生活なら何かと不便が多いのではないかい?」
「いえ、もう慣れました」

 むしろ両親がいないからこそ、俺はネットゲームでストレスを発散して仲間とワイワイ楽しく遊んでいる。

「そうか、寂しく無いならいいことだ。私も早くみんなの顔と名前を覚えるから、これからよろしくな」
「あ、ハイ。こちらこそ……」

 別に如月先生が悪人という印象は全く無かったが、何か俺が言わないものを勘繰るような言い回しが少しだけ気になった。
 両親が海外生活で日本に帰ってこないのはバレている。俺は未成年なのに一人暮らし。教師としてはやはり素行が心配になるだろう。けれども、俺はインドアなのではっきり言って外部の誰かに迷惑をかけるということはありえない。
 どうしよう、もしもネットゲーム生活がバレて、親にチクられでもしたら。父さんは特に学校関連に迷惑かけることに対してめちゃくちゃ厳しい。普段は放任の癖にそういう時だけ父親面で登場する。もしもアメリカに来いと言われたら俺は、変化する生活に耐えられない。

「すいません、先生……俺、次は教室移動なんで」
「そうだったね、引き留めて悪かった。またな」

 俺の肩をぽんと軽く叩き、口元にふわりと浮かべる穏やかな笑みを見ると、彼に対する悪意は全く感じられなかった。









「……はぁ~なんか疲れたなぁ……」

 気が張っていたのだろうか。如月先生に話しかけられると緊張する。二階にある自分の部屋についたと同時に、肩にかけていたショルダーバックをどさりと床に投げ捨てた。すると、ベッドの上で丸まっていた愛猫が音に驚いてびくりと飛んだ。

「ごめん」

 警戒して不服そうに俺から離れて身体を丸めるにゃん吉に両手を合わせて謝り、もう一度「おいで」と手招きする。
 大人しく近づいてきたにゃん吉を両腕でぎゅっと抱きしめる。少しだけ嫌そうにブウと鼻を鳴らしていたが、俺は構わずににゃん吉の頭を撫でた。

「如月雅臣……か。マサと同一人物だったらどうしよう。同じ英語教師だしなあ……ネットゲームやりすぎだとか勉強しろとか口うるさく言われちゃうのかな」

 このネットゲームを失うことは、俺にとってほぼ死刑宣告のようなものだ。
 家庭環境はよくあるものと言えばそうなのだが、かなり複雑。両親は駆け落ち同然で結婚。若い母は俺を身ごもったはいいが、育児に興味は無く自分のことに余念がなく、子どもは単純に出来たから産んだという感覚で幼少期から放任主義だった。
 俺が中学に入学した頃から「女として輝ける前の仕事に戻りたい」と言い、以前働いていた水商売に熱を入れてしまい、それから俺が学校から帰っても母が家にいることはなかった。家庭料理の味なんて知らない。学校のイベントに参加する両親の姿は無かった。
 父さんはプログラマーとしての実績が高く、その卓越したスキルは海外でかなり評価されており、あちこち引っ張りだこになっている。昔から日本とロスを往復していることが多く、俺が父さんと一緒に過ごした記憶など、殆ど無きに等しい。
 母も水商売に戻る件で父さんと大喧嘩になり、離婚はしたくないとごねてロスに行ってしまった為、日本に両親は居ない。それが何年も続いている。
 俺の人生相談相手は親ではなく、ネトゲ相棒のマサしかいなかった。ゲームという媒体を使い互いに交流を深めてきたが、一緒に共有してきた時間は両親よりも深く長い。
 些細なことでも俺の話を親身になって聞いてくれ、時に叱り、助言も沢山してくれた。
 友人、親友……兄貴分でも親でもないが、関係性を上手く言葉にできないくらいの信頼がある。

 パソコンを開かずににゃん吉を抱いたままベッドの上でうとうとしていると、放置していた携帯のバイブが鳴った。いつもの固定メンバーが呼び出しを押している。

「携帯だと声漏れるじゃん……」

 苦笑しながら携帯のスカイプに“今から入る“と短いメッセージを送る。そのままベッドから上体を起こし、腕に抱いていた猫をそっと床に降ろした。
 パソコンの電源を入れて、黒い折り畳み椅子に座りながらぼんやりとソフトの起動を待つ。
起動と同時に、スカイプが立ち上がると再び呼び出しコールがかかった。

「全く……待てないのかよあいつら……」

 マイクはつけていないのでこちらの声は一切聞こえないのでついついぼやいてしまう。手慣れた早いタイピングでお待たせと入力しながら、ふとオンラインメンバーを確認すると、珍しいことに、いつもであればそこに居るはずのマサの名前がなかった。

『シノちゃん、待ってたよん』
『あ、そうそう。マサはまだ仕事だってさ。多分後から合流するんじゃない?』
『ぶっちゃけあいつソロでも強いからほっといてもいいよ。シノちゃんがこっちに居てくれる方が助かる』

 この固定メンバーは俺とマサが長年付き合ってる相棒であることを知っているから気楽だ。
いちいち面倒なチャットを送らなくても色々と近況を察してくれるのはありがたい。
 そういえば、今日着任したての如月先生も多分残業だろう。俺の通っている高校はマンモス校と呼ばれており、生徒数がかなり多い。
2年生はAからH組まで約320人。着任早々、あの人数をこれから覚えるのはなかなか大変だろう。まして、副担任になったからには、とにかく早く生徒の顔と名前を覚えなくてはいけない。

「……ま、別にあいつと仲良くする必要なんてねーし。どうでもいいか……」

 あいつが、マサと同一人物でなければ問題ない。願うのはただそれだけだ。俺は慣れた手つきで自分の半身キャラであるプリーストを操作しながら、ちらりと手元の時計を見つめた。
 いつもは21時を過ぎたら必ず来るのに。やはり如月先生とマサは同一人物なのだろうか。

『お、マサきたよ』

 仲間の一人がゲームにログインしてきたマサの姿を確認していらっしゃいと言う。スカイプにインする前に、マサはなぜかゲームの方に直接来た。
 俺はマイクを繋いでいないので、おかえりとかそういう挨拶をするにも、暴れて魔物と戦う仲間の回復に忙しくて暇がない。

『マサも来たし、一旦ここで戻ろうぜ』

 一通り魔物狩りが終わったところで、一度街へ戻る。ゲームのダイレクトメッセージの画面を開いていると、マサの方からメッセージを送ってきた。

「シノのいる学校に就任したよ……って、バレてんのかよ!」

 副担任となった如月雅臣は、やはりネットゲーム相棒のマサと同一人物だった。そういえば、今度日本で臨時教師として働くことになったとか言ってたような気がする。
 いつから、というのを聞き流していたから、まさか今日からとは思ってもいなかったが。

何て返事をするのが自然なんだろうか。

 この3年間、色々人生相談してきたから自分の歳も、高校2年生ってのも完全にバレてる。
幸いなことに、俺のいる学校は生徒数が多く、女子も6割いるので”シノブ”が誰かということに気付くにはまだ時間がかかるだろう。
 そもそも、ネトゲを本名でやってるやつなんて少ないのだから、シノブという名前と俺の名前が一致すると考えるのは端的だ。
 こうなったら仕方がない。学校ではゲームなんてやってないふりでもして誤魔化そう。

 でも今更、ゲームのやりすぎ。なんて言うだろうか。3年間ずっと俺を見守ってくれたマサがむしゃくしゃした家庭環境のストレスをぶつけてきた「逃げ場」であり、「安らぎ」であるゲームをもうやるな。なんてことは言わない気がする。
 あれこれ一人で考えながら、如月先生に「あとで」と短い返信をした。



 時計が0時を回ると俺はマサと二人きりのチャットタイムに突入する。
 今日の他愛ない出来事をマサにチャットしている間は、ひとりぼっちの寂しさが紛れていた。
いつの間にか定着してしまったネカマのせいでこちらはチャットを打つことしか出来ないが、マサはヘッドセットを繋いでいるので、きちんと生の言葉で返してくれる。
 俺の話を親身になって聞いて笑い、時々煙草を吸う音も聞こえる。──そういえば、この声で気づくべきだった。話すトーンが如月先生と同じじゃん。

『ああ、もうこんな時間か……おやすみ、シノ──愛してる』

 三本目の煙草を潰す音が聞こえたのを合図に、マサは優しくそう囁いた。
 今までは海外に居たから好きとか愛してるとか。多分、そういう言葉は挨拶みたいなものなのだろうが、日本に赴任したのだからその言葉の捉え方は大分違ってくる。
 日本だし、そういう言葉はあまり乱用しない方がいいよ。と送信すると、マサはパソコンの画面越しでもわかるような声でクスクス笑いながらうっとりするような甘い声で「了解」と言った。


マガジン

いいなと思ったら応援しよう!